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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  ガナ・ザグル大佐の憂鬱  

  

  

 それから数分後のこと――。


「だから何度も言わせるな。俺たちはマーラと名乗る少女に助けられてケイゾンの中にいた。しかもその命の恩人であるマーラが行方不明なんだ」


 玲子はぷいと視線を逸らし、腕を胸の前で組んでふんぞり返る。

「どこまで本当のことを言ってんだか。だいたい何で無線に出なかったの。ずっと叫び続けてこっちは喉が痛いわよ!」


 あのな……。

 説明するのも疲れたぜ。


「無線機が壊れていたって? あなた開発部の人間でしょ、それぐらい直せないの、バカ!!」


「まぁまぁ、アネゴ。ユウスケの旦那も無事だったんだし、アカネさんもほれ、ちょっと薄汚れちまってはいるが、怪我も無いし。よかったじゃねえか」

 一方的なキーキー声の玲子の罵声というシャワーを浴びる俺をマサが救い出してくれて、ようやく俺も落ち着くことに。

 ちょっと寝てくる、と仮眠室へ移動するヒステリ女の後ろ姿をすがめながら、優衣にもらった冷たいお茶をひと息に飲み干した。


「レイコねえさんは、心配でほとんど寝てなかったんすよ」

 と言うヤスの声に、奥から首だけ出した玲子、

「ヤス! 言葉が足りない。アカネを心配してだかんね!」

 と言い捨てて、引っ込んだ。


 やれやれ、ケイゾンの中は静かだったな。ちょっとした安らぎを感じたぜ。


「ほんとうに、ケイゾンの中に入っていたのか!」

 もう一つ、安楽とは程遠い低音のドラ声が轟く。


「何回言えばいいんだよ、ザグル。あれはケイゾンの中だった。なにしろ第八艦隊の爆撃を真上に見ていたんだ。間違いないって」

「ほんとうです、ザグルちゃん。シムちゃんも怯えちゃって。わたしは花火だと思っていたんですけどね」


 ザグルちゃん、って。


「確かに一昨晩、連中が派手に破壊行動をしていたのは事実だ。となるとその話、本当なのか……」


 丸太を想起する太い腕を組む勇ましい "ザグルちゃん" を眺めていると、明らかにジフバンヌとザリオンは異なる種族だと言うのが見て取れる。


「なあザグル。訊きたいことがあんだ。ジフバンヌとザリオンは同じ種族なのか? そうじゃないだろ?」

「むぅ……。何かを見て来たようだな」


 途中で口ごもったザグルに、マサも質問を重ねる。

「あのよぅ旦那。オレも訊きたいんだけど……。ジフカリアンとジフバンヌはどうなんだ? 違う種族なのか?」

 矢継ぎ早に受けた疑問だが、ザグルは即答を控えた。しばらく無言が続く。


「……………………」

 それは心の迷いなんだろう。言うべきか言わざるべきか、憂いを含めた逡巡が1秒2秒と加算されて行く。


「……………………」

 そのうち片目しかないオレンジの眼玉が派手に揺らぎだし、やがて観念したように吐露し始めた。


「それには長い歴史があった。今ではジフバンヌもザリオンとして呼ばれておるが……元々はジフカに住んでいたジフバンヌを奴隷として惑星ザーナスに連れ帰るところから始まる。そしてザリオンの厳しい社会に適応できなかったザリオン人をジフ、ガッバンヌと呼ぶ。そういう連中をひとまとめに(さげす)んでジフカリアンだ」


「そうか……。オレはてっきり、ザリオンをトップにして、ジフカリアン、ジフバンヌていう権力序列になってんのかと思っていたぜ」とマサ。

 その言葉に首肯する。実は俺もそう思っていた。


「オレたちは狩猟民族だ。狩をして獲物を持ち帰る。強いものしか生き残れないという教育を受けている。もちろんそれが正しいと考え、力尽くで領土を奪い取って来た。それは宇宙にまで広がり、ジフカはその最初の標的となった」


 ザグルはぱたりと言葉を綴じ目をつむった。


 それから数秒後、

「……いい機会だから、オレの本音を言わせてもらおう」


 決意のこもる息を吐き、でかい口を開く。

「オレは子供の頃から常に強くなくてはいけないと言われ続け、これまで弱者を(しいた)げていたことは事実だ。だがその言葉はウソだと気付いた。ジフバンヌが弱いのは当たり前で、ユウスケの言うとおりザリオンとは異なる種族だ。見た目は似ているが連中は気が優しい。そんな弱い者を牛耳って何が勇者だ。これはどこかおかしい。そしてオレは目覚めのた。このままではまずいとな。だが母星の連中は見て見ぬ振りをして誰も変えようとしない」


 何とも言えない重苦しい空気が漂い、その中で暴露し続けるザグルの肩が小さくなっていく。



「ザリオンには任侠と言う文字が()えんだな」

 我慢できなくなったのか、マサが口を挟んだ。

「ニンキョウ?」

「ああ。強きをくじき、弱きを助ける……だ」

「……………………」

「あんたのはただの弱いものいじめだ。それじゃあ、何も生まれんぜ」


「――――――――」

 時間が止まったかと思うほどの静けさが襲った。


「…………ぐむぅ」

 もの凄まじいまでの形相をして喉を鳴らすザグル。喰われるかと思って、マサと二人して身を反らした。


「狩猟民族は常に強くなくてはいけない、と言うのはザリオンの思い上がりでしかない。裏を返せば、お前のいうとおりだ。弱い者いじめに過ぎん。だからみろ、この宇宙域でオレたちは孤立してしまった。危機が迫っても誰も手を差し出してはくれん」


 ザグルは奥歯を噛み締めていた力を緩め、

「ニンキョウか……いい言葉だな。弱い者を助け、強い奴を叩きのめし、そして己に勝ってこそ真の強者(つわもの)と言える」

 その巨体をぐばぁっと持ち上げた。

「ひぃ……」

 決然とシャトルのノーズを睨みつけるザグルの険しい面相に俺たちは首をすくめて退いた。


 いちいちビビらすな、ワニ野郎!


「この悪習を断たなければいかん。この惑星に住むザリオン人を全員引き上げさせ、母星ザーナスに残る奴隷と扱われているジフバンヌをジフカに戻し、ジフバンヌではなく正真正銘のジフカリアンとして解放すべきだ」


「――ふ~ん。なかなか立派なこと言うじゃない」

 いつのまにか玲子が通路の壁にもたれかかり、腕を組んでこちらを見ていた。


「ヴォルティ、寝たのではないのか?」

 恥ずかしげにオレンジの目を伏せるザグル。


「今の言葉を実現すれば、星間協議会はあなたたちを暖かく迎い入れてくれるでしょう。がんばりなさい」

 お前、なに様?


「オレたち5つの艦隊が先陣を切って実行する。見ていてくれ、必ずをやり遂げる」

「誇りに思うわ。それでこそ特殊危険課のザリオン支部長ね」


 こいつはたぶんマジで言っているんだ。目を見りゃぁ解る。

 特殊危険課ザリオン支部設立お祝い申し上げます。課長さんよ。


「やれやれだぜ」

 俺は肩を落として渋面を曝け出し、ザグルは苦笑いを隠す。



「ところでそのシムという(むすめ)だが……」

「シムって誰ヨ?」と俺。


「コマンダー、本当に忘れたのですか? お世話になったシムちゃんですよ。レイヤーのシムちゃん」

「痛いって、人の頭を気安く叩くなアカネ。思い出したって……。シムだろ。おおシムな」


「その娘もジフバンヌなのか?」

 茜のぽかぽか攻撃をかわしながら、俺はザグルに答える。

「いや、違う。この子はまったく異なった種族でマーラはレイヤーと呼んでいた」


「ほんとうかしら?」

「疑うのかよ?」

「記憶が曖昧じゃない。アカネだって止まってたんでしょ?」

 拳から突き出した親指で茜を指しつつ。訝る玲子に言ってやる。

「あのな。ケイゾンてとこは特殊な領域なんだ。何しろコンピューター機器は勝手に止まっちまうし、俺の記憶もあやふやになるんだ」


『ジフカリアンには影響が出ないようです』

 ぽつりとシロタマの報告モード。


「あれ? ほんとだ。なぜだ?」


『おそらく、レイヤーとジフカリアンとの間には何らかの協定、あるいは協力関係があると思われます』


「裕輔の発言は虚偽の臭いがするから信用できないわ。アカネ。ケイゾンってどんなとこなの?」

「あ、はい。ケイゾンは皆さんが安心して住めるリゾート地になって循環してるんです」


「うーん。こっちもいまいちピンとこないわね」

 後部座席に深く腰掛け、長くて綺麗な脚線美を大きく組んで俺たちの目を泳がせる玲子、お前は陳列罪だ。


「二人ともまったく使えないわね」

 上司紛いの言葉遣いに、むっと来る。実際上司なんだから仕方がないが、トゲのある言い方をされるとこっちもカチンと来て、脳ミソがフル回転。


「リゾート地って言ってるけど、それはアカネには説明できない状態だったんだ」

「どういうことよ?」

 玲子とザグルが身を乗り出した。


 マサとヤスの視線がウロウロするが、この二人には口出しできる範疇を超えた会話が続くため、さっきから沈黙星人と化していた。


「これは俺の感想だけどな……。ケイゾン内はビオトープになってんだ」

「ビオトープ?」


「そう、ケイゾンの中はレイヤーが生き長らえて行けるように、循環する生態系で成り立っていて、そのために外部から隔離されてるんだ」

「循環……?」


「そうさ。レイヤーの出した排せつ物やゴミが小動物や植物の栄養素となり、大きく育ち、その恩恵を再びレイヤーが受けるんだ。森は小動物やレイヤーの出した呼気を浄化して大気に戻している。つまり循環環境さ。それをあのフィールドが包み込んで外部からの影響を遮断してんだ。マーラたちジフカリアンはそのおすそ分けをもらって細々と暮らすだけで、あの領域はレイヤーのためにある空間さ」


「レイヤーと言うのは……まさか」

 ザグルの喉がまたもやグルグルと鳴っていた。


「ああ。俺には結論が出せないが、昔ジフカにいた先住民の子孫じゃないかと思う」

「その証拠は? 連中は何万年も戻って来てないんだぞ」


「証拠なんかないさ。でもシムに会えば分かる。まったく違う種族だ。先住民は戻って来ていないんじゃなくて、最初からどこにも行ってないんじゃないかな?」


「むぉぉぉぉぉ」


「はい、そこまで!」

 ついに唸りだしたザグルの目の前で、手をパンパンと叩いて玲子が立ち上がり、

「そんな難しい話は後でしましょう。動くほうが先よ。特殊危険課は行動あるのみ」

 こいつらしい。さっさと一蹴しやがった。


 そんなことより、

「お前、寝不足じゃないのかよ?」

「5分寝たら十分よ。ユイ! まずはそのマーラちゃんの行方(ゆくえ)を探ってくれる? シムっていう子に約束したんでしょ、裕輔?」


「したさ。絶対に探して連れて帰るって。あそこの集団の中ではマーラは女神みたいな存在なんだ」


「特殊危険課がウソツキになることだけは避けたいわ。ユイ、すぐ行って。まずはマーラ救出作戦よ!」

「何でそんなに嬉しそうなんだ?」

 鼻先でオモチャを突き出された小ネコみたいに、玲子の目の奥には生気がみなぎっていた。


「了解しました。一昨日(おととい)の早朝へ戻ってみます。レストランの前で待っていれば」

 言葉途中でユイは閃光に包まれた。


 思わずはっとした。すっかり慣れ切っていたが、マサとヤスの目前だというのを忘れていた。


 今の跳躍現象は確実に見られたな。さーて何て説明するか……だな。

 恐るおそるマサを注視する。


「「……………………」」


 案の定、二人とも目を点にして消えた場所を睨んでいた。

  

  

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