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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
222/297

  ケイゾンの外へ  

  

  

 何かを感じ取っているのか、その日は一日中シムがソワソワしていた。

 やがて陽が沈んで昨日と同じ月が昇り、それが頭上に達してもまだマーラは帰って来なかった。


「マーラちゃん残業ですかね?」

 俺もこいつみたいな精神状態になれたら、どれだけ気が楽か。


「気楽なヤツだな、お前。こりゃぁ何かまずいことがあったんだぞ」

「どーしてコマンダーは、そんなにマイナス思考なんですか?」

「お前に言われるなんて……言葉失くすぜ、まったく」


 俺たちの会話を聞いてシムは表向きニコニコしているが、内心は暗く沈んだままなのが、その目の輝きを見れば手に取るようだ。


「シム。明日ゲートが開いたら俺たちに任せろ。俺の家来を総動員して絶対にマーラを探してやるからな」

 彼女の白い顔がほんのりと色づき、そっと俺を上目に見た。


 俺は大きくうなずいて見せ、

「あーすげえんだぜ。ザリオン連邦軍の5つの艦隊と、ヤクザが2人。それから宇宙一賢いバカだろ。それに天才モデラーまで揃ってんだ。絶対に探し出してやる」

 全部、玲子の家来だけどな。


 シムは地面に腰を下ろし、俺の目の奥深くをライトグリーンの瞳でじっと見つめてきた。

「安心して寝ていいんだぜ」

 何度か瞬いたシムは、そよ風が水面を渡るにも似たはかなげな笑みを返してから、小さな体を草の上で丸めた。


「いいユメ見てくらさーい」

 乱暴に扱えばすぐに壊れてしまいそうな肩に茜が優しく手を添え、シムは静かに目を閉じた。


「お前……夢って見るのか?」

 愚問をかましてしまった。


 茜はポカン顔をこっちに捻ると、

「寝たことありませんもの」

 たった一言で済ませやがった。


 いやいやいや。たしか優衣は情報整理のために睡眠と似た状態を短い時間だけど取るって、何だっけ、社長が言ってたぞ、何とかコレクションだとか。


 フィギュアコレクション?

 田吾と同じワケねえな。

 自分で言っておいてなんだが、情けない記憶力だ。


「ガベージコレクションですか?」

「おう。それそれ」

「ですねぇ。機能は備わってるんですけどね。誰かさんのおかげでうまく作動しないんですよ」


 何だそのジト目は……。

「俺のせいだってのか!」

「し~~っ。声が大きいです。みなさんお休みになってるんです。コマンダーも寝たらどうですか」


「くぅうぅぅ。なんだか情けないぞ」

 自分のアンドロイドに叱られるコマンダーって、なかなか貴重な存在なんだろうな。





 時は流れ、気が付くと空が(しら)んでいた。

 どうやら昨晩は第八艦隊の爆撃は無かったようだ。不安に沈むシムにとって、せめてもの救いだ。


 それにしてもジフバンヌの朝は早い。

 朝陽と共に起きだし、すぐに輪になって仕分けの作業を始めた。

 昨日一日飯抜きだというのに勤勉な連中だ。


「あ、お早うございまぁす。こんにちは~」


 あのバカ……何してんだ?

 アクビを噛み殺しながら様子を見る。


「ゴキゲンいかがですか? よく寝れましたかぁ?」


 集団の中心に立って、一人一人に朝の挨拶をしていた。

「おはよう。こんにちは……。あ、足元が悪いですよ、お婆ちゃん」

 早朝から元気なヤツだ。


「いいお天気ですよー。おはよう」

 最後の一人に頭を下げ、上げたところで俺と目が合い。


「 あ 」


「何が『あ』だ。馬鹿丁寧なやつだなお前。昨日、マーラが帰らなかったんだぞ。心配じゃないのか」


「心配ですよ。おかげで一睡もしていません」

「たしたもんだ。シロタマより品のいいジョークをぶっ放しやがって……」

「えへへへへ」

 頭を掻くな、こっちが恥ずいワ!


 朝ボケのロボットと会話をこなしていると、どこにいたのかシムがやって来て、俺の手を引いて森の奥へと駆け出した。

 どこへ行くのか分からないが、茜もその後を追って来る。でも理由はすぐに伝わって来た。そう言葉ではなく、シムが何をしようとするのか、行動の先が次々と頭に浮かんでくるのだ。


「そうだな。マーラを探さなくちゃな。約束する。俺たちに任せてくれ」

 答えると、すぐに次の念波が伝わってくる。


「ゲートは夜しか開けないのに特別に今から開けてくれるの? 悪いな」

 シムは何も言っていない。俺を引っ張って森の中を小走りに突き抜けて行くだけだ。


「びっくりするなって? ああ。そう言うのは慣れてるから安心しなって」


 ふっとシムが歩の速度を落とした。目の前に気持ち良さそうな原っぱが広がり、そのど真ん中にこれまでのモノとは比較にならない巨大樹がそびえ立っていた。


「どっ、ぐぅ、がぁは!」

 こっちを手招く一人のジフバンヌがいた。近づくとそれは一昨日の晩、俺に飲み水を勧めてくれた老人だ。明るい陽射しの下でよく観察すると婆さんだった。


「ざぁ、ぐ、どぎぬ、ぶっ」

 チンプンカンプンなので、茜の顔を覗く。

「何を言ってんだ?」

「必ずマーラを連れて帰ってくれって、言ってます」


「ああぁ。安心してくれ。見つけてすぐ帰って来る」

 婆さんは俺と茜の手を交互に握り締め、まるで拝むかのような仕草を繰り返した。


「お婆さん。わたしたちは特殊危険課と呼ばれる組織のモノです。それが専門職なんです、安心してくださいね」

 お前は特殊危険課とは関係ない。ただのおっちょこちょいだ。





 何の樹だろう。


 首が痛くなる角度まで曲げないと、葉むらの先が見えない。

 太い幹を空までそびやかした巨躯(きょく)は、生き物みたいに大地をしっかり掴む根っこを広げていた。


「あ、あのさ。ゲートっていうから、ケイゾンの(ふち)に穴でも開くのか思っていたんだけど……ここでいいのか?」

 俺から手を放したシムが木の根元へと走った。まるで母親の胸に飛び込むように駆けつけると、表皮を優しくまさぐる。

「おい、木の根っ子だぜ?」

 ゲートを開けるのと何の関係があるのか、さっぱりだ。



 突然、後ろから婆さんが俺の背中を突っついた。静かにしろ、というジェスチャー付きで。

「すんませんねー」

 部外者は口を出してはいけないと悟り、おとなしくすることに。


 樹齢などはよく解からないが、大人が数人で囲まなければ一周できない太い幹に彫られた深いシワ。数々の傷や溝を見る限り、かなりの年月ここに鎮座していたことが窺える。


 天を支えるまでに育った枝葉はどこが先か解らないほど茂り、周りの木々と同化して空を覆い隠している。にもかかわらず、そこを通して注いでくる木洩れ日がキラキラと眩しい。


「シムは何をしてんだ?」

 近づいて覗こうとすると、まともや婆さんに引き戻され、

「がっだ、はっだ」

 小声で叱られた。


「離れていろって」

 茜の通訳無しでも意味は解る。


「へいへい」

 やることも無く、しばらく茜とモソモソしていると、

「ん……」

 ぞわっと背筋に何かが走り、俺の胸がざわめいた。反射的にシムを見た。


 森の妖精みたいな少女はしゃがみ込み、ウネウネと地面を這う根を優しく撫でていた。

 特別これと言って変化は無い。なのに……。


「なんだか妙な感じだぞ」

 ここからではよく見えないが周りの空気が蠢いている。静電気に腕の皮膚が踊らされて、何かがサワサワと揺れ動く感触がさっきから伝って来る。

 葉むらが風も無いのに騒ぎだし周りの木々へと連鎖していく。音は徐々に大きくくなり、ホールに集まった群衆が拍手喝さいを始めたかのような騒々しさで、思わず首をすぼめた。


「お、おい。シム……」

 樹の(もと)でしゃがみ込んでいたシムが青白く光っていた。あり得ない光景に足が縫い付けられて動けない。

 その光は見ている間に強さを増し、耐えられない光量にまで強まった時、彼女が動いた。


 立ち上がりざまに勢いよく両腕を広げると、全身の輪郭に沿って青白い光をリング状に放出。放たれた光りの輪は、まるで花びらでも開くかのように、物柔らかげな(いろどり)の帯となって、ふありと広がり、鮮やかな輝きを放ちながら、風に煽られてゆっくりと(たゆ)んでいく。まるで七色の光を織りこんだ布地を大きく押し広げていくようだった。


「おぉぉぉぉ」

 その中心からこぽこぽと音を上げて湧き出しのは、金色の泉。金塊を溶かしてサラサラにしたようだ。綺麗っちゃキレイが、不気味っちゃブキミだ。


「な、何? 何が始まったんだ?」

 驚愕して目を留めたのは当然だ。金色の水だけでも稀有な現象なのに、あふれ出た水は地面に広がらず、端から霧となって飛散していく。


「水じゃないのか?」

 おたおたする俺の前で、ジフバンヌの婆さんは足早に近づくと、握っていた木の棒を突っ込み掻き回した。それは深そうでもあり、噴出量も相当なものだ。


「んだ、がっば、グダ」

 揮発性の高い液体の中を指して何か言うが、それはどう考えても、ここに飛び込めと言っていないかい?


「ま、マジかよ」


 すげー焦ったぜ。言っとくが俺はカナヅチではない、むしろ泳ぎは得意なほうだ。だけどワケの解らない深みに身を沈めろと言う。しかも金色の液体だ。ビビるのが当然だろ。


「うぬがっ、ずっ、ぐがっ」

 シムの横で躊躇しまくる俺の腕を老婆が引っ張った。

「あ、あのお婆さん。ちょ、ちょっと()かさないでくれる? そうだ、あんたが先に入れよ。どうぞ。俺はあとでいい」


「どぅず、ぎぬっ、ぐふっ、がっふ」

「お婆さんはここの番人だそうです。入るのはわたしたちだと言っています。そういうワケなので、コマンダー。おさきにぃ~」

 飛び込んだ。こいつ、コマンダーを差し置いて先に飛び込みやがったな。


「うぬがっ、ずっ、ぐがっ」

 同じ言葉を繰り返して俺の腕をグイグイと引く婆さん。意外と力が強いので驚いた。


「わ、わかりました。入りますから、頼むよ、押さないでくれる?」

 こぽこぽと湧き続ける泉は金色。手ですくい上げて顔に掛けてみる。

 金属ぽいイメージだが、サラサラ感はとてもいい。

 ひんやりと冷たい。深山を流れる清水と言った感じだが、ひとすくいの水はあっという間に気化して消えた。


「こんな揮発性の高い液体は体に良くないことが多くて……うがぁぁぁっ!」

 蹴り落とされた。もたもたする俺のケツを婆さんが蹴り上げたのだ。


 反動で頭からザンブリと。視界の端でシムの笑い顔がひとまず俺の狼狽感を鎮めてくれたことを感謝した途端。つまずいて片膝を地面に落とした。


「はへ? つまずくって?」


 そこは柔らかい草の上だった。

 金色の水も何も無い、普通の森の中だ。


 俺の前に茜のスタイルの良い両脚がせり立って、白いショートパンツが眩しく目に差してきた。


「そろそろ洗ったほうがいいな」

 平気で地面に座るもんだから、白のパンツが無残だ。


 ところでなんで俺はこんなところで膝を突いて、茜の尻を拝んでいるんだろう。

 記憶がひどく曖昧だった。


 立ち上がって頭を振っていたら部分的に思い出してきた。マーラのこと、ジフバンヌの集団。その生活環境。

 残りが思い出せない。何かもっと重要なことがあったろ。

 昼になると夜見た夢が思い出せないのと同じで、とんでもなくもどかしい。


「おい、アカネ。ケイゾンの中ってどうなっていたっけ?」

 突っ立ったままどこか遠くを見つめる茜の肩を引き寄せた反動で、それが崩れた。釣られて一緒に地面に倒れ込み、そして脱力した。


「おーい。ホールトしてんのかよ!」

 また一つ思い出した。ケイゾンの中でこいつはホールトしてて、俺が再起動させたこと。それとマーラの言葉。


『ケイゾンに入るとコンピューターはみんな止まるんだ』

 入ると、ではない。出入りするたびにだ。


「また、あのウザい処理をするのか……」

 溜め息混じりの声が森に響き渡った。遠くで鳥の鳴き声が聞こえるのどかな朝陽に照らされて、そこで動くのは俺だけだった。



『ホールトの解除は最上級のプライオリティ承認が必要です。コマンダー登録時に当ガイノイドとタッチ認証を行った部位を触れてください。登録された場所とDNAの比較検証を行います。3回間違えますとそれ以降、24時間コマンド変更が無効となりますのでご注意ください』


 またこれだ。絶対にこれはウザい。どこかに報告の窓口は無いのか。大至急手を打ってもらいたい。ユーザーの声を聞かないロボットメーカーは長生きしないね。


 その時、いきなりだった。

 胸ポケットに突っ込んでいた無線機が再起動した。


《裕輔っ! 聞こえたら10秒以内に返事しなさい。9、8、7、はい時間切れ!》


 3秒しかもたないところなんか、玲子らしいぜ。


 とりあえず急いで返事する。

「10秒待てねえのか、バーカ!」


《裕輔ぇっ!》


 玲子は驚きと安堵の混じる甲高い声でひとまず叫び、

《2日も無線が繋がらなくて……どれだけ★∝Дю∀……!》

 あとは連発で愚痴る愚痴る。


 うるさいので俺はスピーカーを茜に向け、茜は苦々しい笑みをそれに注いでから、

「レイコさーん」と一言。


《アカネ !! あなた無事? 裕輔にいたずらされてない?》


 何てことを訊くんだろうね、こんバカ。


「わたしも無事です。いたずらって何ですか?」

 と訊かれて、墓穴を掘ったバカは言葉を失くしていた。


《あ、ぅぅ……》

  

  

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