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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
22/297

殺人ロボットあらわる

  

  

「なんで水を溜めてるんやろ?」


 部屋の中央にでんと鎮座している水槽を目の当たりにすれば、おのずとそういう言葉が湧いてくる。


「すごい立派ね……()()かな?」


 大きな蛇口からどろーと垂れ流しになった液体は水槽から溢れかえり、そのままガラス面を伝って床へ流れると、部屋の四隅に作られた溝に落ちていた。


 溝は部屋の角へとわずかに傾斜していて、青い粘りがゆっくりとそっちへ流れ、外に繋がった管の中に消えていた。その間、一切の音がしない。俺たちが知る水なら、ザーザーとか、ジャバジャバとかの効果音が必要だろうが、ここの水はまるでゼリーさ。あるいは超濃厚な練乳かな。色は透明だけど……。へんな表現でしかできないのは、それ以外に形容ができないからだ。


「社長。中に何かいますよ」

「ほんまや。これがこの星の水棲生物やろか?」


 楕円形の薄ぺらいもんだ。縁が鋭く絞られており小刻みに蠢めかせたり、波打たせたりして水中をゆっくりと前進していた。


「やっぱり、急激な動きはしないんだ」

 河原で想像したとおりに、むやみに動かず、縦になったクラゲみたいな連中が数匹静かに泳いでいた。いや。流れに身を任せていると言ったほうが正しい。


「この星の食い物かな?」

「お食事になさいますか?」

 俺の独りゴチにナナが答えるが、持っていたエマージェンシーのカップと水槽の中を交互に眺めて、俺は身震いした。

「どっちも食いたくない」

 そう、空腹は限界にまで来ていたが、この星の物は何も口に入れたくない。


 と、次の刹那──

『強い電磁パルスを検知しました。危険です。ただちに避難してください。切迫した危機を感じます』

 突然シロタマが叫んで頭上を飛び回り、俺たちに緊張が走った。


「例のパルスでっか?」


『そうです。周囲10メートル以内に存在します…………移動中。近づきつつあります』


 一斉に周囲を窺うが、部屋の真ん中に水槽があるだけだ。


「この水棲生物とはちゃうんか?」

『電磁パルスは放電性のサージに近いものです』


「何の放電や? インダクタンスでっか?」

『現在分析中です。8メートルまで近づきました』


「社長。上の部屋です。音がします」

 玲子の言うように、ゴトンゴトンとか、ドシンとか、重量感のある響きが伝わって来た。

「ほっらぁ。俺の予感が当たっただろ? どうする階下に逃げるか? おいおい。マジやばだぜ」

 俺はオロオロするだけ。


「まだ敵とは決まってないやろ。住民かもしれんで」

「いやいやいや。放電性のサージってのが、とくに嫌な予感がすんだよ。それにシロタマが切迫した危機って言ってるぜ」


「おまはん、シロタマの言うことなんか当てにならんってゆうてまへんでしたか?」

「この場合は、安全性を優先してですね……」

 俺さまがまだ喋っていると言うのに、ハゲオヤジは手で払いのけるように俺の肩を押しやり、

「わかったワ。冗談や。せやけどいきなり相手に刺激を与えるのもまずいやろ。驚いて暴れられても困るし。あの水槽の裏に隠れるデ」


 上の階から見下ろされても発見されないところと言えば、水槽の後ろしかない。

 俺たちはガラス面を前にしてしゃがみ込み、小さく息を(ひそ)めた。


『電磁性のパルスの分析が完了しました。索敵ビームの発射パルスだと思われます』


「索敵ぃぃぃ!?」

 索敵……敵を探る行為。

 敵……?

 俺たちが敵だということは、平和的解決案を持ったヤカラではない。俺が最も懸念するワードじゃないか! 


「タマ。も少しオブラートに包んで言ってくれないか? 俺って、心臓に病気があるかも知れんのだ」

「うそばっかり」と玲子。

「うそなもんか。みろこんなに脈が早いぜ」


 玲子はぷっと吹き出して、

「ま、正直だかから許すけど、あなたの心臓は人より強いわ。だっていつも早鐘状態だもん」

 さんざん笑ってから、

「シロタマ。もっと早めてやってもいいわよ」


『謎のビームですが。生命体を死に至らすまでの過剰な刺激を与えるパワーを秘めています』


「おーい、頼んでもいないのに秘めるな。命がけの危険物に誰が相手するんだよ」

「ワタシの出番ですか?」

 立ち上がったナナの腕を引っ掴んで、もう一回しゃがませる。

「まだよく解らんから前に出るな。相手を刺激して、ビームのパワーを上げられたら困るだろ」


「わっかりました。ご用命とあればいつでも参上つかまりまつる」

「おーい。掴むな、奉るな。お前、また言葉がおかしいぞ」

「な、な、何しろ、コマンダーの言語マトリックスでごじゃるから」

「お前まで慌ててどーすんだ。言語品位が一段下がっちゃってるぞ、すぐに修正しろ」

「りょ……りょうーっかい」


 てなバカげたことを言っている間に、上の扉が開き、金属製の踊り場が、ガンッ、ガンッと大きな音を上げた。


 水槽の裏から水越しに見上げる。

「ロボットやがな」

 社長がそう囁かなくても瞭然としていた。


「おいおい。緊張した割には、ミョウチクリンな安っぽいロボットの登場だぜ。これなら楽勝だな」


 真っ黒で丸みを帯びたボディ。ダンゴを想像させる丸い頭部は妙にでかく、反対に手足が短い。全体にずんぐりしたデザインで。まるで子供の書いたマンガみたいなロボットだった。そのせいか動きがものすごく鈍い。階段を下りるのにやたら時間が掛かりそうだ。


「俺が出てって、ちょちょっと片付けてこようか?」

「もうちょい様子を見たほうがエエ」

 弛緩したこの気分が、この後、恐怖のどん底に落し込まされるのだが、その前に俺はそいつとナナを何度も見比べていた。


 俺たちが知るロボットてのは、目の前の階段を下りようとしているダンゴ野郎程度のモノを言うのであって、水槽にかじりつき、玲子と並んで相手の動きを探ろうと真剣な眼差しでじっと見つめるこの子は何だ……。ロボットにしては瑞々しく生気に満ちた目映いばかりのサクラ色の頬はあり得んし、じっと見入って固唾を飲むってのも、信じられない。ただ玲子の物真似をしているだけか?


 にしては、超リアル過ぎる。


 なのでつい訊いてしまった。

「お前ほんとにアンドロイドだよな?」

 ナナは呆れたふうに目を丸め、

「何を今さら言ってんれす。なんなら見ます? ワタシの胸の内を」

 と言って、俺に背中を向けるバカ。そこは胸じゃねえし。


 突っ込みどころ満載のナナだったが──。

 白くて艶々した背中が縦に割れると、チーと小さな音を出して左右に開いた。


「…………っ!」


 何だか解らないが、光が流れるチューブが整然と並び。細かい編み目状の物質で包まれた、正体不明の装置がぎっしり詰まっていた。確かにこいつはアンドロイドで生命体ではない。でも俺の脳はそれを強く否定する。


「とにかく今はいいからフタをしろ」

 まるでパンドラの箱を開けてしまった気がして、急いで塞ごうとした俺の手をナナが引く、

「すっかり忘れていました。まだ正式にコマンダー承認手続きが済んでいません。ついでなのでここでしましょう」

「この緊迫した時に、役所の言い訳みたいなこと言ってんじゃんねえよ。後にしろ」


「この際なのでやっておきましょうよ。はい。どこでも好きなところをタッチしてください。承認はすぐに澄みますよ」


「え?」

 こんな緊迫した状況なのに、俺のベースケ処理は機能するんだぜ、すげえだろ。


「どこでもいいのか?」

「あ、はい。どこでも触っちゃってくらさい」

 開いていた背中を閉めたナナは、俺の前で正座をして目をつむった。


「お、おい……」

「いつでもいいですよー。はい、どうぞ」

 口先を可愛らしく突き出されて、俺、生唾を飲み込む。

「ぬほぉぉぉ」

 これがかの有名な、かどうかは知らないが、とにかく、『ご自由にどうぞ』の、ポーズだ。


 ど。どうしよう。

 階段を上目に見るとロボットはまだ中間あたりを一歩ずつ下がって来るところだ。あと数秒は余裕がある。ここは決行だろ。


 すかさずナナに視線を戻して、

「んげぇっ!」

 槍先にも似た玲子の鋭い目線が俺の眉間を射据えていた。

 変なところを触るもんなら命の保証は無いよ、と言っているに等しい。


「は、はいよ」

 仕方がないので、目をつむってナナの左の手首に指を触れた。


「あ、は~い。これでユースケさんを正式なコマンダーとして承認しました。今後ともよろしくおねがいしまーす」

「あ、はいはい。どーでもいいけど、緊張感ゼロになっちまったな」


「来まっせ!」

 緊迫していたのは社長だけだ。玲子も違う意味で剣呑だけど──。


「ええか、相手は一台や。水槽に隠れながらうまいこと回り込んで、階段を掛け上がりまっせ」

「いざとなったら俺が何とかしてみせますよ」


 ロボットは階段を下りて来ると、水槽の前で止まった。

 俺はロボットを相変わらず過小評価していた。デザインはオモチャだし、動きが遅くて武器らしいものも見当たらないし。

 だって見てみろよ。

 大きな頭部には丸く赤い目に当たるものが張り付いていて、少し前に出っ張った感じがレンズっぽい。安っぽいひと昔前のロボット感が満載だった。だから余裕で階段を掛け上がって逃げ切れると。


 ヤツは肩の突起物から赤光のビームを放って何かを探っていた。

 それがシロタマが言った索敵行為だ。その意味がはっきり見て取れる。放たれたビームが床や壁に当たり、赤い反射点、レーザーポイントだな。それを天井から床、床から壁、無秩序に動かしている。その動きはまさに何かを探る仕草に間違いない。


 しばらくポイントが小刻みに周囲を動き回っていたが、やにわに水槽のガラス面で反射して静止した。

 表面を照らしていた赤い光が瞬間に黄色に切り替わると、水槽の中に侵入し、流れに漂っている生物に当てられた。


『識認深度を変化させたようです』

 シロタマが小声で説明し、玲子が尋ね返す。

「どういう意味?」

『あの光線は超コヒーレント性レーザービームです。ビームのフェーズを変化させて遮蔽物を透過させ、裏にいる物体を探るようです』


 続いて音のような声のようなものを発した。


『Ж∃∋∝∑≦……√¶§ξθ!η』


「知識を与えよ、ですね」突然ナナが言い出したので、ヤツを二度見する。

「なんで解るんだよ?」


「はて? なぜでしょう。でも解りますよ。基本マトリックスの古代語によく似ています。よかったでしょ、ワタシを連れて来て」

「連れて来たんじゃない。お前が勝手に来たんだ。こっちはえらい迷惑をしてんだ」

「もぉう……」口先を尖らせるナナ。


『Ж∃∋‡†※Ⅸ∪∨∬!』

 またも聞こえてきた気味の悪い声。


「今度は?」

「えーっと、“知識無き者は殺す” です」

「つまりどういうことだ?」

「水槽の生き物とは会話が成り立たないので、たぶんすぐに殺されると思いますよー」


 ロボットは軋みにもにたキーキー音を出して二歩ほど近づき、水槽の中を物色。ほぼ中央辺りを浮遊する縦クラゲにビームを当てた。


『Ж∃∋∝∑≦……√¶§ξθ!η』

 それへと向かって告げているのか、ここからではよく分からないが、あのクラゲが会話をするほどの高等生物だとは思えない。


「カタチはブッサイクで知能も低そうやけど、索敵能力と兵器だけは殺人級なんや……」

 社長の言葉が終わるか終らない刹那、二度ほど変な音がして、俺のコメカミすぐ横を一閃が突き抜けた。その先が最も奥にある壁をも貫き、細く煙が上っていた。


「なっ!!」

 体が石化していた。

 水槽の向こうで放なたれた白色のビームが、いとも簡単に水槽を貫いて、後ろの壁までも穴をあけたのだ。

 あと数センチ右にずれていたら、俺の脳ミソを貫通していたはずだ。


 よく見るとガラスに5ミリほどの穴が開いていた。粘度が高い水なので、小さな穴から漏れることはなく普通だが、俺は見た。中にいた縦クラゲが静かに横倒しになって水面に浮かんで行く姿を。体表面にはガラスに開いたのと同じ大きさの焦げ跡がある。


『今のビームはパルス発振性の凝集パワービームです。ヒューマノイドの動体視力では察知不可能』


 水槽越しに覗いたロボットは、後ろから蹴り倒せば簡単にひっ転びそうな形をしているのに──なんだあいつ。

 驚愕にも匹敵する恐怖感を持ってヤツを凝視する。じわじわと後悔が俺を襲ってきた。姿かたちだけで判断して、あのロボットを舐めていたと。


「そんな恐ろしいものを……あっ!?」

 目の前が真っ暗になった。

「なんだ?」

 何が起きたのかよく解らない。体を仰け反らして了解した。ナナが俺の鼻先に手を差し出して覆っていたのだ。


 何すんだよ、と言い返す前に気付いた。俺に向けられた玲子の眼差しが打ち震えていたのだ。

「どうしたんだ?」

 強張って、きゅっと絞められた玲子の朱唇が微妙に震えて何も言えないでいる。


「いま撃たれましたよ」

 代わりにナナが答えた。しかも平然と。


 なんちゅう怖いことを言うんだ、この子は。


 ナナが広げて見せた手の平に小さな黒い点がある。水槽のガラス面にも穴が開いていた。

 さーっと血の気が引いて行く。ガラスであろうと何であろうと、簡単に突き抜けるレーザービームだ。俺の(やわ)な頭部などいとも簡単だろ。


「どわぁぁぁぁぁ。やべぇえって!」

 思わず叫んでしまった。しかも立ち上がってたし。


 金属製の糸が切れたにも似た甲高い音と同時に、勢いよく玲子に引き倒された。その頭上を二本のビームが射貫いて通った。

 俺の頭があった位置だ。


『ターゲットとして捕捉されています』とはシロタマの報告モード。


「ターゲットって何だよ、タマ?」

「あなたに決まってるでしょ。さっきから」


 ぐぁぁあう!


 玲子の言葉途中にして、横からナナが飛び込んで来て派手に吹っ飛ばされた。


「痛ぇぇぇ! あっ!」

 玲子の真横を白い輝線が突き抜けたのを見た。

「ほらね。あなた狙われてるわね」

 ってぇぇぇぇぇl!


「ほら。何とかしてくれるんでしょ。頼むわね♪」

「嬉しそうに言うな……。あっ! おーのぉぉぉぉ」


 水槽を回り込んで、ロボットが俺の前に立っていた。

 ただちに逃げなければ射貫かれるのは分かり切っている。だが、足が(すく)んで動かない。


「せぇぇいーっ」

 気合と共に玲子が俺を背負い投げにした。何でこんな時に?

「おーい。何か間違ってないかいぃぃぃぃぃ」


 泣き声みたいな訴えをあげて、宙を舞った俺は、水槽の水面でワンバウンドして向こう側に落ちた。アルトオーネなら水の中に落っこちる。が、ここならこうなるのさ。濡れなくてよかったな。


 よくなーい!


 落ちた場所へとロボットの頭が転回したのだ。


「は───っ!」

 一歩踏み出したロボットのボディ少し上辺りに、大きく踏み切った玲子の横飛び蹴りが炸裂。鈍い音を立ててダルマの頭部が吹き飛んだ。

 ちなみに。俺は水面で背骨を打ち付け、一回転して尾てい骨を強打。あっちではロボットが蹴り飛ばされて壁に激突。肩から上が真っ平らになって煙が上っていた。


 コンマ何秒で、敵だけでなく味方までも撃砕するとは、アッパレなヤツ。痛いててててて。

  

  

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