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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
217/297

  優衣と優衣と 優衣と優衣  

  

  

 ジフカのリゾート地、ガウロンから少し離れた位置にあるジャンドールと呼ばれる町。その中でも小高い丘の上にあるレストランにやって来た。

 ジャンドールという町は、見世物小屋、連中はステージと呼んでいるが、世にも奇妙な生き物ショー的なことをやって観光客を集めるガウロンからだいぶ離れるため、観光客は皆無で薄汚れた感じのする一種独特の雰囲気が漂っていた。


「何だか不気味だな」

 実際、不気味な連中が闊歩するのは、ここの説明を先にしたとおり、それらはみなミュータリアンで、ほとんどゾンビだな。それが歩き回っていると思ってもらえれば、大雑把な状況説明は省略できるだろう。



 レストランの隅のテーブルで待つこと十数分。大きなザリオン人を盾にする妙な隊列を組んだ連中が店の前に現れた。

「来ましたよ。マサさんたちです」

 優衣の小声で過去の玲子たちだと気付かせてくれた。


「なんだよ。カルガモの親子みたいじゃないか」

 実際、ザグルがでかすぎるんだ。


 ザグルが入ると同時に店内の空気が一変する。筋肉隆々のザリオン人なのだ。ジフカリアンでもジフバンヌでもない、ましてや奴隷商人でもない、正真正銘のザリオン人で、しかも軍服の胸に輝く連邦軍大佐のバッジは、もはやザータナス(戦士の神様)の側近でもある証しだ。ある者は目を伏せ決して視線を合わそうとしない。ある者はそそくさと背中を丸めて逃げ出していく。ある者は憧憬(しょうけい)の念を込めた目で見つめる。どちらにしても誰も近づこうとしないのは共通していた。



 ひとまず最初の時間項はこれでクリアだ。全員がそろったことになる。だからと言って気を許してはいけない。次なる時間項をこなしつつ、俺と隣の優衣は半年未来から来ているという事実を隠し通すことだ。これを怠るとすべてが台無しなる。


「よぉ。ユウスケの旦那。こんな宇宙の果てで、また出会えるとは世間は狭いもんだな」

 気さくに声を掛けてきたマサだったが、

「  あ!  」

 俺の隣でちょんと座る栗色の髪の毛をした優衣に気づき、大口をバカッと開けて固まった。


 玲子に寄り添う黒髪の優衣とを交互に見比べて、

「なるほど……。双子だったんだ」

 と、間の抜けたことを言うので、しばらく放置だ。


「ヤスくんはどうしたんだ?」

 玲子に訊く。


「シャトルで待ってるわ。すぐに出発するんでしょ?」


「あ、アネゴ。ちょっと休憩して行きやしょうぜ。オレ腹減ってんだ」

「あなた。まだ食べられるの?」


「い、いや。あの野郎の食ってるの何すっか? 何だか美味そうだし」

 ガラス張りの道路に面した席で、二人連れのザリオン人がモシャモシャ何かを食っていた。


「サラダじゃない?」

 そう。生野菜てんこ盛りのごく普通のサラダだった。


「お肉ばっかりだったからね。体が欲してるのね」

「そうだ。もう肉は当分いらん。オレは今日からベジタリアンの極道になる」

 あんまり強そうじゃない。


 マサは俺の冗談に、ちらりとザグルを見て、

「この旦那が近くにいれば誰だって貧弱に映る。何とでも言え。とにかくオレは葉っぱが食いたい」


 ザグルはふふ、と鼻で笑い。

「お前らの腹ではあのサラダは食えない」

「なんでよ。柔らそうだぜ。瑞々しいし……」


「「ザリオン人以外には……」」

 二人の優衣が同時に声を上げた。


 タイミングをそろえたのでもなく偶然一致したのだが、コーラス隊顔負けのユニゾンだった。

 互いに微笑み合い、黒髪のほうが遠慮した。


「ザリオン以外の人が食べると、寄生虫に腸を食い破られますよ」


 マサは「えっ」と目を剥き、

「寄生虫がくっ付いたまま洗わないのか?」

「いいえ。ザリオン人にとっては腸の掃除をしてくれる、えっと、乳酸菌みたいなものです」


「鉄の腸か……そりゃ、毎日肉食だもんな」

 ぽつりとこぼして、

「で。オタクはシラガネさんの双子のオネエサンでやすか?」


 なんだよ。まだこだわってんのかよ。


「マサさん。一度整理させてもらっていいか?」

「なんでえ、改まって。シラガネさんのことか? よし、ここはゆっくり聞こうじゃねえか。何か食いながら……」


「そんなに腹が減っんのなら、パラダイス・ランチってのがおススメだぜ」

 さっき見て、そのボリュームに仰天したやつだ。


「何だそれ?」と問う、マサに奥のテーブルを顎で示し、

「豚の丸焼きみたいだぜ」


 マサはげんなりした顔を俺の前に曝した。

「アレは豚じゃねえ。サイだ。しかもオレたちはこの3日間、あれしか食ってねえんだ。勘弁してくれ」


「とにかく何か頼もう。飲み物でいいな?」

 ザグルが指を鳴らす格好をした途端、奥からウエイトレスが飛んで来た。


 この店に入って初めて見たジフカリアンのウエイトレスで、愛想はよくないが、おとなしそうで、ザリオン社会からの落ちこぼれだと言われる体形は丸みを帯び、俺から見たら女性らしい、むしろザリオンらしくない柔らかげな曲線がはかなげで、それはそれでいいのではないかと思われるが、ザリオンにしたら屈辱なのだと言う。


 ウエイトレスは黙って、かつビクビクとザグルの横に立ち、俺たちにメニューを広げて見せた。

「ねぇ?」

 玲子の声にびくりと肩を震わせ。


「なに?」

 ウエイトレスと客との会話とは思えない口調だが、まぁ百歩譲ってここは別の星だし。


「ここらでさ。Fシリーズのガイノイド見なかった?」


 再びピクリと反応するウエイトレス。

「み、み、み、見てない。知らない……」

 その慌てようは見たと言っているに等しい。


「お前、ウソを吐くと首根っこをへし折るぞ!」

 がばっと直立するザグルに、金属刀を押し当てる玲子。


「ちょっとぉ。脅さないでよ。怯えさせてどうするの。ザグル、あなた下がってなさい」


 自分の数倍はあるザグルを金属刀一本で制するが、

「す、すみません。お許しください、兵隊さま」

 よけいに怯えたウエイトレスが、床に伏せるなんていう大げさな仕草をしたので店内がざわつき、(あるじ)が飛んで来た。


「何かございましたか……あ。連邦軍の大佐さま……ですか」


 出てきた店主も小柄なザリオン人で、床に突っ伏していたウエイトレスの横に飛び込んでひたすら頭を下げた。

「こいつは客商売にまだ慣れてないオンナなんです。ジフカリアンとしてのシツケも行き届いていなくて。申し訳ありません。どうかお気を悪くされないでくだせえ。まだ店のローンも残っております。ここで店を潰されたら、路頭に迷うんでさ。頼みます、大佐」


 ザグルはバツ悪そうに顔を歪め、

「い、いや。店主。オレは……」

「ほらみなさい。この星では静かにしてなさいって言ってるでしょ」


「す、すまん」

 店主とウエイトレスはポカンとして二人の会話を聞いていた。


「店主。オレたちは人を探してるだけだ。何もこのオンナが粗相をしたとか言うのではない」


「そうよ。じゃあさ。ミネラルウォーターを人数分ちょうだい」

「へ、へい。ありがとうございやす」

 関係ないと解かると店主はさっさと奥に消え、その後ろを追おうとしたウエイトレスが、メニューを引き下げざまに口元を隠した。

「あたし知ってるが、今はまずい」

 と短く言いい。オレンジの視線を店の奥に滑らせてから、さらに口を近づけ、

「あそこの奴隷管理人もそのFシリーズを探してる」


「教えたのか?」


「誰が教えるもんか!」

 と吐き捨てるように小声を残して、俺たちの前から立ち去った。


 その()が示した場所は店内の最も奥で、暗闇に沈んだカウンターの隅。二つの目玉だけがこちらを窺って怪しく反射していた。


 ザグルもそれに気づいたらしく、

「ふーむ。あまり目立たぬほうがいいな」

 でかい成りして、何を今さら言ってんだ、このワニめ。



 どうやら優衣の言っていた重要人物というのが今のウエイトレスのようだ。

「あの娘が次の時間項です。チャンスを見計らって、もう一度、訊いてみましょう」

 黒髪の優衣と互いにうなずき合い、そして俺たちに囁いた。


「なら話を戻そうぜ」

 マサが言うものの、今の騒ぎで話題が吹っ飛んでいた。


「何の話しだっけ?」

「シラガネさんのことだ。こちらの茶髪のねえさんが気になってしかたねえんだ」


「なんだ、それかよ……」

 どこから話そうか。


 マサはどこまで理解しているのだろ。アンドロイドって言っても意味わかるかな。時間規則なんてヤクザには通用しないだろう。だいたい規則を守るヤクザなんているのか?


 いや、(おきて)だと言えば通ずるかもしれない……と想起して頭を振る。話がややこしくなり過ぎる。

 で、結局。まずは探ることに――。


「マサさんは、ユイとアカネをシラガネって呼んでんだけど、それってどこから出て来たんだ?」

「だいぶ前さ。オレとヤスがピンクダイヤ盗んだ時、アカネさんが言っていた。湯豆腐のシラガネだと。実家は豆腐屋なんだろ?」


 マサ以外、その場にいた全員が肩をすくめた。こいつは根性と度胸だけは人一倍あるかもしれないが、聴力と理解力が相当にやばい。


「それは、『ドゥウォーフ』の『白神(しらがみ)』だと言ったんだ」

「おっ、そうか。『ド豆腐』だったのか……で、ドトウフってなに?」


「ドゥウォーフだっ!!」


 ザグルは苦々しく笑いながら口を挟んだ。

「ドゥウォーフとは過去の管理者のことだ。オレも又聞きだが、ヴォルティ・アカネはその昔、管理者の先祖に白神と呼ばれて崇められていたという話だ」


「神様? なるほど。それでユイねえさんが霊能力者なのか。どうりで神秘的だと思ったぜ」

「あんた。すげぇ柔らかい脳ミソしてんな」


「だろ。よく組長から褒められるんだ」


 俺は力の抜けきった濃い溜め息を一つ吐き。

「ややこしい話だから、その柔らかい脳ミソに叩き込んでくれ。一度しか言わないぜ」

「ああ。全部吸収してやる。さぁ説明してくれ」


「アカネとユイは同一人物で、同じ時間の流れの中で生きている。あ、いや生きてない、あ、生きている……でいいか。そういうことで、この栗色の髪の毛をしたユイも同一人物だ」


「はぁ? 何の話をしてんだよ。ユウスケの旦那」

 と混乱した頭を捻ったところへ、もう一人の優衣が店に飛び込んで来た。


「ゆ、ユイねえさんだ!」

 血相変えてマサが席を立った。


「いったい何人姉妹(きょうだい)なんだ?」


 何人出てきてほしいんだ?

 言うだけ出してもいいぜ。


「お待たせしました。ごめんね、遅くなっちゃった」

 と黒髪の優衣に向かって頭を掻いて見せる優衣が、ポニテだった……半年ちょっと前だと思うが、いつの時間域の優衣だろ?


「ケイゾンの詳しい情報が手に入りましたよ」

 と言って、空いていた席から椅子を引き摺って来て、柔らかげな栗色のボブカットの優衣が座る席の隣へと腰を下ろした。


「あの……」

 ポカンと口を開いたまま固まるのはマサだけ。


 玲子はそれを無視して、現れた3人目の優衣へ顛末を簡単に報告した。

「あのね。茜の行方を知ってそうな娘を見つけたの。ザリオンの女子(じょし)なんだけどね。この店のウエイトレスなのよ」


「ああ。最近ここの店主に買われて来たジフカリアンですね。夜になると店のテーブルクロスを洗っています。そうですか、あの娘が次の時間項なんですね」


「ゆ、ユウスケの旦那……。この人もユイさんっすか?」

 ポニテの優衣を指で示したが、ほとんど声が消えそうだ。


「あぁ。そうだよ」

 俺は3人の優衣に疲れた視線を這わせてから、

「忠告しとくよ。これからまだユイが登場して来るかも知れないが、いちいち驚いていたら、神経が何本あっても足りないぜ。で? ユイ。お前はいつからここで嗅ぎ回ってんだ?」


「ワタシは3日前からです。未来体に応援を頼まれたんです」


 アワアワと口を開け閉めしていたマサが、3人の優衣へ驚愕の目を順繰りに巡らせているところへ、またもや扉が開いて、

「粒子加速銃を忘れてたので、ワタシが持って来たわ」


 赤毛のセミロングを首の後ろで束ねた4人目の優衣が、銃口の太い火器を担いで登場した辺りで、マサはついに目をつむって髪の毛を掻きむしりだした。


「4つ子だったとは……恐れ入ったぜ」

 説明のタイミングが悪いな。今は何を言っても理解不能だろう。俺だってどの優衣と喋っていいのかさえ解らない。


 4人目の優衣の登場にマサは拒否反応を見せ、ザグルはその場から逃れるように店の外へと視線を振った。

「ふんっ! 時空理論に対する暴挙だな……」


 こいつは優衣が時空を飛べることを以前目の当たりにして、ぶったまげた一人だから理由は理解しており、説明は省略できるが、問題はマサとヤスだ。優衣の多重存在どころか、俺の捻挫が数日で完治しているというのもおかしな事実だ。このことにマサはまだ気づいていないようだが、もし質問してきたらどう説明しようかと思う次第だ。



 俺の心情は暗雲立ち込め大嵐の一歩手前だと言うのに、反面、店の中はいたって静寂だった。同じ顔をした者が4人現れたって、ここらの怪物連中からしたら、珍しい事でもなんでもないようだ。


 ところがここで赤毛の優衣が驚くようなことを言った。

「初めましてユウスケさんですね。ワタシは今から2年前の者です。まだゲイツさんと出会っていませんので、名前は付いてません。ユイと付くのですか。可愛い名前で良かった」


 おいおいおい。

 となると……社長がお前に名前を付けたとき、すでに知っていたことになるが、そうすっと知っていたのに黙っていたのか?

「時間を跳躍する者にとってよくあることです。ワタシは時間規則を守り抜くのが義務ですので、絶対に顔に出すことはしません」


 鉄仮面優衣の誕生だな。

 あーアタマ痛てぇ。そんな時代の優衣まで借り出す必要があるのだろうか?


 横一列に並んで座る4人の優衣たちを順番に見渡す。左から、赤毛セミロング、黒髪ポニテ、栗色ボブ、黒髪ロングヘアー。

 いったいどいつが中心になって動いてんだ?


 俺は出されたミネラルウォーターを一気に飲み干し、マサはそれを頭から被り、玲子に大笑いされ、ザグルは呆れて黙り込んでいた。


「とにかく、いったん乗って来たシャトルに戻ろう。このままでは収拾がつかない」

「それがいい。これ以上ここにいたら、この店がユイねえさんでいっぱいになっちまう」


 マサの意見に俺も同感だ。ほっとけばいくらでも借り出せることができる。優衣は無限の時間を持ったガイノイドなのだ。遣り方によっては、ここに優衣を何百人だって呼び寄せることができる。ということは、今回の案件はそれほどにまで人手が必要なのだろうか。さっきから落ち着かないのは、そこだ。優衣は何を考えている。


「すみません、ユウスケさん。時間規則でお教えできません」

 だと思った。

 ただ一つだけ言えることがある。俺もだいぶ学習してきたんだ。舐めるなよ。


 それは何かとてつもないことがこれから俺たちに降りかかる。そのために俺がこいつら異時間同一体に何かを命じたから、こうして集団で登場したのだ。なぜって、俺はこいつらのコマンダーだ。こういう複雑な案件の時だけ俺の命令を聞くのが、優衣、および茜なのだ。


 どうだい? そんじょそこらの占い師より、俺の予感のほうがよく当たるだろ?


 あーやだ、やだ。

  

  

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