ジフカまでの長い道程(その3)
茜の誘拐騒ぎから半年が経過――。
銀龍はプロトタイプの営巣地を探って、コルス3号星から2500光年彼方の位置を航行中だ。怪人エックスからの情報もとんとご無沙汰だし。半年も経っているのにまだその辺をうろうろしていた。
いったい何をしてんだと言いたいのだが、社長と優衣が何か重要なモノを探し求めて先に進もうとしない。
最も腑に落ちないのは、俺がその理由を訊いても誰も何も言ってくれないところさ。
「み、なさーん。おっ茶の時間でーす」
「キュイッキュキュー」
毎度のことながら、茜とミカンの能天気さには言葉を失くす。中でも茜だ。こいつザリオンにさらわれたことをすっかり忘れてやがる。玲子もそうだ。あれだけ世話になったヤスとマサとを淡白にあしらいやがって、何だかこっちの気が引ける。あれからあの人たちはどこへ行ったんだろう。まぁ二人ともバイタリティ溢れるそのスジの人だから、たぶん大丈夫だとは思うが……。
「キュリリー」
「お。ありがとうな」
淹れたてのお茶のボトルをミカンから受け取りつつ、遠くに置いてきぼりをしてきた二人に思いを巡らせる。
「気にすること無いわ。たぶんコルス3号星のダウンタウンよ。あそこがあの人らの第二の故郷だって言ってたもん」
と、玲子だ。さっぱりしたもんだ。
「気になるんなら、呼ぶ? シャトル・ユースケで駆けつけるわよ」
「それだ! なんであのシャトルに俺の名前を付けたんだよ?」
「あたしが決めたことに対して、文句あるわけ?」
「うっ、無い」
勢いに飲まれた。
「それより、あのシャトルはどこから盗んできた?」
「変なこと言わないで、あれはユイが買ってあげたのよ」
お前は金を出していないのに、よくそれだけ大口叩けるな……と、そのサイフの持ち主、優衣に視線を当て。
「また管理者の金を無駄遣いして。後で叱られないのか?」
いつのまにか黒髪ロングを栗色ボブにイメージチェンジしていた優衣が、フワフワと内側にカールした髪の毛を振り払いながら言う。
「ピクセレートですから、シャトルなんか安いものです。それに中古ですもの、お買い得品でしたね」
宇宙船を安物の電化製品みたいに言うな。
ま、いいか。
茜も無事に帰って来たことだし、俺の捻挫も完治したことだし。
お茶を配って各自のデスクを一通り巡り歩いた後、優衣の背中に絡みつく茜。
「ねぇぇ。おユイさーん。今日も宇宙の謎に迫りたいですぅ。長距離センサーをいじらせてくらさーい」
「何が宇宙の謎に迫るだ。いっぱしの天文学者みたいなことを言うけど、ただ遊びたいだけだろ」
「えー。そんなことありませんよ。余った時間の有効利用ですよー」
「あのな、アカネ。ユイは忙しい身なんだ。邪魔をしてやるな。お前はミカンと畑でも行って来いよ」
「畑仕事はもう終わってまーす。お昼ご飯の準備も、晩御飯の準備も済ませてまーす」
「だったら、会議室の掃除でもしろ」
「あれあれぇ? コマンダー、わたしをここから追い出そうとしてませんか?」
「し、してねえーよ。俺はただ早くプロトタイプの位置を特定してほしいだけだ」
「だからー。わたしもお手伝いさせてもらってるんですよー」
「手伝いになってんならいいけど、これまでお前が見つけたのは、針の穴みたいなワームホールと、廃棄された船が一隻だけじゃないか。あの時は難破船発見って大騒ぎするから、すげえ騒動になったんだぞ。全速で近寄ったらただの朽ち果てた船で金属のガラクタ状態だったじゃねえか」
「裕輔。かまへんからアカネの好きにさせなはれ。大発見ちゅうもんはそういう経緯で見つかることがようあるんや。お前みたいに頭から全否定してたら、見つかるもんも見つからへん」
と即席で作った艦長席から声を轟かせるスキンヘッド。
この人はどういうワケか茜には甘い。野菜作りも、お茶汲みも、みんな一つ返事で許可を出した。なのに俺が提案した嗜好品を無料支給するっていうアイデアなんか、いつまで経っても実現しそうにない。せめてコーヒーだけもタダで飲ませろってんだ。
「なに言うてまんねん。晩酌にビールを一本付ける時がおますやろ」
「よく言うぜ。一本で済むハズが無いことを知ってるから、その後は俺たち実費だぜ。結局すげぇ金額払っていることになる」
「一本で済ませとけばタダやろ。それはオマはんの精神力が弱いだけや」
「そうそう」
と、横から口を挟んでくるウワバミ女を睨みつつ、その原因の大半はお前にあると言いたいところだが。
「くそ。酒飲みの習性を良く知ってるからな。いつから銀龍は立ち飲み酒場になっちまったんだよ」
俺の言葉を聞き終わるや否や、ケチらハゲは膝を強く打った。
「そうや。第一格納庫の修繕が終わったら、一角を立飲みコーナーにしたろ。酒飲みがぎょうさん金を落としよるで」
そんなものができたら、俺と玲子は毎晩入り浸っちまう。まったく何でもかんでも商売にしやがって……。
「電気を~ポンッ。簡単ワンタン、アタぁーッチ」
茜は変な節をつけながら鼻歌混じりで、俺と優衣のあいだに座って、スキャナーを起動。モニターを睨みながらコントロールパネルのキーボードを叩き始めた。
オモチャに熱中する子供みたいな横顔を見つめ、残っていたお茶のボトルを傾ける。
よく考えたら、このお茶もそのうち有料にするとか言いだす可能性がある。そうなると俺たちの給料がますます圧迫されることになる。
宇宙はどこまで行っても住みにくい空間だな、まったく……。
ぐびり。
また一口お茶をすする。この味だけは不変のものでいつ飲んでもうまい。
「ねぇ……?」
オペレーター気取りでスキャンを始めた茜がモニターへ目を据えたまま、小さな声だけを俺へと注いできた。
「んだよ?」
「コマンダーは~、レイコさんの奴隷なんですか?」
ぶはぁぁぁぁぁー。
「汚いなぁ、裕輔!」
「あー。フィギュアに掛かったッスよー。裕輔ぇ」
噴き出したお茶がレインボーカラーを纏った霧となり、玲子と田吾を襲った。
「だ、誰だ! アカネに変な言葉教えたヤツ!」
「ジフカで学習して来たんでぇす」
しれっと言い放つ茜。
「社会勉強の成果ってとこね」
ティッシュで顔と髪の毛を拭き拭き、玲子。
「アカネ、奴隷の定義を言ってみろ」
「シモベでーす」
「ちがうー。人間扱いされずに他人の所有物みたいに扱われる、かわいそうな人のことだ。ぜったいにそんなことあっちゃならんのだ」
「コマンダー。わたしもお手伝いします。一緒に戦いましょう」
俺の胸に飛び込み、茜は潤んだ瞳に無垢な光を滲ませた。
「二人で解放の日々まで……」
上目遣いに俺の顔をじっと見た。
「俺は自由だ。誰からも束縛されてない!」
玲子と俺を交互に観察するバカのオデコを人差し指の先で突っつき、
「お前のここに知識が詰まっていくのはコマンダーとして嬉しいのだが、それをうまく使いこなせないのはどういうワケだ?」
「だってぇー。わたしの言語マトリックスはコマンダーの脳からダウンロードされてますのでぇ。それは無理です」
銀色のショートヘアーの先をフルフルと揺らした。
「こ、の、や、ろー」
「ユウスケさん。もうしばらく辛抱してください。この子はジフカで奴隷解放のために闘ってきたばかりで、まだその余韻が消え去らないんです」
怒り狂いそうな俺の肩に、優衣の小さな手が添えられた。
またそれか。
「いったいジフカで何があったんだよ。玲子もたいした説明も無しだし……」
「べつに……」
鼻らか抜ける気の無い返事をして、玲子は最近セミロングまでカットした黒髪をなびかせながら、自分の大した仕事でもない仕事に集中する――振りをした。
「俺が手伝わなかったのをまだ怒ってるのか? あれは怪我をしてだな……」
「べ、つにぃ」
今度は鼻で笑いやがった。
「俺なんか必要なかったっていう意味か、くそっ何か腹立つな」
「レイコさん……」
俺を挟んで向こうから優衣の制する声。それは明らかに俺にかまうな、という意思表示にしか思えなかった。
この半年間、ジフカの話題になるとなぜか玲子は身を固くする。優衣は平然としているが、玲子は意外と正直に表情を顔に浮かべるので、はっきり受けるシカト感があまりに不自然で釈然としない。
「何か気分悪い空気だな」と言うと、やっぱり玲子は表情を変えて、
「そのうち分かるから、気にしないの」
なんてこと言われると、よけいに気になるもので――。
このあいだはあまりに引っかかったので、力づくで言わせてやろうと、ちょっと迫ってやった。通路で呼び止め、
「玲子! 何があったんだ、教えろ!」
てな感じで、マジ顔であいつの目を見て、壁をドンっ! だ。
そしたら、あいつどうしたと思う。
ああぁ~。
なんて熱い吐息をしたと思うなよ。
一瞬で俺の脇をすり抜け、首に腕を絡めて背面投げをかましてきやがった。その素早かったこと。アッと思う間もなく通路の壁がグルんって回転して床が俺のほうにドンっだ。
下から突き上がってきたのかと思ったぜ。それぐらい刹那の瞬間に投げ飛ばされていたんだ。
壁ドンをかましたら、ぶん投げられてこっちが床ドンさ。
いいか、覚えておいてくれ。床ドンは背骨に悪いぜ。
それ以来、この話題はしないことにしている。身体がいくつあっても足りんことになる。
「あー。またまた新発見ですぅ」
俺と優衣に挟まった位置に座る茜がでかい声を出した。
今度は何を発見したんだ?
どうせ宇宙に浮かぶ空き缶でも見つけたんだろ。
「おユイさん。センサーのタイムラプスが負の数値になるんですけど。これって新発見ですよね?」
それは新発見でもなんでもなくて、お前がセンサーの調整を怠っているせいだ。どうせ補正も何もやらずにいきなりスキャンを始めたんだろ。
「ちゃんとゼロ調整もしていますよー。わたしも、もうスキャンぐらいできまーす」
「はいはい。ごめんね」
いちいちかかわっていられない。田吾も気にせず黙々とアカネのフィギュアの仕上げに精を出していた。
コルス3号星のフリマではあいつの作ったフィギュアが即行で完売して、予約の300体をこなしたのに、さらに追加の300体の注文が来たとか。売れるもんなら何でもオーケーの社長は大喜びで無線機のデスクを明け渡した。そうさフィギュアの作業台としてな。もうむちゃくちゃだろ。
「これは珍しい現象ですよー。大発見です。えへ~どうですコマンダー。わたしエライでしょ」
「べつにエラかねえよ。俺たちは探査船じゃんねぇんだ。そんなもの学者に任せておけ……お、おい、なんだ?」
俺を押しのけるようにして、優衣が茜とのあいだに入ってモニターを覗き込んだ。そりゃあ、えらい勢いだった。
マジ真剣な目で数秒ほど睨み倒し、
「確かに……負の流れになっています」
ひとうなずきして、奥へ向かって不可思議なことを言った。
「社長さん。発見しました。裏モード開始します。ユウスケさんをお借りしてもいいですか?」
こっちは、「はぁ?」だ。
何だ裏モードって。確変でも始まるのか?
部屋の隅っこで、さっきからシロタマとイガミ合っていたハゲオヤジが、ついと頭をもたげ、
「おぉ。そうなんや。もうその時期でっか。ほな、裕輔、準備しに部屋へ戻りなはれ、ゴキゲンさん」
手のひらをヒラヒラさせた。それは早く行けと言う仕草でもある。
何の準備をしろというのだ?
ポカンとする横では、キラキラした目で玲子が言う。
「ふぅ。やっと来たか。あー。肩が軽くなったわ」
「な、なんだよ。お前もフィギュア作りを手伝っていたのか? 肩が凝ってんのか?」
玲子は意味ありげに、ふふふと笑い。
「凝ってないわ。凝るのはあなた……そっか、だから半年後だったのね」
い、意味ワカメ~。
「何言ってんの、お前!」
さらに戸惑いは深みを増す。
『機長へ通達。負の時間流を持つワームホールを発見しました。指定位置に急行してください。到着と同時に時間跳躍に入ります』
シロタマが報告モードになり、打ち合わせでもしていたかのような通信を操縦席へ開始。
「何が始まったんだよ。俺、何も聞いてないぜ。何の準備をしたらいいんだ? 時間の跳躍って何だ。あの気分の悪いのはもう二度とごめんだ」
『これは裏モードです。ユイの跳躍は行いません』
社長の頭上から俺へと告げるタマは、いつものように冷然としていた。
そこへ、虹色の閃光が広がり、黒髪ロングの優衣が姿を現し、
「DTSDによる時間跳躍ではありませんので身体へのダメージはありませんよ。ユウスケさん」
「お前……異時間同一体か!」
「あ、はい。皆さんお元気そうで。ワタシは半年過去のワタシです」
室内を一巡させ、茜に視線を合わせてニコリとした。
「よかったね。無事に帰ってるわ」
そしてやおら俺の目をキラキラした瞳で見つめると、
「これが裏モードです。ワタシの時間跳躍を使わずに過去へ飛びます。この緊急的処置を利用してアカネは救助されたのです」
「どう利用したんだ。説明が無さ過ぎる。ワケ解からんぞ!!」
「茜にスキャンをさせていた理由が解りませんか?」
「わ……解らない……って。え? 負の時間流を持つワームホールを茜が見つけるのが時間項だというのか?」
「そうですよ。だから誰も文句言わずにアカネに任せていたのです」
「ちょ……ちょっと。なんでいまさら半年過去に戻らんといけないんだ?」
ゴネようとする俺の腕をつかんで引き寄せる優衣の力に勝てるはずが無い。
「ユウスケさん。早く旅の支度をしてください。これから過去のジフカに行くんです」
「なんで俺が旅に出るんだよー。過去にだって俺がいるだろ。助けが必要ならそいつに頼めばいいじゃないか。捻挫ぐらい我慢すると思うからさぁ」
「ケイゾンの中ではDTSDが使えなかったんですよー」
「ケイゾンって何だぁ?」
グイッと過去体の優衣に腕を掴まれて立たされた。
「どうしてもコマンダーが必要なんです。ねぇ来てぇ」
「こういう時だけコマンダーを頼りやがって、いつもは雑な扱いしかしないくせに」
「アカネが行方不明なんですよ。放っておくんですか!」
「あのなー。茜はここにいるだろ。その話はもう済んでんだ。この過去体は何を言いにここへ来たんだ?」
「こっちはこれからなんですぅ」
黒髪の優衣はグイグイ俺を引き摺って行く。その力に敵うはずは無いのだが、俺だって抗うぜ。
「ちょっと待って! 何がなんだか解からない。社長。説明を求めます。可愛い従業員が拉致られて変なとこへ連れ出されようとしています」
今の優衣と過去体の優衣、両方から腕を引っ張られ、
「アカネに何かあればこの宇宙は終焉を迎えるんです。あの子が要なの。まだご理解できないんですか?」
「うぅ。何もそんな厳しい言い方しなくても……」
「あたしも見損なったわ。裕輔ってそんなオトコだったのね」
「ヒドイ人です。わらしを見捨てる気なんれすねー」
玲子が俺の前で仁王立ちし、茜が俺の裾を強く引く。
「って……。お前が言うな。お前はここにいてんだから、それは済んだ話じゃないのかよ」
「この時間域のユウスケさんが助けたから、今のアカネが存在するんです。ここで拒めばこの子は消滅します」
『時間跳躍まであと3分……』
「何をほたえてるんや(さわぐ)。おまはんは足を痛めて長い期間ゴロゴロしとったんやろ。その分、今ここで働かんかい! 働かざる者食うべからずや。今日から飯抜きにしまっせ。それにワシらも一緒に行くんや。文句いいな!」
「なんで俺だけ知らされなかったんだよ?」
『時間跳躍まであと2分……』
「言うとあなたペラペラ喋るでしょ。時間規則を簡単に破りそうだもんね」
『時間跳躍まであと1分……』
「うるせえ、タマ。そんなに1分が短いわけないだろ」
『ユイ。こいつうるさいから、ミカンに詰め込んで先に飛ばせばいいでシュよ』
「コイツって言うな!」
「だめですよシロタマさん。全員一緒でないと元の時間に融合できません。ユウスケさんだけ元の世界に戻せなくなります」
『向こうに捨ててきたらいいでシュ』
それはいやだ。
「あーわかった。静かにします。はい黙ります。だから元の世界に戻る節はよろしくたのみます。な。ユイ?」
フィギュアの頭を削っていた手を止め、ようやくこの騒動に気づいた田吾が四角いメガネの縁を持ち上げた。
「みんな……何してるダ?」
「お前、この騒ぎが耳に入らないのか?」
「んダな。夢中になると何も聞こえなくなるし、お腹も減らないダ」
便利な体だこと。だったらよー。
「たまにはお前も手伝ったらどうだ。外回りしろ外回り」
スキンヘッドが頭を横に振る。
「あかん。田吾にはフィギュア作りに専念してもらう。追加注文が380体も来とんや。おまはんより忙しい身なんや」
「銀河を救おうとする特殊危険課が貧乏臭ぇなぁ。通信機の前が内職の作業場みたいになってんじゃんかよー」
「うっさい! はよ行け!」




