シャトル・ユースケ
「なー。ユースケ? オマエの最高速度を訊きたいんだ。やっぱ乗り物って言えばそこは外せねえだろ?」
『オレかい? オレの瞬間最高速度は光速の79パーセントだ。巡航速度で50パーセントってとこかな』
「よく解からねえなー。時速で言ってくれよ」
『最高時速8億5320万キロだな』
よけい解らんぜ。
ヤスも同じ気分なんだろ。しきりに首を捻っていた。
『前のスケは何キロ出たんだよ?』
「スケって?」
『ヨウコちゃんだよ。その子は何キロで走れたんだ?』
「壊れる寸前で450キロを振り切っていたぜ」
『ふーん。スケの割には頑張ったほうだ。でオレは……そうさな、オレはその190万倍だな』
「すげーな、オマエ」
シャトルのAIとの会話なのに、コンビニの前でウンコ座りしながら語るのと内容はそれほど変わらないのが不思議だ。
『おーっと、ヤス。途中で悪ぃな。トロトロ飛んでっから、うっせぇー奴が来ちまいやがった』
シャトルは会話を中断した。
「誰だよ?」
習慣だな。つい後ろを振り返って、空調の吹き出し口に立っていたユイねえさんと顔を合わせてしまった。
ヤスもあるワケねえバックミラーの位置に視線を滑らせているし。
「ユースケ。後ろが見たいんだ」
つーんと小さな音を出して、操縦席右手に後部を映すモニターが点いた。
『バックモニターだ。見えるか? あの白黒ツートン柄のシャトル』
「あれが何だよ?」
オレも助手席から覗き込む。
『オレらの天敵だ。よく覚えておけよ、あれがコルスのサツが乗るシャトルだ。白と黒のツートンだからな。遠くからでもよく見えるだろ?』
「ああ。目の裏に焼き付いてるぜ」
オレは頭を抱え込む。酔いのせいかクラクラしてきた。宇宙にまで出て来てまたサツに追われる身なのか?
『今はまだ巡航速度以下だ。それよりもうすぐ小惑星帯が見えてくる。その中に飛び込んでマケばいい。オレの本当の実力を披露してやるから。うまく操縦してくれよ。相棒!』
宇宙船に相棒と言われて、目を輝かせてうなずくバカはこの宇宙で一人だけだ。ヤス、お前だ。
「あにい。ユースケと一緒にサツをまくぜ」
ヤスは声を半音ほどシフトアップさせて気勢を上げた。
「やっぱその名前やめたほうがいいんじゃないか。あのとぼけた顔が浮かんでしょうがないぜ」
《前を行くシャトル! ただちに速度を緩めなさい。コルス星域内での最高速度を超えています》
『へっ! 止められるもんなら止めてみやがれ。バーカ』
ユースケはいっちょ前に機体を左右に流してサツを煽った。
《所属を述べよ。どこの船だ?》
正面のキャノピーに制服姿の警官が映った。通信モニターにもなるらしく、パイロットとマイクを握りしめた男だ。どっちも一般人にはない荒々しい雰囲気だった。
《コルス星の人間じゃないな》
訝しげにオレたちを見る警察官は、別の星の警官ではあるのだが、一目見てそれだと分かる。オレたちの天敵はどこへ行っても同じだと悟った。
「だから、何だってんだよ!」
ヤスが荒々しく言い返し、オレはひとまず口を閉じる。交通課の連中はヤスの受け持ちで、オレは生活安全課だ。そうさチンケなヤクザさ、ほっとけ。
《その船にはナンバープレートも付いていないじゃないか。さては盗難船か?》
おー、ヤスの若き頃の職業だ。
《船主は誰だ。おい!》
だいぶ険悪な雰囲気になって来た。
『ばーか。持ち主は、S475、アーキビスト様だ。今も乗っていらっしゃる。文句あっか!』
と答えるシャトルに、警官二人は一瞬、顔を見合わせてから、
《ウソを吐くな! 管理者のアーキビスト様がチンピラの操縦する船に乗っておられるはずがないだろ。今すぐに止まるんだ》
管理者とかアーキビストとか、ちょくちょく耳にするが、それがユイねえさんのことだということは、薄々だが理解してきている。
「どうしやす?」
よく分からないが、まだ空気排出口に張り付いて息を止めるロングヘアーの女性に尋ねた。
「振り切っちゃってくらさい」
「は?」
酔ったのか?
どことなくアカネさんとよく似た口調が気になる。
「ユースケ! もたもたすんな。サツに捕まるなよー!」
ワイングラス振りかざして、こっちの姐御はご機嫌だった。
『よーし。レイコねえさんのお許しが出た。本気で飛ばすぜ、ヤス』
「おーー」
ヤスと意気投合したシャトルはサツの映像を消し去り、元族頭、総長は操縦席に座り直す。
「慣性ダンプナー起動。レベル最大。左右ナセル噴射制御装置異常無し。制動抑制バーニアよし、次元フィールド抑制ディフレクター正常」
「ど……どうしたヤス。急激に賢く見えるのはどういう理由だ!」
「知らないんっす。でも解かるんすよ。頭の中に沁みてくるんだ。慣性ダンプナーってのはシートベルトみたいなもんで、左右ナセル噴射制御装置はアクセルとハンドルで、バーニアってのはブレーキっすね。それから次元フィールド抑制ディフレクターってえのは、フロントスポイラーっす」
「すげぇなヤス。オレはうれしいぜ。白バンを失ってお前が落ち込むかと思っていたら、ひと皮むけたな。大人になったんだ、ヤス」
『現在、時速3億3789万キロ』
バックモニターを睨むヤスの目は、バンのバックミラーを見るときのそれ、そのモノだった。
「もうちょいスピード上げてくれ。まだ詰めてきてるぜ」
ヤス、その目だ。兄貴として誇らしいぜ。蘇ってくれ、ヤス。
『アニイ。泣いてる場合じゃねえですぜ。しっかり掴まっててくれよ。まもなくアステロイドベルト(小惑星帯)だ』
「泣いてるんじゃねえ。喜んでんだ。なんだかオレもワクワクしてんだよ!」
いつもの目に戻ったヤスは、きびきびと動く。
「マニュアルコントロールポッドを出してくれ、相棒」
『くう。通だね。マニュアル操縦たぁさすがだ。おらよ。ヤス、任せたぜ!』
何も無かったフロントパネルから2本のレバーが出てきた。レバーの先にはボタンも付いた、まぁゲーム機のツインレバーだな。それの、もうちょっとできのいいヤツだ。
それへと両手を添えると、力強く握りしめた。
『そのレバーで左右にあるナセルの噴出量と方向、ボタンはバーニアのコントロールができる。さあヤス、初舞台は目の前だぜ!』
キャノピーに迫り来るゴツゴツの岩場が見えて来た。次の瞬間。ヤスは両方のレバーを右に倒した。シャトルは右へと旋回。ずらーと並んだ星の破片やら、大きな岩の集合体の淵に沿って高速に移動した。
『ヤス。何してるんだ。そっちへ逃げたら、速度の低下を招く。サツに追いつかれちまうぜ!』
シャトル、ユースケの言うとおりだった。すげえ速度でパトカーが後ろに張り付いた。
《よーし。不審船。そこから先は危険地帯だ。そのまま停船しろ!》
「ほらみろ。サツに追い詰められたぜ」
向こうもそれなりのシャトルだ。たぶん速度に関しては近いスペックを持っているのだろう。あっという間に追いつき、オレたちの真後にぴたりとくっ付き離れなかった。
『ヤス! 何してんだ。早く飛び込めよ』
「な、何が……?」
『ここは宇宙だ。地面の上じゃねえんだ。まだ上とか下とかの選択肢もあるんだぜ!』
「そ、そうか。平面のクセがついてるから、つい回り込んでいた。そうだな立体的に考えていいんだ。ふははっ!!」
目を見開き、悟りを開いた坊主みたいな表情を浮かべたヤス。
「感じ取ったぜ。あにい。こりゃ無敵だ。そうさ、オレ飛んでんだ。走ってんじゃねえんだ。うははははははははは」
「や……ヤス、狂ったか?」
「あにい。ニュータイプの走り屋の腕を見ててくれよ」
腕まくりをしたヤスはギンっと小惑星帯を睨んだ。
「ヤス! 行きまーす!」
どこかで聞いたことのあるセリフを発すると、キャノピーの先に巨大な岩石がみるみる迫る。次の瞬間暗闇が覆った。影と光だけ、コントラストのきつい岩陰がノーズ寸前に、
「どぁぁぁぁぁあぁぁ」
オレの叫び声より早く、それは衝突寸前に真上に突きあがった。つまりシャトルが真下に沈んだのだ。そして急速右旋回。次に迫る岩の黒々とした亀裂が鮮明に見えた。
「うがぁぁぁ」
さっと上昇してその向こうへ飛び去る。まるで気流に乗った鳥だ。真空の宇宙に風が流れるようだった。シャトルは疾風に乗ったハヤブサのように振る舞い、巨大な岩石の塊を次々と避けて飛び続けた。
ツートンのパトカーも同じ速度で侵入を試みたが、数個先で尾翼を接触、あとは弾け飛ぶピンボールの金属球と同じだった。あちこちに衝突を繰り返して、やっと止まった。
ヤスはこの瓦礫の中で、機体を捻りながら宙を回転してUターンするという離れ業を見せつけつつ、動かなくなったパトカーの真横でシャトルを止めた。
「どうしたんだ?」
操縦席でキャノピーを睨んたヤスの横顔を戸惑って見るオレ。
停船を指示したのはユイねえさんだった。通信機に向かって尋ねた。
「あの……お巡りさん? お怪我はありませんか?」
このシャトルから掛ける言葉ではないと思うが。
パトカーの外壁は頑丈にできているらしく、傷は見えるもののそれほど損傷はない。それよりもひどいのは内部だった。
ぐしゃぐしゃに散らかったパトカーの操縦席内部が正面にあるキャノピーに映し出された。地震直後の家から這い出して来た、みたいな姿の警官がこちらを向く。
《オマエら何モンだ。命が惜しくないのか、バカヤローめ。全員逮捕だ。今からそっちへ……》
そいつはユイねえさんへ視線を合わせた途端、硬直した。
《Fシリーズの進化版……》
警官の喉がごくりと上下するのを確認してから、ユイねえさんが名乗り出る。
「ワタシがS475、アーキビストです」
《な――っ!》
飛び上がる二人の警官、と、そこへ突然の警報音。
ユイねえさんを見て目を剥いていた警官がさらに青ざめた顔色になると、バタバタとひっくり返っていた操作パネルを起こし、何やら慌てだした。
同じ警報音がこちらのシャトルにも鳴り響きだした。
「な、何だよ。これ?」
こっちだって慌てるさ。
騒然たる警報は止まったが、赤色灯の点滅はそのまま。
《無許可のワープシーケンスが開始されています》
と、向こうのシャトルの報告音声がこちらにまで聞こえてきた。
《な、誰が、こんなところにワープして来るんだ!》
《あり得んだろ。ここは宇宙船の航路から外れてるどころか、航行禁止区域だ》
あっちの警官はオロオロするばかり。
「ユースケ。何が起きたんだ」
こっちだって何がなんだか解らない。
『誰かが許可なく、ここにワープして来んだよ』
やっぱり何を言いたいのか解らない。
「ワープってあのワープか。宇宙モノSFでは欠かせない、あのワープって言うヤツか?」
テレビではお馴染みのあのワープを目の当たりにできるのは光栄なことなのだが、サツの慌てようが尋常ではない。
《申し訳ありません。アーキビスト様とはつゆ知らず、荒々しいお言葉をおかけしましたことをお許しください。このワープは何でしょうか? もし我々の追跡が、あなた様のお怒りに触れ、誰かを招集したのでしたら謝ります。どうかお気をお鎮めください》
崇め立てるような警官の態度から察すると、怒ったユイねえさんが何かを召喚したのだと思い込んでいるのだ。
それならこっちもこんなに慌てることは無い。それともこの人は霊能力者じゃなくて、魔法使いだったのか。魔獣の召喚でもしたのだろうか?
《実体化します。衝撃に注意してください》
とパトカーの警告音声。
「ぬぁぁぁんだぁぁ?」
不気味な空間波動が、シャトルの外壁を伝わって直接肌を震わせてくる。
目の前に広がる小惑星帯の真上を覆い被す巨大な影が広がった。それは十字を模っていた。
「あちゃー」
と言って頭を抱え込んだのはアネゴだ。
《無許可のワープサインは星間協議会のものではありません》
と再び向こうのシャトル。
『こいつらはいってえ誰だよ。まだあと4機現れるぜ。おいおい。こんな狭い場所でマジかよ。無茶しやがるなぁ』
と慌てるのはこっちのシャトル・ユースケ。
どう聞いても、こっちのほうが頭悪そうだ。
オレたちの周りに広がっていた小惑星の破片が、そこを中心にまるで水が引くみたいに後ろに下がって行く。そしてそれが巨大な空間になる頃。
《こ、この船の形状は……》
震え上がっていたパトカーの前に巨大な十字架が次々と現れ、逃げる間も無く、オレたちは囲まれた。
《ざ、ザリオンだ!》
青ざめた一人の警官がそう叫び、船内のゴミの中に潜り込んだ。ガタゴトと言う音だけが響いて来る。
「嫌な予感がしやすけど、ワニの旦那ですか? それとも、別のワニですか?」
レイコ姐さんは何とも渋そうな顔をして首を振った。それはどっちを否定したのだろう。
『第一から第五です』
相も変わらず、シロくんは冷徹に報告するし。
「……………………」
胃の下あたりが痛くなってきた。
《こんなゴミの中で何してるんだ、ヴォルティ・ザガ?》
二階から物を言う、この高圧的な口調。
「ザグル……」とレイコ姐さん。
《ヴォ、ヴォルティ・ザガ……、アーキビスト…………オーマイガ!》
とつぶやいたのは警察官。
《あんまり遅いから迎えに来たぜ。この辺は物騒だって言うからよ》
こらこらティラノくん。最も物騒な輩がそういうことを言うもんじゃないよ。
サツのシャトルがゆっくりと後退を始めた。
《逃げるな、ポリ公!》
びくっとして急停車。
《オレたちのヴォルティ・ザガを困らせていたんじゃねえだろうな?》
と警官に凄味を見せるジェスダ大佐。
《いぃぃぃえ。道に迷っておられるようでしたので、ちょっと御案内を……。なあ?》
瓦礫の山の中から顔を出して硬直している仲間に尋ね、
《あ、あ、あ、あ、は、はい。そ、そのとおりでありまして、本官らは逆に遊ばれていたほうでして……》
この有様を見ろとばかりに手を広げる。年末の大掃除でも始めたのか、というほどの散らかりようだ。
「ほんとうに、すみませんでした。何か損害がありましたら、弁償させていただきますが」
とあくまでも低姿勢なユイねえさん。
《い、いえー。何も損害はありませんよ。それよりお友達ともお会いできてよかったであります。で、では本官らはこれにて……》
パトカーは2秒でこの場から消えた。




