サプライズ
「レイコねえさん、ほんとにすまねえ。あと少しのところで……」
「ヤス、泣かないの。あたしたちは何も気にしていないわ」
何だかさっぱりした顔をしていたが、アカネさんの消息が途絶えたのだ、内心では地団駄を踏んでいるに違いない。
「いやしかし、取り逃がしたワケだし……」
「大丈夫、行き先は解ってるし、応援も頼んだから」
「応援? 行き先? どこへ? どうやって?」
この人と行動を供にすると謎ばかりが膨らんでいく。
「ヤスくん。気に病むことは無いわ。あなたにはもっと新しい乗り物を操縦させてあげるからさ」
悄然とするヤスの肩を姐御がぽんと叩いた。
「新しい?」
奴の目がみるみる輝きを増してくる。
「何すか? 新しいって進歩したってことっすか、レイコ姐さん?」
「ちょっと慌てないのー」
ユイねえさんに向き直り、
「そういことになるんでしょ、ユイ?」
「はい。ギンリュウで追いかけると目立ち過ぎます。やはりひっそりと移動するにはあれしかないでしょう」
「ちょ、ちょっと姐さん。もう少しでいいから説明してくださいよー」
子供のようにはしゃいですがりつくヤス。ちょっと姐御に近づき過ぎだ。もちっと離れろ。
ユイねえさんは爽やかに微笑み、
「すぐに出発します」
「どこへ?」
「ターミニオン星系です」
恐ろしいことを言った。
「げぇっ! そこってワニの星があるところじゃねえっすか」
「嫌な予感がしやすね、あにい」
訝しげなヤスの表情に、レイコ姐さんはニヤリとしただけだった。
冒険好きの心に火が点いちまったなー。やっべぇなー。
なぜかユウスケの旦那の顔が過ぎった。今ならあの人の底知れない苦労が理解できる。
「銀龍一家やワニ軍団の助けも無しで、どうやってそこへ行くんすか、アネゴ?」
現実問題としてここは見逃せない。オレたちが無一文なのは承知のはずだ。
何しろ空港の待合室で、持っていたフィギュアをそこらにいた観光客に叩き売って、その金で、安い地下鉄と路線バスを利用して帰って来たんだ。おかげで管理組合の倉庫へ戻って来た時は、どっぷりと陽が暮れていた。
こんな状態でどうやってターミニオン星系まで行くって言うんだ。
「ヒッチハイクっすか?」
それだけは勘弁願いたい。
レイコ姐さんは任せておいて、と根拠のない言葉を繰り返すだけで、残っていた金でオレたちに夕食をおごってくれたのはヨシとして、これで完璧に無一文となった。
なのに観光気分で地下街を練り歩いている。
「ユイ見て。あのファッションも斬新じゃない?」
オレからしたら、金属のすだれを着たとしか見えない。そういえばあれは防弾スーツに似ていないか?
さすが宇宙だ。オンナが防弾ファッションを着こなす時代なんだ。
「うおぉ。何だこいつ。水に浸かってんぜ」
お子様プールみたいなビニールっぽい服を全身に着込み、中は水が満たされていて、ちゃぷちゃぷさせて歩く姿に驚愕する。
『ラグーンと呼ばれる水棲人です。魚類から進化した生命体で水に溶け込んだ空気で呼吸しています』
シロくんが述べた説明を聞いて思う。
するってえと、あのプールの服は……。
『宇宙服です』
「やっぱし」
もし穴が開いたら、そこらじゅうが水浸しになるじゃねえか。無理してこんな星にやって来るコトはねえだろうに。迷惑な話だぜ。まったく。
「あにい。なんか暑くないっすか?」
「そ、そうだな。何だかヤケに暑くなってきたな。陽は落ちて冷やっこかったはずだが」
『高恒温生物がそばを通過中です』
そう言えば人混みが引いていてオレたちの周りには誰もいなかった。その横を涼しい顔をして通り過ぎようとする日焼けの肌が赤々としたオンナ。
「あっちぃぃ」
ヤスが飛び退けた。
『体温が78℃もある高恒温生物のファミシリアンの女性です。同じ恒温動物でも36℃のアルトオーネ人は近づかないほうが賢明です』
整った面立ちに、何度も言うが涼しげな瞳が美しい。肌が妙に赤いが、ちょっと魅かれる体形はなかなかのモノ。こんな人と異文化交流をしてみたいな。まさに燃える恋だ。
「ナンパでもしたら?」
と冗談めかして姐御が顎をしゃくるが、
うう。クワバラクワバラ。遠慮させてもらう。それこそ焼かれちまうぜ。
「それならヒモ生活でもしたら。あなたならぴったりじゃない」
うう。それだと導火線ですぜ。
それにしても――。
この星の連中は三つコブを除けば、ほぼオレたちと同じなので問題ないが、さすが観光宇宙都市コルスだ。雑多な宇宙人が歩いている。もっとも向こうから見ればオレたちも宇宙人だがな。
オレとヤスは周りを闊歩する宇宙人にビビリまくっていたが、アネゴとユイねえさんは慣れたもんだった。
おかげで込み上げてくる疲労感が半端ない。
「疲れたぜ……」
「オレもっす。あんなバケモンがぎっしり詰った地下鉄乗ったの初めてですからね」
ヤスは空港からここまでの道程を思い出したのだろ。どこかのテーマパークに必ずある舞台裏のほうが、まだ整然としていて普通に接していられるような光景だった。
なんにせよニュータイプへの道は険しいと思っていたが、こういう試練が待ち受けるとは思ってもいなかった。
食事が終わり、散策という名のウインドーショッピングも終わり、まったりとした時間が過ぎ去っていく。
「この後、どーすんですか?」
と尋ねるオレに、レイコ姐さんは指を折り曲げて、ついて来いと言う仕草を繰り返すだけなので、オレとヤスはカルガモの親子を演じることにした。
いつもの町ならオレが先頭に立ち、肩で風を切って練り歩いてやるのだが、何しろ右も左も、それどころか人種もまったく違う異世界だ。
外国へ旅したとしても同じ星の人間だろ、どーってことない、人類みな兄弟さ。ところがどーだ。全員が宇宙人だぜ。リアルサファリパークって呼んでもいいぜ。どこに肉食獣が潜んでいたってなにもできない。こっちは丸腰なんだ。レイコ姐さんが持つ銃が頼みの綱だ。
ところでこの星では銃の所持はどうなんだろ?
誰も腰に差していねえところを見ると、また姐御のヤツ無許可なんだ。ほんと、とんでもねえオンナだぜ。オレが言うのもナンだけど……。
ところで何とかと言う星系へどうやって行く気だろ?
察するところ、あの二人がのんびりしていられるのは、すでにそこらを含めて準備が整っているからに違いない。つまり移動手段はアレだということだ。
「やっぱり……な」
二人は組合の倉庫の奥、オレたちが乗ってきたプランターが転送された部屋ヘ向かっている。
あれだけカッコ悪いとか文句を吐いていたくせに、あのプランター式の宇宙船で出かけるのか。
狭い空間に姐御とくっつけるのは極楽だからオレは文句は言わねえ。
「マサ。そっちじゃないわ。この奥よ」
倉庫の扉に手を掛けようとした俺の手を姐御が止めた。
半分開いたドアの奥に、白いプランターが来たときのままの状態で置かれていたのを視界の端で確認しつつ尋ねる。
「ターミニオン星系まであれで行かねえのか?」
姐御は渋そうな顔をして訴える。
「もうあんなカッコの悪いことしたくないわ」
あんたが持ち込んだくせに……。
首をひねり捻り、その後をついて数分。
コルスの成人男性がオレたちを待っていた。
そいつは朗らかな笑みをまきちらしながら歩み寄って来ると、
「秘書さん。ご準備できました」
何の準備だと言うんだ。このハンサム野郎。
オレの許可無く姐御に近づく怪しい人影は……いってえ誰でぇ?
爽やか精悍面がよけいにイラつくんだ。
姐御も考えられない美人声で返す。
「ご足労おかけいたします、ラルクさん」
オレたちに曝け出すのとまったく異なった態度が、まっすます気にいらねえ。
「とんでもございません。あ――。これはアーキビスト様。初めてお目にかかります。ダージルト運輸の貨物船パイロット、ラルクです」
ユイねえさんにまで、何だその親しみ感満載の目は……ゲラマッチョ気に入らねえな。
「どちらサンでやすか、姐さん?」
堪らなくなって口を挟んだ。ヤスのほうがな。
あー、オレが出さなくてよかった。兄貴としてはカッコ悪ぃいもんな。
ヤスよー。もっとどっしりと構えなきゃダメだぜ。
「あ、これは申し訳ありません。フジワライッカさんですね。話は社長さんから聞いております」
どういうことだ?
「本当に無理言って申し訳ありません」
丁寧に頭を下げるユイねえさん。
「こちらこそ、アーキビスト様のお手伝いができるなんて、とても光栄なことです」
うーむ。アーキビストってどういう意味だろ。そう言えば組合長のオヤジもそう呼んでいた。
そうか、ミドルネームだ。なるほどな。
シラガネ・アーキビスト・ユイ
素晴らしいぜ。エクストラベター素晴らしい。
「本来ならワタシがお供をするところなんですが、仕事の関係でどうしても抜けられませんで、申し訳ありません」
貨物船のパイロットはペラペラと親しげに喋りながらオレたちを誘導すると、背の高い鉄の扉を重そうに押し開けた。
さっと目映い光が目を射し、大きな物体がシルエットとなって展開。
『次元フィールド抑制型ディフレクター搭載のシャトルクラフトです』
先に扉の隙間をすり抜けて飛んで行ったシロくんが振り返ってそう言った。
「はぁ? なんすかそれ?」
何の説明をしたのかてんでさっぱりだが、オレたちの前に現れたのは照明の光を煌めかせた銀白色のカッチョイイ乗り物だった。
「L級のシャトルクラフトで、ワタシも何度か使っていた船です。中古というより、新古品ですね、程度は最高ですが、本当にパイロットがいないくて大丈夫なんですか?」
「ありがとうございます。シャトルだけで結構です。こちらにも優秀なパイロットがいますので」
こちらにも……?
念のため周りを見渡すが、オレたち以外誰もいない。姐御、ユイねえさん、オレだろ。あとは……。
まさか。ヤスに操縦させようってのか?
「レイコねえさん? まさかこいつに?」
「え?」
キラッキラの目をこっちに振るヤス。
まさかなー。
「こいつクルマの運転免許は……たぶん持ってると思いやすが、航空機の免許はねえっすよ」
ヤスもコクコク。
「あ。すみませんワタシ仕事の呼び出しが掛かりましたのでこれで失礼させていただきます。ではこれを……」
キョトンとするヤスに爽やかスマイルを向けたハンサム野郎は、姐御の手のひらに薄っぺらなカード状のモノを落として部屋を出て行った。
しばらくレイコ姐さんは腕を腰に当て機体を見上げていた。それから満足そうに吐息すると、まるで誕生日の贈り物を指し示すように手を広げた。
「どう? ヤスくん。あなたの愛車よ」
「ば、バカな!!」
大型クルーザーほどの流線型の美しいボディは、オレたちの頭上に迫り出し、滑らかな曲線を描く翼から銀光を放出していた。
「中古だけどさ。これユイが買ったのよ」
「はぁーー?」だ。
もうひとつオマケに、
「いぃぃぃ?」だ。
「あの……姐さん? シャトルっすよ。宇宙船っす。チャリンコじゃねえっすよ」と言うヤスに、
「ユイは超お金持ちなのよ。ほらこれ見て。この宇宙域で使えるピクセレートよ」
なぜか自分のポケットから出した虹色の円柱。
「何すか、それ?」
「説明は省略よ。とにかくこれを持ってるとシャトルが買えるの」
「そんなバカなことはねえっす」
「すげぇぇっすよ!」
即答で否定するオレの前で、ヤスは新しオモチャを与えられた猫みたいな目をして、滑々としたシャトルの離着脚の表面を優しく撫でていた。
「ほら、これはクルマのお詫びよ、ヤスくん」
と言って、レイコ姐さんはさっき男から受け取ったカードをヤスの手に載せ、満面の笑みを浮かべた。
「ね、姐さん……」
手の届かない遥か上から黒々とした影を落とすシャトルの鼻先で、ヤスはカードを握りしめて震えていた。
オレは湧きあがってくる興奮を抑え切れず、小躍りしながらヤスの背中に飛びついた。
「すげぇ。さすが姐御だ! その太っ腹、ヤクザも仰天だぜ!」




