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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
208/297

  白バン 死す!  

  

  

 這う這うの(てい)で、ヤスのクルマに戻った。

「うがぁ。くぉらぁー、クソガキ! どけぇぇぇ!」

 クルマにもガキどもが集っていた。その光景は地面へ落とした飴玉に蟻が黒く群がるのと同じだ。


「おじさん。フィギュアくれよ!」

「おっさん、オレにもくれたっていいだろ」

「フィギュアぁぁぁぁ」

 白い手が蠢く。

 フィギュアを求めた、手、手、手、手。

 ゾンビに囲まれた兵士の心境だ。パニックになりそうだ。


「だ、ダメだヤス。さっきのフィギュアまだ持ってるか?」

「ありやすけど?」

「遠くへ投げろ。その隙にクルマに乗り込むぜ」


「了解っす」


 ヤスは一体のフィギュアをポケットから出すと、

「おらぁ。ガキどもよく見ろ。フィギュア欲しけりゃ、そらぁぁぁあぁぁ。取りに行けぇぇぇぇぇぇー」


 放物線を描いて高々と投げられたフィギュア。それを追って群がる飢えたハイエナ。

 奇声やら怒声やら、はたまた悲鳴やら、何だか分からない雄叫びを吐いてガキどもが一斉に飛び出した。


「よし! 今だっ」

 急いでバンに乗り込み急速バックだ。スタントカー並みの派手なバック走行をした後、もうもうたる砂煙をぶっ放し、テールを軸にしてスピンアンドフル加速。タイヤの軋み音とエンジンの咆哮が轟き、きな臭い白煙を巻き上げつつ、白いバンは猛烈なスピードでダウンタウンから離れた。


 振り返って一体のフィギュアに群がるガキどもの、すげえ有様を怯えた目で見る姐御。

「コルスの子供って怖いわね」

「いやいや。コルスに限らずダウンタウンのガキなら、あんなもんでさ。ある意味最強だからな」

 とは言うものの、どっと疲れが噴き出したは言うまでもない。





「で、どこの空港へ行けばいいんです? あのビルへは行かなくていいんすか?」

 チラチラとバックミラーで追っ手を警戒しながら、ヤスが後部座席に尋ねる。


「場所はコルスの国際宇宙空港の第27番滑走路です。ナビに従って走行してください」

 と言ったユイねえさんが瞬間閃光に包まれた。今確かに後ろが目映く光った。背中に圧迫を感じるほどの光だ。

 ヤスも眩しくてバックミラーに目を移すという動きをしてから、オレと視線を交わした。


「……………………」

 恐々と振り返るが何も変化は無い。ユイねえさんは焦点の合っていない(うる)みを帯びた目で窓外を眺めていた。


 丸い目をぱちくりするレイコ姐さんの可愛らしい目線とかち合ったので、訊く。

「ひょんなことを尋ねますが、今、ユイねえさんが光ったなんてコトありやせんよね?」

 訊かざるを得ない。ヤスだってハンドルを握って何度も首をかしげているし。


「あなた、だいぶ疲れてない? まぁこんな変な星に飛ばされたんだもんね。分かるわ。お気の毒様」

 そういう姐御の目が泳ぐということは、今、後部座席で何かが起きたのに間違いねえ。


「何が起きたんでやす? 確かに光りましたぜ」

 レイコ姐さんは、ドギマギするオレの気持ちをさらっと受け流し、

「本当にアカネはあのビルにいないの?」

「はい。移動しています。同期を合わせるには、もう少し急がないと」

 ユイねえさんは淡々とお告げを述べるだけだった。


「でも何で急に犯人は逃げ出したんでやす? オレたちに気づいたんすかね?」と訊くヤスに。

「逃げ出したわけではありません。今までザリオン艦隊の監視が怖くて動けなかったみたいでした。連中には縄張りという概念がありまして、とくに強い連中の縄張りに入ることは命に関わりますので、しきりに逃走経路を相談し合っていたんです」


 ねえさんは霊能力者だからだろうか。それともどこか別の世界への道が開けたのか、その口調がとても気になるのだ。

「つかぬ事をお尋ねしますけど、いいっすか?」


「何でしょう?」


「ユイねえさんがその場にいたみたいに語るのは……やっぱ霊的な透視とか、何かっすか?」

「透視ではありません。そこにいました」


「はぁ……。それって幽体離脱っていうヤツっすね」


『幽体離脱……。生きている人間の肉体から魂、つまり意識が抜け出すこと』

「そうっすよ。シロくん」


『その説には間違いがいくつかあります』

「何すか?」


『生命の定義をどこに置くかでユイをカテゴライズし直す必要が出てきます。メタ認知に優れ、高度な精神活動をする者を生命体と呼ぶのであれば、ユイは生命体と定義されます。ただ幽体離脱はメタ的な精神活動の延長線であり、物理的に肉体から意識が離れるものではありません』


「おいヤス。シロくんは何をオレたちにレクチャーしてくれようとしてるんだ?」

「よく解んねえすけど、ユイねえさんは幽体離脱をしていないと言ってるみたいっす」

 幽体離脱もしないで、よその場所に出没できるとすれば……あとは幽霊だけだぜ?


 思わず後部座席に首を突っ込んで、そのおみ足をじろりと観察しちまった。

 レイコ姐さんと引けを取らない眩しい素足がミニスカからにゅっと出て、膝を揃えて座席に収まっていた。


「こんな幽霊なら憑りつかれてもいいな」

 溜め息混じりのつぶやきに、姐御は一顧だにせず言い返す。

「マサぁ。悪いけどもちっと急いでよ。まだこっちのほうが遅いらしいわよ」

「へ、へい。ヤスそう言うことだ。特殊危険課のお許しが出た、超特急で頼む」


「アイアイサー。ちょっとぶっ放しますぜ。ナイトロターボ、オン!」


 瞬時に襲う猛烈な加速に背中を座席へ沈めた。かなりの速度を出していたにも関わらず、さらに後輪を空回りさせてバンは突っ走る。迷路のように林立する建物群をすり抜け、アバラ小屋を飛び越し、空港がみるみる目の前に迫って来た。



「ユイねえさん。ナビによると、今クルマと平行に走ってる滑走路が27番みたいですぜ」

「それなら、あの船ですね」

 綺麗な細い指の先。ずんぐりと丸みを帯びた濃い緑色の宇宙船がゆっくりと加速を始めるところだった。


「あーー、あれよ。ほら、すぐ後ろ」

 と声を上げたレイコ姐さんの指の先。一台のエアーカーが船尾にある発着ベイへと後方から近づこうとして並走していた。


「急げヤス! 乗り込まれたらお(しま)いだ」


 船の加速はますます増加。船首がわずかに滑走路を離れた。

 そこへ白バンが並走しながら近寄るが、わずかに相手のほうが早い。徐々に引き離されて行く。


「まずい、ヤス。もっと速く走れないのかよ」

「む、無理っす。ナイトロターボ全開、アクセルべた踏みっす」


『エンジン点火システムのアルゴリズムを修正すれば25パーセントの速度アップが望めます』

「走った状態で制御ロムの書き換えはありえないっす」


『CANバス(Controller Area Network)経由でエンジンの点火システムに侵入します。ただし速度アップ後のエンジンの保証はできません』


 宇宙船の発着ベイゲートが開き始めた。その後ろあとわずかの位置にエアーカーが近づいていた。おそらく飛び立つ直前にそこからゲートインする算段だろう。そんなことをされたらこれまでの苦労が水の泡だ。


「何でもいいから、もっと近づいて!」

「あ、姐御。出すのか。ここでそれを出すのかよ。マジか!」

 窓を全開にした姐御が上着の内からハンドキャンノンを取り出し構えたが、すぐに収めた。


「船のエンジンを狙うには、ここからだと少し遠いわ!」


 暴れる黒髪を押さえながらそう言うが、まだ速度を上げろってか?

 今でさえ限界のスピードで走っているというのに?


「クルマがぶっ壊れちまいますよ。これ、オレの愛車なんす……」

 車内に爆発的な風が舞いこみ、息もできないほどだが、それ以上に苦しい決断を迫られた。


「アネゴたちの頼みだ。聞いてやってくれねえか?」

「…………」

 目を伏せてしばらくブツブツとクルマに別れを告げたあと、

「承知しやした。あにい。どこかに掴まってくれ!」

 ヤスは輝いた瞳で決然と正面を見据え、もう一度白バンに語った。


「お前はここで鳥になるんだ。よかったな。鳥になったクルマなんてそうはないぜ」

 運転席と助手席のあいだに浮かんでいたシロくんに充血した目を向けた。


「よし、やってくれ。ハンドルはオレがしかと持つ。CANバスのポートはオレの左足の上あたりだ」

 そこへと飛び込むシロくん。


 ほんの少し時が経って――。


 ドンっ! と爆発的な音がしてマフラーから炎が吹き出し、再び身体が座席に沈み込んだ。


「すっげぇぇぇ――。あにい、450キロまで刻んであるスピードメーターが振り切ってる。あっ。オーバーロード警告灯がぁ――!!」


 警告灯がどうのと報告されたって、オレには何のことだがよく分からないが、姐御が両手で構える銃口の先が猛烈な風圧で押さえきれないところを見ると、こりゃすげえ事になってんだろう。横からユイねえさんも手で支えて、二人で地面から離れだした宇宙船のケツを狙って銃口が固定された。


 もの凄まじいまでの加速を披露したバンは、ギシギシと不気味な音を上げつつも、エアーカーに近づき、まさに手の届くところまで迫って来た。

 窓からアカネさんが手を振る姿が見える。確かに乗っているんだ。

「ユイ。船のエンジンを狙うからね。エアーカーのキャノピーに乗り移るのよ」


『狙うのなら、燃料挿入口が適切です。素早くエンジンが停止するはずです』

「挿入口ってどこにあるの?」


『開いたゲートのすぐ左側、穴の周りを赤く塗ってある部分です』

 細かいところまでよくご存知で……シロくんには、知らないコトがあるの?


「オッケー。標的確認。ユイ準備はいい?」


「え――っ! この速度であっちに乗り移る気っすか! 命ありませんぜ」

「大丈夫。アカネの存在さえ確認できたら、この子は無敵、不死身なのよ」


「そんな。いくら霊能力者だって、死ぬときは死ぬっす。それともやっぱ幽霊?」


「ほらヤス、よそ見しないの。少し離れたわよ。正確にエンジンをぶっ潰さなきゃ意味無いわ!」

 風圧に激しく乱された黒髪も凛々しく、姐御は真剣に銃を構えた。


「あと、5メートルよ。がんばって」


「最後の手段だ。クラッシャブルを捨てるぜ」

「何だそれ?」

「衝突時に身を守るパーツでさ。でも今はジャマなだけだ。外せばその分軽くなる」


「何でもいい、やれ!」


 赤マークの付いたボタンの頭を指先で触れ、

「お別れだ! 成仏してくれ!」

 ぐいっと指先に力を込めた。


 小刻(こきざ)みな小爆発を繰り返し、クルマの細部からパーツが抜け落ちていく。それらは滑走路にぶつかった途端、瞬時に粉砕して後方へ散っていった。後部を閉めていたリアハッチが無くなって、そこから覗いた地面が猛烈な速度で流れ去る景色が、そら恐ろしい。


 幾分でも軽くなったバンは再び速度を増し、並走した緑の船に近寄って行くが、猶予はほとんど無い。発着ベイの誘導ゲートにエアーカーの先端が触れる寸前だ。着艦間近。こちらとの距離、

「あと2メートル。いいわ。もう少しよ」

 その言葉が最後だった。


 どしゃーっ!

 鈍い音を出して天井が引きちぎれて後ろに吹っ飛んだ。同時にカーボンファイバー製のボンネットが吹き飛ばされエンジンが剥き出しに。


「どーしたんだ! ヤス!?」

 疑問を込めた叫び声と、エアーカーが宇宙船のゲートに着艦するのが、ほぼ同時だった。瞬きする間もなく宇宙船は舞い上がり、オレたちの前から飛び去った。


 そして……バンは止まった。


 寸でのところで焼き付いたエンジンは炎と黒煙を上げてご臨終。後輪が吹っ飛び、自らの腹で走行したクルマは滑走路に白く長い尾を残して、静かに停止した。


 ユイねえさんは遥か彼方、夕空に消えて行く宇宙船の姿を見上げ、オレと姐御は白い亡骸(なきがら)にうずくまるヤスの小さな背中を見つめた。


「惜しかったすね、アネゴ……」

「あと1メートルだったのよ」


 白バン……死す!!


 チーーン。

  

  

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