潜入 ダウンタウン
「ぬぁんだ?」
オレたちは妙な物をまたいで、その中に入ろうとしていた。
「ちょっとアネゴ。これは何すか? オレの知識では野菜を育てるプランターとか言うもんじゃねっすか? 土まで付いてるし」
「あのねー。これはれっきとした小型シャトルなの。あなた、うちの会社を何だと思ってるの? 絞めてあげようか」
「じゃなくて。ここは素直にワニさんたちの船で行ったほうが……」
「だめっ!」
即行の拒否だった。
「連中は衛星の裏にいるからまだいいのよ。それが母星の周回軌道に入ってごらん。艦隊の船で空が真っ黒になるのよ。絶対に侵略だって大騒ぎになるんだから。そうなったら都市は恐慌状態よ。アカネの捜索どころじゃなくなるわ」
「そんなにすげえんでやすか、アイツら?」
「レイコさんの言うとおりです。連中は何ごとに対しても手を抜くということをしません。宇宙で最悪の鼻つまみ者です」
ユイねえさん。今すごく嫌な感じっすよ。
「しかたねえ。このシャトルで行くか……。プランターだけど」
肩をすくめて黙り込んだオレの袖を引いて、ヤスが小声で告げる。
「あにい。このシャトル、屋根が無いっすよ。大丈夫っすか?」
「ほんとだ……」
レイコ姐さんに向き直り。
「何分息止めたらいいんすかアネゴ? 宇宙って空気がねえんですぜ。知ってやす?」
「知ってるわよ。やっぱりあたしをバカにしてるでしょ。このあいだ身を持って感じたわ」
「そうなんすか……じゃなくて、これだと空気がすぐ無くなりやせんか?」
姐御はメンドクサそうに言う。
「あんたが乗り物でないと不安だって言うからでしょ。こっちにはトランスポーターて言うのがあるんだから、何も無くたって行けるのよ。」
「あーだめ。舞黒屋の製品でしょ? 物体を別の場所に移動させるって言うヤツだ。オレ、知ってるぜ。ファックスの原理と同じなんだってな。オレの体がバラバラになるのはいやだ」
「おまはん。いつの時代で脳ミソ止まってまんねん。トランスポーターとファックスはぜんぜんちゃうワ!」
「でもやだ。あんたとこの製品だと知ったら、よけいに使いたくない」
「だからこれに乗りなさいって言ってるでしょ」
「でも……しかし……」
「デモも、鹿もなーい!」
「玲子。お前のキャラが変わりそうだぜ」と言うユウスケの旦那の目は笑っていた。
「ならさ、あそこに裏返してあるもう一つのプランターでフタして行けばいいだろ。な、マサさん。そうすりゃちゃんと空気が中にあるし」
「なるほどな。屋根が付けばそこから空気が逃げないわな」
「うくくく……」
むぅ。なんだかユウスケの野郎に騙された感があるのは、ヤスが顔を下げて派手に肩を震わせるからだ。
「ヤス! 持って来い」
石頭をひと殴りして命じる。
水に浮かべる船じゃなくて宇宙船なんだから、やっぱり屋根は必要さ。
「あれ? 何すかこれ?」
船の屋根を持って来いと言ったのに、奴が持って来たのは裏返しのプランターの中に置いてあった段ボール箱。
「フィギュアが入ってやすぜ」
箱の中には白鐘さんの、茜さんのほうの人形やアニメの人形がたくさん詰まっていた。
「あーそれな。タゴのヤツがこっそり隠し持ってたお人形さんや。失敗作も混ざっとるし、ついでに捨てて来てくれまっか」
「おいおい。出社前の亭主にごみを出させるんじゃねえぜ。本人の許諾も無しで勝手に捨てていいのか?」
ユウスケの旦那が気の毒そうな面をしているが、ハゲは一向に構わない様子。
「かまへん。ついでや。ついで」
ハゲオヤジはゴミだと言うが、
「すげぇっす。これをモデリングしたのは誰っすか?」
手を出したのはヤスだ。
「お前はそっちの目利きもできるのか。器用なヤツだな」
「あにい。このフィギュア、そうとう根性入れて拵えてありやすぜ。これは向こうで売れるかも」
慌ててヤスの口を塞ぐ。
「しっ。黙っとけ。売れたらオレたちで山分けだ」
こくりとうなずくヤスと、ほくそ笑み、
「さ。アネゴとユイねえさん。宇宙船に搭乗してくれ。しっかり仕事させてもらうぜ。アカネさん救出のな」
箱ごと裕輔の手からゴミを受け取り、プランター……いや、宇宙船に乗り込み、もう一つのプランター。もとい、屋根を裏返した。
「ねえ。あんたたちで先行ってくれない。あたしなんだか恥ずかしくなってきたわ。空のプランターに乗るだけでも恥ずかしいのに、フタまで被せるんでしょ。嫌だなぁカッコ悪い」
「何言うてんねん。転送は一瞬や。それに転送先は管理組合の倉庫にしてある。誰もおらんわ」
「とにかくこまめに連絡をくれ。俺もバックアップするからさ」
ユウスケの旦那の言葉に珍しく素直に従って、姐御とユイねえさんがプランターをまたいで入り込み、髪が汚れるとか文句を言う姐御を押さえつけて屋根が被せられた。
タイトなミニスカから伸ばしたキレイなおみ足を折り曲げて、オレの横に寄り添うレイコ姐さん。あまりの色っぽさにオレ息を飲む。
こんな宇宙船も悪くないな。そう、あくまでもこれはプランターではない。宇宙船だ。
「あ、あの。失礼だとは思いますが、ゲイツ社長の秘書さんではありませんか?」
そう言って、宇宙船の屋根を引っ剥がしてきたのは、
「な、何だ、このマダラ三つコブ野郎!」
思わず叫んだオレの頭を持っていた金属の棒切れで数発殴った姐御が、バネみたいに弾けて宇宙船から飛び降りた。
あくまでもオレにとっては宇宙船な。
「プランターに隠れてどうなさいました」
「おほほほ。これは組合長さんこそ。なぜここにおられるんです? 無人の倉庫でしょ、ここ?」
「ちょっと忘れ物がありまして取りに戻ったところに、フタをされた大型プランターが転送されてきたので、何事かと思って開けて見たら………」
姐御は真っ赤な顔になり、手の甲を口元に誘い寄せるようにして、
「おほほほほ。私たちはアカネの捜索に来たんですわ。それで内密にするためにこのような感じで……ほほほほ」
「社長さんから伺っています。アーキビスト様ともなるといろんな方面から狙われると言うお話で、色々ご苦労が……」
途中で、ユイねえさんに気づいたマダラ野郎。バッタみたいに腰を繰り返し折り曲げ、
「あ――っ。これはアーキビストさま。光栄でございます。コルス産業振興会組合長のジェデュリュッチヂュディードでございます」
じゅ、ジュ、ジュデュジュジュ?
「初めましてジェデュリュッチヂュディードさん。ワタシがユイと申します。この度はアカネがご迷惑をおかけしております」
すげぇ。ちゃんと言えてんぜ。
そしてオレたちに手を差し出して、
「こちらが、今回交渉をお任せする。フジワラ・マサさんと、ヤスさんです」
交渉って……、何か誤解してんな。オレはニュータイプの極道で、交渉人ではない。それとも姐さん、まだ何か企てていやがるのか?
姐御へ不審の視線を飛ばすオレへ組合長は微笑みを示したのに、ヤスへは戸惑った顔を向けた……ってなんで?
「ば、バカ」
ヤスの野郎。人形を握りしめて高揚した頬を赤らめていた。
「いつまで大事にしてるんだ。ちゃんと挨拶しろ!」
「あ、おひけぇーなすって!」
「あ、バカ……」
ゴンッ。
ヤスは姐御から鉄槌を下されても、ぽかんとするので、
「このヤロー」
オレからは正真正銘の鉄拳を一発お見舞いする。
「痛ででででででで」
石頭め、拳が割れそうだワ。
どこかでオレも鉄の棒っ切れを調達しよう。手では痛い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ダウンタウンにやって来た。
組合長は根性無しの野郎で、物騒なところには行きたくない、と言うので早々に別れ、オレたちは場所だけを聞いてやって来た。
もちろんヤスのクルマでヤスの運転でだ。
「アネゴ?」
「何よ……?」
「機嫌悪いっすね」
「当たり前よ。最初からこのバンでここに転送すればよかったんじゃない。そしたら組合長の前であんな恥ずかしいカッコ見られないですんだのよ。どこの世界にプランターに乗って転送されるバカがいるのよ」
ここにいやすよ――。
そもそも、あんたがあれを宇宙船だと言い出したからで……。オレもヤスも首をかしげていたほうの人間だ。
「でも姐さん。こうやってオレの愛車が銀龍一家から送られて来たからいいじゃないすか。これで移動も楽になったでしょ」
「楽にはなったけどさー」
語尾を上げて口先を三角にするところを見ると、姐御はまだ何か不服のようだ。そうオレも言いたい。
「ヤス。何だかオレたち目立っていないか?」
「そうすか? 空いてていいじゃないですか」
「いや。そういう意味じゃなくて。みんなみたいに空飛べねえの? 警察を撒くときに飛んでたじゃん」
オレたちの頭上には綺麗に列をなして飛ぶ、かっちょいい乗り物が高速走行をしているのにこっちは地べたを這うって、どうよ?
「ちょっとぐらいなら飛べやすけど……。ここらの乗り物みたいに飛び続けることはできやせんぜ」
『エアーカーは重力の相殺に反重水素反応炉を使用し、その制御にダイリチウム、あるいはゼルニジウムを使用します。転がり摩擦の制御にガソリンエンジンを使用する段階で、同じ機能を求めるのは不可能です』
「何でテニスボールまで連れて来たんすか、アネゴ?」
「知らない。ポケットに入ってた」
「…………………………」
しかし世界観変わったなー。オレ。
半日前まではサツに追われていたのに、今じゃ、宇宙人満載のコルス3号星のダウンタウンへ向かってんだぜ。しかもワニ軍団と知り合うワ、喋るテニスボールのお供まで連れてだぜ。人生の転機だろな。いよいよニュータイプの極道になれるんだ。
『ニュータイプという言葉自体、バズワード(buzzword)と言われています。曖昧で正しく定義された言葉ではありません』
うっせぇな、シロくん。
「あにい。ナビによると、ダウンタウンはこの辺りですぜ」
「え? コルス3号星のナビあんの? いつアップグレードしたんだよ」
「さっき。シロくんがちょちょっといじって、色々やってくれやしたよ」
何でも、お手のモンなんだな。
「で、どうユイ? アカネの気配感じる?」
「あ、はい」
ユイねえさんは後部座席でうつむいたまま言う。
「確かにこの道を通っています。もう少し進むと角にエアーカーの修理屋さんがあります。そこを右折です」
外を見ないで、なぜ解るんだろ?
それより何の根拠があって、ここらにアカネさんが居ると言い切ることができるんだろ。
「お……そうか。なるほどな」
助手席でぽんと膝を打つ。
ユイねえさんは霊能力者なんだ。それか占い師かもしれんな。どうりで何となく霊的で神秘な人だと思ったんだ。巫女さんのカッコさせたら抜群だぜ。今度神主のマーくんに交渉してみよう。
しかし眼の球が乾くまで探したが、それらしき建物は見えてこない。
残念だな。霊感はたいしたことはないようだ。
「ユイねえさん。どうも外れてるみたいだ。どこ見てもクルマ屋なんてありませんぜ」
『コルス3号星ではエアーカーが主流です。地面から離れた位置が出入り口となっています』
「なるほどな。……お、あれだ。クルマ屋だ」
シロくんの言うとおりだった。オレたちのビルの換算で、3階の高さに柱の無い吹き抜けの広いフロアーがあり、そこが発着ゲートになっていた。
どうりで殺風景な景色だと思ったら、看板や案内板はすべて遥か上に取り付けてあった。つまり地面なんか誰も利用していなくて、昔の名残としてあるだけだ。
「右折すると正面がコンビニです。そこを左」
「あ。コンビニってあれっすね。どこも似たような雰囲気してますね。あー、オレの若いころそっくりの連中が集まってやすよ、あにい」
すげえな、ユイねえさんの霊能力。完璧じゃねえか。それもさっきから下向いたままだぜ。今度オレの将来占ってもらお。
あ……。
やめとこ。何か怖い。




