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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
205/297

  暴利とユニバーサル料  

  

  

「今回の件は連合軍に任せろと言ってるだろ」

「だめよ。そうすると大げさなことになる。あんたたちはすぐにドンパチ始めるし」

 すげぇっす、姐御。対等に喋ってんじゃん。


「だからここはその道に詳しい民間人を頼るのよ」

 と言って、姐御は後ろに立つオレを前へ引き摺り出した。


「オレって民間人なんすか?」

 初めてそんなこと言われたぜ。


「あんたの交渉力は他の人と比べて抜け出た才能がある。これはあたしが認める。裕輔も見習うべきなのよ」


「関係ない話しすんな」と、壁に背中を預けて腕を組んでいた旦那が姐御に息巻き、姐御はふんと鼻を鳴らしてオレに向き直る。

「あんたには迷惑をかけるわね。こいつが怪我なんかするからこうなったのよ。恨むなら裕輔を恨んでね」


 恨むも何も、逆に同類の臭いを感じ取ってんだけどな。

 レイコ姐さんのそばにいると色々と火の子が降りかかってくる。でもそこから逃れられない同類さ。


 その苦労、よく理解してやすぜ。

 ワニどもが親しみ感を滲ませた視線をユウスケの旦那に注ぐのも、同じ理由からだろうな。


 そっか、みんな苦労してんだ。


 呪われた運命を大いに悲観していたら、

「あなたはね。旅行者ということで、あたしたちとコルス3号星に潜入するからね」

「すんません、姐御。そのコルスの辺りから詳しく説明してくれませんか。あ、すぐにこいつを叩き起こしますんで。こいつにしてくだせえ。ヤスのほうが理解力ありやすから」





「――というワケです。あにい」

 はしょったなぁ。この上なく時間を省略しやがったな。


 とにかくユイねえさんの説明は難解で、時間規則がどうたらとか、アカネさんは過去体で、自分は未来体だから記憶が筒抜けだとか……。そう言えばケンのガキが持っていたゲームの話もしていたが、興味がねえもんだからさっぱりだった。


「あにい。ゲームじゃないです。ネブラが送ってくるデバッガーが最強らしいっす」

「だから何かのカードゲームだろ?」


「歴史がひっくり返るとか……」

「ほら、裏返したらリーチなんだよ。ケンのガキんちょが言ってたぜ。レベルアップすんだとよ」

「何か違う気がするんですけどねー」

「じゃあ、お前、解かってんの?」


「ぜんぜん」

「だろうな。オレより学はあるったって、タケノコの背比べだしな」

「ドングリっすよ」

「だから似たものどうしだって言ってんだ!」


 まあ。よく理解できたのは、ザリオンの連中は超狂暴なのに、その連中を5人まとめて手なずけたのが、レイコ姐さんだという部分だ。だからこいつら絶対に姐御には手を出さないが、関係ないオレたちにはどう接して来るか分からないらしい。


 早い話、調教されたライオンの檻に入るようなもんだ、と。

「なるほどな」

 振り返って言ってやる。


「それであんたら、後ろでビクビクしてんのか」

 オレの前でハゲオヤジと松葉杖のユウスケの旦那、それから無線技士のタゴとか言うヤツが小首をコクコクさせた。


「男がそろって情けねえなー」

 と漏らしつつも、これは宇宙の真理だ。組長の教えは常に正しい。

 長い物には巻かれろ、泣く子と地頭(じとう)には勝てぬ。と言うことだ。


「それじゃ。まずコルス3号星に行こうか」

「なら、艦隊の船で行けばいい」

「それよ、ザグル。あなたたちコルスの衛星ゼブスに連邦軍の艦隊を集めてるでしょ。戦争でもする気なの」


 マジかよ……。


「ふん。あなたには関係ない。オレたちの利権に関することだ」


 利権だと?

 何の話しだろ。

 みかじめ料、ショバ代か?


「90パーセントって何よ。ムチャクチャじゃない」

「そんなことまで知ってるのか!」

「当たり前よ。宇宙は狭いのよ。ていうか、そんなムチャクチャなこと言うから広まるんじゃない」


「ゼルニジウムを発見したのはオレたちだ。だから当然の権利だ」

「あそこはコルスの領域なのよ」

 どこから持って来たのか知らないが、姐御はよく磨かれた金属の模造刀でワニの鼻先を指し示して言った。


「それって、人んちのタンスにあったお金を見つけて、寄こせって言ってるのと同じでしょ」

「だが、それを見つけられなかったのは連中で、見つけたのはオレたちなんだ。90パーセントは当然だろ」


「ショバ代が90パーセントは行き過ぎだ!」

 我慢できず、つい口を出してしまった。


「なんだとぉっ!」

 案の定、息を飲むすげえ形相が、こっちに勢いよく旋回してきた。

 うぐぅっ!

 ビビってられっか。

 オレだって、神社の祭りを取り仕切る男だぜ。


「ザグルの旦那。いいか。無理やり(むし)り取ろうとしても相手は反発するのに決まってる。そういう時は別のモノからこっそり徴収すんだよ」

「どういうことだ!」

「まず尋ねる。何の利権なんだよ?」

「ゼルニジウムじゃ……ふむ……簡単に言うとな。燃料になる物質じゃな」と説明を始めたのは、比較的温厚なバジル長官だ。


「お、そうか、なるほどな。石油みたいなもんか。ならそれを使用する全商品から数パーセントのユニバーサル料ってのを取ればいい」

「何だ、それは?」


「あなたたちの生活のお役に立てることができる燃料なんですが、それを発見するには莫大な費用が掛かるんです。これからも皆様のために一生懸命探し続けますので、ほんの少しだけでいいから還元してください、と言うモンだ。絶対に上からモノを言うな。低姿勢におとなしくするんだ。あんたら狂暴だっていうからな、これからは穏和路線で行くんだ。表向きだけでいい。そのほうが住民はより理解してくれる。そして目立たない程度の金額を徴収する。これで逆計算してみろよ」


「穏和なザリオンなどあるか! ダメだ!!」

 けんもほろろの片目のザグル。

「そうやって潰れて行った組事務所をオレはたくさん見てきた。時代は移り変わっていくんだ。柔軟に変化させないとだめだぜ」


「ふむ。お主の意見は、狩猟民族のザリオンが抱えておる問題点を的確に突いておる。恐怖に駆られた種族が星間協議会に逃げ込み、管理者というくだらん輩に助けを求め……うぉっほん……。これは失礼。ヴォルティ・ユイ。言葉が過ぎました」

 バジル長官は腕を組んで、でっかい鼻から吐息する。すげえぜ、まさに排気だった。


「ふぅ……む」

 連中は腕を組んで黙りこみ、バジル長官は地の底を震わせるかのような唸り声と共に語りだした。


「ザリオンが採掘権を放棄すれば、コルスのゼルニジウムの価格が下がり、宇宙船の燃料だけでなく今まで以上に安いエアーカーにも使用されるだろう。さらに発電施設や公共施設にも流れる。燃料費が下がるので民衆は今の燃料からそっちへ移行するじゃろう。そうすると消費は一気に膨れあがる。例え使用料の1パーセントでも……」


 長官は白ヒゲの顎を摩りながら、ザグルへ視線を滑らせ、

「ザグル。コルスの人口は?」

「もう一つの衛星にも人口が移ってるし、観光客も絶えないから。動的人口を合わせると90億っていうとこだ」


「な。ザグルの旦那。力で押さえつけるだけがやり方じゃねえぜ」


「全人口とはいかないが、公共施設だけを考えてもとんでもねえ数字になる」

 片目がギラリと光りやがった。


「こいつの言うことも一理ある。このまま90パーセントを突っぱねていても、拒否されれば一銭にもならない」

「むぅ……。あながち間違いではないな」

 唸りともため息ともつかない声を高い位置から漏らしたスダルカ中佐。そして一同そろって雲を突く体を立てた。


「今回はフジワライッカの意見を聞き入れよう。ザリオン艦隊は直ちに衛星より撤退。代わりにヴォルティ・アカネの捜索に全力をあげる」

 舞黒屋の社長も何も言えないようで、丸めた目で連中を見遣るだけだ。


「フジワライッカはオレの船に乗れ。コルスまで連れて行ってやる」

「オレは姐御と一緒のほうが……あわわわわ」

 首っ玉を鷲掴みにされて危うく拉致られるようとする前に、レイコ姐さんが模造刀を差し込んで遮った。


「勝手な行動は慎みなさい!」


「お前らを連れて行ってやろうとしておるだけだぞ。何が気に入らんのだ!」

 こらこら、ティラノくん。オレは雑巾ではない。ただちに下ろしなさーい。

 野郎はオレをプラプラさせたまま、姐御に楯突く気だ。その前にはだかった。


「だから艦隊が動くと目立ちすぎるのよ。あんたたちが動けば犯人は怯えてどこかへ逃げてしまうでしょ。あたしが連絡するまでどこかに潜んでなさい。いい。ちょっとでも顔を出したら、その太い首根っこをたたっ切るわよ」

 尖った金属の輝きと、姐御の鋭い眼光は連中を射すくめるパワーを放出していた。


「美しい……」

 この人ほど、太刀(たち)の煌めきが似合う女性はいないだろう。


 この姿を見ていたら思い出すぜ。

 いつだったか、キムにいさんがモノホンの真剣で立ち向かった時に取った玲子姐さんの立ち居振る舞い……。



 兄貴が怒ったんだ。オンナに何ができるかって。


 だってよ、こっちは極道の事務所だぜ。そこへ女だてらに竹刀担いで一人で乗りこんで来たんだ。最初は呆気にとられたさ。それに何でか知らないが、姐さんはオンナをバカにしたとか言って、すげえ怒っていた。ま、これだけの美形だ。誰かがちょっかい出したと思うけどな。それがあの人に対する禁句だって、その頃知らんかったからな。今は組長でさえも気を使うくらいだ。世の中変わったぜ、まったく。


 最初はキムにいさんも本気じゃなかった。こんなじゃじゃ馬でも、真剣で脅せば飛んで逃げると踏んでいたんだ。あーその時の活躍を見せてやりたかったな。気付くとキムにいさんは本気になっていた。それでも勝てなくて、最後は土下座してその腕を認めた。


 だってよ、姐御は真剣を前にして竹刀一本で舞ったんだぜ。立ち向かうなんてチンケな言葉では言い尽くせない。ありゃあ美しかったな。満開の花が風に舞うような動きでキムにいさんの白刃を相手にして、気がついたら手の中から(かたな)が無くなっていたというワケさ。


 誰だって目を疑った。でもマジだぜ。どうやったのかは知らないが、姐御は空気を絡めるようにして兄貴から銀の(やいば)を奪い取った。しかも姐さんの手に渡った途端、その刀が目を覚ましたんだ。


 キムにいさんが振り回していたモノと思えん動きだった。生き物みたいに空中を軽やかに飛び回り、兄貴が着ていた上着が散らされた。上着だけだぜ。信じられないだろうが、肌着にまで刃が通っていないんだ。布一枚の厚さを残して切り刻むなんて神業さ。あの時思ったな。オレはこの人にぜってぇ勝てねえ。これからは師匠と呼ぼうって。



「動く時が来たら知らせるから、それまでおとなしくしてなさい!」

 姐御は肩に担いでいた金属刀で(くう)を切った。思ったとおりすんげぇ音がして、オレの頬がピリピリした。


 ピカピカに磨いてあるが、()は入ってねえ模造刀だ。オレだってモノホンのヤクザだぜ。そんなものは一目見りゃわかる。でもこの人に掛かれば一等の刀鍛冶が命を吹き込んだのと同じ切れ味に変化する。信じられないがな。


 5匹のワニ野郎の首がびくっと(すく)められたのは言わずもがなだ。オレだって背筋が粟立ったもの。姐御の剣捌きを知る者は条件反射で大概はそうなる。


「なるほどな!」

 ヴォルティ・ザガ。つまり舎弟になることだ。今ごろ何だけど、やっと実感した。

 姐御のこの研ぎ澄まされた(やいば)にも似たすげえ腕前に魅せられた連中なんだ。


「そうか。となるとだな……」

 オレのほうが先に舎弟になってんだから、こいつらよりオレのほうが兄貴となるわけだ。


 ふっ。オレも立派になったもんだぜ……自分で言うのもなんだけど。

  

  

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