迷子のアカネちゃん
「あぁ。このあいだのオネエサン」
「あー、ヲタだ。元気してたぁ?」
「あーのぉ~。青い顔でも元気なのはボクの取り柄でしてぇ……」
お前らこんなところで、世間話を始めるな。
「ねー裕輔。この騒ぎは何よ?」
「あぁ。ヲタとコギャルが集まってんだよ。みんなアカネのファンだ」
「あのぉ。コマンダーさん大丈夫ですかー?」
群衆に押し倒された俺の容態を心配そうに探るオワッティ。
こいつはヲタだけど、人はいい奴だ。だが、口が軽いのが欠点だ。今の言葉に一部のギャルが反応した。
「ええっ! この人がコマンダーなの?」
「うっそー。コマンダーってイケメンがなるんじゃないの? 超ウケるんですけどー」
「ウケてるって、裕輔」
「バカ。こいつらの言葉は特殊なんだ。そう言う意味に取るなよ。いたたた。コマンダーの条件にイケメンなんて欄は無いからね。信用すんなよ」
片脚をかばって立ち上がるが、痛みが消えることは無い。
「痛ててて」
「大丈夫ですかー。コマンダー?」
不安げな表情で覗き込む茜に玲子が言い切る。
「大丈夫よ。たぶん捻挫でしょ。2、3時間で治るわ」
「治るかっ! 俺は超人じゃねえ」
もう一度、茜の肩にすがりながら立ち上がるものの、
「いててて。ダメだ。立っていられない」
「あのぉー。どうするっす。ここでオークションを中止にしたら、大騒ぎになるっすよ。これだけの人数になるともう暴動っす」
「いててて。弱ったな。玲子、代わってくれないか」
「いいわよ。面白そうじゃない」
そう言うと、すくっと台の上に立ち上がり、
「おーし。あたしが仕切ってやるわ」
元気な声を張り上げ、群衆に向かって両手を振りかざした。
「みんなー。フィギュアほしいかぁー?」
「おおぉぉぉーっ!」
体育会系はこういう時に動じないからいいのだが、何だか逆に連中を煽っていないだろうか。
「アカネと握手したいかぁー!」
「「「「「うおぉぉぉぉーーっ!」」」」」
「れ、玲子、やっぱいいや。お前仕事あんだろ。後は俺が……」
「仕事はもう終わったわ。あんなのちょろい、ちょろい。あなたは控室で寝てなさい」
いやそういうワケには……。
「よーし。オークション始めるねー。商品はこれ一点限り。みんなぁ覚悟はいい?」
「おぉぉーぉっ!」
「さぁこれだー。アカネの特大フィギュア」
銀シートをぱあっと捲り、堂々と掲げる玲子。低いどよめきがそれを中心にして波のように広がった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
俺たちのブースは完全にヲタとコギャルに取り囲まれていた。その人数? 解からん、知らん。人混みはホールの外まで広がっていたんじゃないかな。
「アカネ?」
気づくと茜がいない。駆け寄る群衆に潰されそうになった俺を助けようと、圧し返したところまでは見ていたが、その後、捻挫の足を摩ったり、そこへ玲子が登場したりと、ごたごたが続いており、気が付いたら姿が消えていた。
「ミカン、アカネはどこ行った?」
「きゅーり、きゅるらりぃきゅろりりる」
だめだ。何が言いたいのかさっぱりだ。あのパイロットと連絡は付かないだろうか。
「玲子、無線機貸してくれ」
彼女はヲタ連中を捌くのに手一杯で、群衆に向かって大声で何か喚きながら、無線機だけをこっちに放って寄こした。
ちなみに競り値が結構な数値に競り上っていて驚いた。こいつヲタの扱いに慣れていやがるな。
「あー。社長。組合長さんそばに居られますか?」
競売の騒ぎで無線機の声がよく聞こえない。
「すみません、社長。すげぇ反響で、お客さんが大勢集まっちゃって、もうテンヤワンヤの騒ぎです」
耳に直接スピーカーを当てて、かろうじて声が聞こえた。自分のアイデアが当たったと思って喜んでいる。
「そうす。俺たちを運んできたパイロットさんがまだそばにいたら、ちょっと頼みたいことがありまして……」
何だ、と訊いて来たが、まさか茜がいなくなったとは言えない。実際、ちょっとどこかへ行っただけかも知れないし。
「ちょっとミカンの通訳をしてもらいたいだけっす」
とだけ伝えて、パイロットの到着を待った。
彼は駐機場で船の整備をしていたらしく、すぐにやって来てくれたのだが、この人混みだ。ブースに近づくことが困難だったことを告げたあと、
「ひやぁぁ。大盛況じゃないですか」
爽やかに額の汗を拭いつつ、改めて驚きの声を出した。
「いや、俺も戸惑ってんだ。ヲタ連中のパワーを過小評価していたもんでさ」
「野菜も完売ですね」とか言って、金属ケースの回収に掛かる後ろ姿は、もう仕事モードだ。けっこう真面目な男なのだろう。
「あのさ。呼んだのは撤収の準備を頼むためじゃないんだ。ミカンの通訳をしてほしくてさ」
「お安いごようさ。あれ? 足どうしたんですか?」
「あ……あはは。かっこ悪い話、群衆に押されてちょっと捻っちまった」
「ですね。これだけの人数になると大変だ」
彼は群衆に手を振ってオークションを仕切っている玲子の横顔を眩しそうに見つめ、俺は人混みに怯えるシャイなミカンを呼び寄せる。
「アカネがどこへ行ったのか、この人に説明してくれ」
ミカンは丸い頭を前後に一度振って、
「きゅーり、きゅるらりぃきゅろりりる」
「この調子なんだ。俺にはさっぱり解からない」
パイロットの青年も顎を摘まんで首を傾ける。
「この子の発音は少し変わってるんですよね」
「ちょっと特殊な環境に長いこと居たからな」
「分かる部分だけを伝えると、アカネさんはクスリをもらいにどこかへ行ったとか」
「クスリ?」
「きゅらりらららりゅり」
ミカンは俺の足を指差してひと鳴きした。
「どうも、捻挫のクスリみたいですね」
「あー、アカネらしいな。病気と怪我の区別がまだしっかり学習されていなくて、怪我もクスリで治ると思ってるんだ」
医務室へ行ったことが分かり、ひとまず一呼吸吐ける。
「この金属ケースもういらないっすね。片づけますよ」
ラルクは自分の仕事に戻り、俺も後ろ姿に声を掛ける。
「悪いね。本当なら手伝いたいところなんだけど、足がさ……」
「あーいいって。捻挫は安静にしておいたほうがいいっす」
俺も笑みを返しつつ、今度は玲子の後ろ姿を仰ぐ。
笑顔を絶やさずヲタやコギャルを相手にする姿を見て、感動さえ生まれた。人の扱いにこなれた感じが伝わってくる。社長が優秀な秘書だと認めるのが納得だった。
「はーい。決定ぇぇぇ!」
玲子の黄色い声と、ドッと言う歓声でオークションが終わった。
拍手と溜め息の混ざる人混みが解散していくのは集まった時と同じであっという間だった。
心地よい疲労感に包まれて、ぺたんと簡易的な椅子に座る青顔のオワッティと、販売の手伝いをしてくれた気の良いギャルたちに、ミカンがお茶を配っていた。今朝茜が淹れて冷やしていたやつだ。その一つを玲子が受け取り、シートに座り込んでいた俺にも差し出した。
「お疲れさん。すごい金額で競りが終わったわ」
と労いの声を掛けてくる玲子の手には、紙幣の束が握られていた。
「五分の一というゲキレアスケールならまだ安いほうっすよ」
気のいいヲタとギャル二人に、バイト代と称して玲子が手渡すあたりもしっかりしている。
二人のギャルは笑顔で帰って行き、オワッティは茜が返ってくるのを待つと言うので、まだ椅子にしがみついて、ミカンがパイロットと金属ケースを片付けて行いく動きを見つめていた。
二人は手際のいい撤収作業を続け、いつの間にか簡易テントも畳まれ、ようやく元の落ち着きを取り戻したフリマの巨大ホールだ。俺たちはもう売るものが無いので早々に引き上げるが、周りのブースはまだまだ頑張るようで、残りの人混みに向かって呼び込みを繰り返していた。
にしても……。
「おい、アカネはどこまで行ったんだ?」
医務室に行くにしては帰りが遅い。
そうこうしていたら、社長と組合長が顔を出した。
「裕輔。大反響やったらしいな。さっきの連絡で聞こえてきた騒動は相当なもんやったんやろな」
「さすが社長ですね。フィギュア、シンゼローム、すべて完売。中でも特大フィギュアをオークション式にしたのは大正解です」
と玲子が褒め称え、
「まったく。社長さんの商才はほんものですな」
と組合長も称賛するもんだから、ハゲの機嫌はすこぶる絶好調。
「何言うてまんね。そない褒めても販売掛け率は動かせませんで」
「そのあたりもしっかりしておられる、はっははは」
スキンヘッドどうしで何をくだらない話をしているんだか。
あんたの考えはもう古くさいんだよ。これからは何でも超新世紀なんだ。とだけ心の中で唱えておこう。
「それよりアカネはどないしたんでっか?」
それだよな。
「あのさ。俺がちょっと捻挫をしたもんで……」
「ほんでさっきからそこに座ったままなんでっか?」
今ごろ気づいたのかよ、このハゲ。
「医務室ってどこか遠いんすか?」
組合長に尋ねるが、すぐにまだらスキンヘッドを振った。
「とんでもない、あの出口の右隣です。人の出入りが多いので目立つようなプレートも出ていますよ」
「おらんようになって、どれぐらいたつねん?」
玲子と視線を合わせて、
「もう半時は経つ……」
「ちょっとマジでっか? おかしいやろ。なんぼ人混みがすごいちゅうても5分は掛からんで」
「俺もそう思う。ラルクさんもあの人混みの中をすぐに来てくれたし」
思いたくはないが、嫌な汗が背中を伝った。
すべてのヲタが良心的な人間ばかりとは思えない。その思いはオワッティにも無言で伝わった。
「あ、のぉー。ボクちょっと見てきます」
こいつはすっかり俺たちの仲間だった。
「ある意味アカネちゃんは目立つしぃ。ガイノイドなので変なことは起きないと思うけどぉ。迷子になった可能性がゼロではないっす」
と言って走り出そうとしたブルースカイ色の顔に、玲子も付け足す。
「ごめんね。そこらでウロウロしてたら、すぐに戻れって伝えてちょうだい」
「了解したー」
声はすぐに雑踏の中に消えた。
「迷子ぐらいならいいですけどね……」
組合長も不安げな目で医務室のある大きな出口を見遣った。
ほどなくして、オワッティが左右に手を振りながら戻って来た。
「あのぉー。医務室の人に訊いたら銀髪の女の子は来なかったって。Fシリーズのガイノイドだという話をしたんすけど、係の人も管理者製のアンドロイドだったらぜったいに覚えているけど、来なかったって」
俺たちの不安は大きく膨らみ、オワッティも深呼吸をして肩を落とした。
「いったいどこいったんでしょーねぇ」
[マジでどこ行ったのよ。アカネ……」
玲子の溜め息に答えることができる一つの方法を俺は知っている。
だてに俺は優衣と茜のコマンダーをしていないのだ。
オワッティには、「今日の活躍を田吾に伝えておくから、ご苦労さん。解散しよう」と言い残し、俺たちはひとまずミカンとパイロットが待つ駐機場へと歩を進めた。
「あなたアカネが心配じゃないの。どうすんのよ。銀龍へ戻る気?」
「どんな手を考えついたんや? もったいぶらんと、はよ言いなはれ」
「銀龍へ連絡をしたいんだ。その無線機では銀龍まで無理だろ?」
「そりゃぁ、周回軌道の銀龍までは無理や。ほうか、パーサーに頼んで、転送マーカーの居場所を探るんか。それもエエ手やな」
なるほど、と目を丸める組合長と社長に、
「もっと簡単で確実に居場所が分かる方法がある」
「もう裕輔、もったいぶるな!」
後ろから首を絞めてくる玲子を振り払い、
「ユイに聞けばいい。アカネは今どこにいるか、とな」
「はぁ?」
大きく首を傾ける組合長は事情を知らない。だが、社長と玲子はぽんと膝を打った。
「なるほど。その手があるわな。ふはは。そりゃそうや。迷子になった本人が銀龍におるもんな」
「あはぁ?」
組合長の首がさらに傾いた。
ここは宇宙なんだ。理解不能なことが散らばってても不思議ではない。
優衣は茜の未来の姿。この時どこへ行っていたか、本人に聞けばすぐわかる。
しかし、この案件があれほどの大騒動になるとは、この時の俺たちには想像だにできなかったのさ。
はあ。足は痛いし、疲れるし、まったくコマンダーなんかになるんじゃなかった。




