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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  超新世紀シンゼローム  

  

  

 そんなこんなで、あくびの二発も出た頃――。


「あー。いたー。ほんとにいたよー」

「うっそぉ! あ、ほんとだ。ほんとにFシリーズだ!」

 最初は可愛い女の子の二人連れだった。ギャルちゅうやつだな。そしてすぐに男子が寄って来て、


「おい来てみろ、本物のガイノイドがフィギュア売ってんぞ!」

「すげえ。あのお父さんが言ってたことは本当だったんだぁ」



「おい、どうしたんだ? 急激に人が集まって来たぞ」


「さっきFシリーズの良くできたフィギュアを握っていた子供がいて、その子のお父さんに訊いたら、この辺にブースがあるって。それもほんもののガイノイドも来てるって言ってたもんだから……」

 ひとりのコギャルが説明して、

「そうよ。ずいぶん探したんだよ、超ウケるっしー」

 って、何だか馴れ馴れしいな、お前ら。


「ねえぇ。あんた名前なんて言うの?」

 と尋ねられ、茜は屈託のない無垢な光を帯びた目で応える。

「あ、はい。わらひはぁ。アカネって言います。以後よろしくお見知りおきくらさーい」

 こいつも急なことで、だいぶアガッてやがる。


「可愛ぃぃー! アカネちゃんかぁ」

「この子ぉぉ。きゃわいい服着せて貰ってぇ。白で統一してんのは超センスいいんすけど。あっし、キュン死寸前っす」

 お前は言葉遣いが、超なっとらん。



「おーい、ここだ。ここで売ってんぞぉ」

「やっと見つけたぁ。ここだったんだ」

 あの父娘(おやこ)がどこで何を吹聴したのかは知らないが、人が(たか)りだすとそれは雪だるま式に膨らんでくる。


「おじさん。このフィギュア買います。けっこういい仕事してっすねー」


 おじさんって……。


 まぁ買ってくれるんなら、何でもいいや。

「だろ。田吾っていうモデラーが作ってんだ。バカだけど手先だけは器用なんだぜ」


「あ~のぉー。タゴさんてぇ、ギンリュウのタゴさんっすよね」

 と尋ねられて茜が桜色の頬をほころばす。

「あ、はい。あー。ゥヲタさんですー。コマンダー。ゥヲタさんですよー」


「なに言ってんの、アカネ? 誰だよ、魚田って? あ――。お前、このあいだのヲタ。その牛みたいな粘っこい低音とスカイブルーの顔、忘れねえぜ」


「ああ。このあいだザリオンから救ってくれたおじさんっすね。どうも。今日はここで仕事っすか?」

「え? そうだぜ。フィギュアと野菜売ってんだ」

 ほんと、節操がねえな。


「あ~のぉ。今日はー。友達も連れて来てるんす」

「お前、友達いるの?」

「同人サークルなんすけど」


 人懐っこい面立ちを破顔させて、あの時のヲタが後方に手を振った。

「あ~のぉぉ。みんなー、こっちっす、こっち」

「あーいたいた。わぉぉぉ。Fシリーズのガイノイドだぁ」

「うほぉぉ。フィギュア新作だしっ!、おお、このガイノイド、着ぐるみじゃない。ほんものだぁ!」

「ほんとだ。うはぁ。この子、名前、何ちゅうんすか?」

 お前らが先に名乗れよ。


「アカネちゃんて言うのよ。ちょっとあんたたち、あとから来て割り込みは無しよ。ちゃんと二列に並びなさいよ!」


 玲子みたいな女子はどこにでもいるようで、

「ほら。あんた何買うの? 売ってるのはフィギュアと野菜よ。まとまりのない店だけど我慢しなさい」


 どーも。しーませんねぇ。変な取り合わせで。


「そだ、あんたはもっと野菜食べたほうがいいわよ。顔の色が青いもの」

「これはぁ。アンタリアン人だからでぇ。べつに病気でもなんでもないのでぇす」


「野菜って、この湯気の中に置いてあるの? これ何すか? うきゃはは、うけるー。マジでフィギュアと野菜だよー。うきゃきゃきゃ。超ウケるんすけど」

 どうやら商売の神様の思惑は少しズレていたようで、

「うひゃぁー。これってシンゼロームだ。すげえ。Fシリーズとシンゼローム。デラウケ~」


 うけてくれたらそれでいい。ついでに買ってってくれ。


「美味しいですよぉー。わたしとミカンちゃんとで丹精込めて育てましたぁー」

 茜が一言しゃべるだけで、歓声が上がる。


「Fシリーズ、可愛ぃぃぃぃ!」

「萌ぇぇぇぇぇ」

(いにしえ)より伝え渡る真実はここにありき」

 お前はなに言ってんの?


「あ、この子、厨二病なの」

「病気か。だったらこんなとこで油売ってないでm、早い目に病院行きな」


(われ)(やまい)は近代医学では治らぬ。しかぬばこの場にて魔獣召喚の儀を行う」

「あーごめん。今忙しいから後でな。なんならトイレでやっといで」

「ならば……」

 思いつめたような目つきでじっとデスクを睨み。


「これ……」

 顔を伏せたままフィギュアを差し出す魔女っ娘。

「はい。ありがとうね」

 おじさんは疲れるっすよ。



 ヲタとギャルの視線が徐々に野菜へと移って行く。

「ガイノイドが野菜? やっべぇぇーっす。あっし、ヤッパ超ウケるんすけどー」

「農作業をガイノイドがするんですかー。へぇおんもしれぇー」

「アンドロイドが創ったシンゼローム。すごーい。新世紀シンゼロームだ」


「何それ? 新しい合体もの? じゃあ買う。シンゼローム買う」


 価値感が大幅に逸れて行くが、そんなこと知らん。売れりゃあいいんだよ。

「みんな聞いてくれ。今までのシンゼロームはもう古い。創世期が訪れたんだ。これからはガイノイドがシンゼロームを創る時代だぜ。それが超新世紀シンゼロームだ。超新しいんだぞ」


 もはや自分で何言ってんだか解かっちゃいない。まるで社長のタマシイが憑りついたのかと思ったぜ。


「買うっ! 超新世紀シンゼローム。ヤバイす。胸打った。なんか激熱なんすけどー」

「ぼ、ボクも超新世紀買うっす。二個ください」

「こっちは三つください」

 加湿器も販促デコレーションも、何も要らねえじゃねえか。

 これからはこういう売り方したほうがいいみたい。やっぱ感覚が俺たちとはだいぶ違うんだ。



「合体ものもいいけど、この子も可愛いわよ」

 誰も合体ものだとは言っていないが、今度はミカンに視線が集中する。


「あんのぉぉ。これもゲキレアっす! ルシャール星の緊急救出ポッド型のアンドロイドっす。トランスフォームするんすよねぇ。おじさん」


 おじさんとかオヤジとか呼ばれるのが、無性にしゃくに障るのだが。


「ああぁ。詳しいねえ青顔のヲタくん。一人乗りのシャトルに変身すんだ」

「あ~の~。タゴさんに聞いて無いんすか、ボクにはオワッティっていう名前があるんす。それよりこっちのトランスフォームアンドロイドはなんていう名前なんすか?」


「ミカンちゃんでーす」と茜。

「ミカンちゃーん。こっち向いてぇ!」

「きゅー?」

 もう俺なんか蚊帳の外さ。気づけばマジで外に放り出されていた。


「ミカンちゃーん。超可愛いんすけどぉぉ。あっし、フィギュアと野菜買うわ。アカネちゃーん、両方買うからさ。サイン貰えない?」


「あ、はーい。いいですよ。色紙有料ですけど、たくさんありますよ。いかがですかぁ?」

「どうせサインも有料なんでしょ。でもいいわ。全部まとめて買う。こんなことめったにないもん」


 いつの間に色紙まで準備していたんだろう。しかもサインまでも金取ってけど、連中平気で払う気だし……。

 社長の思惑だとサインは客寄せの無料サービスのつもりだったのに、勝手に有料サインに切り替わっていた。


 俺だったらアカネのサインなど金を貰ったって欲しくないのに、気づけば長蛇の列になっている。それにニコニコ顔で応える茜は疲れを知らない。人間じゃねえからな。


 なんか、こいつ商才があんじゃないの?

 管理者、恐るべし。なんちゅうロボット作ってんだよ。



「こっちだ。サイン会やってるよー」

 新たな団体が反対方向の入口から押し寄せてきた。


「あー。みんな落ち着いてよー。まだ色紙はたくさんあるからね。それとシンゼロームもあるわ。ぜひ買ってってよ。お母さんが喜ぶよー」


 ヲタと言う連中は意外と秩序正しく、中には率先して協力してくれる奴まで現れる。

「あのぉー。フィギュアは残り19体しかありませーん。モデリングをしてるのはボクの知り合いでぇ。頼めばいくらでも作ってくれます。だから慌てないでくださーい。買えなかった人は、この製作依頼書に名前を記入してください。予約販売とさせていただきまーす」

 青い顔が健康体だと言うオワッティなんか、もう関係者気取りだし。


「すみませーん。申込書こっちにももらえますかぁ?」

「あ、はーい。並んでくださーい。申込書はいくらでもあるんでぇー。押さないでー。先頭の19名までが今日フィギュアを買って帰れまーす」

 いっぱしのスタッフだった。


「シンゼロームも一緒に購入される方はー。アカネちゃんのサインにミカンちゃんのサインも添えまーす」

 勝手に内容が変わっていくけど、理にかなった流れになっているので誰も文句を言わなかった。


 やがてフィギュアもシンゼロームも飛ぶように無くなっていく。そろそろ次の企画を始めるチャンスだ。ここであれをやるか。


 俺は控室になっていたテントに飛び込み、銀マットで包まれた特大フィギュアを持ち出した。

「さぁ集まったガイノイドファン待望のオークションするぞ――!」


「うおぉぉぉ待ってましたぁ!」

「オークションだって。帰らないで待っててよかったぁー」

「何すか、その銀シートに包まれた物は?」

「あの形からすれば大きなものだよぉ」

「オレ、人の倍出すっすよー」


 まだ金額も商品も見せていないのに、もう熱く盛り上がってきた。


「ちょ、ちょっと慌てないでくれよ。はいはい、下がってね。おい、オワッティ、みんなをもう少し下がらせてくれ」


 完全にヤツはスタッフだった。

 しかもこいう空気によく慣れている。


「あ~のぉー。それが何か高い位置からよく見せたほうがいいです。これだけ人が集まると。見たくて後ろから圧して来るから危険っすよ」


 よく知ってるねぇ、きみ……。

「私設オークションに行くことあるっすから」


 とにかくヲタの言葉を信じて。

「オークションに出すのはこれだ。アカネの五分の一フィギュアだ。見てくれぇ」

 空になった金属ケースを台にして、一段高い位置から片手で掲げた。


「うぉぉぉぉ。ゲキレアっす」

「四分の一スケールは大きすぎるけど、十分の一スケールでは小さすぎる。おおおお。今までにないゲキレアのスケール。五分の一!」

 どこかでヲタが叫んだものだから、人混みがどっとドヨメキ、押すなと言う声が上がるものの、集団の力は恐ろしいものがある。


「うがぁぁあ!」

 前から圧してきた人の波に倒された。さらに運の悪い事に金属ケースと言う不安定な場所に立っていたものだから、もろに転んだ。


「あつつつつつ」

 玲子ほどではないが、田吾よりかは運動神経はあるほうなのに、咄嗟にかばい切れなくて足をやられた。たぶん捻挫だ。


 でも不幸中の幸いだ。オワッティの忠告を守っていなかったら、こんなもんでは済まなかっただろう。押してきたのはほんの一部分の連中だった。


「あ――っ。圧さないでくらさーい」

 人混みをアカネが押し返したが、すでに足の痛みは頂点に。


「痛てててててて」


 ちょうどいいところに玲子が顔を出した。

「どうしたのよ~この人混み。すごいじゃない」

  

  

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