超新世紀シンゼローム
そんなこんなで、あくびの二発も出た頃――。
「あー。いたー。ほんとにいたよー」
「うっそぉ! あ、ほんとだ。ほんとにFシリーズだ!」
最初は可愛い女の子の二人連れだった。ギャルちゅうやつだな。そしてすぐに男子が寄って来て、
「おい来てみろ、本物のガイノイドがフィギュア売ってんぞ!」
「すげえ。あのお父さんが言ってたことは本当だったんだぁ」
「おい、どうしたんだ? 急激に人が集まって来たぞ」
「さっきFシリーズの良くできたフィギュアを握っていた子供がいて、その子のお父さんに訊いたら、この辺にブースがあるって。それもほんもののガイノイドも来てるって言ってたもんだから……」
ひとりのコギャルが説明して、
「そうよ。ずいぶん探したんだよ、超ウケるっしー」
って、何だか馴れ馴れしいな、お前ら。
「ねえぇ。あんた名前なんて言うの?」
と尋ねられ、茜は屈託のない無垢な光を帯びた目で応える。
「あ、はい。わらひはぁ。アカネって言います。以後よろしくお見知りおきくらさーい」
こいつも急なことで、だいぶアガッてやがる。
「可愛ぃぃー! アカネちゃんかぁ」
「この子ぉぉ。きゃわいい服着せて貰ってぇ。白で統一してんのは超センスいいんすけど。あっし、キュン死寸前っす」
お前は言葉遣いが、超なっとらん。
「おーい、ここだ。ここで売ってんぞぉ」
「やっと見つけたぁ。ここだったんだ」
あの父娘がどこで何を吹聴したのかは知らないが、人が集りだすとそれは雪だるま式に膨らんでくる。
「おじさん。このフィギュア買います。けっこういい仕事してっすねー」
おじさんって……。
まぁ買ってくれるんなら、何でもいいや。
「だろ。田吾っていうモデラーが作ってんだ。バカだけど手先だけは器用なんだぜ」
「あ~のぉー。タゴさんてぇ、ギンリュウのタゴさんっすよね」
と尋ねられて茜が桜色の頬をほころばす。
「あ、はい。あー。ゥヲタさんですー。コマンダー。ゥヲタさんですよー」
「なに言ってんの、アカネ? 誰だよ、魚田って? あ――。お前、このあいだのヲタ。その牛みたいな粘っこい低音とスカイブルーの顔、忘れねえぜ」
「ああ。このあいだザリオンから救ってくれたおじさんっすね。どうも。今日はここで仕事っすか?」
「え? そうだぜ。フィギュアと野菜売ってんだ」
ほんと、節操がねえな。
「あ~のぉ。今日はー。友達も連れて来てるんす」
「お前、友達いるの?」
「同人サークルなんすけど」
人懐っこい面立ちを破顔させて、あの時のヲタが後方に手を振った。
「あ~のぉぉ。みんなー、こっちっす、こっち」
「あーいたいた。わぉぉぉ。Fシリーズのガイノイドだぁ」
「うほぉぉ。フィギュア新作だしっ!、おお、このガイノイド、着ぐるみじゃない。ほんものだぁ!」
「ほんとだ。うはぁ。この子、名前、何ちゅうんすか?」
お前らが先に名乗れよ。
「アカネちゃんて言うのよ。ちょっとあんたたち、あとから来て割り込みは無しよ。ちゃんと二列に並びなさいよ!」
玲子みたいな女子はどこにでもいるようで、
「ほら。あんた何買うの? 売ってるのはフィギュアと野菜よ。まとまりのない店だけど我慢しなさい」
どーも。しーませんねぇ。変な取り合わせで。
「そだ、あんたはもっと野菜食べたほうがいいわよ。顔の色が青いもの」
「これはぁ。アンタリアン人だからでぇ。べつに病気でもなんでもないのでぇす」
「野菜って、この湯気の中に置いてあるの? これ何すか? うきゃはは、うけるー。マジでフィギュアと野菜だよー。うきゃきゃきゃ。超ウケるんすけど」
どうやら商売の神様の思惑は少しズレていたようで、
「うひゃぁー。これってシンゼロームだ。すげえ。Fシリーズとシンゼローム。デラウケ~」
うけてくれたらそれでいい。ついでに買ってってくれ。
「美味しいですよぉー。わたしとミカンちゃんとで丹精込めて育てましたぁー」
茜が一言しゃべるだけで、歓声が上がる。
「Fシリーズ、可愛ぃぃぃぃ!」
「萌ぇぇぇぇぇ」
「古より伝え渡る真実はここにありき」
お前はなに言ってんの?
「あ、この子、厨二病なの」
「病気か。だったらこんなとこで油売ってないでm、早い目に病院行きな」
「我の病は近代医学では治らぬ。しかぬばこの場にて魔獣召喚の儀を行う」
「あーごめん。今忙しいから後でな。なんならトイレでやっといで」
「ならば……」
思いつめたような目つきでじっとデスクを睨み。
「これ……」
顔を伏せたままフィギュアを差し出す魔女っ娘。
「はい。ありがとうね」
おじさんは疲れるっすよ。
ヲタとギャルの視線が徐々に野菜へと移って行く。
「ガイノイドが野菜? やっべぇぇーっす。あっし、ヤッパ超ウケるんすけどー」
「農作業をガイノイドがするんですかー。へぇおんもしれぇー」
「アンドロイドが創ったシンゼローム。すごーい。新世紀シンゼロームだ」
「何それ? 新しい合体もの? じゃあ買う。シンゼローム買う」
価値感が大幅に逸れて行くが、そんなこと知らん。売れりゃあいいんだよ。
「みんな聞いてくれ。今までのシンゼロームはもう古い。創世期が訪れたんだ。これからはガイノイドがシンゼロームを創る時代だぜ。それが超新世紀シンゼロームだ。超新しいんだぞ」
もはや自分で何言ってんだか解かっちゃいない。まるで社長のタマシイが憑りついたのかと思ったぜ。
「買うっ! 超新世紀シンゼローム。ヤバイす。胸打った。なんか激熱なんすけどー」
「ぼ、ボクも超新世紀買うっす。二個ください」
「こっちは三つください」
加湿器も販促デコレーションも、何も要らねえじゃねえか。
これからはこういう売り方したほうがいいみたい。やっぱ感覚が俺たちとはだいぶ違うんだ。
「合体ものもいいけど、この子も可愛いわよ」
誰も合体ものだとは言っていないが、今度はミカンに視線が集中する。
「あんのぉぉ。これもゲキレアっす! ルシャール星の緊急救出ポッド型のアンドロイドっす。トランスフォームするんすよねぇ。おじさん」
おじさんとかオヤジとか呼ばれるのが、無性にしゃくに障るのだが。
「ああぁ。詳しいねえ青顔のヲタくん。一人乗りのシャトルに変身すんだ」
「あ~の~。タゴさんに聞いて無いんすか、ボクにはオワッティっていう名前があるんす。それよりこっちのトランスフォームアンドロイドはなんていう名前なんすか?」
「ミカンちゃんでーす」と茜。
「ミカンちゃーん。こっち向いてぇ!」
「きゅー?」
もう俺なんか蚊帳の外さ。気づけばマジで外に放り出されていた。
「ミカンちゃーん。超可愛いんすけどぉぉ。あっし、フィギュアと野菜買うわ。アカネちゃーん、両方買うからさ。サイン貰えない?」
「あ、はーい。いいですよ。色紙有料ですけど、たくさんありますよ。いかがですかぁ?」
「どうせサインも有料なんでしょ。でもいいわ。全部まとめて買う。こんなことめったにないもん」
いつの間に色紙まで準備していたんだろう。しかもサインまでも金取ってけど、連中平気で払う気だし……。
社長の思惑だとサインは客寄せの無料サービスのつもりだったのに、勝手に有料サインに切り替わっていた。
俺だったらアカネのサインなど金を貰ったって欲しくないのに、気づけば長蛇の列になっている。それにニコニコ顔で応える茜は疲れを知らない。人間じゃねえからな。
なんか、こいつ商才があんじゃないの?
管理者、恐るべし。なんちゅうロボット作ってんだよ。
「こっちだ。サイン会やってるよー」
新たな団体が反対方向の入口から押し寄せてきた。
「あー。みんな落ち着いてよー。まだ色紙はたくさんあるからね。それとシンゼロームもあるわ。ぜひ買ってってよ。お母さんが喜ぶよー」
ヲタと言う連中は意外と秩序正しく、中には率先して協力してくれる奴まで現れる。
「あのぉー。フィギュアは残り19体しかありませーん。モデリングをしてるのはボクの知り合いでぇ。頼めばいくらでも作ってくれます。だから慌てないでくださーい。買えなかった人は、この製作依頼書に名前を記入してください。予約販売とさせていただきまーす」
青い顔が健康体だと言うオワッティなんか、もう関係者気取りだし。
「すみませーん。申込書こっちにももらえますかぁ?」
「あ、はーい。並んでくださーい。申込書はいくらでもあるんでぇー。押さないでー。先頭の19名までが今日フィギュアを買って帰れまーす」
いっぱしのスタッフだった。
「シンゼロームも一緒に購入される方はー。アカネちゃんのサインにミカンちゃんのサインも添えまーす」
勝手に内容が変わっていくけど、理にかなった流れになっているので誰も文句を言わなかった。
やがてフィギュアもシンゼロームも飛ぶように無くなっていく。そろそろ次の企画を始めるチャンスだ。ここであれをやるか。
俺は控室になっていたテントに飛び込み、銀マットで包まれた特大フィギュアを持ち出した。
「さぁ集まったガイノイドファン待望のオークションするぞ――!」
「うおぉぉぉ待ってましたぁ!」
「オークションだって。帰らないで待っててよかったぁー」
「何すか、その銀シートに包まれた物は?」
「あの形からすれば大きなものだよぉ」
「オレ、人の倍出すっすよー」
まだ金額も商品も見せていないのに、もう熱く盛り上がってきた。
「ちょ、ちょっと慌てないでくれよ。はいはい、下がってね。おい、オワッティ、みんなをもう少し下がらせてくれ」
完全にヤツはスタッフだった。
しかもこいう空気によく慣れている。
「あ~のぉー。それが何か高い位置からよく見せたほうがいいです。これだけ人が集まると。見たくて後ろから圧して来るから危険っすよ」
よく知ってるねぇ、きみ……。
「私設オークションに行くことあるっすから」
とにかくヲタの言葉を信じて。
「オークションに出すのはこれだ。アカネの五分の一フィギュアだ。見てくれぇ」
空になった金属ケースを台にして、一段高い位置から片手で掲げた。
「うぉぉぉぉ。ゲキレアっす」
「四分の一スケールは大きすぎるけど、十分の一スケールでは小さすぎる。おおおお。今までにないゲキレアのスケール。五分の一!」
どこかでヲタが叫んだものだから、人混みがどっとドヨメキ、押すなと言う声が上がるものの、集団の力は恐ろしいものがある。
「うがぁぁあ!」
前から圧してきた人の波に倒された。さらに運の悪い事に金属ケースと言う不安定な場所に立っていたものだから、もろに転んだ。
「あつつつつつ」
玲子ほどではないが、田吾よりかは運動神経はあるほうなのに、咄嗟にかばい切れなくて足をやられた。たぶん捻挫だ。
でも不幸中の幸いだ。オワッティの忠告を守っていなかったら、こんなもんでは済まなかっただろう。押してきたのはほんの一部分の連中だった。
「あ――っ。圧さないでくらさーい」
人混みをアカネが押し返したが、すでに足の痛みは頂点に。
「痛てててててて」
ちょうどいいところに玲子が顔を出した。
「どうしたのよ~この人混み。すごいじゃない」




