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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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死に逝く星

  

  

 思考が止まりそうだった。3万6000光年という(へだ)たりはあまりに大きい。まさかこんな朽ち果てた星で人生のゲームセットを迎えるなどとは昨日まで考えもしなかった。


「あるわよ。もうひとつの答えが……」

 玲子が細っこい指を立てた。

「なんだよ?」

「この地下に人が避難したのかもしれないわ。崩れて入り口が塞がったのじゃなく、不用意に部外者が入るとマズいからわざと埋めてるのよ」

「あーそうですよ、レイコさんの言うとおりです。その人たちに救助を求めましょう」

 嬉しげにそう言うナナの顔を改めて眺める。うちひしがれる俺たちを安心させようとして一生懸命作り笑顔を振る舞っているのかと思いきや。注いでくる無垢な微笑はごく自然なもので、八方塞がりの暗澹たる状況を忘れさせてくれそうな魔力を持っていた。


「大丈夫ですよー。きっといますって」

 なんと慈愛のこもった表情だろう。今なら女神の使者だと言われても納得するかもしれない。

「明るい話題にしてくれておおきにな。ありがたく受け取りますワ……せやけどな」

 そう。二人の気持ちは嬉しいが、玲子の意見には簡単にうなずくことはできない。

「もし地下に避難している人がいたとして、言葉が通ずるわけでもないし………。しかも重力崩壊寸前のこの時期に、未だに地下で潜むということは、宇宙へ飛び出す技術が無いと言ってもいいわけだし………」

「ワシはすでに脱出したほうを取りますデ。このシェルターは科学技術の高さを証明してる。こんなんが作れるんやから、すでに別の星へ避難してるんとちゃうやろか」


 社長の言い分も一理ある。そうなると絶望だ。この惑星は見捨てられたんだ。

 どんどん俺から覇気が薄れていく。


「こういう時こそ、特殊危険課の底力を見せるべきです。行動あるのみよ」

 意味不明の気合いを込めて、玲子がいきなり立ち上がり、ナナの手を引いた。

「手伝ってちょうだい……」

「あ、はい」

 玲子はナナを引き摺るようにして下りて行き、俺は後ろ姿をぼんやり眺める。今さら何をやろうとしてんだ?


 しばらくして、ガラガラと瓦礫の崩れる音が渡ってきた。

 埋まった階段を掘り起こすつもりのようだが。

 あいつらしいと言えばあいつらしい。体を動かすことで恐怖に立ち向かう気なんだ。

 やけに、いとおしい気分だった。俺も黙考に沈んだ社長のジャマをしないように階下へ行ってみた。


 案の定、ナナと玲子が手分けして瓦礫を片付けていた。


「通路が出てきたとして、そのあとはどうするんだよ?」

 無言で同じ作業を続ける二人へ尋ねた。

「あたしはさ。体を動かさないと頭も動かない性質(たち)なのよ。だからできることは一つ。とにかくここの道を開くのみね。その先は後で考えるわ」


 何とも二階から目薬的な行動だけど……賛同はできる。

「へへ。俺も参加していいか? どっちかというと俺もそのタイプだ」

「歓迎するわ。来なかったら引き摺り降ろして強制労働させるつもりだったのよ」

「奴隷扱いかよ。ひでえな」

 崖っぷちに立たされたはずなのに、気が緩んでいた自分に驚く。


 上部から岩を抜き取りナナに渡し、ナナは玲子に渡す。リレー形式で積み重なった岩を取り除いていくと新たな事実が見えてくる。

「おい、これって……………」

 自然災害で階下への口が埋まったのではないことが手に取るようだった。建造物自体に破壊された痕跡が無い。岩をどけると無傷の天井が現れた。紛れもなくこれらの岩は人の手によって集めれられ、積まれたものだ。


「まじで玲子が言った展開になってきたな。でもよ何でここを埋めたのだろ? 地上への出入り口だぜ」

「シロタマが言ってたわ。この星には生命反応が無いって。だから自然と崩れたんだろうと最初は思ったんだけど、逆に埋めたんじゃないかとも考えたの」

「閃きですね」

 手の動きを止めて、ナナが腰を伸ばす。

「ワタシたちアンドロイドは学習した結果を元に答えを導き出す方法しか取れません。だからたくさんの情報を必要とします。でもみなさんは何も無いところから答えを出します。どーやってるのですか?」

「想像力だな。記憶した情報を色々歪めたり推測したりして、別のカタチに変える。数撃ちゃ当たる……だな」

「じゃあ、この星の人はなぜ出入り口を閉じて避難したと思うの?」

「だよな。避難するとしたら、もう未練はないだろ。ここを閉じる必要はないな。でも閉じた……」


 無い脳ミソを総動員する。

「見られたくないモノを入れてある………いや。宝物を隠したのか?」

「あたしもそう思うわ。きっとすごい物を埋めたのよ」

「えー。宝探しれすかー。面白そう」

 ナナは別として、どうも俺と玲子は楽観的な人種のようだ。さっきの絶望感が一刻だとしても消え失せていた。


「ちゃう。外からの侵入を拒むためや」

 いつの間にか社長が背後に立っていた。

 玲子は振り返りざまに持っていた石をごとんと落として、

「でも誰を拒むのですか?」

「解らん。シロタマは危険な動物はおらんちゅうとった。もしいたとしてもあの太陽の放射線には耐えられへん」

「やっぱ、宝を埋めたんだぜ」

「宝やないけど何かを隠した、ちゅう意見にワシも賛成や。隠した人がこの地上のどこか近くにおる」

「なぜ言い切れるんっすか?」


「これやがな……」

 手にひらに乗せた板状の物体。厚さ数ミリ、幅数センチの物体だ。

「メモリデバイスらしいで、床のすみに落ちとったんをシロタマが見つけたんや」


『電子的な回路構成で作られたものです。約3エクサQビットの容量持つメモリチップだと思われます。さらに一部にはまだ電荷が残っています』


「これがどういう意味か解りまっか?」


 玲子は持っていた岩を無造作に奥へ投げ落とし、額に滲み出た汗を手の甲で拭いつつ小首をかしげる。

 科学技術の発達した種族がいたことは解るが………。


 社長は意味ありげに指でつまんで俺たちに見せつけ、

「ええか。3エクサQビットちゅうたら量子コンピューターのパーツや。これはワシらより科学技術が進んどる証拠で、しかも電荷が残っとるちゅうことは、それほど過去に落とされたものではない、となるんや………」

 目の前の社長は、先程までの暗く沈んだ社長ではなかった。

「この周囲のどこかに、この建物を作った知的生命体がおるに違いない」

 だからって、この窮地を救ってくれる保証など無い。ましてやその知的生命体とやらが友好的であると誰が決められようか。吸血鬼みたいにパッと見は紳士的でも、後ろから襲ってくることだってある。しかし藁をも掴む心境の俺たちには救世主到来の知らせだと言っても過言じゃなかった。


「その人らを見つけてコンタクトを取るんや。ほんなら何らかの打開策を捻りだせるかもしれん。なーんも無いより数倍ええほうに傾くデ」


「じゃぁ、さっそく行きますか?」

 埋められた通路の上部に人が一人通れるほどの隙間ができていた。


「誰から入ります?」

 控えめに尋ねているが、玲子。

「もう片足半分入れてんじゃん」

「しょうがないわね。じゃぁ、あたしから入りますね」


 自ら危険に体を晒すとは、たいした女だぜ。


 玲子は一度瓦礫の奥に身を入れたが、すぐに顔を覗かせて、

「シロタマ、先を照らしてよ、なにも見えないわ」


「最大輝度にするでシュ」

 さっさと玲子の前に浮遊し、サーチライトよろしく、まぶしいまでの光を放出するシロタマに憤慨する。

「お前な、俺の時とだいぶ態度が違うな」

 発光したタマは、『当たり前だろ』とひと言で俺の小言を粉砕し、先頭に立った。いや、浮かんだ。



 岩のバリケードを越えるとすぐに下り階段が続いていた。上にあるものと同じで、金属製の手すりは赤錆が吹き出し、気持ちが悪くて握る気になれない。どのみち取りつけ位置がかなり低いので、俺たちには手すりとしての機能を発揮してくれない。


 階段の幅は約3メートル。十数段ごとに折り返し、下へ下へと続いていた。段差が妙に低く、つまずきそうになるものの、すぐに慣れる。一段飛ばせばちょうどいいのだ。


 とは言え──。

「何か不気味だな」

 首をすくめる俺に、

「え、そうぉ?」

 玲子はツルリとした顔で言いのけた。俺はと言うと、ずっと背筋を凍らせ続けている。


 三人が歩く足音が遠くまで響いて、ずいぶんと遅れて聞こえて来るもんだから、誰かが後をつけて来る気がしてならないのだ。


「ワタシも怖くありませんよ」

「当たり前だ。お前はロボットだろ」

「おやおや? 偏見の眼差しありがとうございます」

「偏見じゃねえ。『怖い』なんていう感情は俺たちだけが持つものだよ」

「Fシリーズには感情を理解するエモーションチップが搭載されてますからね。理解はできるんっすよ」

「じゃあ。『怖い』も理解できるのか?」

「理解するにわー。コマンダーと同じ気持ちを学習する必要がありまーす。愉悦の感情はあらかじめ学習済みですけど、他の感情はオプションなの。そのためのコマンダーでしょ?」


「知るかよ……」


 ナナは電化製品のカタログの後部ページに載っているような説明を俺にくれ、社長はとってもチクチクする言葉をくれた。

「おまはん状況判断できてないんかい?」

「なんすか?」

「ワシらの後ろは通って来た道のりやろ。じっくり観察しとったら、なーんも怖いもんは無かったやろ。そういうのは学習せえへんのか?」


 我が子の前で上司から説教を喰らった気分だ。

「お前は前を向いて歩け」

 横からすがめてくるナナの頭を小突いて前に向けさせ、

「社長。お言葉ですけど、俺はこれから起こりうる事態を想定してですね……」

「そう言うのを取り越し苦労って言うのよ」

 と先頭を行く玲子から口を挟まれると、腹が立つ。

「杞憂じゃねえ。俺が腹をすかしてっとなロクなことが起きないんだ」

「あなたは空腹になると機嫌が悪くなるだけ。教えておいてあげる。予言者めいた能力はぜんぜん持ってないから」

 俺は大きくかぶりを振る。

「あのな。実際に起きてんだろ。転送事故だろ、新星爆発、それから……未知の生命体とのファーストコンタクトだ。これはまだだけどな。でもよ、お前は映画を見たこと無いのか? こういう訳の解らない地下には絶対にバケモンが出るんだよ」

 先頭で提灯よろしく、白く発光していたシロタマがすっ飛んで来て、俺に向かって冷たく喚いた。


『ここにいる三人を除いて、生体反応はありません』


「な。おまはんの取り越し苦労やったやろ?」

 と、社長が俺にとっては問題となる発言をする。

「ちょっと待って。社長は知的生命体とコンタクトを取るって言ったろ?」

「そうや。ただこの下にはおらんちゅうだけのことや。かと言って冒険家としては、どんなモンがあるのか調べたくなるやろ。もしかしたらどえらい宝モンがあるかもしれん。たんなる好奇心や」


 あんたの場合、冒険家じゃないと思う。吝嗇家(りんしょくか)さ。お金になるものならなんでもいいのさ。

 とは口が裂けても言えねえけど。


「トレジャーハンターって、結局は宝探しが主体でしょ。そんなの当たり前じゃない。知らなかったの?」

 腹立たしい言葉を吐く玲子は、しょせん会社のイヌさ。社長の言いなりだ。

「なら特殊危険課って謳わずに、すなおにトレジャーハンター課にすればいいじゃないか」

「あかんあかん。語呂が悪いし、言いにくい。ほんで銭の臭いがせえへん」


 やっぱりな………この拝金主義者め。


『最下層に到着しました』


 シロタマの声で足を止めた。

「どや。喋っとったら怖さも吹っ飛んだやろ」

「怖さより呆れが勝るってどうなんすか?」


 長かった九十九折りの階段が終了し、こぢんまりとした空間で進行が止まった。


「風だ!」

 出口がぱっかりと開いており、地下のはずなのだが、外には風が吹いていた。併せて草のなびく乾燥した音まで聞こえてくる。

 上空に浮かんで辺りを探っていたシロタマが下りて来ると、冷やっこい声音で報告。

『未知の電磁パルスを検出しています』


「電磁パルス? どういう意味や?」

『EM輻射波とは異なる強い電磁性のパルスを多数検知しています』


 ほらなー。

 俺が腹をすかしていると、だいたいこういう展開になるんだよな──。

  

  

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