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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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念願の社員旅行

読みやすくなるようにダイエット改稿いたしました。

  

  

 遡ること数ヶ月前──。


「こんなとこでモタモタしてっと社員旅行に置いて行かれるぜ? みんな先にイライザへ出発してんだろ?」

 俺は無性に苛立っていた。なぜならこいつが横にいるからだ。


「イライザって? あたしはなにも聞いてないわよ」

 艶のある美しい黒髪を肩から胸の前に重く弛ませ、婦人雑誌に目を落していた女が顔を上げた。


「だってそういう話だぜ」

 通路を挟んで俺の隣、秘書課の制服を着たオンナだ。頭ひとつ俺より背が低くく、小柄でありながら誰もが目を奪われる艶かしい体型と整った顔立ちをした美形。どこの誰が見ても美人だとカテゴライズされるべき特徴をすべて完璧に併せ持っており、今も強烈に美しい脚を大胆に組み、タイトなミニスカから惜しむことなく曝け出す、そんな目のやり場に困りそうな美人が隣に座るというのに、俺の体が強く拒否の姿勢を崩さないのには理由(わけ)がある。


 コイツと行動を共にすると、ヤバ系の人種に囲まれるのは日常茶飯事で、ビル街で銃撃戦になったり、コンピューターの疑似世界に放り込まれたり。ろくなことが起きないからだ。



 奴の名は玲子(れいこ)

 生意気に社長の秘書だ。だから秘書課のカッコいい制服を着込んでいる。


 そんなオンナを敵意丸出しの目で睨む俺は、そこの開発課のエンジニア……の下っ端を務める25才、独身男性だ。『裕輔(ゆうすけ)』と呼んでくれ。

 上の名前?

 そんなことは重要ではない。今重要なのは社員旅行に間に合うかだ。



「ねぇ……。何で旅行先がイライザだって、あなたが知ってるの?」

 革張りの背もたれから上半身を引き離した玲子が豊満なボディを悩ましくくねらせた。


「社長秘書がそんなことも知らないのかよ。俺の情報網のほうが上だな。社員旅行は南国にあるイライザの保養所に決まったんだ。それよりなんでお前がここにいるのかの理由が知りたいぜ」


「それ、どこの情報よ?」

 玲子は興味深げに顔を近づけてきた。たまらなく芳しい香りが迫り、つい深呼吸する。


「そんなことお前に言えるか、ばーか」

「何よ。どうせウソでしょ」


「秘密だ。言わん」

「はんっ!」

 ヤツは大きな鼻息を一つ吹き──人前では決してしない仕草の一つだが、俺の前では仮面を脱ぎやがるのさ。

「どんな情報だか……」

 嘲笑(あざわら)いにも近い笑みを口の端に寄せて、再び座席の背に身をゆだねた。


 今の笑いに意味があるとは思っていない俺はしつこく尋ねる。

「それよりなんでお前が一緒に行くんだ? お前は秘書課、俺は開発課だぜ」

「の、下っ端だよ」

 うっせーな。ほっとけ。


「なぜこんな小型ジェットで移動すんだ? 銀龍(ぎんりゅう)は?」

 玲子は読んでいる雑誌に説明する、みたいにして言う。

「知んない。ドックにでも入って整備してんじゃない。だいいち銀龍みたいな大型ジェットで行くわけないじゃん。燃料の無駄だし」


 うちの会社が自家用ジェットを所持するまでにのし上がったのは、社長があの手この手とセコイ商売をして結構稼いでおり、このジェット以外にも『銀龍』と呼ばれる超大型の機体も保有するほどの金持ちなのさ。



 そうそう。社長の名前がまだだったな。芸津(ゲイツ)って言うんだ。そのうち顔を出すと思うぜ。


 何の会社かって?

 舞黒屋っていうコンピューター系列の開発会社さ。その頭脳を受け持つのも社長で、とにかくムチャクチャなオッサンさ。でもそんな破天荒な性格が商品の開発トリガーになるんだ。これもおいおい解る。今は辛抱してくれ。



「そうだよな。あの『ケチらハゲ』が無駄な燃料使うわけないもんな」

「バカ。そんな言葉、社長の前で使ったらだめよ。クビ絞められるからね」

 ケチらハゲと言うのは社長に対する、まぁ。隠語というやつだな。従業員のあいだで密かに流れる憂さ晴らし的な別名なのさ。


 ちなみに『ケチらハゲ』とは『ケチ』で『ハゲ』だからそう呼ぶ。

 まぁ。楽しみにしておけばいい、マジでスキンヘッドでさ、すんげぇドケチなんだ。




「そんなことより、ちゃんと答えろ。なぜ秘書課のお前がここにいるんだよ? 俺はみんなといっしょに出発したいんだ。旅行ってさ、道中も楽しいもんだぜ」

「しょうがないじゃない。社長と共に行動するのが秘書の役目だもん」

「そこが分からん。お前と社長がつるんで飛ぶのはいいけど。何で俺らまで一緒なんだよ」

 そう。オレの後ろの席にはもう一人、同僚のヲタが乗っているが、今は関係ない。どうせアニソンでも聞いて人の話など聞いてないだろうから放っておく。問題は……、なぜ玲子が隣ででかい顔して雑誌を読んでんだ、と訊きたいのだ。


「そらそうでしょ……」

 玲子はばさりと雑誌を小型のテーブルに放り出し、片肘で体勢を支えると、やけに楽しげに乗り出して言う。

「いいこと。あなたとあたしは、『特殊危険課』の人間なのよ。行動を共にするは当然でしょ」


「何だそれ?」

 誰だってそう訊き直すさ。漫画みたいなことを言われりゃあな。

「社内では憧れの部署なのよ。あたしは嬉しいもん」


 部署だと?

 こいつは何を言いたいんだ?

 込み上げてきた疑問を大きな爆音が掻き消した。ジェットエンジンに火が入ったのだ。徐々に甲高い音に変化していく。


 離陸間近というのに無性に落ち着かなくなってきたのは、得体の知れない部署名をこいつが口にしたからで、疑問が解けるどころか増えてるし。


「なぁ。特殊何とか課って聞いてねぇぞ」

 ヤツはこともなげに答える。

「そらそうよ。社外秘の部署だもん。表向きあたしは秘書課。あなたは開発。でも実態は社長の特殊部隊よ。どう? かっこいいでしょ」

 再び体を乗り出して、キラっキラの目で俺を見た。


 子供かっ!

 思わず突っ込みたくなった。


「だからー。部隊って何だよ?」

 瞬間、ヤツはその瑞々しい朱唇を逆三角形にし、そして平然とくだらんことをほざいた。

「危険をかえりみず、会社のために謎を解く部署よ。あなたバカなの」

「……はぁ?」

 力が抜けた。そんなモンをまじめに言うお前のほうがバカだね。


「放っといてよ。あたしはカッコイイって思ってるんだもん。他の子も憧れてるわ」

「んなわけねえよ。俺たちは社長の遊び友達か。情けねえぜ」

「遊びじゃないわ。真剣よ」

「真剣に何をするんだよ?」

「えっ!?」

 瞬間、目を丸めやがった。意外とキレイに澄んだ目だったのでこっちが息を呑んじまった。


「ま、まぁ。いいんじゃない。社長のお供だから遊びでもさ」

 玲子は急激に語調を緩めた。

 今のは何かを誤魔化したみたいだが、次の言葉で俺は考えを改めることに。

「あなたの好きなマナミも言ってたわよ。かっこイイってさ」

「えっ。マジ? そうか。むふふふ。それならまんざらでもないな……へぇぇ」


 そう言われれば、これまで何度も俺は危険なことをやり遂げてきた。あのケチらハゲは、お金になると思えばどんな危険でも冒すオッサンだ。んで、さらに輪を掛けて危険大好きなのはこのオンナだ。多種目に渡って大勢のアスリートたちが真っ青になる運動神経はそのために備え持つのだと言っても過言ではない。


 そうか……。

 マナミちゃんも危険と隣り合わせの男を好むのか。玲子にどう思われようと気にはしないが、マナミちゃんの前ではカッコよくありたいな。


「ん?」

 今あいつの口が、またもやモニョモニョ笑ったように見えたが?

「何か言ったか?」

 と、訊いた俺の声がエンジンの甲高い音にかき消されてしまった。


 ま、どーでもいいか。

 鼻から息を吐き、肩から力を抜く。細かなことを気にしていられない。


 俺は座席の背を掴んで体をよじり、後ろに座るヲタに声を掛けた。

「お前は特殊何と課かってのを知ってたのか?」

 脂肪過多の丸っこい体型をしたアニヲタで本物のオンナには興味を湧かさない男。恥ずいが、俺の旧友で『田吾(たご)』と呼ばれる男だ。


 角ばった顔に掛けられた四角いメガネのレンズが脂ぎっていて、レインボーカラーの油膜が広がっていた。自然に油分の蒸気が皮膚から滲み出るんだろうな。そりゃこの体だ。


 おいおい。冷凍庫に収まったボンレスハムかよ……。


 田吾はカツサンドのカツみたいに座席へすっぽり収まっており、案の定ヘッドフォンからアニソンの音をシャカシャカと漏らしていた。


「なんちゅう体してんだろね。まったく……」

 社長専用機はゆったりした設計であるはずなのに、こいつの座席だけ子供用かと見紛う窮屈さだ。


 こっちに気付いた田吾はヘッドフォンを片ほうだけ外すと、メガネの奥にある小さな瞳を上目にした。

「何だスか?」

 方言丸出しのこいつは、俺たちとはだいぶ価値観がおかしい。ファッションもスタイルも何でもいいらしい。ただし萌えに関しては異常なこだわりがあり、とっても痛い奴なのだ。


「配属の件、知っていたのか?」

「んだ。知ってたよ」

 とだけ言うとまたヘッドフォンを耳の穴に押し込んだ。


 腑に落ちん……。


 俺は革張りの座席をゴワゴワと音を出しながら元の体勢に戻すと、玲子の横顔に尋ねる。

「なんで、こんなメタボヲタが『危険何とか課』なんだ? 足手まといになるだけだろ?」


 玲子は雑誌に目を落としたまま「特殊危険課よ」とひと言垂れてから、スリムでいて豊満な上半身をこっちへ向けた。

「あのね。こう見えても田吾は無線技師の免許を取った、れっきとした銀龍のクルーなのよ。いわば機長やパーサーと同じプロなの。あなたはただの平社員。あたしは社長秘書とこの特殊部隊のリーダーよ。どう? 上下関係がわかった? ここでもあなたは下っ端だかんね」


 くー。腹立つなー。

「あのな! 部隊って、ここは軍隊じゃねぇんだ。知るかそんなの。お前はたんに運動神経が異様に発達しただけの雌豹(めひょう)じゃないか」

「今の言葉覚えておきなさいね。体育会系の上下関係を叩き込んでやるから! いいわね、裕輔!」

「うっ!」

 こいつは男を男と見ない度、社内一なのだ。今だって俺たちを呼び捨てにするこの傲慢な態度。これだけの美貌でありながら、誰も手を出そうと、いや近づこうともしないのはこの性格が災いしているのだ。


 男なら一発ギャフンと言わせてやりたいところだが、こいつは格闘技全般師範代の腕を持っていて、世間でいうヤバ系と言われる人種であろうと平気で喧嘩を売る女なのだ。しかも絶対に負けない。運動神経だけが突出して進化したスポーツ馬鹿なのさ。中でも剣術とスポーツ射撃に関しては右に出るものはいない、特に剣術は神の域。それから射撃に関しては尋常でない腕前さ。去年も次期オリンピックの射撃選手に推薦されたんたが、本人はとんでもない宣言をしてサラッと辞退したんだぜ。


『あたしは社長の身を守るためにしか銃を撃ちません』とな。


 お前はボディガードか。用心棒かよ!

 ただの秘書だろ。

 ったく、どの口がそう言わしてんだ。

 それとも舞黒屋はそんなに危険な商売をしてんのか?

 悪いことはしてるだろうけどな。



 もし好奇心を刺激されたのなら対戦してみればいい。一発でもパンチが届けば、その人は相当な腕前だと言い切ってもあながち間違いではない。ふつうなら拳をあげた瞬間、壮絶な速度でストレートが来るか、床ドンを喰らうかだな。いいか、壁ドンじゃないからな。床ドンだぜ。濡れ雑巾みたいに軽々と投げ飛ばされて、背中から床にド~ンさ。略して床ドン。言っとくが背骨に悪いぜ。


 情けないが腕力では到底勝てないので、口だけで戦うしかない。

「配属はいつ決まったんだよ?」

「このあいだの会議。あの時に決まったの。どうしてあなた遅れてきたのよ」


 先週の会議か……。


「ああ。あれな。確か部品屋の営業マンが長居してな。なかなか帰らなかったんだ」

 玲子は「あっそ」とか言って顎を引いた。


 咄嗟に言い訳をしたが、実はそんな理由で会議に遅刻したのではない。

 大好きなマナミちゃんに引き止められて、どういう風の吹き回しか、妙に会話が弾み、ついつい長居をしたのさ。分かるだろ? 受付の女の子と意気投合してしまい会議に遅れました、とは社長の前では口が裂けても言んのだよ。



「なるほどね……」

 悔しいがこれ以上ごねると、自らの墓穴を掘る可能性がある。ここは引いておこう。

「ま、玲子くん。安心したまえ。俺が守ってやるぜ、その『危険何とか課』を……」

 ヤツは眉の端を微妙に歪めて喚いた。

「何とか課じゃない! 何度言えば覚えるの。特殊危険課よ! リーダーはあたしだかんね。分かった?」

「なんでお前がリーダーなんだよ?」

 息巻く玲子に俺は不満爆発だ。


「多数決に決まってんじゃない」

「俺は手を挙げていない」

「遅れて来るほうが悪いわ。多数決なんてそういうモノでしょ! リーダーは私に決まったのよ」

 触れるものすべてを切り刻む、そんな鋭い視線で俺を睨み上げた。


 ただでさえ切れ長で鋭い目をしてるだけに、力を込められるとすげぇ怖い。武道家の眼光は美人であっても揺るぎない険しさを含んでいる。


 しかたがないので、沈黙。

「…………………………………」

 さらに沈黙。


「裕輔! 返事をしろ!」

 ヤツは直立すると、上から威圧してきた。鋭く尖った(やいば)の切っ先が、すーと鼻っ面に差し込まれたのと同じ恐怖が走る。


 マジ怖いんっすけど……。


「返事はどうしたのよ」

 色々痛い目に遭っているだけに、俺は逆らわない。

「はい……承知しました」

 したって腹の中では、

(勝手にしろ、バカ! こっちは適当にサボってやるからな!)


「それからね、サボると承知しないから」

「…………………………………」

 やっぱこいつはテレパスだぜ。

 勘の鋭さと運動神経は一致するのかもしれない。



 ひとまずここは引いておくのが無難だ。俺は革張りの座席をゴワゴワ音を鳴らしながら、後ろのメガネブタのヘッドフォンを両手で持って引っこ抜いた。

「なにすんダす。裕輔!」

 口先を尖らせてブーイングするが、

「どーだ、田吾ぉぉ。イライザだぜ! すげえーよな」

「イライザってどんなとこか知ってるダか?」

「知らねえよ。でも南国だろ? ならカワイコちゃんがいるぜ」


 なんでそうなるのかは知らない。


「それより、どうして会議に遅れてきたダすよ。結構重要な会議だったんダすよ」

「それか……」

 こいつとは古くからの友人だ。真実を述べておいてもいいだろう。


「あのな。受付のマナミちゃんいるだろ……」

「ああ。あのかわいい子ダすな」


「そう。その子と話がはずんじまったんだ。会議どころじゃねえだろ」


「ふっ……」

 通路を挟んで、誰かの嘲笑を含んだ鼻息が聞こえた。


「なんか文句あんのかよ玲子。俺は済んじまった会議の結果に文句垂れてんじゃねえぜ。社員旅行でマナミちゃんと同じ席になるよう段取りを組んだって言ってんだ」


「ねえー、ユースケぇ。しゃいんりょりょ~って、何だよぉ?」

「ぅ…………」

 天井付近から舌足らずな声がして、俺と田吾はさっと目を逸らし、玲子は長い腕を伸ばした。


「こっちいらっしゃい」


 宙に浮かんでいる白色の球体を抱き寄せつつ、

「社長は?」と訊く玲子。


「ハゲオヤジはいまタラップを登ってるよ」

「こら、そんな言葉を使ったらダメって言ってるでしょ」

 と玲子は叱るが、俺さまは寛大だね。そっと伝えてやる。


「正直でいいんじゃない?」



 そいつの名はシロタマ。

 ん――。なんて言おう……物体でいいか。とにかく生命体ではない。それからその名の通り白い球体さ。


 大きさはテニスボールを少し大きくしたほど。

 そんな物体がなぜ宙を漂い人語を話すのか。

 これを説明しだすと、長くなるので重要なところをかい摘むとだな──。


 スーパーブレインW3C(超量子スーパーコンピュータ)が生命体の情報収集をするために、W3C自身が創った『対ヒューマノイドインターフェース』という鬱陶しい機械なのだ。


 今度はスーパーブレインW3Cって何だ、となるだろ。これも2行で収めると、

 異星人が作った量子コンピューターさ。という理由で、誰も仕組みが分からない。でもわがアルトオーネを統治するすんげぇ賢いコンピューターで、感情さえも理解するんだぜ。


「ユ~スケぇ。おめぇ誰と喋ってんだよ~」

 機械のクセに、こうやって舐めた口を利きやがるから腹が立つのだ。

 こいつは人の腹の中を読んで平気で揚げ足を取ってくるから、みんなが嫌うんだ。一人を除いてな。


「ほらこっちおいで。あんまり裕輔に近寄るとバカがうつるわよ」

 んのやろー。

 再び玲子の手を目指してふわふわと浮遊し始めた白い球体を追って俺の視線が移動する。


 玲子とシロタマ……。

 これで厄病神と貧乏神が揃ったことになる。つうことはこの先よくないことが起きるのは決定的だ。

 あとは死神のご登場を待つだけだ。社長な。


 シロタマは差し出された玲子の手のひらにふんわりと着地すると、冷やっこい声に切り替わる。

『ユースケが知能不全だという事実は認めますが、伝染することはありません。ましてやシロタマは人工生命体です。有機生命体の病原菌がうつることは決してありません』


 クソタマめ。好き勝手なことをぬかしやがって。


 今、冷然とした態度で喋った女性の声は、これもシロタマの機能の一つで、報告モードと呼ばれる状態に切り替わった時だ。ようするに舌足らずなクソガキ口調と機械的な女性の声、二面性を併せ持ったガチ腹が立つ機械。それがシロタマなのさ。してから、よけいに憤懣を募るのは、玲子にだけは態度も従順で口調も温和なコト。まったく人を舐めてやがるとしか言いようがない。



 手のひらから玲子の肩に乗り移ったシロタマは、最もお気に入りの場所、俺だって一度は顔を(うず)めてみたい、肩に広がる美女の黒髪。そのうなじ辺りを目掛けてボディ半分を潜り込ませたところで、思い出したように急いで宙へ舞うと、またもや俺の鼻先に直行して来た。


「なぁ。しゃいんりょりょ~って、どういう意味だよぉ?」

 馴れ馴れしいな。こいつ……。


「おい、ちょっと離れろよ。話しにくいだろ」

 鼻先の辺りを浮遊する球体を睨みつけ、少し後ろへ下がったのを確認して、

「しゃいんりょりょ~じゃねぇよ。社員旅行だ」

 鬱陶しいので窓へ顔を捻るが、ふありと目の前に移動してきた。


「意味わかんないよー。りょりょうって何だよぉ」

「んなことより。お前、何で空中に浮かんでられるの?」

 長いあいだ抱いていた疑問だったから、つい訊いてしまった。


『超小型の重力波抑制デバイスを搭載しています。銀龍の半物質リアクターの小型版でグラビトン粒子をコントロールすることが可能です』


 訊くんじゃなかった……。何を言ってんだかよく解らん。こいつはしょせん機械さ。説明を求めるとひどくくどく返してくるんだ。話を簡単に済ませるなんて芸当はできないわけさ。機械だからな。


『話を手短にすると、重力波を伝えるゲージ粒子、グラビトンを特殊な波動で震わし……』


「あーー。ごめん俺が悪かった。説明はもういい」

 手短になってねーし。


 そしてシロタマの口調は反転する。

「ふんっ。バカ相手にまともに説明する気はねえよ」


「くっ……」

 何とかならんのか、この二重人格は!



 俺の相手をする気もなくなったのか、シロタマは玲子のもとへと飛び去ると、そっちで同じ質問を繰り返した。

「しゃいんりょりょ~って、なに?」

 雑誌から目を離さず玲子が答える。

「お仕事を共にするみんなと旅行へ行くことよ」

「何が楽しいのでしゅか?」

 ぐりんと空中で丸い身体を旋回させた。どっちを向いたのかは不明だ。顔が無いからな。


「そうねぇ」

 白く綺麗な顎に人差し指を当てて少し考え込んだので、すかさず俺が口を挟む。

「地元のヤクザと喧嘩をすることだろ……ぅっ」

 剣先にも似た鋭い視線が俺の眉間を貫いていた。


「はぁーーい。黙りまーす」

 とりあえず肩をすくめて座席に縮こまることにした。

 そして思案する。

 この先、絶対に何か嫌なことが起きるぞと。

  

  

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