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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  閑古鳥、鳴く  

  

  

「これはこれはゲイツさん。お疲れ様でした」

 まだエンジンナセルの熱気が冷めないシャトルのハッチから、憂いに沈んだ顔を出した俺たち。それを見てジュディさんは不安げな表情を示した。

「どうなされました? 乗り物酔ですか」


 社長はパイロットに気遣って、強く首を振る。

「とんでもない。滑らかな操縦でしたで。立派なもんですワ」

「ならよかった。さあ、どうぞこちらに。まだエンジンが熱いですから、あ、ほらここ、気をつけてください」


 面倒見の良いジュディさんは、ビューワーに映っていたよりも小柄だった。あとスキンヘッドの艶が意外と美しいのと、三つのコブがパイロットのラルクさんよりも出っ張っている──どうでもいいことだがな。




 さっそくラルクさんが荷物を下し始めた後部デッキへ、ミカンと茜が飛んで行く。

「パイロットさん。荷物はわたしたちで運びますので気にしないでくらさーい」

「大丈夫ですよアカネさん。これも貨物船パイロットの役目です」


 そこへとミカンも滑り寄り、

「きゅりりきゅる」

 何か訴えてきたが、俺は意外な光景を目の当たりにして驚いた。


「そうかい。お前さんがこれを育てたんだね」

 このパイロットはミカンの言葉が解るようだ。

「きゅらりきゅくりくきゅるきゅらり、きゅるらりるら」

「ほう。シロタマさんて言う人が作った人工太陽のおかげなんだ」


 おいおいおい。どういことだい?

「こいつの言葉が解かるんすんか」

 ラルクさんは夏空のような爽やかな顔を俺に向け、

「ルシャール星の救出ポッドの言葉を知るのはパイロットとして当然です。月に一回セミナーが開かれていますからね」

「マジっすか」

 驚嘆の声を漏らさずにはいられなかった。


「それよりあなたがアカネさんのコマンダーだと聞きましたよ。ワタシにとってはそのほうが驚異ですよ。生まれて初めて管理者製のガイノイドコマンダーと呼ばれる人と出会えて、ちょっと興奮してるんです。ガイノイドのメンテナンスは難しいって言うではありませんか。どうなんです?」

 と尋ねられて、まさか一日の出来事を聞いてやるのがメンテナンスだなんてこと、恥ずかしくって言えない。

「そーすっねぇ。メンドイっていうか。ま、すぐ慣れますよ」


 困惑する俺の背後で大げさに驚くジュディさん。

「うおぉぉぉ。ゲイツさん本当のお話しだったんですね」

 一個のシンゼロームを大切に両手で持って、照明の光に当てていた。


「すばらしい。傷一つ無し。完璧な良品ではありませんか。ああぁ。良品のシンゼロームを山積みした光景がみられるなんて夢のようだ。あ、キミキミ」

 フィギュアを運び出した後に、シンゼロームに手を出そうとしたパイロットに慌てて声を掛ける組合長。

「これはシンゼロームの良品結実なんだ。専用のケースを使ってくれたまえ。もし落として傷をつけたら、キミに支払うギャラが吹っ飛ぶからね。丁寧に頼むよ」


「了解しました、組合長さん」


 パイロットは生唾を飲み込みつつ、頭を下げると内部に柔軟な充填材を引きつめた金属製の箱に一つずつ詰め込み始めた。

 そんなの葉っぱを詰め込んだらいいんじゃね、と言いたいが、その葉っぱでさえ専用のパッケージにそっと重ねていたところを見ると、マジでこの野菜は貴重品のようだ。



 俺や茜が手を出そうとすると、彼はそれにも丁重に断りを入れた。

「お気持ちはありがたいですが、ワタシもプロの運び屋です。搬送中に傷をつけるなんて絶対にあってはいけないことなんです。ここはワタシにお任せください」


 というより俺たちは投げ合ってましたよ。と、報告すべきか、やめとくか、悩むとこだ。





「ではフリマのブースにご案内します。よその種族の方が高級品を販売すると言うことで、4区画確保してあります。2区画を販売スペースとして、残りのスペースはご自由にお使いください。何でしたらちょっとしたショーもできますよ。ふははははははーあーはっはっはは」


 コルス星の冗談を言ったのかもしれないが、俺たちにはウケなかった。

 玲子だけが気を使って空々しい笑みを浮かべていたが、そのうちぼーっとする俺のケツを後ろから抓ってきた。あんたも笑いなさい、とでも言いたげな目で。


「痛ってぇぇなー」

 笑うどころか取っ組み合が始まりそうだった。





 俺たちが連れて行かれたのは、端が見えないほどもある巨大なホールだ。高い天井にはでっかい空調用のダクトが何本も突き出たとてつもなく広い空間を一定の区画に割り振り、そこの一角を各グループが借り受けて、持ち寄ったモノを売る、まあシステム的にはよくあるヤツだった。


「ゲイツさんはこの白線を引いた4ブロックがブースです」

 と示されたのは、このホールのほぼど真ん中、場所的には出入り口から均等の距離があって悪く無い位置だった。しかも4ブロックになるとかなり広い。


 組合のスタッフさんたちが数人集まり、社長と玲子はさっそく挨拶を始め、俺とアカネは何をしていいのか分からず立ち尽くし、その周囲を興味の赴くままにミカンが走り回るという無駄な時間が流れていた。



 カチャカチャと金属音を上げて、簡易テントが組み立てられていくのを眺めていたら、

「ほれ。裕輔も手伝わんかい。この人らは管理組合のスタッフの方らや。初めてのワシらが困ってたらあかんちゅうて手伝ってくれてはんねん」

「いえいえ正直言って、わたしたちはガイノイドさまの見学ですよ」

 一人のスタッフがテントのタープを張りながら、その横をうろつく茜とミカンの姿を目で追っていた。白のノースリーブで白のホットパンツ姿。Fシリーズでなくとも光り輝いて見える。


 俺は宝石のように扱われた金属ケースを積み上げ、その中の一つを開け、準備してくれてあった氷を隙間に並べた。もちろん鮮度を保つためでもあるが、見た目をよくするための販促デコレーションの一つさ。販促グッズとも言う。それからこれが本気の秘密兵器。スイッチオンっと。


 シロタマと社長が作ってくれた超音波加湿器の大型装置を駆動させる。

 こうすると白い霧状の水蒸気が漂い、生野菜を優しく包みこむ。保湿効果と厳かな雰囲気を作り出すことができるのさ。これも商売の神様が()りついた社長のアイデアだ。


 確かに効果はてきめんだった。包み込んでくる白い霧によって、単純に積み上げたシンゼロームが神々しくも感じ、さらに瑞々しく見える。


「思ったよりエエ感じや。生の野菜を扱うんから、生きた雰囲気を作らなあかんのや。電気製品を売るんちゃうからな」

 よく言うぜ、あんたはどちらかと言うと電器屋じゃないか。


「ほなエエな。裕輔は自分のやることを分かってますやろ。ワシと玲子は組合まで行って、幹部の方らに()うて来ますワ。連絡は取れるように各自無線機持ってますからな。何かあったらそれで連絡を取ること。ええな……ほな行まひょか」


 商売の神様が憑依したハゲオヤジは満足げにうなずくと、組合長と玲子を連れて歩き出した。



「アカネ。売れ残ったらお仕置きだからね。頑張るのよ」

 玲子はそう言い残し、茜も手を振る。

「おまかせくださーい。全部売っちゃって、おユイさんをびっくりさせてあげまーす」


 売り上げの結果はお前の記憶さ。となると優衣は俺たちがここに来る前から結果が解っていて……。

「あ……」

 司令室を出る間際に見せたあの憂い顔は何だったんだろう。


「あー。なんか急に怖くなってきた。ぜってえ何かが起きるんだ」

 優衣はそれを知っていて、でも時間規則で言えない。きっとそうだ。


 マジかよ……。


「どうしたんですか?」

 覗き込んでくる茜には悟られないようにと、微笑だけを返してその場を誤魔化した。




 それから小一時間──。


「ちょ、ちょっとアカネあんまりうろつくな」

 そう言いたかったのは、周りのブースで準備中の別グループの連中が茜を見つけて騒ぎ出したからだ。

 あちこちから『管理者』、『ガイノイド』、『Fシリーズ』の単語が囁き漏れてくる。


 マジで目立つ。俺は一つのテントの周りをシートで囲んで外と遮断すると、控室を拵えてそこへ茜を詰め込んだ。


「えー。つまりませーん。せっかく市場に来たのに、こんな中に閉じ込めてぇ」

「だめだ、だめだ。お前は目立ちすぎる」


「ずっとこんなところにいたら、暴れそうです」


 こいつがマジで暴れたら、この巨大ホールの天井が抜け落ちてくることになるが、

「もうちょいの辛抱だって。ヲタたちが集まってきたらお前の出番だ。な、可愛い子は後から出てくるもんだ。だからここでもうちょい静かにしていてくれ」

 ふくれっ面がすぐに萎んだ。

「そうですね。あー早くみなさん来ないかなぁ」

 まさにアイドルだった。



 それから店番をすること、何時間経過したんだろう。

「どうなってんだ!」

 思わずつぶやく。そうさ。文句も出るぜ。

 どういうワケか、シンゼロームがまったく売れん。


 フィギュアのほうは、まだヲタが集まっておらず、まあ。ふつうの人が見向きもしないのは予想どおりで、あ、そう言えばさっき小さな女の子を連れたお父さんが、泣く子を黙らせるために一体買ってくれた。なんでもその子はFシリーズが好きで、アカネのフィギュアを握らせるとぴたりと泣きやんだ。最初の一体が売れたのを喜んだ茜が控室から出て来て、女の子を抱きあげていたが。お父さんがそれを見て仰天していたのは当たり前だ。本物のFシリーズが我が子を抱き上げてくれたのだから、恐縮しながら帰ったのが印象的だった。



 それが最後で、ずっと閑古鳥が喉を枯らすほどに泣き続けている。

 まったくもって理由が解らん。組合長も押してくれたシンゼロームがなぜ売れないのか……。ほらまた来やがった。

 今度もリッチそうな夫婦連れだ。


「キミ。フリーマーケットにしてはなかなか凝った販売ブースだ。このミストが噴き出す販促機材はなかなか雰囲気を掴んでおるな」

 どこかの会社の社長さん風だ。奥さんらしき人も品の良い装いをしていた。


「これはありがとうございます。我が社の販売部長の考案でして、野菜を新鮮に販売するにはこうしろと言う命令なんです」

 本当は社長の命令だが、勝手に部長に降格さ。


「うむ。優秀な社員さんがそろった会社とお見受けする。して尋ねるが……このシンゼロームは本物かね?」

「は?」

「そうですわ。シンゼロームと言えば野菜のダイヤモンド。それをこんな山積みにして売るなんてあり得ません。偽物でしょ?」

 社長夫人がそうのたまうが、モノホンだっちゅうんだ。


「お言葉ですが、管理組合の組合長さんも推してくれていますので、本物で間違いありません」


「だが、おかしいだろ。めったに手に入らない物がこんな山積みって……まさかこっちの金属ケースにも入っておるのか?」

「あ、はい」

 アカネ式の返事になっちまったぜ。


「胡散臭い。かあさん、やめよう。シンゼロームは白菜やダイコンではない。偽物に決まっておる」

 結局、ババぁも賛同してブースの前から消えた。



 と、まぁ、さっきからこういう調子なんだ。確かに貴重なものがこうも簡単に山積みされると怪しく見えるよな。でも今さらケースにしまうのも億劫だし、ま、売れても売れなくても、このアイデアは社長のものだから俺には関係ない。


 だいたい俺は社長の遊び相手をするためにこの会社に入ったようなもんだから、業務は二の次でいいのだ。

 我ながらひどい社員だと思うが、知るか。



「売れませんねぇ……」

 肩越しから、茜が疲労感を漂わせた溜め息混じりの声を掛けてきた。

 アンドロイドのくせに人間臭いやつだ。


「ワタシも手伝いましょうか?」

「どうも社長の考え方と世間のそれとはギャップがあるようだな」

 ま、世の中そんなもんだ。


 それにしてもあまりにヒマだったのだろう。茜がテントの前に出て通り過ぎる人に声を掛け始めた。


「どーぞ。美味しいお野菜ですよー。わたしとミカンちゃんで作りましたぁー」

「きゅりりりるりぃりぃぃ」


「おいおい。無理すんな。どうせこんなもの売れないんだよ。何がシンゼロームだ。何がダイヤモンドだ」


「どーぞ。わたしのお人形さんですよー」

「きゅりりりるりリルルリぃぃ」

「もうやめとけアカネ。ビール無いかな? そうだこれだけブースが出てんだ。どっかにビールぐらい売ってるだろ。あっいけね。俺、金持ってねえワ」


 さっき一体だけ売れたフィギュアの金を使ってやろうか。

 売上金をさっそくネコババしようと企む俺ってどうよ。ははっ、ヤケクソだぜ。

  

  

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