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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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フリマへ行くぞ(連れ去られた白鐘さん)

  

  

 ただの嫌がらせだけだと思っていたメッセンジャーだったが、その後の優衣の詳しい調査で、やはりネブラが仕組んだ時空修正の捨て駒だったという驚きの事実が確定した。


 なんにしても、玲子が死亡するなんて歴史に変えられた日にゃ、俺たちは怒り狂うというもので。少なくとも俺は怒り狂ったさ。おかげで最悪の結果は阻止できたのだが、俺の頭の中には、断片的にもう一つの歴史が消えずに残っている。ほんと、困ったもんだ。


 そして最も懸念すべきことは、ネブラの連中は姿を現さないくせに、今回のように精神面を突いてくるようになったことだ。こうなるとカエデの件もその疑いが濃厚になって来る。


 早急にプロトタイプの営巣地へ向かいたいところだが、こちらの体勢がまるでできていないのが実情だ。なんせ銀龍の横っ腹には、バカオンナの怒りのはけ口となった大穴が開いているし、肝心の怪人エックスからの情報を貰うべく無線機はメッセージャーに操られた茜がぶっ壊したままなのだ。その上ハイパートランスポーターの充電不足も重なったため、通常速度で航行することを余儀無くされていた。


 ところが、だ。

 やむを得ない事情なのに、このままで行くと目的地まで7400年も掛かると、シロタマが騒ぎだして、とろいだの、カタツムリ以下だの、ボロ船だとか、散々文句を垂れまくり、それがあまりにうるさいので玲子が一喝。即行で黙らされていたことを付け加えておこう。





「ぅっきゅーっ」

 球状のタイヤを転がして、足早に畑仕事へ向かうミカンが司令室にいた俺へ挨拶らしき鳴き声を落として通過して行った。


 土産にやった茜のキーホルダーが復活して、後頭部でプラプラ揺れているのは、先日のクルー救出(俺と玲子だな)の功績を称え、田吾が進呈したとのことだが、もともとミカンの物をあいつがくすねていたのを返しただけの話である。



「さて何から片付けるべきなのか……」

 全員分の防護スーツの組み立てとメンテナンスは三日(みっか)掛けて終えた。でも、まだ残る複数の案件を前にして俺は腕を組んで唸っていた。


「お咎め無しじゃなかったのかよ」


 司令室の壁の修繕と茜がなぎ払った無線機の修理を仰せつかったのだが、これは俺の責任ではない──と主張したいところだが、色々と負い目もあるので渋々承諾した。けど放ったらかしさ。

 しかしさすがに5日目だ。いつまでも引き延ばしているとハゲオヤジが(ゆだ)るので、やっと重い腰を上げたというワケだ。



 まずは故障した無線機の中を覗いてみる。


「………………」

 野次馬と化した茜が横から無言の圧力を掛けて来た。こいつは朝からずっと俺につき纏っていて、鬱陶(うっとう)しいたらありゃしない。もしかして暇なのか? 暇なアンドロイドというのも、どうなんだ?


 茜はぶらぶらと部屋の中をうろついたあと、再び俺の横に立って、手を後ろで組むと体を少し傾けた。

「ねえ、コマンダー?」

「んー?」

「どーして、司令室の扉が無くなってるんですかぁ?」

「さー。どうしたんだろーね」

 説明がメンドイので、上の空で答える。


 こりゃぁ、アンテナターミナルが割れちまったな。

 こっちはパワーセルが外れただけか。

 通信機の破損はそう大したことはなく、俺の拙い電気知識でも修理可能な範囲だった。


「どうして通信機が壊れたんですかぁ?」

「誰かが暴れたんじゃないの?」


「ふ~ん」


 何がふーんだ。

 オメエが暴れたんだよ。と告げてやりたいが、こいつには罪は無い。メッセンジャーのオモチャにされていたんだから被害者のほうだ。



 茜はじっと俺の手の動きを目で追いながら、

「ねえ、コマンダー」

「ん……?」


「どうーして第一格納庫が立ち入り禁止になってるんですか?」

「穴が開いてんだよ」


「どうして穴が開いたんですかぁ?」

「安作りだからだろ。自然に開いたんだ」

 いくらケチらハゲでも、そこまでは経費を削らない。


「ん?」

 きらっと光るモノが田吾のデスクの下に落ちていた。

 拾い上げると玲子の転送マーカーだった。転送する時に本人の位置を特定する小さな装置だが、これはたぶんメッセージャーと戦った時にこっちの世界の玲子が落としたものだろう。


 そしてポケットからもうひとつの転送マーカーを取り出してしみじみと眺める。

 こっちも玲子のマーカーなのだ。でもこれは別次元の玲子の物。そう、彼女の形見とでも言っておこう。俺の頭の中には宇宙に散って行った玲子の姿が焼き付いたままだから、いつまで経っても胸の中に傷が残る。それを癒すために大切にしているのさ。


「本人は生きてるのに縁起でもねえよな。ぬははは」

 独りゴチと思い出し笑いのセットを繰り広げつつ、拾った玲子のマーカーは奴の机の隅にそっと置き、心のお宝は元のポケットに忍ばせた。


 そこへと可愛らしい声が落ちる。

「どうしてレイコさんのマーカーをポッケに仕舞うんですか?」


「うるせえなぁ。お前はドーシテ星人かっ! さっきからどうしてどうしてって、うるさいよ。二つあると転送時に齟齬が生じるからこっちは破棄するんだ」


 慌ててポケットのマーカーの所在を確認して安堵する。何しろ異次元からやって来た物だから、ちょっとした言葉でも元の世界に帰っちまうかもしれない。

 消えずに残った物はこれだけではない。まだ防護スーツ一式もある。次元がとっくに消えたのに、これらが存在する理由は意味不明の現象だとシロタマも言っていたが、俺にとっては意味などどうでもいい。ようは自分自身が納得するかどうかだ。


「どうして……」

 茜は屈託のない丸い瞳をくりんとさせて、

「ミカンちゃんの体を磨いたのはコマンダーですよね。ミカンちゃんとっても喜んでいました」


「そうか? そう言ってもらえるとうれしいな。なんたってミカンは命の恩人だからな」

「だったら、わたしの体も磨いてくださいよぉ」


「えっ?」

 思いもよらぬお言葉に、首が捻じ切れる勢いで旋回させる。


「いいのか? だってさ、磨くってのは……やっぱ衣服を取ることになるんだぜ」

「もちろんですよ。ガイノイドのメンテナンスはコマンダーのお仕事ですよ」

「お、おう。任せておけよ。今から磨いてやろうか?」

 妙な期待に赤らむ顔を上げて、やっと気づいた。


「何でお前オシャレしてんの?」

 白い短パン、いやホットパンツって言うヤツに、白のノースリーブシャツ。露出の多い肌が超まぶしい。


 ま。オシャレの理由はどうでもいいけど。

「どっから磨く? そのシャツ脱いでみ」

 別に不埒なことを考えているワケではない。自分の愛車だってたまには洗うだろ。その愛車がノースリーブシャツとホットパンツを穿いていただけのことさ。これのどこに問題があるというのだ。


「バカなことを言ってると、宇宙空間に放り出すわよ」

 扉の無くなった司令室に忽然と現れた人影。

 コマンダーの特権を奪い取ろうとする奴は誰だ?


「うっ! 真空オンナか……」

 宇宙空間から生きて帰って来た女だ。


「アカネの洗浄はあたしがやるから、あなたにはミカンをまかせるわ」

「いらねえよ」


 地獄から這い上がって来た美女は鼻を鳴らして俺に背を向ける。

「さあ、アカネ。こんなバカ相手してないで、野菜運ぶの手伝ってよ」


 バカって……。


 あの時、俺に語ってくれた、甘酸っぱくてむず痒い会話はどうしたんだ。

 あれ以来、いつもにも増してこいつは厳しい態度で接してくる。


「それよりアカネ、なんでよそ行きの格好してるの?」

 そうそう。俺もそれが訊きたい。


「え? だって。野菜を出荷するってシロタマさんが言ってましたので、どこかへ行くんでしょ? だったらわたしも連れってもらおうと、お着替えを済ませました」


「その格好で泥仕事は向かないわね」

 白一色のファッショナブルな衣服で農作業をする奴はいない。


 玲子は踵を返そうとする茜を呼び止め、

「あー。着替えに戻らなくていいわ。ここにちょうどいい駒使いがいるわ」

「もしかして、それは俺だと言いたいのか?」


「どうせ暇でしょ?」

「暇なことあるか。まだ司令室の壁に空いた穴を埋めないといかんのだぞ」


「そんなのミカンに描かせた絵でも飾っておけばいいのよ」

 俺と同じことを考えていたということは、社長にも見透かされているかも知れないな。


「とにかく第四格納庫に収穫してある野菜の束を運んでよ。力仕事は男の役目でしょ」


「お前のほうが力あるじゃないか。俺は何度も投げ飛ばされてるぞ」

「あれは合気道よ。力は関係ないわ」


 そのほうが怖ぇえよ……。

「そんなことより、俺は社長に命じられてやってるんだ。許可が出るまで動けない」


「かまへんで……」

 と言って入って来たのは、麦わら帽子をかぶった半そでシャツ姿の社長。バリバリの農作業着姿で現れた。


 おいおーい。

 茜といい、このジイさんといい、サマーファッションが流行ってんの?



 俺は脱力して頭を抱え込む。

「社長。ここは宇宙船の中だぜ。日曜日に貸し農園に出かけて来たオヤジみたいな格好して、何んすかそれ? あんなちっこい人工太陽に麦わら帽子は大げさだろ?」


「アホぉ。シロタマの拵えた人工太陽は夏のアルトオーネ以上の光を放射しまんのや。しかもディフレクターで掻き集めたエネルギーを利用しとるから24時間タダや。こんな嬉しいことは無いで。タダのエネルギーで野菜が大収穫や、もう笑いが止まりまへんがな」


 確かにさっきからニコニコしたままだ。

「それよりこの部屋の後片付けはもうええ。罰として玲子と野菜売りを命じます。一緒に行きなはれ」」

 気が抜けて崩れ落ちたい心境の俺にハゲオヤジはさらなる雑役を押しつけてきた。


 だいたい、罰って言えば俺がおとなしくなると思われるのが腹立たしい。


「あの時、(とが)め無いって言ってたくせに。何で罰を受けなきゃならないんだよ」

「文句いいーな。ほやから咎めてないやろ。仕事を与えてやってるだけや」


「懲役かよ……」


 それより──。

「売るって、そんなに収穫があったんすか?」

「それやがな。宇宙は謎に満ちてまっせ。ちょっと来てみいや」

 だんだん俺の口癖がみんなに浸透してきている。社長はそう言うと俺を第四格納庫に連れて行った。


「うぉっ」

 ラグビーボールにも似た野菜がプランターからミカンの手によって引き抜かれ、山積みになっていた。

「どや。まさに売るほどある、ちゅう景色やろ」

 俺は黙って首をコクコクと縦に振る。数は判別できないが野菜の山だった。


 社長はギラギラした視線で言った。

「とにかく新鮮なうちに高値で売って儲けまっせ。せめて大型プランターや大量の土と肥料の代金ぐらいは回収したいがな。いや、うまいことやれば儲けが出るかもしれへんデ」


 優衣の持っていたピクセレートで仕入れたので、あんたのフトコロはちっとも痛んでいないはずだが。

 しかも銀龍に持ち込まれ、支払いをする段階になって、恥ずかしげもなく値切っていたんだからたいしたもんだぜ。


「それは売れたらの話。こんなの売れるのかよ?」

「そんなもんリサーチ済みや。市場リサーチもせんと手を出す商売人はいてまへんで」


 社長は青々とした葉っぱを一枚むしり取り、

「これ見てみいぃ。シンゼロームちゅうねん。知ってまっか?」


「知らねー。初めて見た」

「ワシかて初めてや。そやけどこの葉の中心から縁に沿って広がる青から緑のグラデーション。みごとやろ」

 野菜にしてはあまりに美しい。どちらかというと観賞用だな。


「シロタマが言うには、シンゼロームは葉っぱ一枚から商取引に出されるほど貴重品らしいで。それもこんな立派な葉っぱや。これやと市場の3倍の値がつくちゅうてんのや。一株に何枚ついとると思てまんねん、ひーふーみー」


 社長はとっくに使わなくなった数え方で、長さ30センチはある大ぶりの葉を数え終えると、満面の笑みで顔を覆い、

「ふほほほほ。25枚や。それがほれ、この山やで。仕入れ値の何倍や思う。考えるだけで………うぉっほほほほほほ」

 箱詰めされた葉っぱの上からポンポンと手のひらで抑えながら、背筋が寒くなるような笑い方をした。


「しかもや!」

「まだあるのかよー」


「問題はこっちや……」

 小山に積み上げられたラグビーボールみたいな実を手に取り、ギラギラした視線を俺に寄こした。

「これがシンゼロームの実や。これが超貴重品らしいデ。めったに結実(けつじつ)せえへんと言われるシンゼロームが、ほれ見てみぃ、大豊作や」


 ズシリと重い青い実を片手で持ち上げて、頭上に浮遊するリンゴ野郎に訊く。

「タマ。そんなに高級品種なのか。仕入れ値はたいしたことなかったぜ」


『発芽率がとても悪く。1パーセント以下と言われていますが、成長した葉はビタミン、ミネラルが他の植物とは比較にならないほど豊富です。また結実は皮が固く乱暴に扱っても破損することなくヒューマノイドが必要とする糖分と水分が大量に濃縮保存されているうえに、長期冷凍保存が可能なところから、食の救世主と呼ばれ深宇宙を航行する定期船に欠かせない存在です』


「いいコト尽くめじゃないか」

「ほーやろ。それをアカネとミカンのコンビが丁寧に育てたからや。発芽率何ぼや言うてました? シロタマ」


『96パーセントです』


「うほほほほ。あり得ん率やろ。ほんでな、これを契機に舞黒屋も農業部門を作ろうか思ってまんねん。これからは農業やで。おまはんもミカンに作業の仕方を習いなはれ」

 迷惑な話だぜ。



「銀龍で消費する分はどうすんだよ?」

「これ見てよ、裕輔」

 ホクホク顔は社長だけではなく玲子も同じで、部屋の隅にある大型冷蔵庫を開けて見せた。


「ほらね。当分野菜不足にはならないわ」

「うっ」

 上から下まで冷凍されたシンゼ……なんとかという葉っぱと実で占領されていた。


「それで最近朝食と夕食にそれが山盛りで出てくるのか」


 シロタマの説明どおり、食卓に出たそれは、解凍野菜ではあり得ないシャキシャキ感で、瑞々しい歯触りは見事だとしか言えない。そして何よりも実を食べ終わった後の皮を焼くと食肉にも匹敵する歯ごたえと油分が滲み出た香りがたまらなく香ばしいのだ。それなりのソースを掛ければステーキが出てきたと、小躍りしそうな出来栄えなのだ。


「わかったよ。で、いつ出荷するんすか?」

「今からよ。ちゃんとフリマ出店の承諾を得てるのよ」

「せや。善は急げやがな。怪人エックスからの連絡が入らへんうちがハナやデ」



 フリマ──。

 フリーマーケットのことだ。どの町でも盛んだと思うが、まさか宇宙に出てきてまでもそれがあるとは思ってもいなかった。

「どこで売るんすか?」

「コルス3号星や。商売の星らしいデ。機長があと数時間で到着やゆうてましたワ。あー興奮するがな」

 やたら元気なのは商売の話をする時の特徴なのだ。


「ほんでな、その星に舞黒屋の支店を出そうかとも思てまんねん」

「ぜひ考えるべきです社長。向こうへ行くついでにわたくしが市場リサーチをしてきます。ぜひお任せください」

 玲子のヤツ、きっちり仕事モードになってやがる。


 そうそう。すっかり忘れていたが、こいつはただの暴れオンナじゃない。本職はこのハゲオヤジの秘書だった。

 まぁ、自分の会社が発展するのは喜ばしいことだが、それを手伝わされるのはちょっと願い下げだ。


《フリマ管理組合の組合長さんから連絡が入っています》

 と船内通信で伝えて来たのはパーサーだ。


「組合長?」とは俺。

「ほーや。大型店舗をいくつも経営するザコダ兄弟に紹介してもらったんや」

「ザコダ兄弟って言ったらキングスネールやサウスポールとか……あの超巨大店の……」


 小惑星の内側をくりぬいて作った大都市級の店舗で、サウスポールがデバッガーに襲われそうになっていたのをザリオン艦隊と一緒に阻止した時からの関係だが、たいしたもんで、きっちり連絡を取り合っていたのだ。さすが、転んでもタダでは起きないケチらハゲらしい。


「ほな。司令室に戻りますさかいに、ちょっと待たせてくれまっか」


《了解。向こうの天気とか尋ねておきます》

 くだらない話しが好きだからな、パーサーは……。

  

  

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