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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  オンナの怒り・後編  

  

  

「ぐはぁぁあぁぁ! これしきのことでっ!」

 メッセンジャーは両腕をだらりと垂らし、苦痛に歪む表情のまま唇をギュッと噛みしめていた。

 本来なら即行でぶっ倒れるところなのだが、奴はそれを耐えやがった。


 それでも、

「くっ。う、腕が動かん……」

 痛みにしかめた顔をこちらに捻じる。

「どうや? 中枢神経があるサイボーグならではやな、よう効きますやろ」

「そうさ。俺なんか半日近く口が利けなかったんだぜ。腕だけで済むなんて大したもんだ。褒めてやるよ」


「うぐぐっ! な、なんという屈辱!」

 力尽きたのか、がくりと片膝を落とすメッセンジャー。


「どないや。跳躍もできひん。指のレーザーも使えん。ワシらの要求を呑むんやったら、パーサーに命じておまはんの船に転送して終いにしてもええんやで」


「要求とは何だ?」

「今後一切」

 ツルピカの頭でメッセンジャーを睨み倒し、

「ワシらにかまうな!」

 マジ顔の社長は意外と怖い。ふだんおっとりとしている丸顔のハゲ面からは想像できない厳しい目線で睨みつけた。


 メッセンジャーはどんっと社長を肩で押しやったが反動で尻もちを突き、社長もバシッと放電をまともに喰らった。

「それはこちらの要求だろうが!」

 それでも男はよろよろと立ち上がり、

「オマエらからの要求は受けつけん!」

 極低音で傲然と吠えた。


 シロタマの麻痺ビームが利かねえって、不死身か、こいつ。

「くっ! このまま、おまはんを宇宙空間に転送してもええんやで!」


「強がって見せても無駄ですよゲイツさん。ワタシのディフェンスフィールドはまだまだ次の手がありましてね」


 高圧電流を胸にまともに受けた社長はよろけるものの、玲子に支えられながら怒りを前面に出し、メッセンジャーはその言葉を待っていたように、皮肉を込めた嘲笑(あざわら)いで受けて立った。


 ブボォォン。


 大きめの風船を弾いたのとよく似た耳に不快な音波が伝わり、メッセンジャーが薄緑色の光る膜に包まれた。

「はっはーっ これでどうだ! 電磁フィールドをさらに強化したディフェンスフィールドだ。これなら転送ビームも届くまい。それと……」

 玲子に手のひらを見せる。

「忠告しておく。導電性の物で直接触れると今度こそ命を落とす。感電などと生やさしい言葉では済まないから注意するんだな」


 しかし玲子は奴の言葉を無視。ウォーミングアップのつもりか、つま先足踏みを繰り返していた。

 男はその様子をしばらく窺っていたが、

「はんっ! 忠告するのももどかしいな。言葉が通じないと見える」

 不敵に笑いつつ、

「しょせん猿は猿だ。おとなしく山に帰れ。銀河の管理は我々にまかせておけばいいもののを。山猿がしゃしゃり出てくるから痛い目に遭うんだ。何がキズナだ。貧弱なやつらが寄ってたかったところで何の役にも立たん。馬鹿が!」


 玲子は足を止めて奴を睨む。

「特殊危険課をバカにしないで! あたしたちはチームでこれまでやって来たのよ」


「何がやって来ただ。オマエらのは猿芝居だ。何がチームだ。馬鹿の集団だ。はは、馬と鹿じゃなかった。猿だったな。猿の集団ではないか!」


 玲子は持っていたロングソードで床をばんっ、と叩き、再び上段に構えて()をきゅっと絞った。

「その傲慢チキな鼻をへし折ってやる。覚悟なさい!」

「だから忠告してしてやったろうが。ディフェンスフィールドにそんな物、オモチャのレベルだ」


「あんたなんか、剣で触れるまでもなくやっつけられるわ!」


「バカが……」


 メッセンジャーは蔑む視線を崩さず、

「オンナ相手では少々物足りないが、未来のテクノロジーでサイボーグ化されたオレが裁きの鉄槌を下してやる。うははははははは」

 体をよじって本気で笑いだした。


「あ……ちょ、ちょっと。まずいよ、社長……ザリオンの時と同じパターンだ。」

 さっきメッセンジャーが口に出したのは、玲子に対する暴走キーワードだ。


 メルトダウン寸前になった核分裂発電所の制御室から逃げ出そうとする職員のように、俺はじわじわと後ろに引き下がった。

「ど、どないしたんや、裕輔」

 キョトンとする社長もいっしょに引っ張り、

「もうだめ。俺、止められないっす。あいつ本気で怒ってる」


 赤く燃え、吊り上った目と猛禽類のような鋭い視線。そのくせ胸の奥は深山にたたずむ湖面みたいに静まりかえり、あらゆるものを映し込んでいるのだ。

 やがて煮えたぎった怒りが不可思議なエネルギーに変換され、透明で冷たい揺らぎとなって全身を包んでいく。


 メッセンジャーは自身が有利なことは充分に承知なのだが、

「な……何だこれは?」

 玲子の全身から湧き出す不可思議な気配に動揺する自分が抑えられないようだ。


「これは何のエネルギー反応だ? スキャンできない。未知のパターンとしか答えが返らないぞ」


 結ってあった髪の毛が自然に解けて、その先が持ち上がり宙を漂い始めた。

「ど、どないなってまんねん。カラダから何か出てまんのか?」

 透明の液体ガラスみたいなオーラがユラユラと揺れるのがはっきりと感じ取れる。不可視であっても髪がそれに操られてなびいていくのだ。


 初めてこの現象を間近で見た社長は喉の奥に異物を詰まらせたタヌキみたいに丸く目を見開き凝視していたが、俺は状況の変化を敏感に感じ取れる。なんたって何度も経験してんだからな。


「なんや、ヤバそうな雰囲気や……」

 今度は社長が俺を引いてさらに半歩下がった。


 時を待たずして玲子の目の焦点が消えた。心眼が剣先に移ったのだ。あいつの意識は身体から離れて剣と一体となる。どういう現象かは知らない、剣先が薄ぼんやりと光を放ちだす頃……。


「く、来る!」

「な、何が?」

 メッセンジャーは、緊迫した俺の口調に反応して身構え、そして叫ぶ。


「おい、何が来るんだ。教えろ!」

 俺たちが怯えだした気配が奴にも伝わったのだろう。震え気味にこっちへ尋ねるが、

「そんなの俺にだって解からない。でも、あいつの髪が飛び立つ直前の巨鳥と同じように大きく翼を広げた時、それがその時なんだ」


「ま、待て……この揺らぎは何だ。すべてのセンサーがオーバーロードしている。計測不能だ。オマエら何をたくらんでいるんだ!」

「バカ野郎! 俺だって解らないって言ってるだろ!」


 見ろ、シロタマが天井の隅に逃げ込みじっと身を伏せた。あいつも苦い経験があるから、いち早く避難してんだ。


 静かに息を大きく吸う玲子。

 瞬間の静けさが司令室を襲った。

「…………………………」

 不思議な間が空き、俺たちの前で玲子のボディはしなやかに反りかえる。

 そして一瞬のうちに前へ向かってジャンプ。鋼のバネが弾ける勢いでロングソードを上段から振り切った。


 円弧にしなった眩しいまでの閃光がメッセンジャーの胸元を斜めに走る。奴はそれを紙一重の差で半歩下がって逃げた。

 さらに攻撃は続く。背筋が粟立つような不気味な風を切る音が2回。メッセンジャーの胸の前で斜め十字が切られた。


「ぐわうっ!」

 剣先は奴の胸から数センチ手前を横切るだけだが、ダメージが相手に直接伝わり、まるでハンマーで強打されたみたいに後ろに下がった。

「くっ! 電磁フィールドに受ける衝撃が半端無い。しかも剣が触れないので電撃ショックが相手に伝わらない」


 さらに時間をずらして空中で十字が切られ、そのつど火花が飛び散り、後ろへ後ろへと下がって行くメッセンジャー。


 手のひらを滑らせる金属音がして玲子は左手を放すと、右手で握った剣をゆっくり横に広げ、床から持ち上げていく。


「な、なんだ、その圧力。なぜそんな金属柱でこのシールドに抗えるのだ!」


 玲子は奴の問いを無視。そこから尖った視線を外さず、数歩擦り下がり、

「う、わわわ」思わず俺までうめいた。

 離れているにもかかわらず、俺の髪の毛が一緒に引き込まれていく気配を感じた。ゆっくりと剣を頭の上に動かすその振る舞いに同期して毛髪がユラユラする。


 放していた左手を剣に添えて、腰より高い位置で縦にして構えると、

「――せいっ!」

 玲子が宙を舞い、剣を振り落とす。


 ゾンッ!

 黒髪が放射状に広がり、寒気を誘う得体のしれない音に続いて風が(うな)った。


 剣の先が透き通り稲妻と同じ白光を放ちながら空中を薙いで通った。一閃はきれいな円弧を描き、太い大木をひと息に斬り倒したような鈍い音に遅れること、数瞬。

「ぐわぁぁぁあっ!」

 大砲の砲撃にも似た耳をつんざく猛烈な爆音がして、神速にしてもの凄まじい衝撃波が空中をえぐって驀進した。


 青白い放電閃光がメッセンジャーの胸で飛び散り、溶接の火花がほとばしるよりも激しい光を放ち、壁にボディを叩きつけられ悶絶。波動は水面を広がる波紋みたいに繰り返し司令室の中を大きく揺らがした。それは音ではなく空気の圧迫を伴った変動だった。


 俺と社長は痛む耳を強く押さえ、何度も現れては行き来する空間波動に耐えていた。

「ゆ、裕輔……」

「な、な、何すか?」

 互いに声が震えていた。

「明日から、司令室への剣の持ち込みは禁止や」

「そのほうがいいと思う。いつかぶっ潰されるぜ」

 そこへ慌てふためいた機長の声が通信機から流れた。


《社長、今の爆発は何ですか? 銀龍のシステムが警戒モードに移行しました。シーンレッドです。どこかに避難しますか?》

「い、いや。大丈夫や……やと……思うで、たぶん」

 社長はちらりと天井のシロタマに視線を移し、

「どないや。どこか損傷してまっか?」

「心配ない。無傷でシュ」


「無駄にセンサーアレイを船内に張り巡らしとらんな。あんなんでもちっとは役に立つやんか」


「く……くぬっ……」

 壁に叩きつけられていたメッセンジャーがゆらりと体を起こした。

 白衣が大きく切り裂かれ肩から流れ出た血が赤く染めていた。それを見て初めてこいつは人間だったと実感する。


 世紀末オンナ……。

 我ながら的確なネーミングだと思う。何しろこいつは手段を選ばず自我を突き通す奴だ。ザリオンの戦艦を一つスクラップにした経歴もあるほどだ。


 ようやく玲子が剣を下げた。

 メッセンジャーは片手で傷口を押さえて床からその姿をぽかんと仰ぎ、優衣が駆け寄って絶叫する。

「れ、レイコさん。衝撃波があのフィールドを押し退けました」

 彼女にとっても驚異のシーンだったのだろう。だが驚いたのはメッセンジャーも同じで。


「剣から何かが放出されていたぞ!」


「ざまぁみやがれ! 玲子の必殺技だぜ! もうお前なんか怖くねえぜ」

 急激にヒートアップするのが俺の悪い癖だな。


 男は片膝を立て、そこへ手を置いて今の出来事を反芻するようにつぶやく。

「レーザーでもない、フェーザーとも異なる衝撃だった。強いて言うと猛烈な大気の波動に強い電磁波が混ざっていた」

 辺りを見渡しながら、ゆっくりと立ち上がった。


 あれだけのショックを受けておきながら、まだ立ち上がることができるとは。すげえなメッセンジャー。


「へっ。怪我してっぞ。おっさん。大丈夫か……あ」

 奴はにたりと笑いかけると、裂けた白衣を脱ぎ捨ててわざと傷口をこちらに曝した。何やら機械的な駆動音が響き、

「うぉ。治っていく……」

「ナノクローラが傷ついた細胞組織を修復していくんだ。よく見ろ。オレは不死身なのだ」

 白衣の下に着ていた衣服が裂けてだらりと垂れているが、奴の肩から腹にかけて見る間に傷が修復されていき、ひと筋の線となって消えた。


「それにしても……」

 丸めていた白衣の端切れで、皮膚にこびりついていた赤い血液を拭い去り、悠々と顔を上げた。

「ディフェンスフィールドを押し退けた今の衝撃はなんだ?」

 余裕の中にも戸惑いの表情は消えていなかった。


「これは玲子の放つ『気』と呼ぶもんだよ。まいったろ!」

「あれが『キ』と言うのか?」

 青い目がぎろりとこちらに向く。

「ふんっ。息がるな! 形勢は何も変わっていない。今の衝撃波のおかげで跳躍抑制フィールドの広さがスキャンできた」


「まずいで、シロタマ。フィールド拡大できまへんか」

「これが精一杯でシュよ」

 奴にしては珍しく情けない声だった。


 メッセンジャーはフンと鼻を吹くと司令室を飛び出した。

「逃がさないわ!」

 男の後を追う玲子。

 俺たちもぐずぐずできない。急いで続いた。もちろん微細ながらも玲子の掩護(えんご)のつもりさ。


 後部格納庫が並ぶ通路で急制動を掛けたメッセンジャーは、天井をきょろきょろさせて、何かを探す素振りをしてから第一格納庫を目指した。


「抑制フィールドの切れ目を見つけたみたいです。そこから逃げるつもりです」

 一緒に追い掛けて来る優衣を玲子が止めた。

「あたしにまかせてっ!」

 漂う紫煙がすり抜けるみたいな機敏な動きで、閉まりかけていた第一格納庫のハッチを一人でくぐり抜けた。


 二歩ほど遅れて追いついた俺が、(とざ)ざされたハッチの脇にあるマイクに飛びついた。

「バカやろう。単独行動をとるな!」


『あなたが来たって、足手まといになるだけよ』


 憎たらしい言葉がスピーカーから戻り、言い返そうとした俺はとんでもない光景を見た。

「あのバカ、防爆プレートまで閉めやがった」

 目の前で閉められたハッチの窓ガラスの向こうを、無機質な金属の扉が閉まっていく。それだけではない。

「は、は、ハンドキャノン!」

 閉まりつつある窓の残り十数センチの隙間からとんでもない光景が視界に飛び込んできた。


「レイコさんやめてください」

 ハッチの表面を拳で叩く優衣の声が通路を響き渡る。


「ユイ。中に跳躍して玲子を引き摺り出してくれ」

 こうなったら少々強引でもかまわない。

「だめです。ワタシのDTSDが外されていて跳躍できません」

 そうだった。

 これは想定外だった。まさかこんなことになるなんて大誤算だ。



『ちっ、どこまでもオレのジャマをする気か。しつこいぞ!』

 格納庫側のマイクが切られずに入ったままだった。メッセンジャーの憎々しげな声がスピーカーから漏れていた。

『はーっ! さすがに剣はあきらめたのか? で、何だその銃。オマエの脳ミソは猿以下だな。そいつでオレを撃つと格納庫の壁も吹き飛ぶぞ。吹き飛べばどうなるか解かってるだろうな』


 嘲笑いも混ぜた声が流れてくるスピーカーの前で俺と優衣が立ち尽くしていた。


『あたしは決めたの。アカネやユイを弄んだあんただけは何があっても許さない』

 玲子は息を吸い。

『そういう男を……あたしは絶対に許さない性分なの」


 ようやく追いついた社長がマイクに飛びついた。

「玲子、無茶しなはんなっ!」


『社長。あたしにまかせてくだ……』

 途中で音声が途絶えた。


「き、切りやがった。あいつマイクを切りやがったぜ」

 垂れ落ちる汗に気付かないほどに焦っていた。息苦しさを感じる思いで社長に首をひねる。


「あ、あいつ。本気だ、社長!」

 あふれる焦燥に晒された喉がカラカラだった。


 船内通信のマイクを叩く社長。

「パーサーっ! 第一格納庫内の玲子をドアツードア転送や」


 向こうにもこの状況を映すモニターがある。現状は把握していて回収はたやすい。

《転送マーカーが司令室にあります。玲子くんの位置が特定されません》

 だがパーサーの声は否定するものだった。


「あー。さっき暴れた時に取れたんだ」

 転送位置を判別するマーカーと呼ばれる小さな装置。自分の胸にも張り付くそれと同じ物を(うら)めしげに見た。


「ワタシを!」

 優衣が通信マイクに飛びついた。

「ワタシを格納庫に転送してください。早くっ!」

 絶叫とも、うめきとも取れる決死の声に続いて、優衣が緑色の転送光線に包まれ始めた。


 瞬きする間もない短い時間だ。躊躇することなく、俺はそのボディに抱きついた。

 誰が――?

 俺がさ。


 なぜ――?

 知るか!

 体が条件反射的に動いたんだ。

 メッセンジャーと共に自爆しようとする玲子を止めることができるのは俺だけだ。体にそう焼きついている。パブロフの犬とでも呼んでくれ。


 すぐにパーサーの「バッファが満杯……」と言う慌てふためいた声が、スピーカーから聞こえた。

 そりゃぁ、転送開始と同時に人数が増えたんだ。パーサーも焦っただろうな、という関係ない思考が瞬断され、気付くと俺と優衣は第一格納庫の中に立っていた。

  

  

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