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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  オンナの怒り・前編  

  

  

 床に落ちた無線装置を感情の抜け落ちた目で見つめた茜は完璧な人形状態だった。


「まあ、こんなものです。ごらんなさい。ワタシの意のままでしょ」

 メッセンジャーは不気味な笑いを玲子に注いだ。

「今度はあの美しい女性の死に顔を見てみたい。首を絞めろ」


「なっ!」

 なんちゅうことを。この野郎!

 言うに言えない怒りが込み上げてきた。


「このチビ野郎! ここまでは冗談で済ませてきたが」

「最初から冗談ゆうて無いわ」

 という社長の声を聞き流しつつ、俺は野郎の首っ玉に飛びついた。


「ぐわぁぁぁぁ!」

 激しいショックと共に3メートルほどぶっ飛ばされて、我に返る。

「痛てててて」

「電気が流れていると言っただろ。オマエは猿以下の反応をするんだな」

 反省猿を演じるはめに。


 焦点を戻すと、茜が玲子の首に手を掛けるところだった。

 だが玲子は平然として、

「チビ助。よくもアカネをお人形扱いしたわね。よく見てなさい。この子には感情が芽生えてきてるのよ。人形じゃないところを教えてあげる」

 自ら首を持って行こうとする玲子に、俺は痺れる足を引き摺りながら近寄った。


「れ、玲子、無茶するな」

「心配しないで。あたしはアカネに賭ける」

 玲子は俺の手を振り払い強気に言い切った。


「くぁっくぁっくぁっくぁっ」

 やにわにキモイ笑い声を静観していた社長に浴びせるメッセンジャー。

 何が言いたいんだ、こいつ。


「姑息な手を考えついたもんだな。ハゲオヤジ」

「な、何でんねん」

 何も隠し切れない光った頭から、焦りが一筋の汗となって流れた。


「DTSDの放つ次元フィールドを無効化にする何かを起動しているだろ。それを止めるんだ」

「何のことや。ワシらは時空理論に疎い猿や。そんな難しいことできまっかいな」

「ただちに抑制周波を出す装置を止めろ。そうすれば今の命令を解除してやる」

 ざっ、ざっ、と白衣の袖を鳴らして腕を捲り、短い指で茜の小さな背を示した。


 ばれた……。

 俺のコメカミからも汗が伝って来た。


「テメエの故障を棚に上げて何をトチ狂ったことを言ってんだ!」


「故障などしていない! このバカげた状況のあいだに自身のシステムチェックを掛けたんだ。DTSDは正常に起動している。次元フィールドが無効になるように細工してあるだけだ。はーっ! バカめ!」

 俺の焦りまくった言葉をメッセンジャーは鼻息で吹き飛ばした。


 ここに来て形勢が逆転しちまった。

「くっ……」

 俺にだってまだ何かできるはずだ。

 茜を止めることはコマンダーにだってできるんじゃないのかという、思いが湧き上がり、

「へっ! 俺はアカネのコマンダーだ! 見てろ。承認コード7730、ユウスケ3321」


『システムはデベロッパーモードです。コマンドモードに変更してください』


「くっ。誰なんだよ、こんなややこしい構造にした奴は」


「さあ。立場はこっちが有利になったな。早く装置を止めろ。でないとこのオートマタはオンナの首を引き千切るぞ。管理者製のガイノイドのパワーが大型重機並みなのは知ってるだろ。結果は言わなくてもいいな。勝手に想像しろ」


 突き出した玲子の白い首に、茜の細い指が絡まっていく。

「アカネ……」

 俺は祈った。心細い声だが届いてくれ。


「きゅーぅ」

 扉の陰から不安げな声を漏らしてミカンが覗いていたが、あいつだって何もできない。


「ほら。さっさと命令を完了させろ」

 メッセンジャーの声を聞いて茜の指先が小刻みに揺れ出した。表情が消えて照明を白く反射させていた茜の顔にかすかに赤みが差し、次の瞬間、指先に力が入る。


「アカネ――っ!」

 思わず叫んだ。そりゃ叫ぶさ。


「………………ぅ」

 小さくて赤い唇のあいだから吐息が漏れ、瞬刻の間が空いた。


 祈りに近い思いをぶつける俺の前で、やおら茜の下半身が崩れた。

 それに引きずられて上半身が追従し、最後まで玲子の首に巻きついていた指が遅れて解けてなだれ落ちた。まるで糸が切れた操り人形だった。


「どうした。非常用パワーが切れたのか?」

 目を剥いたのはメッセンジャーだ。

「承認コード0001。エブリワン5356だ。再起動しろ。どうした!」


『当システムはホールトしました。全機能停止します。再起動はDNA認証を必要とします』


「くっそっ! なぜだ。なぜここで停止するんだ!」

 悔しげに叫び、地団太を踏むメッセンジャー。


「レイコさん、安心してください。アカネはあなたを守るために自らシステム停止を選びました」


「ふぅぅ」

 首を(さす)りながら誇らしげにメッセンジャーを横目で見て、吐息する玲子。

「どう? これでアカネが人形でないことが証明できたでしょ」

 顔の前に垂れていた黒髪を勢いよく振り払った。


「あんた、昨日訊いてたわね。絆ってどういう意味かって」

 ビシュッと空を剣で切って玲子が凄んだ。

「こういうのが絆で結ばれるっていうことなの。アンドロイドをオートマタとかバカにするけど、アカネやユイはあたしたちの大切な仲間なのよ」


 沈黙に落ちたメッセンジャーへ、グイッと怒らせた肩で風を切る迫る玲子。

「どうなのっ! 返事しろ! この短足野郎!」


 ようやくメッセンジャーは目覚めたように敵意を剥き出しにした。

「勝った気になるなっ! 死ねっ!」

 叫び声と同時に指からレーザービームを発射。定規で引いたような青白い一閃が走るが、ほんの少し体を捻るだけで玲子はそれを避けた。

 艶のある髪の毛がコメカミ周辺から数本、スローモーション映像を見るみたいにゆっくりと飛び散り、床に舞い落ちていった。


「なっ! 何だその動き。なぜ避けることができるんだ。オレの動きを見切っているのか?」


「レイコさんは眼で見ていません。心眼で見ています」

「シンガン? それは何だ教えろ、F877A!」

「精神力で感じるんです」

「またその非論理的な話か……くだらん。だったらこれならどうだ!」

 忽然と青白い直線が玲子の眉間を狙って放たれた。

 息吐く間もないタイミングさ。俺は寸分たりとも動けなかった。

 猛烈な高圧放電の音と花火を思わせる青白いスパークがほとばしった。それは目の前が白一色に埋まる力強い発光だった。


 数秒後、放射が止まり、消えゆく閃光の中から、眩しさに歯を食いしばったメッセンジャーの青白い顔が浮き出た。それと玲子だ。白煙の向こうに平然と立っていた。


「うぉっ!」

 男の目は驚愕に打ち震えた。


 玲子の眉間の数センチ手前に出された優衣の小さな手のひら。それがビームを遮っており、うっすらと煙が上っていた。

 それでも玲子は瞬き一つせずにメッセンジャーを睨みつけていた。


「く、狂ったのか! 眉間を狙ったのに逃げようともしない。何がそうさせる? この精神波は何だ?」

 あまりに落ち着き払った態度にメッセンジャーが愕然とした。


「あたしたちには絆で繋がった信用できる仲間がいるの」

 仁王立ちする玲子。優衣が引き下がり、後ろから現れた田吾と入れ替わり、

「これを喰らうダ!」

 不細工な形をした小銃。シロタマの麻痺銃だ。それを田吾が撃った。奴にしては渾身の一撃だろう。


「だぁうっ!」

 至近距離さ。田吾であってもミスるはずがない。発射された麻痺ビームは奴の胸に当たった。


「よしっ。やったぜ! でかしたお前ら!」

 俺の知らぬ間に。こいつらこんな作戦を企んでいたのか。結構ドキリとさせられたぜ。

「何がでかしたよ! あなた作戦会議の時にどこ行ってたのよ」

「な、何だよ……」


 どこ行ってたんだろ?

 あ……。

 ミカンと土いじりをしていたんだ。


 とても白状できる状況ではないので、大声を上げてひとまずスルーする。

「へっどうだ。シロタマの武器は身に沁みるだろ! もうお前は動けねえ」

  

  

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