閉ざされた地下
恐る恐る階段の奥を覗きこむ。足下までは白い段差が見えるが、その下、数メートル先からは闇の中だ。
淀んだ泥墨みたいな暗闇にゆっくりと足を浸けてみる。
「階段が続いてんだ……」
『約5メートル階下で通路は右に折れています』
俺の肩口から声を掛けてきた丸い物体をすがめる。
「そう言うんなら、お前が先に言って様子を見て来いよ」
「ふんっ。臆病モン………」
聞き捨てならぬ言葉を吐いて、タマ野郎は階段を下降して行った。
一人置いてきぼりになると、急激に恐怖心が爆発する。
「ちょ、ちょっと。シロタマ待ってくれ」
手すりに触ろうとして、慌てて引っ込めた。何だかねっとりと湿気ていて、とっても気味が悪かった。
「シロタマ……?」
手すりも持たずに進んだのが仇になった。2歩ほど階段を下りたところで足がもつれて転がり落ちた。
ドガガガでも、ガダンガタンでも、効果音は何でも好きなのを選んでくれ。とにかく階段の高さがおかしいのだ。社長の推測どおり、俺たちより身長が低めの生命体に合わせて作った段差は、アルトオーネで馴染んでいる高さとずいぶん異なっており、歩きにくいのひと言だ。
「あいたたたたた……」
腰をどこかにぶつけて、しばし息を詰めて襲い来る痛みに耐える。
「痛ってぇぇぇ。何で俺だけいつもこんな目に遭うんだよー」
「それがオマエの運命だよ」
「バカ! よけいなお世話だ」
悪たれを吐くシロタマが青白く発光していた。
「お前って光るんだ……」
これは正直な感想で、こんなタマを見るのも初めてだ。
「怪我でもされたら足手まといになるからでしゅ」
「お、意外といいこと言うなお前」
「レイコの行動に制限が入ると困るだけれしゅ。他意は無いよ」
「なんで俺が怪我すると玲子の行動が制限されるんだ?」
「ふんっ。それより前を見ろよ」
「ありゃっ。埋まってんじゃん」
通路が右に折れたところで天井が崩れていて、山盛りに積み重なった岩が行く手を阻んでいた。
「行き止まりだ」
拍子抜けた。地下道が永遠と続く情景を想像していただけに、何とも尻すぼみで終わった感が半端無い。
地べたにケツを着け、腰の痛みに堪えていたら、ナナが駆け寄ってきた。
「コマンダー。らいじょうぶですか?」
続いて玲子。
「情けない声が上まで聞こえて来たわよ」
「どないや奥は?」
「んだよー。全員が下りて来るなら、なにも俺を先に行かすことねぇーじゃんか」
「とりあえず、おまはんは先鋒や」
「よく言うぜ。鉄砲玉じゃんかよ」
俺の小言など無視して、社長は崩れて埋没された通路を注視。
「何で埋まったんやろ……」
顎に指を当て、思考を巡らせていたが、決として膝を打った。
「ま、でもこれでもじゅうぶんやろ。二階建ての住居やと思ったらええねん。しばらくここをワシらの住まいにさせてもらいまひょか」
「そうですね。入り口をうまく閉めれば雨風の対策もできます」
優等生的な意見だが、俺は違うね。
「入り口から侵入されたら逃げ道を失うぜ」
「なんであなたはいつもそう悲観的なの?」
「慎重だと言ってくれ」
「ちょうどいいわ。あなたは外で寝なさい。番犬らしくね。あ、そうそう。鎖を外しておいてあげるからどこへでも逃げ放題よ」
「番犬……イヌ……オオカミ……ケダモノですね」とナナ。
「くだらん連想ゲームをするんじゃない」
「まぁ、ええがな。外の様子は裕輔に任せる。ワシらはこの空間を利用して快適に暮らせるように手を加えようやないか。まずは上を掃除して、ほんでこの階段の下を寝室としましょか」
けっ、ママゴトかよ。
ママゴトで番犬の役をやらされるほど悲しいことはない。
玲子がママさんで俺がパパさんならやってもいいが……って、なにを考えてんだろうね。俺。
「おい、ナナ。上の部屋を掃除するならあの黒ハスの葉を利用して箒を作るぞ。ついて来い」
「あ、はーい」
「エラそうに」と玲子が吐き捨てた。
「いいんだよ、俺はコマンダーだぜ」
「あ、そーでした。ユースケさんがコマンダーでしたネ」
って、ナナのヤロウ。
「今思い出したみたいな言い方しやがって」
「そうです、忘れてました」
このヤロウ……め。
「いいか。忘れるな。コマンダーは俺だ。お前のメンテナンスは俺が一手に引き受ける。分かったな」
「もちろんれすよぅ。コマンダーはワタシのメンテナンスをする義務があります」
ナナは用心しながら階段を上がっている俺の後ろを子犬みたいにくっついて来る。
よしよし。ちゃんと役割を固めておこう。どんなことがあってもこいつの洗浄は俺がやる。
どちらにしても上階を掃除することに反対意見は無い。結局、全員が俺の後に付いて上がって来た。
「何とかして明かりを確保したいとこでんな。エマージェンシーキットで灯油が作れたら、きっと階下の部屋が一変しまっせ」
「そうですよね。炎の明かりは心から落ち着きますよね」
なるほど、あのキットなら可能だ。こりゃあ一気に文明的になる。
こっちの気分にも明るく火が灯り、救助されるのが待ち遠しくなった。
ところが、せっかく灯った明るい兆しを払拭する事態が起こるのだ。
「火事だ!」
そう叫んだのは先頭を歩んでいた俺だ。上階の白い壁がオレンジ色の光に輝いていた。
駆けだそうとした俺を蹴散らす勢いで玲子が先に入り口へ走り、
「火事じゃないわ……………」
言葉を途中でつぐんで凝然とした。
硬直した肩が微妙に震えている。
「火事じゃなくて何だよ?」
凝視する玲子の肩越しから外を窺った瞬間、俺も石化した。
「陽が昇って来たんだ」
ようやく夜が明けた──のだが、視界に入ったのはただの太陽ではなかった。
「な、何やこのお陽さん……」
全員が立ちすくんだのには訳がある。朝焼けで空が赤く色付いていたのではない。天空の半分を覆い尽くした赤一色の衝撃的な太陽だった。
空をオレンジ色に焦がし、射し込む陽光が周辺を同じ色にきつく照らしている。紺色の茂みが完全に黒一色に染まった。
「なによ? この太陽、大きいねぇ」
「こんなにでっかいのに、熱くないぜ」
「ねえ、あれなに? 太陽の真ん中に星が光ってるわ」
「へぇ。珍しいな。陽の光が弱いからかな?」
地平線の大半を埋め尽くした巨大な太陽。その中心に針で穴を開けて裏からサーチライトを当てたかのような、猛烈な白色の光がギラギラとしていた。
「小さい星なのに、すげぇ光だぜ」
「力強さを感じるわ」
赤一色の中心で閃光を放つ銀の星に魅せられたのか、俺たちは誘蛾灯に惑わされる虫ケラの如く、フラフラと外へ出ようとした、その行為を社長が大声で制した。
「近づいたらアカンで!」
あまりに緊迫した振る舞いに、俺と玲子はそろって驚愕する。
「いったいどうしたんすか?」
俺の問いに、「赤色巨星やがな……」とつぶやき、社長は愕然と膝から崩れ落ちた。
そのまま黙りこむのかと思ったら、天井付近に張り付いていたシロタマを探し求めて捲し立てた。
「どういうことや、タマ! 何で赤色巨星やちゅうことを知らせんかったんや!」
尖った視線で睨め上げ、これまでにない剣幕で怒った。
『報告は途中で止められました……』
ぽつんと言うシロタマから視線を外し、社長は急激に打ち沈み、
「そうか……あの時か……」
建物の奥へ身をひそめ、力無さげに肩を落とした。
赤色巨星がどうだとか言われてもよく理解していないオレたちは、入り口に突っ立ったままポカンとしていた。
「太陽の真ん中にあるあの星はなんですか?」
相も違わず、玲子は質問しかせず、俺は知ったかを続ける。
「この星との間にもう一つ太陽がある……ということ……………だろ?」
社長は力の入らない首をゆるゆると立てて、
「あれは別の星とちゃう。あれが赤色巨星のコアや。ものすごい圧力と温度で強烈な光を出しとる。そやから、周りの赤い光よりも白く強力に輝いとるわけや。しかも超新星爆発を起こすパターンや。最悪のシナリオやがな………」
言うだけ言うと、またもや空気の抜けた風船みたいに萎れた。
『外へ出ることは禁止します。放射能に汚染された粒子が飛来しています』
「さっきは放射能が無いって言って」
『ただちに避難してください。ガンマ線および、中性子が危険レベルに達しています。長時間浴びることはとても危険です。早くシェルターの奥に入ってください』
シロタマは玲子の言葉を遮るほどに緊迫していた。
「シェルター?」
「なんでもええから早く奥に入りなはれ! 死にまっせ」
『内部は人体に有害な宇宙線を通さない壁面になっています。状況から判断してここはシェルターと呼べます』
「赤色巨星って、何ですか?」
「赤くて巨大な星れーす」
邪気の無い質問をする玲子に、毒気の無い答えをするナナと、どうやってこの二人に巨星の説明をしたらいいか思案に暮れている社長。しばらく腐った魚みたいな目をしていたが、
「巨星ちゅうのはな。星の最後の姿や。重い中心部は小さくなり、周りの水素の層がどんどん拡がって、光りが弱まり赤黒くなるんや。見たやろあの赤い太陽を……」
「じゃぁ。どんどん寒くなって、あたしたちがいるこの星は凍っちゃうんですか?」
「そうやな。中心部に縮んだ燃えカスを残して消えればそうなる。でもな、もっと大きな星になるとそうはいかん。中心部が大きいので、縮むんや。縮んで縮んで、どんどん縮んで、熱もガンガン上昇、密度を増していくんや。そうなったら重力も大きくなるやろ、角砂糖一個と同じ大きさで数千トンちゅう重さにまでなるんや」
「角砂糖の大きさで数千……」
科学オンチの玲子でさえ、その奇態な世界は想像できる。ようやく震え声を出した。
「過程はまだ続いて、最後には自分の形をも維持できん状態にまでなるんや。どうなると思う?」
玲子は頭を振り、解らないと意思表示。ナナはあどけないポカンとした面を維持。俺は黙ってオレンジ色の斜光を眺めていた。
「そこまで縮んだ星は、瞬時に潰れるんや。内部へ爆発的に縮むので『爆縮』ちゅうんや。これが重力崩壊や」
「重力……崩壊?」
茫然としていた表情に疑問が灯り、小首をかしげる玲子へ、俺さまが直々に説明をしてやる。
「ようするに、自分の体重が支えられなくなるんだ」
「どういうこと?」
「こういう話は、本当に鈍いな、お前」
とは言っても、俺もしょせん虚栄心を満たすだけの行為なので、あまり自信がない。
「ブラックホールっすよね、社長?」
テカテカの頭をしたオヤジは、否定の視線をよこし、
「ブラックホールになる前に、超新星爆発を起こすんや……………」
『重力崩壊が始まると、星の中心部へ向かって外側の物質が光速の五分の一に達する猛烈な速度で落下します。その結果、星の温度が数千億度になり、密度が数億トンに達します。そうなると電子は陽子に吸収されて中和して中性子に遷移し、やがて原子核が溶け、中性子の固まりになり、斥力という強烈に強い圧力が発生します。このときの反発力が重力崩壊を一瞬に止めますので、超高速で落下してくる物質がそれにぶつかり、反動で逆向きの衝撃波となってコアから上部を吹き飛ばします。これが超新星爆発です』
天文学の講義を聞きに来たわけではないのだが、報告モードの説明は止まらない。
『超新星爆発を起こした中心部には数千億度になった中性子が残り、中性子星となります。元の質量がこれよりもさらに大きかった星は、このあとニュートリノ放射が続き、さらに密度が高まり1立方センチ当たり10億トンになったあと、ブラックホールとなって我々の目から消えることになります』
得々と語った報告モードの説明では、よけいに混乱するのは誰しも同じで、つまりどうだと言いうのだ。
「でもさ。そこまでの過程に何千年も掛かるわけだし、今は昼間の放射線だけを注意していたらいいんじゃない?」
まだ俺の考えは楽観的だ。目の前に危機が迫っていても、無知なら何も怖くない。玲子と同じだよな。
『超新星爆発を起こすきっかけになる重力崩壊から、ブラックホールに変化する速度は加速度的に速くなり、重力崩壊、爆発、ブラックホールの行程は、数十秒から数ミリ秒です』
まじかよ──。
シロタマの説明が正しいと仮定すると、重力破壊が始まったらもう逃げ切れないよ、と言っている。
「そういうこっちゃ。太陽が重力崩壊を起こしたら、この星もあっと言うまに粉々っちゅうことや」
「ど、どうしたらいいんすか?」
玲子もようやく最悪の事態だと知ったようだ。
「まず、あの太陽が沈むまでは、このシェルターからは出られへん」
「夜が無事に来たら……の話、だろ?」
社長は力強くうなずき、
「せやで、重力崩壊するまでにここを立ち去らな、ワシらは 『一巻の終わり』っちゅワケや」
「お、終わりって……」
腰が砕けそうになり、両手で壁を突いた。
「放射能を浴びた葉っぱを昨日食っちまったけど、大丈夫なのか?」
白い壁に訴えるかのような俺へ、
『葉そのものを口に入れたのではなく、分子を再配列させて作った栄養摂取ドリンクですので、影響ありません。放射能は除去されています』
ひとまず胸をなでおろす。あんな不味い物を出す機械にしては気が利いている。
「おまはんの見解では、重力崩壊はいつやと推測してまんのや?」
『現時点では計測不能です。ただしそれほど長くはないと思われます』
「具体的にどれぐらいなんだよ?」
『数日から数十日だと推測されます』
「数日ぅぅっ?」と玲子は口先をすぼめ、俺は溜め息混じりに言う。
「せめて半年はほしいな」
「おまはんの思いどおりになりまっかいな」
「でも、燃え尽きる場合もあるんでしょ? その場合はだいぶ時間がありそうですよ」
『恒星の直径から推測すると、重力破壊を起こすのは確実です』
どんな時でも報告モードは冷淡である。
「いま降り注いでいる中性子やガンマ線を含んだ粒子は、あの赤色巨星がそろそろ重力崩壊する手前や、ちゅうことですワ」
「それでこの星の住民はこんなシェルターを作ったのか……」
『その推測が最も正しいと思われます』
社長とシロタマの意見が一致したからには、それはゆるぎない事実に転化し得る事象であり、すなわち絶体絶命を宣言されたことになる。
シェルターの外が同じ種類の植物しか生えていない理由がこれではっきりした。ガンマ線に耐性のある種しか生き残れなかったからだ。あの黒色に近い紺色はそういう意味が込められていたのだ。
決定的なのは、このシェルターが古代遺跡のように茂みに埋まっていたことこそが、この星に住んでいた人が残してくれたメッセージだ。つまり重力崩壊を事前に察知して、別の星へ避難したか、あるいは放射線を浴びて自滅したかの二択しかない。
今の俺たちには後者を選択する以外に道があるのか………。




