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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
189/297

  玩具にされたアカネ  

  

  

 玲子は満足げにドアの切れ口を確認し、メッセンジャーは驚愕の目で銀色の剣先を睨んでいたので、俺は自慢げに解説してやった。

「こいつが剣を振ると、周辺が真空になって物が裂けんだよ。俺はこれまでに色んなものが真っ二つになるのを見てきたぜ」


 青い目の野郎は驚くどころか、鼻を鳴らしてせせら笑った。

「ふんっ、ムチと同じ原理か。子供だましだな。それよりも猿がやることにいちいちオレが怯むと思ってるのか。サイボーグ化されるということが、どういうことか見せてやろう」


 これ見よがしに俺たちの前で両手のひらを広げ、ゆっくりと手の甲を見せた。

「なにさ。汚い爪ね!」


「気を付けてレイコさん。メッセンジャーの指先は電磁誘導ネイルガンになっています」


「なにそれ?」

 玲子が優衣へ振り返る。


「爪が銃弾になるんです」

 なんだかヤバそうな気配が濃厚だな。


「未熟な種族には理解できぬだろうがな」

 蔑むような視線で玲子を見据え、

「喰らえっ!」

 ぶんと目の前の宙を右腕で薙いだ。

 同時にその先から切れのいい発射音がして、5個の小さな光球が円弧を描いて玲子を四方から襲った。

「せいっ!」

 身を低くして構えていた玲子が宙を舞う。

 小気味よい金属音を響かせ、一閃を引いて飛び交う光をことごとく剣で弾き飛ばした。


「くぬぉっ!」

 続いて左腕を肩から大きく振る。

 小刻みに5発の発射音がして、宙を切る風の音と火薬の臭いが広がるが、

「はっ! せいっ!」

 至近距離から撃たれた銃弾を見極める玲子にとって、こんなのは朝飯前。身を返し、くねらせ、すべてを剣で弾き飛ばした。


「あー。司令室の壁にぃぃぃ」

 弾かれた一発が壁を貫通して黒く小さな穴を空けて細い煙が立ち昇っていた。


 穴の中を覗き込み、子供みたいに言うケチらハゲ。

「あ~ぁ。ワシのお気に入りのベルアート壁に……」

 どこ見てんだ、このハゲオヤジは。

 今、あんたは命を狙われて、その寸前を玲子に助けられたんだぞ。と言ってやろうか。


「電磁誘導式のパワーネイルガンを凌駕する動き!」

 メッセンジャーは眼をギンと見開き、

「オマエ! アンドロイドか!」


「だいたいの人はそう言うけどな。残念ながら生命体なんだよ」

 今や俺の常套句になっちまったセリフに、玲子は剣を振り上げて抗議の姿勢。


「またそんなこと言って。いい加減にしないとあなたもそいつと一緒に成敗するわよ」

「なんだよ? 緊張を緩めるための冗談だろ」

 俺は玲子の剣先から逃れつつ、メッセンジャーは唇の端を悔しげに噛み、指先へ銃弾を充填させる金属機械的な音を響かせた。


 玲子は落ち着いた口調で言う。

「ふうん。指が機関銃になってんのか。あたしもそんなのが欲しいわね」

 武器好きもそこまで行くと、ただのバカだな。


 それより社長。いつまで壁を見てんだよ?

「……司令室の壁に穴なんか開けよって! これまで無傷やったのに」


「しかしその超人的な動体視力。オンナ。お前もマジックアイを装着していたのか」

「マジック……? 何よそれ?」

 互いに噛み合わない会話が始まった。


「超高速反応CCDのことだ」

「知らないわよ。そんなモン」


「一枚もんの壁やぞ。全体交換せんとあかんやんか」


 機械音痴にそんな訊き方をしても通じるかよ。それと、

「それと社長ぉ。ややこしいから、ちょっと後ろに下がっておこうな。開いた穴もたいして大きくないから、後で俺が絵かカレンダーを持ってくるから。それで隠せばいいって」

「こんな位置にカレンダーはおかしいやろ。それにおまはんが絵なんか持っとるんか?」


「持ってるって。前衛画家でメシ食ってる奴が友人にいるんだ。まだ有名じゃないけど腕はいいんだぜ」

「ほんまかいな。ほなそれで手ぇ打ちまひょか」


 ようやくケチらハゲは引き下がった。ついでに言うと画家の友人なんかいない。ミカンに何か描かせてみようという魂胆さ。おそらくだが、そうとうぶっ飛んだものを描いてくれるはずだ。

 これで玲子とメッセンジャーとの会話だけに専念できる。


「ハイスピードイメージセンサーのことだ。知らないのか?」

「どっかで聞いたことあるけど、まだ食べたこと無い」


「高感度オプトデバイスじゃないか」

「おぷと? お風呂でバイ()んの? アカスリのこと?」


「アカスリとは何だ?」


「エステ行ったことないの?」

「エステ?」


 こっちもまだ進展していない。


 メッセンジャーは募る苛立ちを振り切るように、青い視線を俺へと振って来た。

「このオンナは何者なんだ? 言葉が通じないぞ!」

 何を聞いてもトンチンカンな答えを繰り返す玲子に、業を煮やしたようだ。


 仕方が無いので中に入る。

「メッセンジャーは何でネイルガンの放射先が見えるんだ? と訊いてんだよ」


 ようやくカタチのいい顎をうなずかせ、

「見てないわ。感じるの」

「見ていないそうだ」

 オウム返しになっていることに気づき、馬鹿らしくなって通訳を放棄した。


 そいつは一拍遅れて、驚愕に身をすくませた。

「そんな人間はいない!」

 息を飲んで、白衣を翻した。

「オンナ! どこの星で作られたサイボーグヒューマノイドだ!」


 ない、ない。だからサイボーグでもない。


「あのな、おっさん。玲子は飛んでくる弾丸を狙い撃ちできるほどの動体視力をしてるけど、お前のような改造人間じゃねえ。正真正銘の生身の女だ。この能力はな! 苦しい鍛錬の賜物なんだ」

 修行、鍛錬の類いを否定していた俺がつい口走ってしまった。


「理解不能だ。生身の体で俺と対等に戦えるはずなどあり得ない!」

一朝一夕(いっちょういっせき)で強くなった奴には理解できない世界からやって来てんだよ」


「ふんっ。鍛錬というサイボーグ化は聞いたことは無いぞ」

「ばーか。そこから離れられない奴だな。鍛錬とはな……」

 俺が鍛錬を語るとは世も末だぜ。それよりこのサイボーグバカに鍛錬を教えるにはどうしたらいいんだろ。


「鍛錬って言うのはな、精神修行だ」


 それを聞いてメッセンジャーは肩の力抜き、反対に嘲笑った。

「ふんっ。精神だとか感情だとか。オレは認めん。そんな空気みたいなモノがサイボーグに勝るはずが無い。サイボーグ化はアンドロイドより上位の立場なのだ」


「お前、厨二野郎か! それとも管理者の世界は無感情の精神的ガキどもに埋め尽くされてんのかよ。それから思うと、お前らの御先祖はそりゃあ人間味に溢れる立派な人たちだったぜ。中でもコロニーの主宰は立派なジイさんだった。知らねえだろ。お前らの先祖を滅亡から助けたのは、そこの社長なんだぞ!」


「悪いがオレはそういう教育を受けてない。サイボーグになるべくして生まれたのだ」

 そしてようやく奴は本音をぶちまけた。

「ミッションを放棄して、今すぐ故郷へ帰れ。そうすれば苦しむことは無い」


「帰らへんワ! ボケッ。ワシらはな特殊危険課の者や。いっぺん引き受けた仕事を途中で終わらすことはせえへんのや。ええか、よう聴けや! プロというのはそういうもんや。ワシらはプロの集団や。プロの特殊危険課やっ!」


 ……最初はカッコよかったのだが、途中からワケ解からんぜ。プロの特殊危険課ってなに?

「ふっ」

 案の定メッセンジャーは一笑に付した。


「だいたい解りましたよ。ゲイツさん。特殊危険課とは変人の集まりだということ」



 うーむ。この短い時間に理解力のある奴だぜ。

「アホ!」と俺の頭を小突くおハゲちゃん。


 メッセンジャーは社長を顎で差し、

「間抜け面のオヤジと……」

 白衣の襟を払い玲子へと視線を替え、

「血の通わない機械オンナ……」


「うっせぇな!」

 なんか今の言葉、無性に腹が立った。

「玲子をバカにするな。こいつの魅力はなっ! 俺が一番知ってんだよ!」

 ちょこっと、こっ恥ずかしいセリフを本人の前でぶっ放してしまった。


「それと社長の頭の良さは、シロタマの次だ!」

「なんや、褒められた気がせえへんがな」

 社長がアヒル口を作り、玲子が期待に膨らむ目をくれた。


「ねえ? あたしの魅力ってどこよ?」


 興奮して、ついくだらないことを口走っちまったもんだ。

「そ……そうだな。えっと……あ……ぅ」

 脳内に血液を総動員して、

「お前の魅力は……あ、そうだ! 喧嘩早いとこだな」


 玲子は無言で俺の頭を剣先で小突いて後ろに追いやり、半歩片足を出すとメッセンジャーと対峙。ゆっくりと間合いを詰めた。

 奴も両手を広げて臨戦態勢を取る。白衣が風になびいて左右に膨らんだ。


「懲りない機械オンナだな」

「うるさいわね。あんたみたなバカはあたしが成敗してやるわ」

 あいつらしい言葉を吐いた玲子は、床を蹴ると同時に上段に構えた剣を振り下ろした。


 激しく風を切る音と腹に伝わる極低音の波動が同じタイミングに轟き、青白い火花が爆発してタングステンの剣が弾き飛んだ。反動で玲子も勢いよく吹っ飛ばされ、思わず叫ぶ。

「レイコ──っ!」

 俺なら頭をどこかにぶつけて失神ものだが、あいつは空中で一回転し、片手で軽く床を突いて着地。


「大げさに叫ぶ必要ないわよ」

 柔らかくしなやかなボディを操る様は、野生的な美しさと強靭さを備え持っている。


「なんちゅう運動神経してんだ」

 今さら感心するところではないが、喉からあふれ出る声は抑え切れなかった。


 ところが立ち上がった玲子は、腕を摩り、顔をしかめていた。

「ちょっとぉ。いま感電したわ。何よ、こいつ!」

 はは。こいつの最も苦手とする電気ショックだ。


 男は悠然と胸を張り、

「全身に電磁フィールドを張り巡らしたのだ。今度その剣がオレに当たると高圧電流が流れるぞ」

「電気はビリビリするから嫌いっ」

「ビリビリ……?」

 また会話が止まり、玲子とメッセンジャーの二人は揃って俺の顔を見た。


 通訳兼解説員を引き受けたつもりは無いが――。

「お前のタングステンの剣は持ち手の部分が絶縁物に包まれていないだろう。それで切りつけると剣を伝わって感電すんだよ」


 玲子は弾け飛んだ剣を拾いながら、口先を尖らせた。

「じゃあ。なんであの男は感電しないのよ。電気ナマズだってそうよ。どうして自分は感電しないの?」


 こんなところでそんな難問を出されるとは思ってもいなかった。

「知らん……」


 メッセンジャーはせせら笑う。

「そのためにオレは絶縁物質で身を包んだのだ。特に足首から下は不導体だ」

 ご丁寧な説明をするので、

「それならアンドロイドとそう変わらねえじゃやないか。お前こそ人間じゃねえぜ」


「そんなモノと一緒にするな!」


 奴は侮蔑の視線で俺を串刺しにした。

「オレにもオマエと同じ赤い血が流れているんだ。だがな、オートマタ(機械人間)は血じゃなくて光子が流れてるんだ。光の流れる生命体などいない!」


 優衣の横顔にそう言い捨てた後、メッセンジャーは楽しげな表情に切り替えた。

「ここで面白い実験をしてやろう」

「実験とか試験は嫌いよ」

 と言う玲子を無視して、男は優衣に向かって得意げに言う。


「こいつらがオートマタだと言われるゆえんをここで証明してやる」

「な、なにさ?」

 玲子は剣を下げて体を半歩後退し、優衣は不安げに胸の前で手を組み、メッセンジャーはわずかな時間目をつむると、落ち着いた声で命じた。

「特別制御指令989、アルファ3251」


『承認コードを述べてください』


「「えっ!」」

 反応したのは意外にも茜のシステムボイスだった。

 慌てたのは優衣。

「無視しなさい、アカネ!」


『現在F877Aはパワーユニットが外されており、起動時間が限定さています』


「ほほぅ。未来体にはプロテクトが掛かっているようだな」

 メッセンジャーはニタニタとヤラシイ笑みと疑問を投げかけ、

「オマエら……なぜ過去体のパワーユニットを外したんだ?」

 長い睫毛を閉じて椅子に座った茜へと矛先を変えた。


「パワーユニットを外した理由はなんだ。F877A!」

『理由は担当コマンダーに尋ねてください。メンテナンスポートが19時間34分25秒前に開けられています』


「ふははははは。これがオートマタだ。結局誰に対してもコントロールされてしまうのさ。自律なんかしていない。命令次第でオマエらを裏切ることもする……見てろ!」

 ギンっと尖った睨みを茜に刺し込み。

「F877A! 特別制御指令989、アルファ3355に変更だ! 実行せよ」


『緊急パワーユニット起動命令です。コマンダーの承認コードが必要です』


「承認コード1001。エブリワン5356」

 あっ、と強張る優衣に、メッセンジャーは冷たい笑みをぶつけた。

「デベロッパーズコードを知る者は数少ない。高次の人間だけだ」


『デベロッパーズコードはディスェーブルされています』

「変更する。承認コード1010、0101(イチゼロイチゼロ_ゼロイチゼロイチ)」


『システム変更コード、A5を受理しました。デベロッパーズコードはイネーブルです』

 茜は眼をつむったままだが、口からは同じ口調の声が流れてくる。


「やめてください!」

 優衣は腕に力を込めて飛びつこうとするが、

「おとなしくしていろ。最大パワーのレーザーだ。オマエの人工皮膚に醜い傷痕ができるぞ」

 青白く光る指先をメッセンジャーに突きつけられて、優衣は動けなくなった。


『緊急パワーユニット起動命令を承認します。承認コードを述べてください』


「お願い。やめて! アカネをオモチャにしないでっ!」 

 茜との間に割り込もうとしたが、メッセンジャーが口早に言い切るほうが早かった。


「承認コード0001。エブリワン5356」


 茜の睫毛(まつげ)が持ち上がり、ゆっくりと目が開く。

「特別制御指令989、アルファ3355を起動しました」


 声は茜だが、口調はシステムボイスそのままで冷然としている。

 開いた瞳の焦点は定まっておらず、色は燃えるような赤色。誰の目にも異常事態を感じ取れる不気味な雰囲気に満ちていた。


「解除よ。命令を解除しなさい!」

 優衣の叫び声に茜は無反応を貫き通し、身動き一つしない。


「どうーです、ゲイツさん。これがオートマタと言われる理由です。結局誰でもいいのですよ。誰にでも従います」

 メッセンジャーは満足げにうなずくと、口調を変えて俺たちと対面した。


「では、実験開始だ」

 わずかに口の端を歪めて、くっくっと薄気味の悪い笑みを振りまき、もう一度茜へと命じる。


「まずその辺りで暴れてみろ」


 いきなりだった。田吾のデスクに並んでいた通信機器を茜がなぎ払った。その動きは何の躊躇もない。


「あ゛──。装置が!」


 目を剥いて田吾が叫び、社長が身を固くする。

 火花を散らしてケーブルが引き千切られ、装置が床に散乱した。

  

  

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