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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  即席のタイムマシン  

  

  

 優衣は5度目を決行。

「ぐぁはぁっ!」 

 声に出すまいとしても耐え切れない悪寒が体内で爆発した。

 意識が遠のき床の上でのたうちまわる。部屋に戻った田吾の安否が気がかりだ。


 案の定、ステージ3の男性アナウンスが船内通信を通して流れてきた。その声色は見事に場違いな爽やかな音声だった。

《タゴの脳機能が停止しました。ミクレナイン20ミリグラムの投与が必要ですが、銀龍には常備されていません。エマージェンシーキットでも合成不可能です》


「こ、コレを……」

 息ですら満足にできず、苦しそうに胸をかきむしりながらも、社長はメッセンジャーの置いて行った注射器を茜に渡そうと手を伸ばした。


「しゃ……社長さぁん」

 走り寄った茜は膝から飛び込むと、注射器を握る社長の腕に抱き付いて震える瞳で優衣を探した。

「お、おユイさぁん。もう撤退しましょう……このままではダメです……あの人にお薬をもらって……」

「だめっ! プロトタイプが増殖を始める前、今しかチャンスは無いの。撤退はしません!」

 弱音を吐きだした茜に向かって、優衣は強い口調で突っ張ねた。


「あ、アカネ……はよこれを、田吾へ……」

 白い手に注射器を握らせた時点で、社長は意識を失った。

「だ、だめですよぉ……」

 どうしていいか判断が付かない。困惑で揺れ動く目をした茜の声から力が抜けていく。


 唇を噛んでただ震えるだけ。アンドロイドにはあり得ない猛烈な恐怖という感情の渦に巻き込まれ、翻弄された様子がまざまざと見える。このようなときのエモーションチップはジャマになる。


「アカネ! そこで(すく)んでいても何も始まらないわ! 行きなさい。前に進まないと一歩もゴールに近づかないのよ。急いで医務室へ!」

 優衣の叫び声に押されて震えた足は半歩進んだが、胸に抱き込んだ注射器を固く握って再び止まった。


 決然と立ち上がる優衣。

「生命体を守るのがワタシたちの務めでしょ! 思い出して! これが運命なの。覚悟を決めなさい!」


「あ……あの…………」

 長い()が空いた。


「……運命って……何ですか?」

 黒く濡れたような瞳の奥で不思議な光が揺れ動いていた。


「自分自信で決定すれば後悔しないモノよ」


 優衣の言葉に、茜はこくんと顎を落とし、

「あ、はい! わかりました。お薬を届けてきます」

 注射器を胸に抱き猛然と駆け出して行った。


 視界に残ったのはそこまでだ。俺は苦しみに耐え切れず硬く目をつむる。

「うぐぁぉっ!」

 押し寄せた波に呑み込まれるみたいに、時にして意識が薄れようとするのを頭からお茶を被ることでかろうじて逃れる。


 これで完全に優衣の時間跳躍は封印された。もう一度、時間停止をやられたらお(しま)いさ。これ以上は体が持たん。あのチビ野郎はこの光景を覗き見て、どこかでせせら笑っているに違いない。地面を這う虫ケラを見るのと同じ目でな。


 俺の行動を真似て、玲子もお茶を頭から被りつつ起き上がった。せっかく綺麗に結った黒髪が台無しだった。

 

「きゅら?」

 腰にミカンの小さな手が当てられた。おそらく茜の真似をして俺たちに配るつもりなんだろう。丁寧に栓まで開けたお茶のボトルが握られていた。


「お前はほんとうに気が利くヤツだな。ありがとうよ」

 丸っこい頭を撫でてやる。


 ミカンは「きゅり」とひと鳴きして、白濁状態の意識で座席にもたれかかる社長の元へとタイヤを転がして行った。





 優衣は力尽きたようにぼんやりと何も映っていないビューワーを見つめていた。

 これほど気弱になった状態はこれまでの言動を考えてもあり得ない状況で、俺は大いに戸惑う。


「ユイ、なに考えてんだ?」


「あ、ユウスケさん」

 潤んだ黒い瞳が俺を見た。


「ワタシが過去に遡って時間停止を阻止すればいいんですが、メッセンジャーはこっちの動きを事前に察知するでしょうし……どこへ逃げても必ず追って来ます。だってスペックはワタシより上なんですもの」


「能力が違えども、俺は玲子に負けたとは思ってねえぜ」

 ちょっと話が逸れちまったな……。


 改めて不安に揺れる優衣の瞳の奥を覗き、

「お前はさっきみたいにアカネを教育しなきゃならんだろ。そのために俺たちは時間を惜しまないし、協力もするよ。ほら思いだせよ、シロタマなんか宇宙の帝王気取りだぜ。これが仲間さ。俺たちチームで助け合うんだ。それに社長の悪運の強さはぜってぇだ。何しろ不可能だと諦めていた3万6000光年彼方から生還したんだ」



 しばらくして茜が戻ってきた。幾分明るい顔をしているのは、

「中和剤のおかげで田吾さんの意識が戻りました」

 と報告したところまでで、すぐに暗くなり、

「パーサーさんも機長さんも命には別状無いそぉですが、疲労の度合いが限界を超えていました」


「おおきにな。アカネ……」

 深く呼気をして呼吸を整えた社長は、全艦通信に切り換えて伝える。


「パーサー、機長、ええか。とりあえず一段落や。ここでしばらくみんなの回復を待ちまっせ」


《しかしここはまだ3500年過去の時間域です。次に時間停止をされたら6度目の跳躍になります。でも中和剤無しでは100パーセント命にかかわります》


 不安げに訴えるパーサーに社長が答える。

「いや、ワシらはもう元の時代に戻れんと踏んでるから、たぶんあいつは現れへんやろ。今のが最後の一手と決めた時間停止やと思うワ」


 そっちの問題は一時的だが棚上げできるが、懸案事項が無くなったわけではない。


「でもどうするんすか。ここに飛んできて、もしかして過去のドゥウォーフの人らと一緒に移住生活でもするんすか?」

 社長は軽く鼻を膨らました。何かしらのアイデアがある時に見せるクセでもある。


 ぱんっと船内通信のボタンをもう一度叩いた。

「シロタマ! なんかええアイデアおまへんか?」


 どたんっ!


 これは俺がひっくり返った音だ。

「しゃ、社長ぉぉ。ここに来てシロタマ頼りっすか?」

「この時間域に戻った理由は……」

 社長はまた鼻を膨らました。


「あんな裕輔、よう聞きや」

 どきりとさせる目の輝きを俺へと見せた。


「光速に迫る技術を利用しても未来に飛べるだけや。過去には行けん。そやのにドゥウォーフの人らは3500年過去に飛んだ。これは茜が戻ってきたことで証明できる。何かある! これは直感や。あのカタパルト技術の中に何かがあるんや」


《その意見はシロタマの考えと一致します》

 船内通信が入ったままだったらしく、医療室のシロタマが返して来た。


《一つの可能性として、カタパルトのミラー効果があります》

「何だよそれ?」


《新星爆発のエネルギーを跳躍に注ぎ込むときに現れる、反正現象です》


「なぁタマよ。こっちにはど素人が一人混じってんだ。もう少し優しく説明してくれよ」

 玲子を見つめるが、こうなると俺だってお手上げさ。もはや理解不能だ。


《カタパルト技術は膨大なエネルギーを溜め込んで空間転移させる技術です。その時に、瞬間的な交換が行われます》

「何……を?」


《時空間を交換し合って、狂った宇宙の時間的かつ空間的整合性の帳尻を合わせます》


「ふははははははははははは」

 突として、社長が腹を抱えて笑い出した。


「ど、どうしたんだよ、社長!」

「ほら見てみい。道が開けたがな」


「何にも見えないぜ、見えるか玲子?」

「真っ暗け。というか意味わかんないし……」

 解けた黒髪を振る玲子。


 当たり前だ。お前にうなずかれたら俺の立場が無くなるだろ。



 社長は意気揚々と、鼻息も荒く宣言する。

「カタパルトのミラー効果を利用して元の時代に帰るんや!」

 突き上げるように椅子から立ち上がって社長が吠え、シロタマも医療室から解決案を唱える。


《こちらの時空がカタパルトのミラー効果で、3500年未来の時空と入れ換わる瞬間に便乗すれば、銀龍はもとの時間域に戻ることができます》


「で……でも。向こうには超新星爆発でできたばかりのブラックホールが待ち受けているぜ」

「簡単や。元の時代に戻った瞬間、ハイパートランスポーターで安全圏に飛ぶんや。どや裕輔。こんな簡単なアルゴリズムやったら、おまはんでもフローチャートに直せるやろ。条件分岐無しのストレートや。ぶはははははは」


「い、いや、いや。まだ問題はあるって。スフィアが現れる場所で待機するんだろ? そんなことをしたら、出現と同時に銀龍と衝突するって」

「ワンテンポ遅らせて、スフィアが通過した空間にユイが銀龍を移動させたらええねん」


「そんな神業のタイミング、どこかでモタついたら一巻の終わりだ」


「相変わらず弱気やな、おまはん。あんな……。ここにおってもおしまいはオシマイや。一発勝負に掛けんで、何が男や!」

「そうです。男ならやるべきです、社長っ!」


 お前はオンナだろ。何でそんなところで意気込むんだよ……。

  

  

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