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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
184/297

  死刑宣告  

  

  

 メッセンジャーが消えてから、司令室は沈黙の底に沈んでいた。

 自白剤まがいのものを使用され、言いたくも無いセリフを強制的に吐かされて、俺はとんでもなく落ち込んでいたのだ。


 室内が静まり返るのはそんな気持ちを察してのこともあるだろうが、過去に飛ばされた先行き不安によるものが主な原因で、4000年過去という事実は、5万9000光年の距離よりも遥かに遠く感じる。なにしろそれぐらいの道程(みちのり)ならハイパートランスポーターを使えば8時間ほどで移動できる距離だが、未来への跳躍は実質不可能となったからだ。


 そこへ田吾が医務室から戻って来て、壁を支えにしながら、まだふらつく体を移動させて自分の席に座った。

「大丈夫でっか?」

「シロタマの処方した薬でだいぶ楽になったダ」

 不安げに覗き込む社長に、まだ青白い顔だったが薄っすらと笑みを浮かべて見せた。


「しばらく酒はやめるダ」

「バーカ、これは二日酔いじゃねぇっていうの」

 どうにか俺も冗談を受け入れるまで回復したようだ。


「あいつ何者なんや。ただの人間やおまへんやろ?」

 社長の質問に答えた優衣の説明によれば、メッセンジャーはサイボーグ化された管理者の仲間らしい。


 サイボーグ(cyborg)、サイバネティック・オーガニズム(Cybernetic Organism)の略だ。しかし医療目的で体に器具を入れるような平和的なモノだとはとても思えない。


 星域抹消派と存続派があるように、450年後の管理者社会ではアンドロイド派とサイボーグ派の二派がしのぎを削っているらしく、何だかアニメの世界みたいな話だが、現実なんだからしようがない。


「それであいつはいくら時間跳躍してもユイみたいにダメージを受けないのか」

「こっちはもう時間を飛べないのにさ」


「ああ。これ以上やったら誰かが死ぬ。そろそろ限界だ」


「つまりこの世界に置いてきぼりなのね……」

「そうさ。八方ふさがりってやつだ」



 何の答えも出せず、長い時間が経過した。

 田吾はまだ少し気分が悪いからと自分の部屋へ引っ込み、優衣はずっと暗い目をして社長の手元へ視線を据えていた。

 メッセンジャーが置いていった試験管みたいなガラス状の物体。摘まみ上げて優衣に示す社長。


「これ何やの?」


 無色透明の液体が注入されていて、照明の光をキラキラと反射させていた。


「それは中和剤入りの注射器です」

「何の?」


「時間跳躍のダメージを中和させる薬です。それで1人分ですね」


「どういうこっちゃ?」

「人数分置いていかなかった理由はなに?」


「既成事実を作ろうとしたんじゃないでしょうか」


「既成事実?」

 眉間に力を込める玲子。


「査問会で問われたときの理由作りだと思います。無許可で実験施設に侵入したワタシたちが事故に遭い、救助の手を差し伸べたのに相手が拒否をした、とでも言うつもりじゃないですか?」


「なら、人数分置いてけっちゅうんだ」

「セコイやっちゃなー」

 俺と顔を合わせて片眉をひそめる社長へ、優衣は続ける。

「メッセンジャーの魂胆はこの時間域からワタシたちを出られないようにして、時空修正の邪魔をする気なんだと思います」


「なるほどな。ユイ単独ならいくらでも時間を飛べるが、時空修正は時間項となった俺たちが関与しないと成功しない。そこでここに足止めしておいて、自分達の主張を議会で通す気なんだ」


「ほんとっ! セコイ奴」

 玲子は忌ま忌ましげに空ボトルを床に投げ付けた。


 ボトルは何度も跳ね返りながら部屋の隅へ転がり、それを慌てて拾いに走る茜の背中をもの悲しげに見た。



 そして短い時間が過ぎ。

「ねえ……?」

 ついと顔を上げた。


「あのオトコはいったいどこから銀龍へ侵入して来るのかしら?」


「空間センサーには宇宙船らしきものはありませんので、おそらく亜空間に泊めた自分の船だと思います」


「何が言いたいんや、玲子?」

「居場所が分かればこっちから殴り込んでやろうかと思って」

 相変わらず血の気の多い発言だった。


「ですが……。条件は向こうのほうがはるかに有利ですし……」

「なんとかしてワシらと同じ位置まで引き摺り下ろしたいでんな」


「やりましょうよ。そのためならまずこっちの足元を固めるのが先です。足腰が弱いと簡単にひっくり返されますから」

 世紀末オンナの攻撃的な意見はよく解る。


「だけどよ……。仮に何か対策が打てたとしても、ここは4000年も過去なんだ。どうやって時間跳躍無しで元の時代に戻るんだよ」


「それなのよね……」

 大切な物のように空ボトルを胸に抱いた茜が、会話をする俺たちを不安げに見つめていた。


「タイムマシンって作れないの?」

 科学音痴で貧弱な玲子の発想が悲しい。

「そんなの無理ですよぉ、レイコさん」

「茜に言われてりゃ世話無いな」


 半笑いで述べた俺の言葉を覆したのは社長だった。

「即席のタイムマシンならあるで」


「え?」

 茜の銀髪が勢いよく跳ね上がった。


「ここは銀河の中心部や。超高密度ブラックホールがぎょうさんおますやろ」

「まさか、また飛び込むとか言うんじゃ……」


「あほ。あれはカタパルトちゅう、ちゃんとしたモンがあったから成功したんや。何もなしで飛び込んだら跡形も残らんワ」


「じゃあどうやってブラックホールをタイムマシンに利用すんだよ?」

「裕輔でも光速に近づけば時間の圧縮現象が起きるんは知ってるやろ?」

「そんなモノ、今なら子供でも知ってらあ。未来へ行けるってやつだろ? でも結局それは子供ダマシだね。数か月、数年なら何とかなるけど4000年だぜ、4000年」


「そないに連呼せんでもエエがな。あのな。事象の地平線に近づくほどに時間圧縮の度合いが大きくなりまんねん。ユイ、4000年を越えるにはどこまで近づいたらええんでっか?」


「あのさ。銀龍でブラックホールに近づくとするだろ。そうすると銀龍の質量が増えていき、その重みに耐えきれず潰れるんだよ。こんなことは玲子でも知ってるぜ」


 当の本人は首を振っていた。


「おいおい、マジで知らねえのかよ……」

 俺が肩をすくめ、茜が苦笑いを返している間に優衣は計算したらしく、

「アルトオーネの太陽(地球の太陽とほぼ同じ大きさ)の10億倍、半径27億キロメートルを想定しますと、シュバルツシルト半径から10億キロ離れたあたりで2日ほど、1000キロで5年ほどの遅れが出ます。4000年を越えるには事象の地平線の1メートルまで迫らないといけません」


「銀龍の船体は持ちまっか?」

 優衣は虚しく首を振る。


「そうだろうな」


「影響が出ない範囲まで近寄ったら、安全領域までユイに跳躍してもらいまんねん。それを繰り返したら4000年ぐらいすぐやろ」

「それだと1000回ほど繰り返すことになります。それはさすがにワタシでも……」


「だめですかぁ……」

 期待に膨らむ黒い目を丸々とさせていた茜がため息と一緒に肩を落とした。


「ほぉかぁー。ええアイデアや思ったんやけどな」


「数百年でも戻れたら、あたし、いいです」

 何を中途半端なことを言ってんだ。

 そんなことより、

「ユイだけが未来に帰って、中和剤を持ち帰ったらいいじゃないか」

 胸の前に垂れた黒髪が弱々しく揺れる。

「中和剤も万能じゃないんです。徐々に効かなくなり、8回となると効き目は期待できません」


「最初のうちはよう効くけど、先細りちゅうわけでっか。管理者とて万能やないんや」


「完璧な中和剤ができないというのが足枷になって、生命体が自由に時間跳躍を繰り返せないのです」

「うまいこといきまへんな」


 そこへ忽然と、針の先で突いたような白い点が宙に出現。

「な、何やっ!」

「きゅりゅりゅ……」

 忍び寄る恐怖を感じ取ったミカンが怯えて茜にむしり付いた。


 次の刹那、強烈な閃光が放たれ、司令室内が白く輝き、聞きたくない粘っこい声と共に青い目をした短躯(たんく)な男が現れた。


「ほう。ルシャール星の救命ポッド型アンドロイドまで装備しているとは、この船はアンドロイド派だとお見受けしますね」


 男の視線は司令室内を一巡。社長を見つけるとそこで止めた。

「いかがです、ゲイツさん。考えは固まりましたか? まだ十分中和剤が効くお身体のうちに元の場所に戻して差し上げますよ、何しろワタシは……」

 冷めた目で今度は優衣をひと睨みして続ける。

「ワタシは時間跳躍を最も得意とするDTSDを装着した人間。タイムリーパーでもあります。最大跳躍時間は5000年を越えます。F877Aの10倍っていったところですね」


「この野郎! 卑怯(ひきょう)な手を使いやがって!」

 込み上げてきた怒りに耐え切れず、奴の胸ぐらに掴みかかった。

 玲子より先に手を出したのは、俺より身長が低くくて軟弱そうなヤツだと舐めていたのかもしれない。


 ドンッ!

「うがぁぁ!」

 猛烈なショックと痛みが全身を走り抜け、後方に数メートル弾き飛ばされた。


「ワタシはサイボーグ推進派の一員でして、このように自らサイボーグ化したんです。どうです。指の先からレーザーなんて、一昔のアニメのようでしょ。でもこうして現実化しているんです。気をつけていただかないと全身が武器の塊なんですよ。なに、今のは警告です。最低パワーで手加減しています。本気を出せばこんなことでは済みませんのでご注意ください」


 鼻息を一つ吹いて、野郎は俺を蔑んだ青い目で見下ろした。



「よく相手を見極めないで、むやみに飛びつくからよ」

 と言って俺を抱き起こした玲子を、力のこもらない目で見る。


「お前はいつも冷静だと言いたいのか……ありえんぜ」

 ま、とりあえず奴の言うとおりダメージは無かった。ショックと強い痛みはすぐに薄れたが、再度殴りかかる気力は失せていた。


「ワシももう20年若ければ、裕輔と同じ行動を取ったかも知れへんわ」

 社長が一歩踏み出して言う。


「と言うと?」

「意思は固まっとる」


 目じりを下げるメッセンジャー。

「そうでしょう。もう限界でしょうからね」


「人のことはほっとけや!」

 社長はきつく突っぱね、ニヤリとした。


「それよりちょっと訊くけどな。そこまでして星域抹消を願うには何があるんや? ネブラにかこつけて、なんや知らんけど一緒に消し去りたいもんでもおまんのか?」


 奴は吊り上った青い目で社長を睨んだ。

「そんなものあるわけないだろっ!」


「ほうかぁ? ま、何でもええワ。どっちにしても答えは決まっとる」


 一拍おいて社長は鋭く尖った目で叫ぶ。

「イニさらせっ!」

 男から顔を背け、手の甲で空中をブンと振った。


「イニサラセ……?」

 散々首を傾けて、

「はて? それはどこの原住民の言葉ですかね?」


「何言ってんだバカ! さっさと帰れと言う、社長直々のお言葉だ。バカヤロー」


「そうや。さっさと帰ってくれ。おまはんの顔を見とったら虫唾(むしず)が走るワ」

 さらにグイッと迫り、照かった頭を短身な男の上に持って行き、

「ワシらの(きずな)を舐めたらアカンでっ! ワシらはな! 信頼で結びついた特殊危険課や」

 むー。言うことがいちいち古臭いが、給料だけで結びついた安っぽい関係でないことは認めよう。


 社長のサバサバした性格と、変に自信に溢れるあの態度は胸の中が晴れ渡る。この状況でああはっきりと言いのけてくれて、無性に気分が良かった。


 よく解からんけど熱くなってきた。

「俺たちは特殊危険課だ。宇宙で唯一、何をしたって咎められないグループだ」

 横顔に玲子の視線を感じたが、構うことは無い。お前だけのセリフじゃないだろ? たまには俺も使ってみたい。


「さっきから言う、特殊危険課とは何なんですか?」


 玲子は人差し指でメッセンジャーをびしっと指し、

「宇宙で一番熱い仲間が集まったグループよ」

 格闘技が三度の飯より好き、のクセに、その白くて細い指は驚愕に値するが、今は驚いている場合ではない。


「下劣な感情が満ちてるな」

 メッセンジャーは声のトーンを落とした。優衣に向き直ると、

「おい! キズナって何だ? 信頼て何なんだ? お前はもう学習したのか? なぁ、仲間と集合体とは違うのか? 教えろよ、F877A!」


「言葉では説明できません!」

 睨みつける優衣の濡れた黒い瞳にメッセンジャーの青い目が映り込んでいた。


「ふんっ、まぁいい」

 男は片手を挙げて低い声で言う。

「では、これで最後だ。特殊危険課のみなさん、過去の宇宙域で死ぬまで暮らしていただこう。もうワタシとは会えないと思うが、ごきげんよう、とだけ言っておこう」

 上げた腕の先で、指をぱちんと弾いて男が閃光と共に消えた。


 間髪入れずに、瞬間、照明が瞬いた―――気がした。



 くらっとめまいを覚えた俺の意識が、優衣の悲鳴を捉える。


「だめです! 今、46秒止まっていました」

 その言葉は俺たちにとって、死刑宣告を意味する。


「何だよあの野郎。舐めやがって!」 


「あと20秒で最大圧が襲います!」

 優衣の叫び声に続いて気味の悪い音が銀龍の側壁を走った。それは得体の知れな魔獣のうめき声にも似た軋み音だった。


「ふひゃぁ……」

 迫り来る恐怖に怖気ついた茜が玲子の背中にしがみつき、ミカンがその場にうずくまった。


「5度目……やりなはれ」

「だめです、できません。死んじゃいます」

 今にも泣き出しそうな、そして悲鳴めいた優衣の返事。


 しかし意外にも社長の声は明るかった。

「エエ方法が閃いたんや。ユイ、かまへんやりなはれ! その代わり場所と時間を指定しまっせ」


「ど……どこへ?」



「あのな。ドゥウォーフの人らが超新星から跳躍した先の場所や。ほんでその数日前の時間に飛んでほしいねん」


「ここから500年も先ですよ?」

「そうや。アカネの記憶はあんたの記憶や。何年過去のどこの星域に跳躍したかは覚えてるやろ? 説明は後や。とにかくそこへ飛びなはれ!」

 続いて社長は俺たちに向き直り、決然とこう言った。

「ワシはな、自分の直感でこれまで危機を乗り切って来たんや。今回もワシに賭けてみなはれ!」


 玲子は素直にうなずくが、俺だって社長の悪運の強さは身に染みて知っている。かと言ってうなずくのはいやだったので、にかっと笑ってやった。これでじゅうぶん分かってくれるだろう。

  

  

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