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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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凍った時間(跳躍ダメージ)

  

  

 営巣を始めたドロイド、つまりネブラのプロトタイプだ。その居場所を特定するために、こっそりデバッガーに持ち帰らせたビーコンなのに、送信波の届く範囲を超える遠方へ飛んだらしく、その先を見失ってしまい地団駄を踏んだ俺たちだった。


 ところがある星域の隅にワームホールが点在するエリアを発見。そこならビーコンの電波が届く可能性があると近寄ったところ、ひっそりと隠れていた水宮の城に引き摺り込まれたわけだが――まぁ結果オーライだからよしとして――その時にワームホールから採取したデータの分析が完了すると、昨夜シロタマが伝えてきており、これで奴らの営巣地が判明するぞと、色めき立った俺たちはいつもより早い時間から司令室に招集が掛かっていた。



 そのせいか――。

「う……っ」

 目の前に並んだディスプレイの文字がブレて見え、部屋全体が歪んだ感じがした。


「こりゃ仕事のしすぎだな」

 目に違和感を覚え、手の甲で擦ること数秒。

 この場合、目よりも三半規管のほうを疑ったらいいのかもな。


「どしたんダか?」

 と田吾に言われて首を捻る。

「このところ仕事がハードだったろ。そのせいだと思う」

「んなわけねえダよ」

 この野郎。一蹴しやがったな。

 ま、反論はできんけどな。


 だるそうにあくびを噛み殺している坊主頭へと尋ねる。

「遅くまでライト点けてデスクにかじりついているけど……いったい何やってんだ? 最近毎晩じゃないか」

 ところで田吾の坊主頭には理由(わけ)がある。茜に対するセクハラ行為を咎められて社長に剃られたのだ。


 田吾はキラキラした目で俺を見た。

「新しいアカネちゃんのフィギュアを作ってるんだス」

 いきなり肩の辺りが重くなった。

「お前、年いくつ?」

「年は関係ないダ。でも会長としてここは譲れないダよ」

「誰と張り合ってんだよ?」



 タイミングよくミカンと噂の茜が室内に入って来て、

「はーい。ちょっとお腹開けてくらさーい」

 ミカンの体内からお茶のボトルを引っ張り出して冷蔵庫に収納し始めた。


「あらあら。みなさんよくお飲みになりますねー」

「きゅりぁ?」


 お茶を運ぶワゴン代わりにミカンを使う姿を冷めた視線で見つめながら田吾に尋ねる。

「お前はユイのファンクラブだろ。アカネは関係無くないか?」


 田吾の位置からだと茜やミカンの姿は見えないらしい。じっと据え置いた目が俺に固着したままで、メガネの奥から悔しげに言う。

「アカネちゃんはユイちゃんのプロトタイプだス。譲れないダ」

「だから誰と競い合ってんの?」

「キングスネールの友達……」

「あっ! あのヲタかっ! あいつと連絡取り合ってんのかよ?」


 どうやって知り合ったのか謎は残るが、俺は言葉を失った。

「怖えなヲタの繋がりって……」


 こいつとは相部屋なのだが、毎夜毎夜カリカリ何かを削っていたのは、キングスネールで知り合ったヲタと茜のフィギュアを作って競い合っていた、と今発覚した。


 視線が自然とその坊主頭に赴く。

「私的に亜空間通信を利用しやがって……。その上、セクハラまでしてりゃセワねえな。社長に知れたら坊主ぐらいで済まねえぞ」

 とまあ、田吾にはそう言い伝えて俺は自分の座席に背を預けて、疲れた吐息をひとつ落とす。まださっきの目の違和感とめまいが消えないのだ。


 俺の前を横切ろうとした優衣を捕まえてそのことについて問うてみた。何しろコマンダーの健康管理はガイノイドの務めなのだ。


「めまいですか?」

 どうしたんでしょう、と言って首をかしげるかと思ったら、

「それは時間酔いですね」

 聞いたことのない言葉で締めくくりやがった。


「あ、はい。さっき時間の流れに淀みを感じたんです。それで原因を探ろうと、分析装置を起動するため場所を移動した途端、それが消えたんです」


「何だそれ?」


「時間の淀みって?」と横から割り込んで来たのは玲子だ。今日も艶のある黒髪をキレイに梳いてコロネパンのように巻き上げていた。

 優衣はこのところサイドポニテにハマっていて、左肩から胸へと垂らし、それが小動物の尻尾(しっぽ)のようで可愛い。


「時間が(たゆ)んだんです」

 と俺たちに答え、小鳥のように小首をかしげた。


「時間って流れるもんじゃないって言ってたよな?」

「はい。波紋が広がった、そんな感じですね」


「え~~。誰か石でも投げたんですかぁ?」

 茜が口を挟んだ。

 こいつは相も変わらず銀髪のショートヘアだが、これは誰にも真似できない、茜ならではの愛らしいスタイルだ。


 優衣は柔らかく首を振る。

「面白い表現だけどね。もしそんなことしたら、そのあたりの空間が瞬間的に消えてしまうわ。もし1秒でも凍結したら一巻の終わりなのよ」


 その話を聞いていて、下腹部がチクチクしだした。また何か嫌なことが起きそうな予感がしたからだ。


 次の瞬刻。自分が預言者になったのかと錯覚した。

 機長の慌てた声がスピーカーから流れ、そして報告モードに切り替わったシロタマが部屋に飛び込んで来た。


《社長っ! 船尾格納庫で亀裂が発生しています!》


『現在、ギンリュウの周囲から通常の38倍という正体不明の圧力がかかっています。圧力はさらに急速に増加しています。30秒以内に回避しないと、船が完全破壊を起こします』


「ええぇっ?」

 さすがにこれには全員総立ちだ。中でもこのあいだ特設した艦長椅子で居眠りをかましていたスキンヘッドが慌てた。


「ぬなぁっ! な、何や圧力って、ここは真空の宇宙空間やで!」

「時間停止現象かもしれません。そうなると一大事です!」

 さっきまで弛緩していた優衣の態度は吹き飛んでおり、

「ど、ど、どなしたらええんや?」

 こちらにまでその緊張した態度が伝染してきた。

 続いて平坦な声でありながら、とても恐ろしい言葉を綴るシロタマ。


『圧力急上昇中、140倍を超えました。あと5秒で全破壊が始まります』


「あ、あほっ! うるさいワ! 静かにせえ! わぁぁあ!! アホぉ!!」

 このオッサンは慌てると怒鳴るだけになる。


「社長さん。ワタシにいい案があります」

 トンデモない事態なのに優衣は落ち着いていた。


「時間が無い! 説明はエエから実行しなはれ!」

 こっちは慌てふためき、椅子から転がり落ちている。


 優衣はうなずくと人差し指を立てて、勢いよく腕を伸ばし、

「はーい♪」

 魔法少女のポーズだった。

 天井に向かって背伸びをして、伸ばした腕の先で指をパチンと弾いた。


 つまり――、

「広範囲時空間転送ダす」

 そう、田吾の言うとおり、久しぶりに見る銀龍丸ごとの時間跳躍時のポーズだ。確かこれで3度目のはずさ。


「うっ」

 息が詰まった。ひどい二日酔いと同じ嘔吐とめまい、そして頭痛の三種盛りだ。


 田吾も声を震わせて、デスクの上でうずくまった。

「き、気分が悪いっす」

「大丈夫ですかー? お茶飲みます?」

 背中をさすって不安げに覗き込む茜の姿を俺も苦痛に歪んだ視界に捉えたが、何もできない。天井がグルングルン回ってデスクにしがみ付いて頭を振る。この場合、それ以外何もできない。耐えるのみなのだ。ひたすら耐えるべし。そして深い反省に陥る。あんなに飲まなきゃよかった……って。ま、これは二日酔いの話しだがな。どっちにしても似たようなもんだ。


「3度目ですのでぇ。だいぶダメージが大きくなっていますがー。水分を多めに取ると少しは楽になるそうですよぉ」

 おっとりとした口調が今の状況に似つかわしくないけど、これはいつものことだ。


「多めに作っておいてよかったぁ」

 とか言って、さっき入れたばかりの冷蔵庫を再び開けて覗き込み、ミカンも「きゅぃー」と鳴き、茜の真似をして横から首を突っ込んだ。


 茜は優しくその頭を撫で、中からお茶の入ったボトルを取り出すと1本をミカンに持たせ、

「はい。ミカンちゃん、これを社長さんへ持ってってくらさい」

 自分は3本のボトルを抱きかかえて、俺たちのほうへと歩み寄って来た。


 それにしたって、対処の仕方まで二日酔いと酷似する時空間転送のダメージ。そう言えば二日酔いの朝いつも思うよな、昨日はどうやって帰って来たんだろうって、やっぱあの時も時空を飛んで来たんだろうな。


 冗談が浮かんでくるほど楽観できたのは、茜とミカンがいつもと変わらぬ明るい声音でキャイキャイとしていたからだ。


《社長! 圧力が消えました。さっきのがウソのようです》

「助かったがな。ユイおおきに。ほんで何んやったんや、さっきの圧力は?」

 機長の声で司令室の緊張が完全に消え去ったが、その安堵感は優衣が吹き飛ばした。

「ワタシがギンリュウとみなさんを未来へ送った結果、圧力が収まったことを考慮しますと、やはり時間停止現象だと思います。詳しい分析をもう一度してみますが、もしそれが正しければゆゆしき事態です。自然現象ではありません。作為的な空気を感じます。気を付けてください」


「ネブラか!」

 誰もがそう思うのは当然で。

「直接攻撃やがな。パーサー、現状報告してくれまへんか?」


《現時点では何も検知できていません。プロタイプのEM波も見当たりません》

 別部屋にあるスキャン装置から船内通信で応えるパーサーの声は、普段通りの落ち着いた口調に戻っていた。


 ところが優衣だけが、緊迫状態を維持している。

「やはり時間停止現象です。7秒間停止していました。しかもこのギンリュウの周辺だけです」

「周辺?」

「はい。未来へ跳躍したおかげで宇宙との時間差が無くなり圧力が消えたんです」

「何で圧力を受けまんの?」


「一部の空間だけが時間停止をすると、その空間は他の時間の流れから見れば異物となります。そのギャップで空間が歪み、大きな圧力を発生させます。先ほどの現象はこの船を包む空間だけが7秒間停止したので、停止しなかった空間との歪みが圧力となって押し寄せたんです」


「マジでっか?」

 何だかよく解らないが、このオヤジだけは理解したようで、

「そやけどユイ。いま時空間転送で銀龍が別の時間域に飛びこんだんでっしゃろ、これも同じコトや。空間にひずみができるで?」


 優衣は表情を変えず、

「その考え方で間違っていはいません。でも今度は先ほどの例と逆で、ギンリュウのほうが空間に対して歪みを与えて圧力をかけるんですが、その大きさから見たら、ほんの小さなモノでなんです」

 案に違わずシロタマが続きを継いだ。


『先ほど起きた時間停止現象を相対的に考えると理解しやすいです。ギンリュウを通常の時間流の中に置いておき、全宇宙を7秒間未来へ時空間転送したと考えると、その膨大なエネルギーの差が理解できるでしょう』


「わかったような、わからねぇような」

 俺は茜から受け取ったお茶をすすりながら、頭上に浮遊していた白銀の球体を睨らむ。


「圧力の理由はどうでもええんですワ。それより誰がさっきみたいな現象を起こしたか……でっせ」

「デバッガーの攻撃に決まってるさ」

 と訴える俺に、脂ぎったメガネのフレームを押し上げて田吾が言う。

「でも、またユイの魔法で未来へ送ってもらえばいいダすよ」

「ユイはタクシーじゃねえし」

 俺の言ったセリフに茜が驚いた顔をする。こいつには比喩表現が通じないから困ったもんだ。


 真剣なのは優衣だけだった。

「次は4度目になります。ワタシたちは平気ですが、皆さんにはソロソロ悪い影響が出て来る頃だと思います」

 俺の体調を覗き見るような目をするので、手を振り、

「もう大丈夫だぜ。アカネのお茶があるからな。こりゃ万能薬だ」

「えー。嬉しいですぅ。もっと淹れてきまーす」

「あんまり褒めないでよ、裕輔。この子すぐ調子に乗るんだから」

 珍しくまだ青い顔をする玲子。超酒豪がこんな事でくたばるとは。どうやら時空間転送のダメージと肝臓は関係ないようだ。



 玲子も茜から受け取ったお茶の栓を開けて、口へ流し込む。

「あなたも時間が揺れたのが分かったの?」


「あ、ううん。わたしにはおユイさんと同じ機能がまだありません……えっとぅ……」


「その子にはまだDTSDが取りつけられていませんので時間流に関する機能はありません」

 優衣は平静に説明し、茜はいつもの調子でほんわかしている。この二人が同一人物だとは誰が思えるだろうか。茜が450年経つと優衣になるんだぜ。


「あ……」

こんなときになんだが、くだらないことを思い出した。


「ユイ、考えたらお前、また年取ったな」

「ユウスケさん。おかしな言い方はやめてくださいよ」

「だって、水宮の城で400年過去に戻った上に、あれから7年付き合ってから戻って来ただろ。だとすると……」

 茜がぱかりと口を開け、ミカンが「きゅり」と首を傾けた。

「ほんとだぁ、おユイさん。いつの間にかわたしより857才も年上になっています。どんどん年の差をつけられますねー」

 そんなおかしな話は無いのだが、優衣と茜の場合はそうなる。


 二人の会話に安らぎを感じつつニヤニヤしていたら、突然、目の前が暗くなり、はっとして目線をもたげると、片膝をついた優衣に抱きかかえられていた。


 真剣に顔を覗き込んでくる清澄な瞳に鼓動が跳ね上がった。

「な、何だよ?」

 目を剥く俺に優衣は死を宣告するにも等しい言葉を述べた。


「今度は35分間も停止していました」


「や、やばいでっ!」

 叫び声みたいな社長の言葉を冷然とした報告モードが掻き消した。


『圧力急上昇中です。あと3秒で全破壊が始まります』



「跳躍や!」

「で、でも4度目になります」

 優衣の声に焦りが出ていた。

「かまへん。ここで押しつぶされるよりマシやろ!」

「わかりました」

 優衣は白い腕を天に向かって突き出した。

  

  

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