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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  タスク分散型システム  

  

  

「これで対等ですよ」

 再び腕をシールドに突っ込む優衣。

「お、おいせっかく抜けたのに……うあぁ!」

 猛烈な放電スパークに優衣が包まれた。まるで落雷だ。青白く光ったギザギザの枝が八方へ手を伸ばし、まるで耐えていた怒りを爆発させたかのような閃光放電が起き、火球が床に飛び散った。


「レイコさん!」

 雷鳴のような音だけを残して玲子の腕をすくい上げると、毅然として叫んだ。


「司令官! シールドを下げなさい」


「面妖な。どうやって侵入できたのじゃ?」

 灰色の一人が優衣の行く手を塞ぎ、外套の中から青い宝石が付いたロッドを抜き出した。

 さっと飛び退く反応はミリ秒以下の速度だが、向こうも追従して来る。

 瞬間移動で優衣の正面に移動してロッドを振った。


「セイっ!」

 掛け声だけでなく、柔軟な動きは玲子に勝るとも劣らない。優衣は胸元目掛けて振られたロッドを後方へ回転しながら飛び退いた。


「逃げられませぬぞ!」

 着地の位置へ先回りして両手を広げて阻止する灰色野郎。優衣はそいつの腕に身を転がり込ませて投げ飛ばし、勢い余った反動を相殺するために、片膝を突いて床の上を滑って止まった。



 瞬発力、機敏な動作、バネのような足腰、まさに玲子だった。


「すげえな。いつ教えたんだ?」

 思わず俺の口から感嘆の声が漏れ、

「たぶん見て自然に覚えたみたい」

 その声も驚きに満ちていた。


「レイコさん。何か食べ物を取ってきます。待っててください」

「ミミズはイヤ――っ!」

 床の上に突っ伏したまま腕を伸ばす玲子。この期に及んでまだ言い続けるか……。


「だって、裕輔がミミズって言うからでしょ」

「言い出したのはお前だった気がするが……なら、全然違うものもあるぜ。ご飯はどうだ? 白くて粒々してんぜ」


「だめよー。シロアリに見える」


「じゃあ。あれはどうだ? パンみたいだぜ。ほら見ようによってはコロネだな。くるくる渦巻いて可愛いぞ」

「いやぁー。とぐろを巻いてるのは不気味な生き物よー!」


「わざとそっちへ持ってってないか? お前だってパスタを食う時は巻き上げて食うだろ?」

「無理! みんなそっち系に見えてくるの」


「あ。お肉もありますよ。レイコさんのお好きな赤身です。持ってきましょうか?」

「だめー、血生臭い!」


 いつもは赤ワインに半生肉食うくせに……だめだ。こりゃ重症だ。


 バタバタする俺たちとは対照的に、

「ここに来て女王様の登場とは……」

 徹夜明けの象みたいに、ゆるゆると司令官が立ち上がった。

 余裕なのか、態度までも尊大に振る舞う姿が鼻に付く。


 腹の皮を揺るがす不気味な風切音がして、忽然と司令官が優衣の前に現われた。

「なんちゅう素早さ……」


 三人の賢者も超高速度で水平移動を繰り返すのだが、かろうじて影のようなものが流れるのを目視できる。だけど司令官の場合はまったく何も見えない。完璧な瞬間移動だった。消える前の残像がまだ残るうちに新たな場所に姿を映す、まるで実体が二つあるように感じるのだ。


「女王様……お遊びはおやめください。我々に盾突くことが不可能なことぐらい何百年もご一緒でしたら記憶デバイスに焼き付いているでしょう」


「三人の賢者はどうしたのです」

 毅然とそう言い返す優衣のセリフで気が付いた。


「ほんとだ。おいドブネズミがいねえぜ」


 シールドの中には床に座り込んだ玲子。それを守ろうと立ちはだかる優衣。二人を傲然と圧する司令官。後は散らかった赤と白の祭壇。そのど真ん中に女王の椅子があるのみ。


 優衣は今の状況を説明するように、

「三人の賢者は 『タスク』 と言って、司令官のタスク分散型システムを構成する一部です」

「連中が一体だというのはそういう意味か」

 俺だって会社ではお荷物だけど、エンジニアの端くれだ。それぐらいは何のことか理解できる。キョトンとしているのは、俺とのあいだをシールドで挟んだ空腹の女豹だ。


「どうゆうこと?」

 床にへたり込んだ玲子は、上目に俺を見た。


「早い話が司令官もさっきのドブネズミも一つの処理だ」

 まだ理解できなのか、片眉を歪めて見せる玲子。

「あー。うざいな、お前……。ようはドブネズミは司令官の一部なんだよ」

「へぇー」

 とか言いながら、座ったまま体を司令官に捻った。


 ゾォォンッ。

 空気を震わす音がして、再び祭壇近くに移動した司令官は女王の椅子に立てかけてあったロッド掴むと瞬間移動。玲子と優衣の前に出現して、長いロッドで床を突いた。


 すかさず玲子をかばって司令官の前を遮る優衣。


「何だよ。マントから(けむ)が上がってんぜ」

 その先や肩の辺りから薄っすらと煙が上がっており、きな臭い匂いがシールドを通して漂ってきた。


 奴は俺の言葉を鼻で笑い飛ばして無視。優衣が代わって説明。

「彼はマイクロ秒で空間を移動するため、衣服が空気の摩擦を受けるんです」

「空気の摩擦熱で服がくすぶってんのかよ。どんなスピードだよ?」


「1万分の1秒で4メートル移動していますので、音速の127倍です。司令官の周りの空気は粘り気のある物質と変化するはずです」


「ほおぅ。女王様もいい目をしておられる。オモチャじゃないのですな。ではこれはどうです?」


 ゴゥッ、とホールが揺れた。

 祭壇の右端に腰を曲げ会釈をした司令官が瞬時に現われた。


「いかがかな?」

 ふてぶてしい顔を傾けた。


「今のは同じ時間で12メートル移動しました」

「3倍も速いじゃねえか……」


「実にいい目をしておられる」

 煙りを体に纏った司令官が元の位置に戻り、完全に燃えだした衣服を迷惑そうに(はた)いた。


「ふむ。今度こそ良質のマナが取れそうだ」


 燃えあがる衣服を一気に払い落とすために、司令官は幾度か超高速移動を行って燃え残った服を吹き飛ばしてから、慇懃な態度を繰り返した。

「こんな恰好で失礼しますよ女王様。本物の衣服は高速移動の邪魔になりますゆえ……」


 ゾンッ。

 これまでの中で最も空中がざわめいた。


「ナノ秒の領域に突入しました」


 照明を妖しく光らせる銀色のボディを優衣に触れるほど近い場所に出現させ、

「ほほおぅ。記録を更新しましたな。あなた様のマナが手に入るかと思うと、こんなに興奮してしまうなんて……。お見苦しいところをお見せしますな」


 言葉の途中で司令官が5人に分散した。


「な、なに?」

 玲子が立ち上がり身構える。

 剣先をどの司令官に向けたらいいのか迷っている。


「なに、こいつら……」

「高速移動して分身の術だとか言うんじゃないのか。実体があるのはどれかひとつだろ。ユイ、どれが司令官だ?」


 優衣は悔しげに首を振る。

「すべてが実体です」

「うそだろ」


「彼は実体のあるホロ映像です。カーネルが持つ演算速度の許容内であれば、いくらでも分身を作ることができます」

「コピー野郎っていうわけか」


「裕輔、どれを狙ったらいいの?」


 剣先が俺のほうを指してんスけど。


「どれでも好きにしていいぜ。全部同じ野郎だってよ」

「え――、そんなぁ」


 5人の司令官がそれぞれに言う。

「そこの猿の言うとおり。どれもワタシ。強さも機敏さもすべて同じスペックですよ。どうぞご自由にお選びください」

 むぅ。このチャラ野郎。


 5人が5人とも同じ姿勢で同じセリフを喋った。声音が重なりエコーが掛かった響きが部屋を渡る。


「ミミズ食って再起しろ玲子」

「しつこい、裕輔! あたしは今日から菜食主義だって言ったでしょ!」


「――ほな。今晩パーサー主催の焼肉パーティがあんねんけど、おまはん欠席しまんのか?」

 うう。急激に唾液が噴き出すのは俺だけではない。パーサーの拵えるタレは絶品なんだ。


「社長!」元気に振り返る玲子と、

「ありゃ?」胡乱げに見遣る俺。

 何だかいつもよりオツム(頭)が艶々しているのは気のせいか?


 見慣れたスキンヘッドの照りが数倍強いのは照明が原因か、あるいはもしやして何らかの行動に出たかだ。

 ようするにシロタマのステージ4を利用して、カーネルに侵入して何かやらかした、その自信の現われがあの頭の(つや)なんだ。


 社長は堂々とホールに足を踏み入れると、何ごとにも動じること無く、厳しい表情を司令官にぎゅっと固定したまま、ど真ん中を突き進んで来る。


「すっ、げぇぇ」

 俺たちは驚愕の光景を見た。どうやったのか理解できないが、スーパーはげ茶瓶に変身したのは確実だ。小太りで背の低い社長のボディへ、ビゴロスが飛びつくが、そいつの太い腕を軽々とへし折った。


「なんだ。さっきのハゲか」

 5人の司令官が瞬時に融合し、風を纏いつつ女王の椅子へ戻り、数段上から見下ろす態度で腰を落し、大仰に片脚で天を突いてから足を組んだ。


「ハゲてなんか無いで」

 いやいや。今日は一段と照かってますよ。


「裕輔ぇぇ。お腹減ったぁ」

「だからよー。ミミズを食えって言ってるだろ」

 あっちもこっちも突っ込みどころ満載で、俺も忙しい。


 社長は右から飛びつく兵士を指先でぶっ潰し、悠々とシールドに手を掛けると、目映いスパークを激しく放散するものの、腕から順に肩、そして胸へと侵入。唖然と見つめる俺たちの前で不可視の電磁膜を突き抜けて進んだ。


「社長! どうやったんだよ!」

 どんなに抗おうと絶対に侵入が不可能だった遮断シールドをいとも簡単に。


「ほう……」

 新しいおもちゃを与えてもらった子供みたいな顔をして、司令官が顎を上げた。


「今日は楽しくなりそうだ」


 グイッと立ち上がり体を反らすと、

「ゲストを前にして、皆で踊ろうではないか……」

 声が途切れた刹那、猛烈な空気の渦を起こして、10人の司令官が俺たちの周りに出現した。

 がっしりとした体格の司令官が5人ずつに分かれ、玲子と優衣の前に立ったのだ。


「「「「「ぜひワタシとご一緒に」」」」」

 それぞれに手を差し出し、礼儀正しく腰を折る。


「ちょ、ちょー待ちぃーや。ワシと踊ろうちゅうのはおらんのかいな?」


 10人の司令官が一斉に社長へ体を旋回させて言い放つ。

「「「「「「「「「男は基本きらいだ」」」」」」」」」」

 ホールを10人分の声が響き渡った。



「それより社長。このシールド何とかしてくれよ」

「せやったな。すまんすまん」

 片手で頭の天辺をポリポリ掻きながら余った片手でパチンと指を鳴らした。ほんの些細な仕草なのに、空気が揺らぎ、耳障りな重低音が瞬時に消えた。


 清々しい気分だった。

「あー。止まった!」

 さっきまで俺の行く手を拒んでいたシールドが消えて中に踏み込めた。副主任も飛び込み、

「ユイくん、手は大丈夫か?」

「お前どこにいたんだ。こんな時に飛び出してきやがって」


 玲子が露骨に嫌な顔して俺に迫る。

「あたしだって手に豆ができるほど剣を振ってるのに……」

「そう言うな。お前も頑張ってたぜ」

「ワインとビールおごるのよ」

 ちっ。酒飲みめ。


「見てみぃ。シールドなんかワシにかかれば屁ーでもないんや!」


 その宣言に司令官は傲然と吠える。

「そんなことで勝った気でいるなっ!!」

 激しいショックと供に俺の体は大きく後ろへ吹き飛ばされた。副主任も玲子もそれは同じだった。


「あいたたたた」

 俺たちの周りに大勢の司令官がぐるりと取り囲んで、腕を組んでいた。


 果敢にも玲子はすぐに立ち上がり真紅の剣を振り下ろすが、取り囲んだ何人もの司令官に取り押さえられ、剣はいとも簡単にへし折られ、それと一緒に投げ返された。


「あいたたた。このパワーでこの人数。あたし一人では無理だわ」

 俺たちの目前には司令官だけの軍団が広がっていた。


 社長は片手を広げて下がれと命じ、俺たちの前にずいっと出る。

「腹ペコ玲子では無理やろな。ワシが相手したるワ。みんな見ときなはれや……ほれっ!」

 社長は気合い一発、指をパチリと弾いた。


「どぁぁぁぁぁ!」

 俺の後ろにもハゲの一個連隊が広がっていた。

 圧倒的な数だった。攻めて来る敵の数を凌駕するハゲ連隊は怒涛の波のように兵士をなぎはらい、瞬間的にホール中をハゲ一色に埋めた。


「な、なんという数だ……」

 社長もホロ映像化していたのだ。だから平気でビゴロスをひねり潰したりシールドを突き破ったり、超人的なことができたんだ。

 決められたスペックの中で動くアンドロイドと異なり、プログラム次第でどうにでもなる高エネルギーホロ映像にもはや不可能は無い。


 帝国軍は一気に戦意を失った。あのビゴロスでさえ一人の社長に片手で捻りあげられている。壁の隅で押し潰された検非違使は悲鳴を上げ、雑兵なんかホールの外に押し出されていた。


「ちょ、ちょっとこれはやり過ぎだろ」

 俺の後ろは満員電車状態。しかも乗客はすべて社長だ。これはきしょいぞ。ハゲの海が広がるんだ。


「こ、このハゲオヤジ。神聖な城を汚す気か!」と司令官が叫び。


「「「「「「「ハゲてなんかないで!」」」」」」」


「うあぁぁ、うっせぇぇぇ」

 大合唱だった。

 一人でさえ鬱陶しいケチらハゲが、何千人で押し寄せられたら、マジで堪ったもんじゃない。


 ゴォォォーッ

 俺の前で今度は司令官の海が膨らんだ。社長に対抗してその数を増やしたのだ。


「ぐぉっ! く、苦しい」

 後ろから社長。前は司令官の銀白のボディの海。祭壇は隅に圧しやられ元の形を失くしていた。


「越冬するゴキブリの巣じゃねえってんだ!」


「「「「「「「誰がゴキブリやねん!」」」」」」」


「うわぁー。す、すみません。社長に言ったのではなく……つい口が滑ったというか……」

 なんでここで俺が叱られてんだよ。

  

  

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