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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  インサーキットエミュレーター  

  

  

「ノジマさん!」

 俺はホールに飛び込んですぐに彼の名前を呼んだ。


 返事が無かったのでざっと見渡すが、戦況はたいして変化しておらず、潰しても潰しても帝国軍はコピーを生み出し、繰り返し進軍して来るようだった。


 そこへ駆け寄る人影が……。

 ノジマさんの妹、エミリさんだった。


「兄さんはシステムの様子を見にここを離れています。呼んできますのでここで少々お待ちください」

 まだ幼い面持ちを残したエミリさんは、見るだけでとろけそうな雰囲気を醸し出しているが、その姿には似つかわしくない、検非違使の警棒をギュッと握りしめていた。


 俺は呼吸を整えながら首肯し、ノジマさんへ知らせに走り去る少女のような女性から目を離し、特殊危険課の仲間を探した。



 不可視の電磁シールドは、相変わらず重低音の波動を放出して天井から床へと張り巡らされており、それに張り付いたままの優衣が中に向かって何か叫び、

「オッケー。見えたわ!」

 その喚起の先で元気に飛び舞る玲子だったが、ここを出た時よりずいぶんと動きが鈍く、解けた長い黒髪の面立ちに疲れが滲んでいた。


「玲子!」

 俺の呼びかけに「社長は?」と尋ね、左右から現われたアンドロイドの外套を両手でつかんで同時に背負い投げを食らわしてから、

「ね? どうだったの?」

 半身を捻って走り寄ってくると、明るい顔を俺に見せた。


「もう心配ない。無事着いた。いまからカーネルを止める。あと少しの辛抱だ」

「早くしてね。もうお腹が減って動けない」

 消えかけのロウソクの芯みたいな目をして訴えるものの、前触れ無くその前に出現したフード野郎へ、機敏な動作で横蹴りを喰らわす。


「セイっ!」

「あぎゃぁ――っ!」

 無様な声を吐いて床の上を吹っ飛び、女王が座っていた豪華な椅子にふんぞり返る司令官の足元へと滑り込んだ。


「おい。いつまでこのくだらん三文芝居を続けるんだ。いいかげん飽きてきたぞ」

 司令官は持て余した声で喚き、蹴り飛ばされたフード野郎は仰向けの状態から肩肘を付いて半身を起き上がらせる。


「そろそろ疲れが見えてきてもいい頃合いなんじゃが……」


 奴は何のダメージも無く、涼しい態度で立ち上がり、フードの奥から探るような赤い視線で玲子を見た。


 そこへ、この緊張感をそぎ落とすような声が――。

「なるへそ。状況は変わらず、ちゅう訳でんな」

 スキンヘッドの天辺をぺしゃりぺしゃりと叩きながら歩くという見慣れた姿で、社長が赤いカーテンの陰げから顔を出した。


「社長さん」と優衣が不安げな面持ちを見せ、玲子もシールドのすぐ(かたわ)らへ膝からダイブして滑り寄る。

「すみません。ちょっと苦戦していまして……」

「おまはんが弱気になるなんて、世も末でっせ、ほんま」

 玲子は罰が悪そうに首をすくめて見せ、肩に広がる黒髪を手で束ねると、後ろポケットから取り出した紐で結わえた。


「誰なんだ、そのハゲは?」

「ハゲてなんかないで!」


 いやいや……。


 司令官は胡乱げな目線をもたげ、社長はスキンヘッドをぺしゃりと平手打ちした。


「美人のご登場かと思いきや……つまらん。女王様の尻を拝むのもいいかげん飽きたしのお。おい、三番。そこらでダンスでも披露してくれんか?」

 司令官はつまらそうにあらぬ方向へ、ぷいと首を振った。




「ユースケくんが戻って来たって?」

 エミリさんの知らせを受けて、ノジマさんが駆け込んで来た。

「連れてきたぜ。うちの総責任者で芸津社長さ。頭の良さはシロタマの次なんだ」

 社長は俺をぎろりと睨み、

「あいつと並べんといてか」

 と言いのけ、ノジマさんには笑顔を振る舞った。


「これはゲイツさん。このたびはあなたのお仲間のお力添えで、我々の制圧は成功しつつあります。ほんとうに心より感謝しております」

「いやいや滅相もおまへん。困ってる人を見放すような人物はうちにはいまへんからな。それよりさっそく本題に入りまひょうや」


「分かりました。それではご説明は移動しながらいたします。まずこちらへ」

 ノジマさんは丁寧に頭を下げ、社長を誘導。俺も「もうちょいだからな」と玲子に激励を飛ばし、不安げにシールドの中を凝視する銀白色の球体野郎を引っ掴む。


「お前もこっちのグループだ。手伝え」

 珍しくシロタマは素直に俺の手の中に納まっており、

『司令官と三人の賢者はすべて一体のホロ映像です』

 よく意味の解らないことを唱えていた。


「ほんで問題の上位オブジェクトが司令官とか呼ばれる輩なんでっか?」

「はい。カーネルを継承(けいしょう)するスーパークラスオブジェクトでして、一般のアンドロイドとは異なった構造になっています」

 こちらの技術者どうしも意味の解らない呪文めいた言葉を並べているし、俺ひとりが孤独だった。





 ノジマさんが俺たちを連れて来たのは、城郭内にある一つの建物だった。外から見た風景は大きな水車小屋だ。脇を流れる水の力を利用してギシギシと軋んだ音を上げて回っていた。


「この中にシステムの制御室があります。もともとは普通の部屋でしたが、2ビットの連中がここら一帯を城に作り替えたときに、その雰囲気に似合ったものへと変えてしまったんです。だいたい小川なんて何の意味も無いのです」


「なるほど。ファンタジックな雰囲気でんな」


 近代的なクロネロアシティとは正反対で、小鳥のさえずりまでも聞こえ、穏やかな空気が満ちるのんびりした景色だった。

 これはあくまでも見た目だけですとノジマさんが指差す先、そのとおり、どう考えても場違いな未来的な装置が待っていた。

 金属製のコントロールパネルが葉むらにうまく隠されており、それをノジマさんがむしりとると、点滅する原色のインジケータと小さなディスプレイが現れた。ディプレイ内には見知らぬ文字がスクロールしており、その中の数カ所を触れたあと、それへと語りかける。


「承認コードRFノジマ57155だ。接続ポートを開いてくれ」


『承認できません』


「取り付く島もないなぁ」

 ノジマさんはブツブツ言いながら、草を掻き分け、地面に横たわったプレートの取っ手を握ると、ひと息に引き剥がして中のメカを剥き出しにした。


 見たことも無い不思議な物質をズルズルと引っ張り出す。それはジェル状のヌルヌルした物体で、手や指に張り付くことも無く、むしろ強く反発する感じで手のひらに広がる不気味なモノだ。


「何すかそれ?」

 開いた中を覗き込み、思わず聞いてしまった。電子部品的な構造のパーツが整然と並んでいるのだが、掴み出した物はどう見ても、そのあいだを流れるジェル状の物質だ。俺たちの世界とは異なるその違和感は半端無かった。


「バウンダリスキャン用のポートだよ」

 当たり前のようにノジマさんは言うが、社長も何か言いたそうな口の動きをしていた。たぶん『そんなアホな』だろうな。

 開発部のお荷物である俺には何のことか知らない。そんなことはとっくに察したのであろう、社長が説明する。


「集積回路体の中をチェックする特殊なポートのことや」

 せっかくの説明だったが、無駄な行為になったと思う。よけいに意味が解らなくなった。


 時間が無いのでこれ以上の質問を控える俺に、ノジマさんはジェル状の物質を指差し、

「これは何層にも分かれた導電性物質なんです。頑丈な面構造をしているので捻ろうが、ねじろうが平気ですよ」


「そやけど面構造やと渦電流(うずでんりゅう)の発生とか、信号の乱反射とかが原因で速度が低下しまへんの?」

「幸いこの物質の中では電子が最短距離に進もうとする現象が発生します。それに信号の反射も起きない。つまり終端用のターミネーターも要らないんです。ただし小型化はできませんけどね」

 と言って外の景色に視線を巡らせ、

「クロネロアは大きさにこだわらなかったんです」

 その視線をシロタマに戻し、笑みを注いだ。

「そちらさんは小型化も成功したようですね。まったく素晴らしい」


 シロタマは珍しく遠慮がちにハゲ頭の裏へと身を隠し、ノジマさんは鼻から優しげに息を漏らすと再び機械と向き合った。


「承認コードRFノジマ57155だ。接続ポートを開いてくれ」

 ポケットから取り出した針みたいなものをジェル状の物質に刺し込んでから、同じセリフを繰り返すが、相手は態度を変えなかった。


『DNA承認でエラーが出ました。存在しないDNAです。上位システムが退けました』


「かー。奥深いところまで、手を加えてやがんなー。オレが死んだことになってるじゃないか」

 ノジマさんは小さく肩を落し、

「ま、実質、死んでいたんだから仕方がないな」

 一人ゴチを漏らして、今度は小川の縁にある岩を持ち上げ、流れにボチャンと捨てた。

 岩が除けられた空間にはたくさんのチューブが通っており、その中の数本をじっくりと吟味。

「それっ。これでどうだ」

 雑草を引き千切るみたいに勢いよく引き抜いた。

 そしてみたび同じ命令を下す。


「承認コードRFノジマ57155だ。接続ポートを開いてくれ」


『接続ポートは存在しません。存在しないデバイスに承認コードは意味ありません』


 力の抜けた息を吐き、ノジマさんが肩をすくめる。

「すみませんゲイツさん。お見苦しいところをお見せました。このとおり、作った本人にさえ受け付けてくれません」

 膝を抱えて覗き込んでいる社長に、色濃く困惑した顔を見せた。


「ほんまでんな。こりゃ頑固やな」

 両手を地面に着けて装置の奥を注視していた社長が、ゆっくりとシロタマを見上げた。

「とにかくステージ4を起動してんか。そいつでちょっとマシンの中を覗いてみようやないか」


 シロタマのボディから幅3センチの細かい金属片が現われ、それらが小気味よい音を奏でながら2本の長いベルト状の物体に織り上がっていく。


「こりゃあすごい!」

 驚愕の光景を目の当たりにして固まるノジマさんの前で、それは生き物みたいに蠢いて、前方に長さ1メートル、後部にその半分ほど成長したところで止まった。


 再度溜め息混じりでノジマさんは感嘆の声を漏らす。

「人種が異なると進化も変わるもんですね。オレたちの装置を見て驚いていたようですが、これはこれでこっちが驚きです。いったいどういう仕組みなんですか?」

「それがな……。お恥ずかしいことやけど、このシロタマちゅうのはワシらが拵えたモノではないんや。管理者と言う種族が手掛けておって。ワシらには計り知れまへんねん。そやけど使うことはできる。任しておきなはれ」


 そう言うとシロタマに顎をしゃくり、

「ほな、さっそくデータバスに繋ぐデ」

 後方から伸びたベルトを自分の額に張り付け、前方を握ると何本もあるチューブの前まで持って行ったが、手の動きが躊躇した。

「すんまへん。カーネルのデータラインはどれでっかな?」

「データバスと呼ばれる構造は持ち合わせていないのですが、命令データが流れるところならここらです」

 ノジマさんの指の先が示す場所。虹色のゼリー状物体が波打っていた。


 何だこりゃ?

 ノジマさんの言うとおりだ。異なる文明は科学の進化も変ることを実感した。

「こんなの見たこともない……」

 俺が漏らしたセリフは俺の感想でもあり、独りゴチでもあるのだが、その言葉に二人は何も反応を見せずにベルトの動きを見つめていた。


「ほなシロタマ。後はおまはんに任せまっせ」

 とにかく電子部品と言われても到底信じられない状態の物体にインターフェースポッドの先が滑り込んで行き、社長は目をつむった。


『これは量子を利用した論理回路を構成したゾル構造になっています。量子ポイントを上位ニブル下げてください』

「ふむ……こうでっか?」

 何をどうしたのか知らないが、社長が目を閉じたまま(まぶた)をピクピクさせているところを見ると、どうやらステージ4は正常に起動したみたいだ。


『同期します。インストラクションの分析はシロタマが行います。ゲイツは構造を把握してください』

「よっしゃ。ええで。始めてんか」


 何が始まったのだろう。

 固唾を飲んで見据える俺とノジマさんの前で、社長はぴくりとも動かなくなった。ただ瞼の向こうで眼球が激しく動くだけ。


 ほどなくして、社長の口の端が意味ありげに持ち上がった。

「ノジマはん。おもろいもん拵えましたな。なるほどホロ映像とメカニカル制御理論をひっ付けたんや」

「お解りいただけましたか。それにしてもすごい。神経インターフェース。つまりBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)を進化させたものなんですね」


「そうでっせ。機械が意味する難解な制御問題をシロタマがあいだに入って、思考波に変換して直接流し込んでくるから、システムの動きが直感できまんねん」


 そして社長は言い切った。

「よっしゃ。おもろいことを思いついたで。裕輔は先に玲子の助っ人に行きなはれ。ほんでワシのすごいとこを見せたる」

 どのような策略があるのかよく理解できないが、玲子が気になるのは正直な気持ちだ。


「了解した。それじゃあ、社長の活躍を祈ってる」

「ちょい待ち。ユイに伝言や。あのシールドは3ギガヘルツのマイクロ波照射で効力を失うみたいや。カーネルの記憶デバイスの奥に消し忘れのデータが残っとるワ」

 立ち上がった俺に付け足した。


「ユイならマイクロ波照射ができる。そうか電子レンジの手がこんなところで役に立つなんて、運がいいヤツだ」

 あとは二人とシロタマに任せ、俺は息急き切ってホールへと走った。





 戦況は変化なし。優衣は手の平をシールドの表面にあてがったまま身動き取れずもがいており、玲子は飛び込んで来た俺にすがるように膝からダイブして床を滑って来ると、

「裕輔、もうだめ」

 初めて見る弱気の玲子に少したじろぐ。


「疲れたんだな。社長がいい作戦を考えついたらしいんだ。あと少しだ辛抱しろ」

「疲れてなんかないわ。ただお腹が減って……」


「だからミミズを食えって言ってんだろ、ミミズを」

 玲子は真紅の剣でシールドをバンっと叩いた。

「ミミズって言うな、裕輔っ!」

 火花が激しく飛び散り、オレンジの粒が転々と床に広がった。


「はぁ~。腹ペコよー」

 元気がよかったのはそこまでで、へなへなと床の上に崩れた。

「レイコさんがんばって」

 励ます優衣の声もずいぶんと暗い。かれこれ二人とも1時間以上はそのままだ。


 早速社長の言葉を優衣に伝える。

「お前、手の平から3ギガヘルツのマイクロ波照射ができるだろ。アカネが水を沸騰させたところを見たぜ。それを利用すればシールドが無効化されるらしい」


 見る間に正気が戻る優衣。力強く首肯すると、すぐに耳には聞こえないが波動を肌に直接感じた。

「そうか、あの灰色ドブネズミがここを通過するときの音。あれはマイクロ波照射の音だったんだ」


 ようやく答えを導いた俺の前で、

「ユウスケさん! 開放されましたよ」

 にこやかに微笑んだ優衣が立ち上がった。

  

  

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