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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  トンネル効果  

  

  

「俺は今からシロタマとそのシールドを止める方法を探ってくる」

 何でこんな言葉が出たのかよく解からないが、こいう時はシロタマだと直感したからだ。

 俺の頭上で微動だにしない球体野郎に視線をやる。


「おい、タマ! 何かいいアイデア無いか? お前のご主人様がやばいんだ」


『レイコとは主従関係を結んだ経緯はありませんが、現在危機的状態に陥っているのは理解しています』

「回りくどいな、お前……」


『カーネルを止める手立てとして、可能性の高い案件が一つあります。ステージ4の神経インターフェースをシステムのデータバスとヒューマノイドの脳とに直結して、流れるインストラクションを書き換える方法が有効です』


「ばかやろー。俺にそんな芸当ができるか。アカネがいつまで経っても幼い言葉遣いをするのは、俺の脳から言語マトリックスをダウンロードしたせいだと言ったのはお前だろ! そんな脳構造の俺にこの星のシステムへ侵入して止めろってか。そんなもの、空港へやって来て、いきなりあのジェット機を飛ばしてみろって言うのと同じだぞ」


 しかし徐々に疲れの気配を見せる玲子を見ていると、そうも言ってられない。他に手段が無いのなら仕方ないかも。

「よし、やってみる。誰かこの剣を貸すから兵士の進撃のほうを食い止めていてくれ」


「それが無理なんだ」

 首を振ったのはノジマさんだった。


「なんで無理なんすか?」

「その剣を作ったのは私だ」


 すげえ。この人がこんなのを拵えたのか……。

「だったらいいじゃないか。あんたも男性因子を持っている。この聖剣を使ってくれ」

 俺が突き出す蒼剣を静かに押し戻し、

「これはユウスケくんのDNAしか認知しない」

「俺のDNAが過去のクロネロアシティにあるわけ無いでしょ。それとも合成したのかな?」


「女王様があなたのDNAサンプルを持参していた」

「何であいつそんなもの持ってんだ?」

「健康状態を知るためだとか、おっしゃられて……」


 不可視の膜に捕らえられ、もがく優衣へ目を転じる。

「バイオチェックをする時に採取しますので……」

 後ろに首をひねって答え、

「コマンダーの健康状態を最良にするのはワタシの役目です」と締めくくった。


 嬉しい反面、大迷惑だ……。

 でもノジマさんはかぶりを振る。

「そんな聖剣がなくても仲間がいる。ここを食い止めるのは任せてほしい。そのために60年も寝て気力を溜めてきたんだ」


 熱く俺に訴えかけるノジマさんに、こっちも力強くうなずいて見せる。

「よし、タマ。ステージ4を起動してくれ」


『ユースケの知能ではカーネルのインストラクションを理解することはできません』


「て、てめえ。今さらなんだよ!」


「わかった。オレがその役を引き受けた」

 と胸を叩いたのは、再びノジマさんだった。

「神経インターフェースがどういうモノか知らないが、おそらく脳と機械との仲立ちをするものなんだろ。カーネルのインストラクションならお手の物だ」


『ステージ4はゲイツとユースケに合わせて作られた物で、未知のヒューマノイドに適合するか現時点では答えられません』


「聖剣といい、神経インターフェースといい。ガラクタぞろいだな」

 と言ってしまってからノジマさんの顔を覗き込む。苦笑いを浮かべてはいたが、とくに気にしていないようだった。


「なら早い話、社長をここへ連れて来たらいいわけだ。だろタマ?」

『銀龍とのあいだにもこれと同様のシールドが張られていて、通信や転送は不可能です』

「それが問題なんだよな……」


 つまり門が閉まってる城に忍び込むにはどうするか……。

 塀を越えるか裏門を探すか……。どっちもダメなら地面でも掘って……。

「あ……っ!」

 俺の脳内で一閃が走った。


「なあタマ。お前……亜空間通信できる?」


『もちろんです。レベル3の亜空間通信網に接続可能です。データーチャンネルは2500を超えるレイヤーに対し同時に……』

「分かったよ。できるかと聞いただけなんだ。そういう時は『できる』の一言でいいんだ」

『できます』

「ならさ。何百光年離れていても通信は瞬間だよな」


『亜空間通信は、点在するマイクロワームホールを利用した通信方式です。時間の経過は通常空間を伝わる間の時間だけで……』

「説明はいらないって言ってんだろ。俺が訊くことだけに答えろ。光年を越える距離に対して通信に要する時間は?」


『時間的損失はほとんどありません』

「俺はこの星に直結したワームホールの入り口を知っているんだ。そこから入ればこの星の外へ出られる。ただしそこが、ここから何光年離れた場所なのかは知らない。どうだタマ。その場所へ銀龍を誘導できるか?」


『できます!』

 と言った後、シロタマはすべてを悟ったようで、

『その提案は有効です。ギンリュウにはアカネが搭乗していますので、ハイパートランスポーターをコントロールすることが可能です。推定ですが、移動に要する時間はゼロに限りなく近くなり、ゲイツを転送回収してここへ戻るのに、1時間と掛からないでしょう……ただし、』

 妙なところで言葉を途切らせた。

「何か問題でもあんのか?」

『アカネがハイパートランスポーターの操作を間違わずに完了するという保証がありません』


「それだよなー。そのおかげで俺たちはこんなミッションを背負わされたんだ」

 だと言って、ここで頭を抱えていても仕方が無い。


「ユイ。少しでも玲子を疲れさせないように、攻撃の援助を頼む。3匹のゴキブリ野郎がランダムに出現するのを予測して、気のパワーを温存させてやってくれ。俺は1時間以内に社長を連れてここに戻る」


「了解しましたコマンダー。ここはお任せください」

 瞳の奥を輝かせ、俺を華やかな笑みで受け入れる優衣に目尻を下げ、その口調に茜の面影を重ねつつ、俺はさっきから隙を狙っては果物を頬張る女に目を移す。


「玲子っ!」

「なに?」

「俺が戻るまでに、ミミズ食っておけよ」

「ばかー。今日からあたしは菜食主義だかんね。それより帰ったらビールおごってくれる約束忘れたらやだよ」

「ちっ。まだ覚えてやがったか」

 でも。

 何だか楽しくなってきやがったぜ。


「わかった。パーサーがワインを何本か持ち込んでいるのをこのあいだ偶然見つけた。意外とあの人タヌキだぜ。転送室の奥に隠してあるんだ。あれをくすねて来てやる。それで手を打て」

「でかしたぁ、裕輔! 頑張るわ!」

 急激に正気を取り戻す玲子。やっぱ酒飲みはこうでなくちゃいけない。


 しかし――。

 一つだけ問題が残っている。

 驚愕のハイパートランスポーターであっていしても、1回の跳躍限界距離は3万6000光年だ。

 ミュージアム地下にあるワームホールの先がそれよりも遠くに繋がっていたら、2回目を飛ぶのに8時間の充電が必要だ。そうなると万事休すだ。


 ワームホールの出口が3万6000光年以内だということに賭けるしかないとシロタマに悟らされ、とにかくそこを後にした。


 城門を飛び出し、森を走り抜け、丘を駆け登る。時間のロスを最小限に食い止めるには平常空間で使用する時間を極力切り詰めるしかない。

 それにしても考えれば考えるほど不思議な感覚に襲われた。

 今からやろうとするのは、目と鼻の先ほどしか離れていないところで待機する銀龍をとんでもない遠方へ移動させて、そこからここへ運ぼうとしている。いったい距離って何なんだ。


「……空間が縮まるということは、時間も縮まるということか?」

 頭の中のパズルが一向に組み立てられない。

「よく意味解からんな。じゃあ俺のマンションの横にあるタバコ屋と、ひと向こうのコンビニでは時間が伸びた、って考えるのか?」


『同一空間に展開した物質の話ではありません。異なる空間での話です。ワームホールは異なる空間を時間的に圧縮する存在です。距離が縮んだのではなく。時間が縮んだのです。ですから亜空間は時間が存在しないと説明しがちですが、正確には時間が圧縮されたと表現するべきです』


「なあ。その説明を今してくれないか。」

 シロタマは平常状態に戻って言う。

「立ち止まって説明する時間はないでシュ。何考えてんだ、このタコ!」

「ばーか。走りながらすんだよ。聞きたくないから走ることに集中できるぜ。こういうのを何て言うんだっけ? 猫に説法か?」


『それを言うのなら、猫に小判、あるいは馬の耳に念仏です』

「へへ、そうだったかな?」


「なら、今から時空理論の概論第1章から第67章まで説明するでシュ」

 急激に速度を上げたシロタマを追いかけるように走り、

「その本、何ページあるんだよ?」

『概論、3万5200ページ。概説、7万8000ページ。一般論、特殊論、一般外論、特殊外論と10万ページを超えます』


「それって本か? 家に入んの?」


『すべて電子書籍で、物理的な大きさは意味を持ちません』

「だろうな」

 それでもシロタマは時空理論を説明し続けた。思ったとおりお経のようだ。犬に論語状態の俺は時間的ワープを遂行することに成功。時空理論の概要話だけで、もうミュージアムの前にやって来た。


 難解な話はDTSDを越え、時間の圧縮を可能にしたと悟るのだが、それは何の役にも立たないことも気づかせてくれた。




「誰もいないぜ」

 城内でひと騒動が起きているため、街だけでなくミュージアムの前にも検非違使の姿は無く、もぬけの殻状態で巨大な扉だけは開け放たれていた。


「よし、いいぞ。この地下だ。タマ」

『空間サージを強く感じます』


「だろ……」


 問題は向こうに着いてからだ。72階建てのどこから外に出られるかだ。そこが遠くの衛星の内部や表面だと真空状態だ。窓なんか付けていないだろうし、ハッチがあったとしても開けた途端空気が抜けちまう。


『亜空間通信を遮る物質は存在しません。正常空間の物理法則が成りたないのが亜空間です』


「すげぇな、お前」

 何か知らないが俺は感動していた。こいつに不可能という文字は無いかもしれない……そんな驚きだ。





 俺の立てた作戦はシロタマが卒なくこなし、活性チェンバーに可愛い異星人でもいないかとヒマを潰しているあいだに、銀龍と連絡が取れたらしく、後は茜のミスさえなければ数分で到着するはずだ。


 でもって……。

 こんな時に不謹慎だが、見つけてしまったのだから仕方がない。


「おいおい。この子……可愛いぜ」

 生体チェンバーの霧の中に眠る一人の少女だ。白い肌は弾力を失っておらず、触れればポョンと押し返してきそうな質感を保っていた。


「この藍色に近い黒髪が魅力的だぜ。こんな子とお友達になりたいな」

『それは不可能です』

「何でだよぉ。どうやるのか知らねえが、このチェンバーから蘇生させたら俺は命の恩人だ。きっと飛びついてくる。『ありがとぅ』ってな」


『ユースケの趣味に合うのならそれで構いませんが』

「どいう意味だよ?」

 首をひねりつつ、

「でもみろよー。意外と胸でっけえぜこの子。足、綺麗だしぃー。可愛いなぁ。俺の周りにいないタイプだ」


『それはリストリア星人で、その状態で成人男性です』

「ぐげっ! コイツ男のくせに胸あんのかっ!」

 一気に背中が粟立った。パッと広げた両手の甲から肩の後ろまでが一瞬で鳥肌に覆われた。



「ついにおまはんは、そういう道へ進むんでっか?」

「ぐわぁーーおぉぅ。社長ぉぉ」

 肩口から掛けられた方言丸出しのオッサン声に仰天。ピョンと跳ねて体を旋回させる。


「着いたのなら、着いたって言ってくれよ」


「あれだけ派手に転送光線が光っとったのに見えんかったんか? そこまでその男性に夢中やったんか、おまはん!」

「あ、いや……じゃなくて……」

 その頭の照かりは本物で、

「裕輔が男に走り出したちゅうて玲子にゆうたら、どんな反応するやろな」

 そしてこんな下品な冗談を平気で言うこのスキンヘッドは、紛れも無く社長だ。


『ステージ3で対処することを勧めます』

「ふははは。医療モードで手に負えるんならええけど……ほれ。男に目覚めた裕輔! カーネルの接続ポイントはどこや?」


「いや。目覚めてねえし。ちょっと見間違えただけだろ。俺はオンナひと筋。男はダメ。触れられただけで蕁麻疹ができる」


「しょーもないことゆうとらんと、はよ案内せんか!」

 久しぶりに後頭部を小突かれ、伝わる痛みに感激しつつ、帰り道を走る。


 もちろんケチらハゲはシロタマにぶら下がって宙を飛んで行くので、俺にとっての帰路は地獄だった。

「裕輔、もっと走らんかい。玲子に何かあったら宇宙が消滅しまっせ」

 何をトチ狂っているんだこのオッサンは、それを言うのなら優衣だろ。この星域は優衣の手に託されているんだ。


 でも俺の脳裏に浮かんでくるのは、怒った玲子の顔ばかりだった。

 何か知らんが、急いだほうがよさそうな気がする……。

  

  

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