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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
174/297

  破壊された優衣  

  

  

 ガンッ!

 グルグルギュガァガガガガッ……

 最初は金属が砕ける大きな音。それがやがて悲鳴にも聞こえる不気味な音になり、

 キュアッ!

 キュキキキキャキャキャキャキャァァァァァァァァァァ。キキキキ。

 最後は鳴き声にも似た音となった。


 ゆ……い……。

 胸が締め付けられ、苦しくなって息が止まり。目の前が真っ暗になった。



 プレス機の出口から薄煙が漂い、押し潰された金属片が流れ出てきた。

「ユイィィィィィー…………」

 音の欠如したホールに玲子の絶叫が響き渡る。


「ゆい。ユイ……ユィ。」

 赤い絨毯の上で突っ伏した玲子の黒髪がほどけて床に広がり、泣き声に同期して揺れ動く、やがて声音は細く消え、俺の胸がえぐられた。

 玲子……いつものオーラはどうした。ここは反旗を翻すところだろ?


 許すから……。

 無茶苦茶に暴れてもいいから……どうした、玲子……。

 極度の絶望と悲しみは玲子から闘志を奪いとっていた。初めて俺の前で見せる無残で痛ましい姿だった。


「――――――――」


「ちっ! 湿っぽくなったな。造反グループの処刑は明日に延期だ。リーダーも牢に放り込んでおけ」

 猛烈な舌打ちをして女王が立ち上がった。


「牢……ですか? センターへは?」

 首をかしげつつ、司令官はトパーズ色の目の奥に疑念を灯した。


「司令官……」

「あ? はい?」

「近こう寄れ……」

 冷然とした態度で女王は握っていたロッドを持ち上げると、膝でにじりよって来た司令官の頭をコンコンと殴り、

「マイスター殿と契りの祝いに、明日、ここで処刑する。それも(たみ)の見ている前でな。謀反なんどというものがどれほどバカげたことかを戒めるのだ。それよりお主。そんなにマナが欲しいのか。拾六番から採れるマナなど数滴だろ。そんなものがそんなに大切なのか! それさえも自分の物にしたいのかっ!」

 女王は怒気を込めた凄まじい顔で司令官を睨みつけた。


「いえ、め、めっそうもございません」

 わざとらしい震え声、続いて張り裂けんばかりの声に切り替えて、

「拾六番を牢獄へ放り込めっ! それからクロネロアシティに通達せよ、明日公開処刑をすると」

 バハッと力強くマントをなびかせ旋回すると、瞬間移動で祭壇の脇にある自分の席に戻った。


 引き上げようとする検非違使をロッドの先で制して女王が言う。

「処刑前に連中の顔を拝んでおきたい。全員を一旦牢から出して、ちょっとここに並べてみろ」


「はっ!」


 時をおかずして、奥から見慣れない検非違使がずらりと並び出て、手枷をした十数人のアンドロイドを引っ張って来た。メンバーはそれぞれに衣服を着用せず剥き出しのメカのまま首を垂れている。


「この検非違使は見慣れぬ衣服を着ておるな?」

 再び司令官が瞬間移動でその前に現れ、怪訝な顔をする。


 それは後ろの検非違使たちのことを示している。赤い制服ではなく、濃い緑の制服だった。

「私のやることに文句があるのか、司令官! マイスター様の周辺警備をする新制の検非違使だ」


「しかし女王陛下。それは青色だと決まっておりまして……」

 滑り戻った司令官の頭をロッドの先でまたもやカンカンと殴り、

「お主の頭はほれ、硬い音がするのう。時代は流れ()くモノなのだ。緑でもよかろうが。それともオマエ、私に口出しをする気か?」

「あ。いえ。とんでもございません。御意にござりまする」


 視線を床に落とすトパーズ色の目の奥が怒りに燃えているのは当然だが、女王に向けられることは無く。

「では諸君。今日から城の警備を担うことになる。しっかりやるんだぞ」


「はっ!」


 鉄の(つら)の奥に隠れる眼がやけに生き生きした表情に見えるのは、新米だからだろうか。黄色と黒のストライプ警棒を誇るように持つと、女王へと最敬礼をして一歩引き下がり、

「うむ」

 尊大な態度で立ち上がった女王は連中へ顎を落とすと、悠然と前に出て目を光らせた。


「人面を持つのは拾六番だけか……」

 女王は一人ずつを睨みつけ、最後にリーダーを一瞥して言う。

「活躍の場が奪われて残念だったな」

「いつかまた別の同志が立ち上がる!」

 拾六番は強気に言い張り、女王は無視してレジスタンスの全員に投げかけた。


「お前ら! これでよく解っただろう。この星の未来は全て私の手中にあるのだ」

 優衣さえいたら、その言葉をすべて覆すことができるのに……。


「よしっ! 引っ立てぇ!」

 悔し涙をこぼす俺の面前で全員が立たされ、緑の衣服を着た検非違使が気合いを込めた。


「ただ今より、リーダー含めまして、13名全員を牢獄まで護送いたします」

「うむ。明日をたのしみにしておる」

 女王は紅蓮のマントと、それよりも長い赤髪を波打たせて背中を見せた。さっきからその光景が歪んで見えるのは、流れ落ちてくる俺の涙のせいだと気付くのに少々の時間を要したのは仕方がない。


 再びホールは深閑とし、俺は力尽き、玲子は悲しみで満ちた思いで伏せたまま動こうともしないし、シロタマはどこへ行ったのか姿も見せなかった。



 すでに思考は停止していた。こんなところで粉々になっちまう運命が茜の未来に待ち受けていたとは思いもよらなかった。


 あの時、俺が茜にドゥウォーフのいる惑星を指さずに、別の惑星を示していたら、こんなことにはならなかったはずだ。

 あっちが正しい歴史だったのではないのか……優衣ってこんなあっけない運命だったのか。泣き崩れ肩を揺らしている玲子の痛ましい姿をぼんやり見つめていた。


 悔しいがネブラのほうが上手だったのだ。ミッションは失敗した。何度もやり直した結果がこんな無残なことで終わるとは。



「まてよ……」

 なにか釈然としない気分に襲われた。思考の奥底で妙なしこりが残っていた。

 優衣は歴史をいくらでも変えることができるアーキビストだろ。似非占い師が自分の将来を見通せないのとはレベルが違う。将来を変えることができるアンドロイドのはずさ。


「簡単すぎる……おかしい」

 俺の声を聞いて玲子が少し顔を上げた。

「どうしたの?」

「どう考えてもこれはおかしい。ユイがこんな簡単なことで終わらせるはずがねえ。見ろよ。俺たちに何も変化がねえだろ」

「うん?」

「変化がねえってことは無事だということだ」


「よく解からないよ、裕輔」


「まだミッションの途中だということだ。よく考えてみろよ。ユイやアカネがこの宇宙から本当にいなくなったら、ミッションは振り出しに戻る。そうなると俺たちはここにはいない」

「そうかな?」

「今は俺の言葉を信じろ」

 玲子は真紅の絨毯から勢いよく上半身を引き剥がした。その瞳に光が戻っていく。


「もうしばらく様子を見よう。これから何が始まるのか……」


「お前らの新しい人生が始まるだけだ」

 突然、耳元で吐息にも近い声がして俺の言葉が遮られた。


「王国での生活もそう悲観するものではないぞ」

 俺の肩に柔らかげな手が載せられた。


 思ったよりも小さくて俺の肩を緩くつかみ、朱唇が耳に当たるほどの近くでそう囁いた。

「あのガイノイドには思い入れがあったのか?」

 とんでもなく甘く芳しい香りが漂って来た。めまいがするほどの心地よい香りと一緒に、赤い絹糸のような髪の毛が俺の頬を撫でていく。


「思い入れだと?」

 きつく睨んでやった。


「そんな簡単な言葉で片づけるなっ!」

 再び込み上げてくる憤怒の力を借りることで、怒鳴ることができた。

「俺たちとユイはな、お前らみたいな次元の低い位置にいたんじゃないんだ。時間を越えた仲間だったんだぞ!」

 横座りでぼんやりとする玲子を引き寄せて言い切ってやった。


「時空を超えた仲間だと言うのか? あり得んな。人工生命体とヒューマノイドとの融和など考えられん」

「あーそうさ。お前らには理解できねえだろう。理解しようともしないで一方的に殺しちゃうんだからな」


「殺してなどいない。自然淘汰。自滅しただけだ。女しかか生まれなくなればどうしてもそうなるだろ。男がいなくては種の存続は途絶える。お前らが考えた神とか言うのがいるのなら、そう道を拓きなさったのだ」


「違う!! それは2ビットの連中が仕組んだものだ!」

「しっ!」

 いきなり細い指が俺の唇に当てられた。

「その話はここでするな。連中が聞いている」


「え?」


 女王はいきなり俺を立ち上がらせた。

 隣で泣き伏せていた玲子も釣られて顔をもたげる。かわいそうに目が腫れて真っ赤だった。


「忘れろ……。ここでマイスターとして生きて行けばよいではないか」

 そして玲子とのあいだに立ち、彼女をも立たせ、

「この女と生涯を共にし、子孫を作れ。この帝国でな。私がここの女王である限り、そなたの生涯は保証されている。どうだオマエはマイスターとしてここに立ち上がり、この女性と夫婦(みょうと)となり、私と永遠の契りを果たすのだ。これはとてつもなく栄誉なことなのだぞ」


 摩訶不思議なセリフを綴ると、真紅の女王は真っ赤な長いマントをするりと後ろに払った。

 真っ白で滑々の肌が俺の目の前で露わになる。

 とても人工的な肌ではない瑞々しく滑らかな腕が俺の上膊(じょうはく)に絡められた。


 息ができなかった。鼓動も止まっていたかもしれない。玲子も潤んだ瞳で手の動きを追っている。

「司令官。三人の賢者ども、よく見ろ。この方が新しいマイスター様だ。蒼剣を持て。たった今から就任式を始める」


 ばたばたばた、と従者が一斉に動き出した。カーテン奥から薄紫色のアンドロイドが現れて、あっという間にプレス機が片づけられ、祭壇に明かりが灯され、あれよあれよと準備が施された。


「さぁマイスター様。準備は整った。この女性と私とを生涯の伴侶として契ることを誓うか?」

 女王の大きな声がホールを響き渡り、鼓動が一瞬止まったかのように感じた。


「ちょちょっと待ってくれよ。よく意味が解らないんだ。玲子と俺はヒューマノイドだ。生命体である以上……そりゃあ、その気になれば生涯を共にすることはあり得る、互いの気持ちがその気になればの話だぜ」

 なぜか途中から玲子に尋ねかけていた。

「そ、そうよ。あたしと裕輔だけなら解るけど、どうしてそこにあなたが入ってくるわけ?」


「この男性をマイスターとして、このクロネロア帝国が受け入れるからだ」


 俺……玲子とこの城で暮らすのか?

 この女王様と共に。


 それはやけに生々しく、現実味を帯びていて、ちょっと玲子の目の奥を窺ったりした俺って、


 ――バカだな。

  

  

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