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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
173/297

  反旗を翻す  

  

  

 やっぱ城の(おさ)ともなると落ち着いたもんだ。慌てることもなく女王はゆっくりと体をこちらに旋回させた。その横に瞬間移動で司令官がマントをなびかせて寄り添い、バックにずらりと検非違使。背後からのそりのそりと巨体を揺らして近づく、ビゴロスが二体。


 検非違使も格闘戦向けの体格だが、それですら貧相に見える巨体の持ち主がビゴロスだ。巨漢のくせに動き出すと思っていた以上に機敏だった。


 剣を握りしめて仁王立ちする玲子へと、低い声音で女王が命じる。

「お主ら、特殊危険課の余興は明日に取っておけ。今はこちらのプレスショーを見ていたい」

「うっさいわねー。武器が手に入ったらこちらのものよ。先にあたしたちの剣術ショーを見てもらうわ」


 そうそう、俺は手品ぐらいしかできないけど、でもこのあいだの社員旅行ではウケたんだぜ。

「勘違いしないでよ、裕輔。あれはヲタがネタを先に見せたからよ」

 そーだったのか田吾よ。恥かいたのかー。


「お嬢様がた。その剣はマイスターの就任式で使用されるもの。女性の持つものではありません」

 口調は優しいが、嘲笑めいた笑みがきしょいぜ、映像野郎。


「剣など……持つのも初めてなんでしょう?」

 半笑いで玲子に言うが、

「だまりなさいっ!」

 ぶんっと一振りして一歩前進する玲子。凄まじい風切り音は、こいつがえれー怒っている証拠。


 あーやだ。剣の振り下ろし方でこいつの機嫌まで解かるのか……俺は。


 だが対面の司令官はピクリとも動かない。

 それどころか、

「さ。それをお返しください」

 太い腕を差し出したその肩に、蒼剣が打ち下ろされた。


 カンッ!


 金属音がした。

 もう一度さっと振り上げ、玲子は上段から切りつけるが、豪華な衣服がゆらりと揺れその場から消え、剣はごうっと風を切るが空しく終結した。

 特殊危険課の活躍がたったの1分弱だった。出番短すぎー。


 超常的に瞬間移動をこなす司令官は、あっという間に玲子を取り押さえ、優衣は検非違使に捕まり、なぜか俺は副主任に抱き付かれていた。

 男に触れられるのは基本嫌いだ。それがアンドロイドでも同じだぞ。


 俺の耳元から玲子に向かって場違いの爽やかボイス。

「残念だったなレイコくん。青の剣はマイスターが握った時だけ本当の力を発揮するんだ。気の毒だが女性が握っても何も起きない」


 玲子は「もうぉー!」とか唸って、激しく抗おうとするが、どれほど武道に長けていても検非違使の力には勝てない。取り上げられた蒼剣は鞘に納められ、元の祭壇のマットへと置かれた。


「たいして面白くなかったな、特殊危険課……」

 退屈そうに女王は言うと、ビゴロスに握られたままの拾六番に向かった。


「プレスのショーで盛り上げてくれたら、何とかなるだろう」

 興行主か、お前は。


 忽然と苦痛に悶える野太い声がして全員が振り返った。

「ぐぉぉぉぉぉっ!」

 腕を捻りあげられて苦悶に歪む検非違使がよろよろと数歩前へ出た。その後ろに優衣。片手で検非違使の腕を絞めあげていた。


「その方を解放してあげてください」

 苦しげに顔をしかめる検非違使を引き摺って、司令官の前へ出てきた。


「ま、まさか……」という呻き声を上げたのは副主任だった。


 苦しげに体を歪める検非違使へと司令官が不敵な笑みを浮かべて言い放つ。

「おい弐拾七番! 陛下を楽しませようと下手な演技を披露したい気持ちは分からんでもないが、ちとタイミングが悪いな」

「い……いえ、司令官殿。演技ではございません。動けませぬ」

「くだらん。おい。弐拾参番やめさせろ! 見苦しい」

 鼻を鳴らした司令官は、事の成り行きを静観していた検非違使が優衣へ飛びつくが、


「うぉぉぉぉーぐがぁぁ!」

 同じように、大げさに(わめ)いて体をよじった。

 両手に検非違使の優衣だ。


「お主、(ヒューマノイド)ではないのかっ!!」

 三人の灰色ぼろ布アンドロイドが、同期した動きで体を動かした。


「そうよ。特殊危険課の秘密兵器、ユイよ」玲子が宣言。そして俺を指差し、

「そしてこっちが特殊危険課のハエ男よ」

「おいおい……」


「そんな……。あなた様がアンドロイドだとは……」

「あんたよくそれで医者をやってるな。一度も疑わなかったのかよ」

 俺の横で茫然自失状態の副主任へ言ってやる。


「吐息だけでなく、息づかいもそのものだし、食事の姿も自然だった……まさか……まさかこんな高度な人工生命体が存在するなんて……」

 ぐいっと、血走った目を俺に曝し、

「キミらの種族が拵えたのか!」

 何だか怖いぜ、副主任。


「俺たちじゃない、管理者という団体が作ったんだ」


「タコが騙されよって……」

 ぽつりと女王が言って、ひやっこい視線で優衣を刺し示し、

「ちょうどよい。そいつからプレスしようではないか……あ。待て」

 途中で不気味に朱唇の端を歪めた。

「先にビゴロスと戦わせよう。これはおもしろくなるぞ。司令官準備しろ」


 さーっとそこにいた連中が輪を作って後退し、祭壇の前に空間が広がった。

 中心部に残されたのは二人の検非違使を締め上げる優衣だけだ。俺と玲子はズルズルと強制的に輪の外へと引き摺られた。


「おい。その女をひっ捕らえろ!」

 ふっとい腕を拡げてぼーっと突っ立つ巨人へ命じるが、うまく言葉が通じないらしく。司令官へ半身を傾けて反応するだけで一歩も進まない。

「検非違使の、う、し、ろ、だ。 あのアンドロイドを押さえつけるんだ!」

 言い直してようやく動き出した。そうとうに頭が弱そうだ。パワーのみだと言った副主任の言葉のとおりだった。



 全員が取り囲む輪の中に、地響きを立ててビゴロスが真ん中に入った。それを見て優衣が検非違使を解放。二人は急いで外へ逃げ出た。



「グモォォォー」

 鳴き声なのか言葉なのか、銅鑼(ドラ)を震わせたような極超低音の波動を響かせ、両腕を振り上げて威嚇。


「ドゥルルル……」

 睨み合う優衣とビゴロス。ギラギラと輝くシャンデリアから放たれた強い光線が不気味に二人を照らしていた。


「ドゥガルガゥゴロォロォロォロー」


「ちょっと待って!」と言う玲子の叫び声は、ビゴロスの爆音めいた咆哮でかき消された。


 太い骨格が剥き出しになった奴の腕には、とてつもなく頑丈そうな人工筋肉が見え隠れしている。その両腕が大きく覆いかぶさるように優衣の華奢な肩を押さえつけた。


 ずんむっ、と片膝を赤い絨毯に埋める優衣。

 そのまま簡単に押さえつけられると思いきや。


「おぉぉぉぉぉぉぉ」

 周囲からどよめきが起きた。


 ギシギシとビゴロスの腕が軋み音をあげつつ、持ち上がっていくのだ。

「すげぇー、ユイ」

 握りしめた俺の拳が痛かった。噛みしめた歯茎から血が出そうだった。


 俺を抱き押さえていた副主任の腕の力がいつの間にか緩んでいた。茫然自失とでもいう状態なのだろう。焦点の定まらない視線が優衣へ注がれたまま強張り凝固中だ。


 徐々に立ち上がってきた優衣はビゴロスの両腕に手を掛けた。

 小さな小さな白い腕を震わせて、締め付けようとするでっかいビゴロスの親指に抵抗するその姿が痛々しい。

 徐々に締め付けていく極太の5本指。


「司令官やめさせてくれ!」

 小さな少女のいたいけな行動が胸に刺さったのだろう。囚われていた反体制グループのリーダーが堪らず叫んだ。


 しかし司令官は冷然と命じる。 

「ビゴロス! 相手が可愛いお嬢さんなので手加減しておるだろ。さっさとひねり潰せバカ者め。オマエから力を取ったら何が残るんだ!」


 優衣を圧し潰そうと指に力を込めるが……それが容易でないのか、ビゴロスは何度も首をかしげている。


 ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ。

 長い軋み音の末――、

 そこにいた全ての者の視野にとうてい信じられない光景が映った。


 不気味な破壊音と共に白煙が昇り、ビゴロスの片腕が根元からへし折れた。


 全員が唖然と固まるその前で、優衣は風にも劣らぬ早さで舞うと、そいつの背後に回ってガバッと持ち上げ、その体勢で二歩ほど進んで壁に向かって投げつけた。


 ドッ! シャァーーーーーーン!


 彼女のか細い華奢な肩に掛けられた巨人は、大きな音と噴煙をまき散らして、なだれ崩れる壁の奥へと吹っ飛んで行った。


「………………っ!?」


 何が起きたのか頭の中真っ白け。そこにいた全員が沈黙した。

 しんと静まり返ったホールに司令官の声が高々と響く。


「おおぉ。エフェメラルな少女よ。あのビゴロスをも凌駕するパワーをその儚げなボディに詰め込んだのか……。すごいぞ。すごいじゃないか」

 ワナワナと震わした両手を照明の光にかざして謳いあげた。そして天を仰いで絶叫する。

「うおぉぉー。欲しいぃぃ! そのマナが欲しいぞ。最上のアンドロイドには最強のマナが宿るのだ!」


 ♪……♪

 な、何……だ?


「∂ЯΨΘΠΩ――Φυη……♪♪」

 ―――……♪……♪


 静けさに満ちた海に、さざ波を立てるかのような女王の歌声だ。意味不明の歌詞はコミュニケーターが機能せず、言葉を綴ることはなかった。


「ラーラルゥーラー。ルーララララーアァー」

 ……♪……♪……。

 とても心地の良い声色は、ここに来る前に聞こえてきたのと同じベルベットボイスで、俺の心の中に沁みてきた。

 するとさっきまで強張っていた優衣が全身の力を緩めて聞き入っていた。


「これは、お珍しい」

 司令官がトパーズ色の瞳を潤ませ、外套を羽織った3匹のボロ布連中をも腰を伸ばした。

「ほんに。儀式の最中にお歌を唄われるとは、250年振りかのぉ」

 それぞれに顔を見合わせ、互いにうなずきあった。


「ラララァーτρηララー♪。ルルルルルーー♪」

 途中から小鳥のさえずる音色に近い高音域に移行。そこから一気に床を揺るがすような低音に落ちる。かと思うと、無限音階に変わり超高音域へせり上がる。歌の意味は解らないが、頭の芯から内臓、足の先まで突き抜ける美しい旋律だ。


 続いてミュージカルさながらに、女王は歌とテンポを合わせた動きで、腰から赤い剣をしゅらりと抜き、戦意を失ったビゴロスの前で立ち尽くしている優衣に向かってひと振りした。


「……ぁ……っ」

 腰が抜けたみたいにして優衣が崩れた。


 何が起きたんだ!?


 意味不明、理解不能の出来事が起きた。

 女王が唄いながら真紅(しんく)の剣を振り下ろしただけだ。何かが発射されたとか、爆発的なことが起きたとか、過激なことは一切何も起きていない。なのに優衣が崩れ落ちた。まるで瞬時にパワーが抜かれたようだった。


「おー。女王陛下の奇跡のお力である」

 わざとらしく司令官は両手を振り上げ、巻き付いたマントを力いっぱい払って両手を拡げた。


「皆の者しかと見たか。これが我が帝国のお力であらせられるぞ」


 俺たちの後ろを取り囲んでいた従者や検非違使の群衆から、重々しい称揚(しょうよう)の声が湧きあがる。


「うーーん。まさにその瞬間でございますなぁ」

 灰色の小人がわざとらしくそう述べ立て、

「ビゴロスにも打ち勝つパワーの持ち主であろうと、しょせん女王様には敵わぬのだ」

 まったく同じ灰色の別のチビが声を合わせる。


「ユイー!」

 検非違使に拘束された玲子が遠くから力の限り叫ぶが、優衣はピクリともしなかった。


「裕輔! どうしたの、あの子!」

 必死の形相で迫られても俺だってよく解らない。


 玲子は狼狽と言ってもいいほどに取り乱した。

「あなたコマンダーでしょ。何とかしなさいっ!」

 んなこと言われたって……。


「ユイ! 承認コード7730、ユウスケ3321だ。返事しろ!」

 普通ならこれでシステムコマンドが受け付けられ何らかの返事が来るのだが。くたりと力が抜けた状態と言えば……俺の頭をよぎった。


「ホールトしたんだ」

「どいうこと?」

「自己停止さ。危険を察知すると防御状態に切り替わるんだ」

「死んだの?」


「心配ない。手榴弾の爆発を自分の身を投げて防いだのと同じさ」


「よかった……」

 強張っていた玲子の体から力が抜かれた。


「ふんっ」

 微動だにしなかった女王がつまらなさそうに鼻を鳴らし、真紅の剣を鞘に戻した。


「もう少しワクワクするかと思ったが、たいしたことはなかったな」


 紅蓮色のマントを風になびかせながら平然とそう言い捨て、鞘の先で優衣の腹の辺りを突っつき、何かを確認するような仕草をした後、剣を腰に差し直した。


「そのガイノイドからプレスしてみるか、司令官?」

 何の感情もこもらない冷え切った声だった。


 映像野郎は少し考えるふうに半歩下がり、女王の前でひざまずいた。

「女王陛下。とっての頼みをお聞きください。ぜひ。ぜひあのガイノイドのマナをそれがしに頂きとうございます」


「オマエは下らぬ物を集めて喜んでおるらしいな。そんな物を溜め込んでどうするんだ。バカ者めが」

 司令官と対立していると副主任から聞いていたが真実のようだ。まるで厳しく批判するかのような口調に驚いた。


「このガイノイドはビゴロスをも砕くパワーの持ち主でございます。そのマナの底知れぬ力が欲しゅうございます」

 額が絨毯に埋まるほどひれ伏していた。


「ふんっ」

 その姿に鼻息を吹きかけると、深々と座席に腰を落して、女王は赤いドレスで風を巻き上げた。

「私はボディが潰されていく音が聴けたらそれでいい。プレスが終わったら残りはオマエにくれてやる。潰してしまえばマナも抽出しやすくなるだろう」


「女王様。ありがたきお言葉……」


 目の色を変えた司令官がそびえ立つ。そして検非違使に長い腕を振った。

「すぐにプレスに掛けろ!」

 力が抜けてぐったりとなっている優衣がプレス機のベルト式コンベアへと載せられた。


「な、な、な、な」

 めっちゃ焦った。ありえんぐらいにな。

 こんなシチュエーションは想定外さ。無い、無い。絶対に無い。


「ちょちょ、ちょー待て」

 いまだに茫然自失中の副主任を蹴り倒して俺は前に飛び出る。


 あー出たさ。


「ユイはこの宇宙を守るという特殊任務中なんだ。お前らの帝国ゴッコに付き合う気は無い。もうやめよう」

 あまりに現実離れした事態がどうしても呑み込めなかったのだ。


「カメラどこ? ドッキリだろこれ。はいそこのカーテン開けてよ。スタッフがそこにいるんでしょ。ユイ、よかった真に迫る演技でした。ハイおしまいね……ね?」


 女王様が興味ありげに体をのり出した。


「お主……何を言っておる?」


「何って……。これってドッキリだろ?」

 後ろから近寄って来た灰色野郎に訊き直す俺。そいつもとぼけた返事をくれた。

「こっちがドッキリじゃわ」

 奴の呆れ声にまたもや息を飲み、今度は急激に腹が立ってきた。こんな大がかりなドッキリだから許せるんじゃないか。マジかよ。これ全部マジでやってんのか。リアリか、本気なのか?


 ムラムラムラ――。来たぁぁぁぁ!


 俺の行く手を阻もうと、よちよちと出て来た灰色ボロキレ野郎をひと蹴りして、もう一丁、怒鳴りつける。


「お前らよーく聞けぇっ!」

 喉の奥が裂けそうになり、ジリジリした。でもかまうもんか。喉なんか(つぶ)れたっていい。


「あんなっ! 俺たちの敵はネブラと呼ばれるこの辺り一帯の星域を消し去ろうとしている極悪アンドロイドなんだ。その数、500兆だ。兆だぞ、兆。億の千倍を超える敵を相手してんだ。お前らのママゴトとは規模が違うんだ」

 

 ホールが静けさに沈んでいた。

 何だよ。俺の勢いにみんな驚いてんじゃん。へー。どうだ玲子、と振り返ると、玲子の目が点になっていた。


「司令官……」

 女王の声がいささか呆れていた。

「はっ!」

「こいつは妄想癖があるのか?」

「あ、いえ。よく理解できぬ事態でして……」


 俺の言葉は無視され、女王のロッドが風を切って左右に振られる。

「プレスに掛けろ!」

「わぁぁぁ待てって!」

 俺の訴えは違う意味の驚きを生んだだけで、屁のツッパリにもならなかったらしく、重く鈍い駆動音が響き渡り、ぐったりとした優衣がプレス機の中へと動き出した。


「見せしめだ。負けたビゴロスも一緒に放り込め」


「血も涙も無いのか、このオンナは!」

 再び猛烈な怒りがこみ上げ、気づけば俺はそう叫んでいた。


「言葉に気をつけろ! 人間っ!」

 身を竦ませる威圧的な女王のセリフに一拍ほど静止させられるが、俺の怒りは収まらない。


「うるせえ、うるせえ、うるせえぇぇぇっ! 俺はユイのコマンダーなんだ。つまり責任者だ。俺の許しも無くユイをどうこうすることはできないんだ!」


 優衣を取り戻せるのなら、泣いたって喚いたっていい。何でもやってやる。情けないって言われたってかまわない。俺の優衣は誰にも渡さない!


 そうだ、こういうときは時空修正だ。

「ユイ! 時間を戻せ! ここに来る前のジャンクションまで戻ればいい」


 だが、いくら待っても返事は無かった。

 本当に優衣が動かなくなったのか?

 ジワリジワリとプレス機の入り口が迫る。本気で怖くなった。


 流れる速度に合わせて優衣にすがり寄っていた副主任が、弾け飛ぶようにして戻ると、女王の前にひれ伏した。

「お願いです。生命体と寸分違わないアンドロイドを潰してしまっては帝国の損失になります。ぜひ寛大な処置を……」


 必死になって懇願するが、女王は首を振った。

「オマエ、医者の免状を持っておるのだろう。なぜ見分けられなかった?」


「そ……それが」


「ふんっ。おおかた鼻の下でも伸ばしていおったのだろう。かまわん! 司令官、続けろ」

 司令官もそれへと吐き捨てる。

「このヤブ医者め!」



「ユイ――っ!」

「暴れるな!」

 コンベアを流れて行く優衣にしがみ付こうとした玲子が、前を遮って出てきた検非違使に制された。

「うるさーい。あたしに命令するな。この鉄板野郎!!」

 キレイなフォームの横蹴りが検非違使の喉元に炸裂するが、野郎はピクリとも揺るがなかった。


 俺は精根尽き果てしおれていた。さっきの大啖呵ですべてが出切った。気力さえももう失せている。優衣ぃ……ごめんな。俺って情けない奴です。


「ちょっと待って! そんなことしたら絶対に――だめっ! ユイはあたしたちの大切な仲間なのよ!」


「それは俗に言う『(きずな)』だと言いたいのか?」と女王が尋ね、司令官は鼻で笑う。

「ふんっ。意味不明の言葉だな」


「笑われたってかまわない。でもここで黙って見てるわけにはいかないの。お願い、何でもします。だからユイを助けてちょうだい」

「お前ら生命体は繁殖だけしておればよい。他にやることなどないワ」


「いいわ。ユイさえ無事なら何でもします」


「れ、玲子……言ってる意味わかってんだろうな」

「ユイを助けるためだもん」

 ヤツは決意にまみれた目をしていた。


 だが女王の態度は変わらない。

「お前らの繁殖行動を見るより、今はプレスショーを見ていたい気分だな」

 司令官は女王に黙礼をすると、銀白のマントを翻した。


「やれっ!!」


 プレス機の入り口が開き、黒檀のような黒い空間が迫る。


「だめ──ぇ! あたしが代わるからやめてぇ!」

「生命体など炭にしかならんが、アンドロイドにはマナの原料がある。電子材料に含まれるレアな純結晶はマナとなる」


 俺だって恥も外聞も無い。鼻水が出ようが涙がチョチョ切れようが、もうどうでもよくなった。

「副主任! 辞めさせてくれっ! ユイはまだこれからアカネを育てて、ネブラを……そうだ、アカネはどうなる。こんなところで終わっている場合じゃない」


 はっと強張った背筋に猛烈な電撃が走った。

「ネブラだ! そうか、連中の仕業なんだ!! これはネブラが仕組んだ時空修正だったんだ。それがあの時間項のゴーストを生み出して……」


 そう頭を過ったが遅かった、プレス機の扉が閉じた。

  

  

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