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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
171/297

  クロネロア帝国  

  

  

「ん――ふはぁ。何かすげえ……」

 緩やかにたゆむ丘陵を越え、人工的に作られた木立を通ること半時。ますますここが水の中に浮かぶ空間だとは思えなくなってきた。ここまで中心部に入り込むと、あの藍色した海を隔てるガラス張りの壁が見えなくなる。


 空を見上げると遥か上空にたなびく水蒸気の固まり。この規模になると雲だな。その切れ目から見える青い光は青空ではない。海の青い色さ。それを仰いでいるとまるで蒼穹のような気になってくるから見事と言うしか無い。 これを拵えたマスターって大したもんだ。


「穏やかねー」

 日ごろ穏やかじゃないヤツが言うので、これはかなり穏やかなのだろう。


 俺も遠方を巡らせていた視線を木立に戻し、歩きながら深呼吸をする。

「空気が美味いな」

 清涼感あふれる空気の中で、行儀よく並んだ木々の枝葉を奏でて吹き抜けるそよ風はよく乾燥しており、とても爽やかでいて清々しい。


 やがて木立の隙間から遠くに白い城壁が見隠れしだした頃。すぐに薄暗くなり、鬱蒼とした森に迷い込んだのかと思いきや、ふいに空間が開けた。


 暗と明のコントラストが凄まじくて目が眩みそうだ。

「でも。すげえぇ」

 目の前にそびえ立つ純白の城壁は左右にどこまでも伸び、内側には天空に届かんばかりの威容を誇る尖塔が何本もそそり立っている。

「マジで城なんだ」

「意外と立派じゃない」

「………………」

 優衣だけが無口になっているのは、さっきから美しげな旋律が流れて来るからだ。


 耳に心地よいハーモニーが葉叢(はむら)を撫で通り、俺の鼓膜をも震わせる。

「誰か歌ってるのか?」


「ね。これって、ユイとアカネがよく交わしてる、メロディ……なんとかとよく似てない?」

「MSKな。いい加減、覚えような、玲子」

 メロディと音色を利用して情報をデータ化する、メロディアス・シフト・キーイング(MSK)。旋律偏移変調のことだ。


 しかしこれを使えることができるのは、今はシロタマと優衣だけ。声色はシロタマではないし優衣は聞き耳を立てているが、口は動いていない。


「ユイ? これってMSKか?」

「……いえ、データ化できませんので、ただの歌声ですね」


 ほんのわずかな時間だけ返答を濁らせた――ような気がした。だが浮かんだ疑念は、木の小枝をぱらぱらと落としながらシロタマが降下してくるというアクシデントがかき消した。


「どこ行って来たんだよ?」

 頭に降りかかる小枝と木の葉を払って尋ねる。


「どこも……」

 ヤツはいつもと変わらぬ態度で玲子の肩に舞い降り、歩行のリズムに合わせて体を(たゆ)ませ、つんと澄ましていた。

 そしてやおら報告。

『ここからクロネロア帝国の城郭都市に入ります』


「え? 俺たちがいた所とは違うのか?」


『あちらはクロネロア シティと呼ばれており、こちらの城郭都市はアンドロイドが政権を握ってから建てられたもので、クロネロア帝国と呼び、城壁で囲ってはっきりとその意志を誇示しています』


 先頭に立つ検非違使がシロタマを睨みつけるが、なにも文句を言わないところを見ると間違ったことを報告していないらしい。


 嘆息と共に見上げる。

「つまりこの城を建てることで、マスターから独立したと宣言したようなもんか。へぇー。よくそんなことまで調べたな、タマよー」


「オメエみたいに遊んでないもの』

 と言うと再び飛び立ち、優衣の斜め上辺りを彼女の歩幅に合わせて並走を始めた。

「俺がいつ遊んだんだよ」

 時々優衣と見つめ合う光景をすがめつつ、かつ不審にも思わず。俺はひたすら検非違使の後を追っていた。




 巨大な城門が左右に開いており、門扉の両サイドに(さや)にはめた長い剣を地面に突き刺し、偉そうに突っ立っている検非違使が俺たちをじろりと睨む。


 先頭の弐拾参番が立ち止まり、相手がうなずくのを待って歩き出した。案の定、俺と玲子は無視されて、しんがりから入る優衣に向かって、立てていた剣を両手で持ち、胸の前で掲げて、最敬礼。


 優衣はちょっとビックリして立ち止まるが、ぺこりと頭を下げて、小走りで俺たちを追いかけてきた。

 その間、門番は腰を上げずに微塵も動かなかった。

 しかしこうもはっきりと差をつけられると腹も立ってこないが、なぜ裏表のある態度を取るのが検非違使だけなのか、釈然としない気分はそのままだ。




 広い広い中庭を通り、晴れ渡った空を仰ぎ、再び城内を歩むこと何分だろ、気づくと俺たちはピッカピカに磨き上げられたホールへ通されていた。


「さっすが、お城ねー。マンションとは作りがまったく違うわ」

 田舎もん丸出しじゃねえか。


「すっごい。ひっろーい!」


 玲子は桜色に頬を染め高揚した様子で、歓喜溢れる声を上げるが、ひとこと物申すぞ。

「お前の実家もこれぐらいの敷地があったじゃねえか。俺から見たらあそこも城みたいなもんだったぜ」

「どこがー。ここと比べたらウサギ小屋よ」

「お前んちがウサギ小屋だったら、俺のマンションはさしずめヤドカリが捨てて行った貝殻だろうな」


「わぁぁ。天井高いわー」

 黄色い声色が響き渡るホールは、そそり立つ天井から壁まですべて純白だが、ホールは真紅の絨毯(じゅうたん)が敷き詰められ、そのど真ん中には見覚えのある壮麗な紋章が堂々と編み込まれていた。


「あれがこの国のシンボルなんだぜ」

 パカンと口を開けてドーム型の天井を見上げている玲子に説明してやる。


 そう例の異星人を冷凍保存する施設の扉に描かれていた紋章と同じ物で、鋭い目と尖った口ばしを持つ猛禽類が羽ばたく勇姿を描いた構図だ。


 ホールの正面には屋根まで届きそうな赤と金で縁取られた煌びやかな祭壇があり、気品のある調度品が並んだ中央に蒼い剣が鞘から抜かれた状態で祭られていた。


 クロネロアの海洋を想起させる藍色の高級マットに寝かされた長さ1メートルほどの剣は、細く、そして鋭く尖り、蒼光を四方へ放つ輝きは華麗で威厳のある雰囲気を醸し出している。


「ね。あの剣すごいわね。いっぺん素振りさせてくれないかな?」

「竹刀と同じにすんな。お城の聖剣だぞ、バーカ」



 その祭壇を前にして、一人の大柄な人物が分厚いマントをひらめかせてこちらに背を向けて立っていた。


「司令官殿。お連れいたしました」

 そいつに向かって検非違使がひざまずき、かしこまった態度で(こうべ)を垂れた。


 司令官。

 つまりコイツが壱番となるアンドロイドのようだ。



 男はよく通る乾いた声で応える。

「そうか。ごくろうであったな」

 腰に手を回したまま半身をひねった。


 検非違使たちより背が高く、細身の身体の割りに剛健そうな肩幅、そして精悍な顔つきに並ぶ双眸にはトパーズ色を帯びた瞳が光っていた。これまで見てきたアンドロイドの中で異色の雰囲気を放出しており、素顔のままの表情は凛としてはつらつとした男だった。


「遠いところ、いたみいります。マイスター殿」

 マントをはためかせて俺と対面した男までの距離、約10メートル。それが瞬きよりも早く目の前に瞬間移動して来た。


「ぬぁっ!」

 突然の動きに思わず声を上げたのは俺だけだ。


 玲子は憎たらしそうに鼻を鳴らし、優衣はナノ秒を見極める目で凝視。何が起きたのかを見切ったのか平然としていた。


 シロタマは無視して、それよりも祭壇に興味があるようだ。近づきたくてワサワサしているが、玲子に行儀よくしていろ、と念を押されたので、飛んで行きたいところを愚直に辛抱している。


「これは失礼。驚かせましたかな? ですが、我が帝国で(おさ)の資格を持つには、これぐらいの芸当ができぬと……ぬははは。もっともマナも大量に使いますがな」


 マナって何だ?


 というより初対面にして、このいけ好かないパワー全開のこいつが司令官とは……。俺の最も嫌いなタイプだ。

 そう、苦手な気分になるほどにこの野郎から感情が伝わってくるということに、気づくのが遅れた。それぐらいもう人だった。


 冷淡に口の端を歪めて蔑んだ目で見遣るこの野郎。慇懃めいたその態度が欺瞞に充ちているが、こいつは映像型のアンドロイドだと副主任が言っていた。


 必死になって観察したが映像には見えない。まさに実在する物体だ。

 映像らしからぬ司令官に仰天をかましていたら、いつもの女性の声で報告するタマ。


『先ほどの移動は7メートル43センチ。経過時間は63マイクロセックでした』


「ふむ。100万分の1秒を切るのも時間の問題だな」

 司令官は他の連中とは異なるようでシロタマを無視せず、

「それにしても、ロジックアナライザー付きのペットとは、なかなかの科学力をお持ちのようで」


「シロタマはペットでない。対ヒューマノイドインターフェース!」

 それだけ言うと、ぷいっとそっぽを向き、祭壇の遥か上へと飛んで行ってしまった。


「これっ! 無礼じゃぞ! 部外者が祭壇の上を飛ぶのではない!」


「うぉぉ。びっくりさせるなよ!」


 俺は祭壇に飾るお供物一式を並べて、布切れを被せているばかりだと思っていたのだが、それは三体の小さげなロボットで、それぞれにシロタマを下から追いかけて怒鳴っていた。


 尊大な態度で大騒ぎをするそいつらに、司令官が命じる。

「放っておけ。たかがペットのやることだ」

 映像野郎はもう一度マントをはらませて連中に言いのける。


「お主ら、マイスター様にご挨拶をせぬか。本来ならこちらからお伺いするのが礼儀なのだぞ」


 そしてついと優しげな視線を俺へと滑らせた。

「礼儀がなっておらず、申し訳ない」

 うーむ。映像とは思えないリアル感だ。


「ふはははは。誰から聞いたかは知りませんが。この身体は確かに投影されたもの。ですがマイスター。高エネルギー投射ですぞ。別の言い方をすると光子と重力子から作られたホロ映像……」


「あーわかったよ。とにかく他の連中とは一線を引く画期的な存在だと言いたいんだろう」

 この手のくどい説明はシロタマだけでじゅうぶんだぜ。


「さよう。お解りいただければそれで、さ。早う挨拶せぬか」


 そこへ三体の物体が風を切って俺たちの前に移動して来た。

「弐番とお呼びくだされ。マイスター殿」

「参番とお呼びくだされ。マイスター殿」

「四番とお呼びくだされ。マイスター殿」


 動きに声音、そしてセリフ、すべて同一の小柄なアンドロイドで、三人とも無彩色の外套(がいとう)を着ており、フードを深々と被り、陰の奥に二つの目玉が赤く見えるだけだ。その状態で背を向けられると、ただの布切れが丸めてあるようにしか見えない。


「ちょっと待ちなさいよ!」

 玲子が荒げた声を上げた。


「こら、委員様の御前だ。声を出すなっ!」

 と言って腕を振ったのは弐拾参番の検非違使だった。片膝を落とし、丸めた上半身を持ち上げ玲子へと吠えた。


「さっきからマイスター、マイスターって。あたしたちオンナを完全無視するのは、やめてちょうだい!」


「ば、バカ者、おとなしくしろっ!」

 検非違使が起き上がり、仁王立ちしている玲子の肩に手を掛けた瞬間――。

「ぐはっ!」

 弐拾参番の赤いボディが大きく揺らいだ。


 ほらなぁー。こうなんだろ。だからこいつと行動を共にすんのがやなんだ。

 俺は大きく脱力して肩を落とした。


 玲子は迫り寄った検非違使の脇をいとも簡単にすり抜け、その隙に腰の警棒を抜き取るという、神業の動き、いや盗人(ぬすっと)まがいの行為を犯すと、2ビット委員会の前に飛び出し――勢い余ってとんでもないことを言いやがった。


「返答次第ではこの祭壇をぶっ潰す!」


「こらー。それだと俺たちが極悪人みたいじゃないか。お前、欲求不満で爆発寸前なのか!」

「変なこと言わないでちょうだい。だいたいねー。女を(さげす)むなんて、この国はいつから時間が止まってんの! バカにしないでちょうだい」


 その言葉に反して無彩色のボロキレ野郎が、キーキー言う。

「オンナが何を言うか! 男がいてこそのオンナなのだ。控ェェえよ!」

 声裏返ってるし……。


 いっちゃん玲子に言ってはならないセリフを弐番だか参番、いや四番か?

 どれでもいいか、全部同じだから。それよりそんなことを言うと、こいつは見境無く暴れるんだよー。


「このぉーっ。いま言ったの誰! あんた!?」

 手近(てぢか)にいた外套野郎を黒と黄のストライプで塗り分けられた警棒で、びしっと指した。


「ちょ、ちょー待てって。落ち着けってば! そんな物騒なモンを振りかざすな。ここは城内だぞ」

 俺が必死に説得しているのに外野が静かだ。玲子の度が過ぎた行為に、最初は怒っていた灰色のフード付きアンドロイドもおとなしくなり、検非違使や司令官にいたっては、黙って玲子を見つめるだけだった。


 ただし視線は嘲笑(あざわら)いの色が濃い。それでよけいに頭に来た玲子。

「なによ! バカにしてぇぇぇ!」

 叫ぶと同時に検非違使に向かって、上段の構えで切りかかった。


 ぱこん!


 電撃スパークを期待していたのだが、聞こえてきたのは間が抜けた音だった。


「えー?」


 唖然と先を見つめて固まった玲子に、のんびりと答える司令官。

「お遊びが過ぎますな、お嬢さま。それは検非違使が持つ物。それ以外の者には使えません」

 冷笑めいた眼光の揺らぎは、まさに俺たちと同じだった。とてもこいつが映像化された人工生命体だとは思えない。


「奪われて武器にされては……いや、以前苦い経験がございましてね。それからはこのような仕組みに変えさせていただきました」


 バシッ!

 それを検非違使の顔面に投げつけるが、片手で払い飛ばされた。


「もおぅっ!」

 玲子はひとまず引き下がり、優衣がなだめるように付き添った。俺は悔しげに下唇を噛む玲子に説いてやる。お前は感情的過ぎる……やるならもっとチャンスを待て、と。



 そこへ――。


「さわがしいな。何ごとだ」


 これまでにもっとも重みのある声が響き渡り、思わず振り返った。



 (みやび)やかにそそり立つ祭壇の横で、まったく引けを取らず天井へ向かって悠然と立上る物体。ルネッサンス様式によく似たモザイクが施された白い螺旋階段だ。それがこのホールに鎮座するどの設えにも負けぬ威厳を放っており、声と共に現われた階上の人物へと繋がっていた。


「司令官! その者は誰なんだ?」

 階下を睥睨へいげいしたのは、赤いドレスを着た女性だった。


 威風を感じさせる口調はやけに低くく、無理して出しているふうにも聞こえる声音だったが、螺旋の頂上を仰ぎ見た途端、目が離せなくなった。


「これは、女王陛下」

 司令官は恭しく頭を下げてから階上へ視線を上げた。


「うぉぉ。女王様のご登場だ……」

 感嘆の声が自然と漏れた。



 これまでに出会ったアンドロイドには無かった異質な気配、そう妖気をほとばしっていた。

 真紅のロングヘアーに元の顔立ちが解らないほどに塗りたくられた化粧という異様な出で立ちでありながら、決して下品には見えない荘厳な雰囲気と立ち居振る舞いは、にわか仕込みで身に着けたのではない本物の空気を纏っていた。


 そして何よりも、表情の無いマネキン人形みたいな連中とはまったく異なった豊かな感情で揺れ動く澄んだ黒い瞳には息を飲まされた。


 派手な赤一色で挑戦的なスタイルを一撃で圧し鎮める静謐な瞳。優衣の次に美しい。いや肩を並べる、あ、いや、ちょっと抜きん出るかな。いやいや優衣のほうが綺麗だ。うー。解からん。


「あうっ!」

 怖え顔すんな。玲子もきれいだぜ。


「さ。女王様。足元が悪ぅございます」

 奥からしゃしゃり出て来たのが、

「「副主任!」」

 久しぶりに玲子とユニゾンだ。


「やぁ。キミたちかー」

 七番野郎は朗らかに、また涼やかに手を振ると、

「どうりで賑やかなハズだぁ」

 気さくに声をかけつつ、女王様の手を引きながら螺旋階段を下り始めた。


 それを見て階下の者が慌てだした。

「女王様の御なりだ。粗相の無いように椅子を持て、敷物を準備するんじゃ」


 一人の外套野郎が指示を出し、薄紫色の服装をしたアンドロイドが奥から一斉に出てくると、それぞれに分担して準備を始めようとした。



「よい。マイスターに挨拶をするだけだ。散れ。オマエらの動きは見苦しい」


 真紅に輝くドレスの長い裾を床になびかせ、豪奢(ごうしゃ)な赤い絨毯を踏みしめて一歩ずつ降りてくる様は威厳に満ち満ちており、自然とひれ伏してしまいそうな重力を感じる。現に検非違使は両膝を付いて床に伏せて身動き一つしていなかった。


「準備は無用じゃ。早う散れっ!」

 準備しろと言われたり、散れと命じられたり、気の毒な薄紫色のアンドロイドは右往左往するだけ、正面から互いにぶつかり合ったり、つまずき転んだりしながら、ぶ厚いカーテンの裏へと消えて行った。


「さ。最後の一段です」

 エスコートする手を高々と上げて誘導する副主任。昨日、優衣を慣れた手つきでエスコートしていたのは、女王様の側近だからなのか。


 階下に降り立った女王は背筋を伸ばすと形の良い顎をつんと突き出して、「ふむ」と満足げにうなずくと、小宇宙を包含したような瞳でホールを一巡させた。


「祭壇へ……」

 副主任へエスコートを促し、一歩踏み出す。


「すごい衣装……」

 優衣のつぶやきは本物だ。


 襟を極端に長くそびやかしたドレスは真紅のぶ厚い布地を金糸銀糸で彩り縫い上げた豪華なもの。背丈の倍以上もある長いマントを引き摺る容姿は優衣や玲子よりだいぶ身長がある。


「ふぁぁぁー。すごいわぁ」

 セレブ育ちの玲子でさえ圧倒するゴージャスなお姿に、俺なんて卒倒寸前、圧巻だった。


「………………」

 声も出ん。出るのは溜め息ばかり。しかもそれだけで終わりではなかった。


「すんげぇぇぇえぇ」声出てるけど。

 ゆっくりと一歩ずつ祭壇に近寄る姿に息を飲んで、さらに驚愕のレベルを上げる。


 圧倒されたのはドレスではなく、下からは見えなかった腰よりも長く伸びた真っ赤な髪の毛だ。

 細く柔らかそうな艶のある真紅の髪がいっそう華やかに煌めいていた。それは自身が羽織るマントに匹敵するほどに長やかに伸びていて、まるで絹糸が川面にたゆむようだった。


 気づくと周囲に、付き人、従者の類いが十数人、ひざまずき頭を垂らしており、灰色の外套何番かが俺たちに膝を着けろと言うので、素直に応じた。さすがに玲子や優衣も拒まないで付き合っていた。


 副主任にエスコートされた女王は泰然とした態度で俺たちの横を通り、祭壇のど真ん中に設置されていたでっかい椅子に堂々と腰を落とした。


 両脇に控えていた従者がドレスの裾を整え、赤一色に埋まる頭上に威厳を漂わせた黄金の冠をそっと載せ足早に立ち去った。

 これで儀式みたいな過程が終わったのだろう。女王は白い顎を司令官についと出し、それに対してほんのわずかに司令官がうなずくと、正装をしたアンドロイドが真紅のカーテンの後ろから現われた。


「クロネロア帝国の女王様であらせられる」

 そう叫んですぐに引っこんだ。


 何だかめんどくせえなぁ~。


「マイスター殿。顔を上げてよいぞ」

 灰色のボロキレ野郎にそう言われ、上げっぱなしだったのを咎められたのかと思って、急いで伏せた。

「逆よ! 上げるの」

 と玲子に言われて慌てて上げる。


 女王のエスコートを終えた副主任は俺の脇に歩み寄り、

「いいんだよ。2ビットの連中は形式ばってるだけさ。女王様はフランクな雰囲気がお好きなんだ」

 とか言いながら、絨毯に片膝を落として付け足した。

「だからって『やぁ元気』なんて言って手を挙げた瞬間……」

「な、何だよ?」

「ここんとこが真っ平らになる……」

 自分の首を手刀で切るジェスチャーをした。


「こ、怖ぇな」


「ほらあれよ」

 そう、玲子がじっと見据える先――。


 俺の横を通った時は反対側にあって見えなかったが、その腰には女王には似つかわしくない長い剣がぶら下がっていた。もちろん精緻(せいち)な細工が施された真っ赤な鞘に収まり、握り手の先端には大きな宝石が輝いていた。


「やっぱ女王様ね。立派な剣をお持ちだわ」


 どこに女王の威厳を見つけてるんだか……。

 呆れたオンナだぜ。

  

  

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