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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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川原で野宿だぜ

  

  

 またもや俺の眼前にそそり立つ忌々しい建築物。

 腹の虫が行くなと、派手に警鐘を鳴らすが、耳を貸すヤツはいない。むしろ興味を掻き立てられてワサワサしている。


「むぉぉ。こりゃでっかいデ。マジで人工の建物やがな………」

 どこの宇宙に天然の建造物があんだよ。


「社長、二本建っていませんか? ほら少しずれて奥にもう一本見えます」

「ほんまや。せやけど(くろ)ぅてよう見えへんな」


「レイコさーん。こっちから見るともっとはっきりしますよ」

 流れに引き摺られて、あと少しで後頭部をぶつけるところだった記念すべき岩の上にナナが飛び乗り、手を振っていた。


 その声に反応して駆けて行く玲子。飼い犬並みの瞬発力に感心する。

 俺はというと、疲れちまって動きたくないが、「行け!」とハゲが顎でしゃくるので、嫌々立つところだった。


 ったく、タルいぜ。

 顎の先であれこれ指図されるのは気分が悪いのだが、相手は社長だ。こればっかは仕方がない。


 玲子が、「ほんとだー」とか騒いでいる岩まで出向き、そこから俺も眺望する。

 草原と天を繋ぐように直立した白っぽいタワーの向こうにも、同じモノがもう一本突っ立っていた。


「マジで二本あるな。真横から見ていたので重なっていたのか。でも奥のほうの角度がおかしくないか?」

「そうなのよ。でも暗くてよく分からないわ」

 と言い、俺の耳元でデカイ声をあげた。

「社長! これは行くしかありませんよー」

 俺は行きたくない、とここで訴えたところで、願いを聞いてくれるヤツなどいないよな。



 社長の戻れという合図の下、従順な犬どもはさっさと駆け戻り、俺一人が取り残された。


 ナナの野郎まで一緒になって駆けて行った。あれだとまるで社長のお供じゃねえか。

 あいつはコンベンションセンターではっきり言ったはずだ。アンドロイドはコマンダーにお仕えするって……。

 コマンダーは俺なのに、あのヤロウは完全無視だぜ。まったくよー。


 元の場所に戻ると、社長が腕を組んで首を捻っていた。

「さぁ。どうやってこの川を渡るか、やな」

「建物があるんだから橋もあるんじゃね?」

 社長は俺からタマへと目を転じ、

「どないや、タマ?」


『上下20キロに橋らしきものはありません』


「勢いを付けて走り抜けたらいいのよ」

 と言い出したのは、もちろん玲子だ。

「あなた、ちゃんと走れる?」

 まだ誰も何も言っていないのに、ナナに尋ねている。


「教えていただければ……たぶん」

 ちゃんと、の意味が分らないのだろう。俺だってわからん。生まれてこのかた『ちゃんと』なんて走ったことが無い。一生懸命とか、こいつに負けてられるか、では走ったことはあるが……あとは、嫌々な。


「いい。手を振って反動をつけながら脚のバネを使って歩くよりも早い速度で……こう……」

 なるほど。ちゃんと走るとはそう言うことか。


 玲子の跳ねるような足の運びと腕を振る仕草は、まるで陸上競技の模範演技だったが、ナナのほうも優れたものだ。体重をまったく感じさせない玲子の軽々とした動きを二度ほど見ると、そっくりそのまま真似てみせた。


「キネマティクスコントローラーも優れたもんやで」

「キネマ……?」

「運動能力を司るデバイスやがな。一昔前までのロボットは、関節にステッピングモーターやサーボなんかを使って正確な角度を出すことばかりに重点を置いていたおかげで、動作が鈍かったんや。今は人工筋肉で跳ねることもできる。それを制御するのがキネマティクスコントローラーや」


 社長は娘の成長具合を観察する父親みたいな目で、玲子と川原をランニングするナナを見つめていた。


「問題は社長だよな」

「おまはんは?」

「うーん。なんとかなりそうだ。向こう岸まで約10メートルだろ。助走をつければ三歩だな。つまずかない限り大丈夫」

「ほーか。ワシはあかんで。たぶん二歩目で息が切れるワ」


「シロタマに掴まって行けばいい」

 と頭の天辺から声を落とす、タマ。

「結構体重おまっせ。おまはんの浮力で人間ひとりが持ち上がるんかいな」


 意外や意外。またシロタマの隠された能力を見せ付けられてしまった。


「うほぉ。このパワーはいったいどこから出るんや。ちっこいくせにたいしたもんやデ」

 シロタマは両手で抱きついた社長を楽々と宙に吊り下げてみせた。

「これがおしゃる(猿)しゃんには理解できないグラビトン抑制リアクターでちゅよ」

 いちいち角の立つ言い方をするヤツだ。


 数十センチ浮かんだ位置からぴょんと飛び降りて、

「よっしゃ。今日はここで野営や。明日夜明けとともに出立するデ」

 意外と朗らかな様子の社長と、

「えー今から行くんじゃないんですか?」

 冒険女王様は不満タラタラだ。


「焦りなはんな。ここで休息を取って夜明けを待つんや。落ち着いて川を渡らなあかんやろ。一発勝負やからな。一回でもつまずいたら命を落としまっせ」

「数歩でつまずく人なんていませんよ」と言っておきながら、ちらりと俺を横目で見て、

「…………ですね」

 失礼なヤツめ。まあ、休息を取るにこしたことはないのだが。


 何も言っていないのに、ナナは河原に転がる大きな岩を取り去り、平淡な地面にならしている。気が利くと言えばそうだが、俺たちの会話を聞いて次の行動を察知するとは驚きだ。田吾なんか、やれと命じられたって、しばらくポカンとして動かないはずだ。ブタとかヲタと言われ続けて、ついにヒトではなくなったのかな?


 社長を真ん中にして川の字で地面に寝転がる。

「ええか。少しでも不穏な雰囲気を感じたらワシらを起こすんやで。ちゃんと命じましたからな」

 ナナに対して何度も念を押してから、ハゲオヤジは目をつむった。


「一度言えば分かりますよぅ」

 不服そうに口を尖らし、膝小僧を突き出して俺の脇に正座をしようとしたナナへ、ありがたい言葉を述べてやる。

「お前は大きな失敗をしたんだ。信用を取り戻すにはちゃんとした仕事をやるしかないだろ」


「ふっ……」

 小山のように横たわる社長の向こう側で、玲子が鼻を鳴らした。

 悪かったな、俺の頭に焼きついた社長の小言だから、自然と同じモノが口から出たんだ。情けねえぜ。まったく。



「………やれやれだな」

 ようやく落ち着いて目を閉じることができた。

 どっちにしても、どえらいことになっちまったもんだ、と心底思う。

 衛星イクトの裏側を適当に探索をすれば、とっとと帰れるものと思っていた。なのに……こんな遠くへ飛ばされてさ。


 先行き不透明な不安と精神的なプレッシャーが押し寄せ、胃の辺りが重たくなるのだが、人間、上手くできているもので、最悪な状況下にもかかわらず、歩き疲れた体は休息を欲し、かつ粘っこい水の流れる不思議な音は睡魔を誘う。ついでにシロタマとナナによる不眠のガードは意外と心強くもあり、気付くと深い眠りに落ちていた。





 目覚めの瞬間───。

 時間は不明。辺りは闇。不気味な低音に包まれた世界。


「──ここは?」


 自分の存在がいったいどこにあるのか、中途半端に宙に浮いた気分だった。

 自宅にしてはあらゆる点で違和感があり、ひどくパニくった。天井は無いし、寝床は堅いし、部屋の設えがまるで草原だし………ここはどこだっけ?


 体を起こして思考を巡らせる。


 地面の上で寝ていたことに気付くのに数秒を要するほど、俺は深い眠りに入っていたことを自覚した。


 それからもう数秒して、さらに決定的な事実を思い起こした。

 俺たちは帰宅困難者だったということ。そして急激に記憶が鮮明になり、

「いつになったら夜が明けるんだよ」

 焦燥めいた俺の独りゴチに返答するヤツはいなかった。


 社長は子供の海馬(とど)が丸まるみたいに、横向きでいびきを掻いていた。その向こうで玲子も目覚めていたらしくゴソゴソした動きが伝わって来るが、起き上がる気配は無い。


 あれはうるさくて(ねむ)れなかったクチだ。俺は田吾で慣れているので、いびきなどでは屈しないのだ。


 ナナは?

 シロタマとナナがいなかった。

 動物じゃないんだから、どこかへ行ってしまうことはないが……未知の宇宙人に襲われて破壊された、ならあり得るな。冗談だけど。


 腰を伸ばして辺りを見渡す。

 川原を渡る風が心地よく頬を撫でて通り、歩くと砂利を踏みしめる音が異様に大きく響く。これは川の流れ去るドロドロ音に耳が慣れたせいもあって、ここへたどり着いた当初よりずいぶん静かに感じた。


 少し目線を持ち上げると、空と地平線の境目がようやくほのかに明るくなっていた。これだと夜明けまであと数時間といったところだろう。


「コマンダー……………………」


 声がしたほうへ向きを変えて驚いた。ナナが対岸に立っていたのだ。


「なんだ、お前、先に渡ったのか?」

「どうやったの?」

 玲子も半身を起こし眠そうな瞼を手で擦り、ハゲ散らかしたオヤジも目覚める。

「問題おまへんのか?」

 どこにいたのかシロタマが玲子の頭上に浮かんでおり──残念ながら未知の宇宙人に破壊されていなかったようで──されてこいよ。


『F877Aは7回の渡渉に成功しており、問題は無いと判断されます』


 対岸から楽しげに手を振るナナ。褒美をもらう子犬の尻尾(しっぽ)みたいに大きく振って、

「素早く足踏みするだけですよ。それだけで地面と同じように固くなりまーす。全然難しくないれすよー」


 俺たちが寝ているあいだに何度か渡って、コツを知らせたかった、と言いたいのか?


 ロボットと人間とでは脚力が違うだろに──。

 それを真に受けた玲子はさっそく準備運動を始めた。


「おいおい。俺たちをこんな目に遭わせたロボットの言うことを信じるのかよ」

「あの子は悪い子じゃないわ」

 そういう言い方をされたら、俺が悪者になるじゃないか……ぉぉ。

 文句の一つでも言ってやりたかったのだが、その前に視線を引き剥がせない事態に陥る。


 防護スーツのインナー一丁で黙々と屈伸運動をやる玲子。しなやかにくねらせるボディの曲線が超艶かしい。ほんと、溜め息もんだ。何しろ、実際に熱い溜め息を二つほど()いてしまった。


 一つは玲子の華麗なる姿を見て、もう一つは今すぐ尻込みしたい吐息さ。


 どのみちこの川を渡らないと始まらない。その気持ちが全員にあるので拒む人間はいないが、ミスれば命は無い。ここで怖気つくのは当然で、

「あっ!」

 何の予告も無しに玲子が助走を始めた。勢いを付け、川縁少し手前で短く切れのいい呼気を吐いて、たったの二歩で向こう側へ飛び渡った。


「やっぱスゲーな」


 しなやかな容姿で水面を駆け抜けた(さま)は、まさに雌豹(めひょう)の跳躍だ。柔軟にボディが湾曲し、川面(かわも)に片足が軽く触れただけで、次のステップで対岸に到達していた。


 続いて社長は安全を取って、シロタマに吊り下げられて渡った。

 俺もシロタマを利用したいところだが、意地ってもんがあるしな。


「足が水面に着く直前に蹴る感じで力を込めるといいわよ」

 あっちから玲子による意味不明な『渡渉』術のレクチャを受け、今度は俺の挑戦だ。


 水面に着く前に蹴るって、生まれてからこのかた一度も経験したことの無いシチュエーションなわけで。

 あいつらに負けるわけにはいかないので「うむ」と決心し、川原の砂利を蹴って助走に入る。


「せぇい、とぅー、やっ」

 玲子より一歩多かったが難なく飛び越えることができた。

 ヤツが言うとおり、強く水面を蹴ると逆に反射してくる。水の流れなのに氷の表面みたいな感触だった。


 ようやくここで悟った。知的生命体が存在する形跡があるにも関わらず、なぜ橋が無いか、ようするに必要ないのさ。普通より注意して小走りで突っ切れば簡単に渡れるからな。ただし慣れるまでは生きた心地がしないことは報告させてもらおう。

  

  

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