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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  亜空間の先で  

  

  

 ミュージアムの地下2階と繋がっていた先は何も無いがらんとした一つの部屋だった。

 ひどく殺風景で磨かれた床が広がるだけだ。窓も無くて、あるのは外へと通じるであろう扉が一つ。


 優衣は落ち着いた声色で恐ろしいことを言った。

「出口のあるワームホールでよかったですね、ユウスケさん」

「出口が無かったらどうなるんだ?」

「運が良ければ元の場所に戻れますが、だいたいは宇宙が消滅するまでその中に置き去りです」


「げ――っ。それじゃぁ、いきなり飛び込んじゃって、今のヤバかったんだろ?」

「普通は……ね」

 俺は音がするほど生唾を飲み込み、優衣は意味ありげに微笑んだ。

「普通って……」

 今の言い方だと今回のは普通ではないと言いたいわけだ。

 そんな気配を滲ませる優衣。両手を後ろで絡めて仮面野郎へ体を傾けた。


「副主任さん。この部屋に見覚えはありますか?」

「ないよ。さっぱりだ」

 両手を軽く広げ、肩をすくめて戸惑いの振る舞いをした。


「あんたにそう言われたらおしまいだな」

「とにかく言えることはミュージアムの地下室とこの建物へ結ぶ亜空間通路を見つけた。それだけだな」


「亜空間通路って?」


「ユイさんも言ったとおり、ワームホールの出口はランダムなんだ。閉じてるのがほとんどだけど、どこかと繋がっている場合もあって、そう言うのを亜空間通路と呼ぶのさ」


「なーんだ。そのままだな」


「ま、呼び方は何でもいいけどさ。これがすごいんだぜ。通路はとんでもない場所に繋がることもあるんだ。隣の家の押し入れの中とか、遠くの銀河の時もある」


「なんかムチャクチャだな」


「そりゃそうさ。亜空間通路は空間として認知されない場所さ。そこを通って出た先なんだから……」

 ズレ落ちそうになっていた仮面を頭のてっぺんに載せ直し、副主任は部屋の中で視線を巡らせた。

 仮面を帽子みたいに扱うバカをすがめていたら、奴は怖いことを言う。

「ここはもうクロネロアの街じゃないぜ」


「うっそー!?」


 その説明に俺は鼓動が止まりそうになった。

「クロネロアじゃないって、意味が解らない。ここは異世界だと言いたいのか?」

「異世界か……。似たようなもんだろ。元いた世界とまるで違う場所なんだからな」

「でもクロネロアのどこかということもあるだろ?」

「そりゃそうだけど、オレには解かる。空気が違うからさ」


 その言葉に疑いを持つ。

「あんたには気配を感じるセンサーが付いてんのか?」


 副主任はニヒルな笑みを口元に浮かべて、こともなげに応える。

「中央制御の声が聞こえないんだ」

「ああ。なるほど、クロネロアのアンドロイドは常に中央制御と繋がってるんだったな」

「そ。ネットワーク接続されて見張られるんだ。ただし九番までのカトゥースの者は自由だ。ちなみにオレは七番だぜ」

「もう聞いたよ。それって自慢してんの……?」


 俺の呆けにも似た独白を奴は笑い飛ばし、

「自慢なもんか。鬱陶しいだけだぜ」

 再びずり落ちそうになった仮面を白衣のポケットに押し込むと、副主任はしゃがみ込んで床を調べ出した。


 執拗に表面をなぞったり、指の角で叩いてみたりしてから俺に精悍な顔を向けた。

「こりゃどうも怪しいな」

「何が?」

「ネットワークが届かない遠方の異世界だというのに、この床を見てくれ」

 細い指先で地べたを指し、

「城のフロアーに使われているのと同じ材質だ」

 こいつも洞察力がいいな。

「そりゃあ、確かに怪しいぜ」

 七番野郎と同じ言葉しか出てこない貧弱な俺のボキャブラリーに悲しくなる。


「ワタシもそう感じます」

「全員の意見が一致したな」


 優衣は後ろにある不可視のワームホールの中へ肘まで腕を突っ込んでいた。まるで壁の中に手を入れて、何かをかき混ぜるかのようだ。

「これほど安定したワームホールはめったにありません。たぶん重力子をコントロールして出入り口を固定してるんだと思います」

 床から天井付近まで、穴の大きさを確認しながらそう言った。


「ようするにクロネロアの誰かが、都市以外のこの場所を利用しているということだな」

 と言った俺の意見に、副主任は噛んで含めるように訴える。

「ただ利用してるんじゃないよこれは。倉庫を作るスペースならクロネロアにいくらでもある。知ってるだろ。どれだけの空きビルがあると思ってんだい」

 言うとおりだ。誰も住んでいない空き家のクセに、夜間は煌々と照明を灯すほどのエネルギーが有り余った裕福な都市なのだ。いまさら別の空間を拡げる必要性は感じられない。


「とにかく、部屋の外に出てみましょう」

「ちょっと待って!」

 扉を開けようとする優衣を引き止める。


「監視カメラとか設置されてないか?」

 優衣に続こうとする七番野郎を引き留める。


「ここがクロネロアの関与した建物なら監視カメラなど無いよ、ユースケくん」

 奴は半笑いで言い切りやがった。


「犯罪ができるアンドロイドなんかいるわけないだろ。罪を犯すのは生命体と決まってんだ」

 何か腑に落ちない物の言いだが、

「犯罪とは進んだ精神活動をしている証拠さ」

 さらにおかしなことを言う野郎だ。


「あんた犯罪を誉めてんの?」

「いや、犯罪の定義がよく理解できないんだ」

 善人ぶりやがって、やっぱいけ好かん。


「でも副主任さんの言うとおりかも。ほらこの扉には鍵穴がありません」

「鍵なんか必要無いと言いたいわけか……クロネロアは善人ばかりなんだな」

 嫌みを込めた俺のセリフを聞いて、優衣は微苦笑を浮かべて扉に近づき、そっと半分ほど開けた。首を伸ばして外を窺ってから全開にした。


「誰もいません。行きますよ」


 長い通路が左右に伸びており、それを挟んで両サイドに今優衣の手で閉じられたのと同じドアが等間隔でずらっと続いていた。

 後方を見ると突き当たりに踊り場があり、上と下に階段が続いている。

 隣の部屋にも鍵穴はなく、そっと開けてみるが、さっきの部屋とまったく同じで空っぽだった。


「個別に行動しましょう」

 優衣の提案を受けて、俺たちは適当に散らばって探ってみたが、どこも空虚な空間を壁が囲っているだけだ。



「どの部屋も真新しく空っぽだが、いったい何の目的があってこんな部屋を作ったんだ?」

「わからない。だいたいオレの知らない建物があるなんて考えられん。倫理委員会は何をやってるんだ!」

 上位のカトゥースに位置する七番にとって屈辱的な事実なのだろう。焦燥めいた口調でそう言った。



「他のフロアーへ行ってみよう。全部が空っぽってわけが無い」

 俺たちは階段の踊り場へと走った。


「上へ行く? 下か?」

 踊り場の奥にエレベーターホールを見つけ、ここが2階だということと、この建物は72階が最上階という高層を誇っており、そしてエレベータは20階で止まっていることが判明した。


「誰もいないのかな?」

 それにも増して何の音も聞こえない静寂があまりに薄気味悪い。


「やはりここはクロネロアではないな。72階建てのビルなどない」

「あんたに知らされてないのかもよ」


「俺は七番なんだぜ。そんなのあり得ない」


「おいおい。自分がどこまで偉いんだよ。もっと謙虚にならないと人間は大物にならないぞ」

「大物? 大物って何だい?」

「やっぱあんたはもっと大勢の生命体と暮らしたほうがいいな」

「えー? それはどういう意味だよ? 頼む教えてくれ」


 知識欲旺盛なのはいいが。今は時間がない。

「帰ったらな」


 しつこく約束してくる副主任を引き摺って、階下へ行けば出口があるはずだと下りてみたが、そこも同じフロアーが続くだけで、通路の端まで行って立ち尽くした。その先は冷たい壁が行く手を遮っていた。


「どういうことだよ? 1階なのに出口が無いぜ」


「……………………」

 副主任は黙秘を貫き通し、俺は独りゴチ。

「ここは地下だということか?」

 疑問を晴らすには最上階へ行ってみるしかない。


「もう一度ホールへ戻ろう」


 三人が駆け抜ける靴音が異様に甲高く響き渡り、容赦なく緊張が走る。

 表札がかけられているわけでもなく、無言で立ち並ぶ扉を左右に見ながら、再び階段とエレベーターのあるホールへ戻った。


 扉は左右15ずつ、合計30だった。思ったよりも細々と区切られた部屋割りから想起するものがあるのだが、なぜそんなモノがここにあるのか、という疑問がもたげてきて、口には出せなかった。


「どうする? エレベータを使ってもっと上に行ってみるかい?」

 大胆な意見を放つ副主任に、俺は否定の態度を呈する。

「それはやめたほうがいい」

 クロネロア側の入り口を隠していたところを見ると、あきらかにここは立ち入り禁止の臭いがプンプンする。この建物が何なのかが判明するまではエレベーターを使うことは、やめておいたほうが正解だろう。


 副主任は反論することも無く素直にうなずき、階段を目指した。

「じゃあ、オレは4階へ行く、キミらは3階を……」

 階段を駆け上がる途中で、静まり返ったフロアーにエレベーターの駆動音が響いた。


「ちょっと待ってくれ」

 俺たちを3階のホールで足止めさせると、副主任はエレベーターの行き先を確認。

 止まっていたエレベーターは猛烈な速さで降下中だった。

「やっべぇって。ここで止まられたら鉢合わせになるぜ」

 身を潜める場所を探そうとしたが、

「大丈夫そうですよ」

 エレベーターは5階で停止した。

 二つ上の階にもかかわらず、甲高い金属音が深閑とした空気の中を冷たく響き、そしてわずかに聞こえる会話。


「リルビア人の……生体レベル……ているぞ」


「……活性…………投与する……」


 会話は二人分。途切れ途切れの単語しか聞こえないが、今のセリフでずっと抱えていた俺の疑念が晴れた。ここがどこだかはっきり言える。


「やっぱり病院だ!」


 だが副主任は強く否定する。

「ユースケくん。オレを誰だと思ってんだい。そこの副主任だぜ。はっきり言ってやるよ。こんな建物は無い」


「じゃあ、リルビア人っていうのは?」

「5年ほど前、水を盗もうとして捕まった異星人だ」

「盗むって……」

「ああ。わかってるさ。宇宙に浮かぶ水球だ。誰の目にも好奇に映る。それを利用して上層部は生命体を捕まえるんだ。だがこの時はオレたちの猛反対に上層部は納得してリルビア人を解放させたんだ」


「どうやら。解放されていなかったみたいだな」


「嫌な予感がする。6番様がちらりと滑らした、あの話が事実だったのかもしれない。だとしたら、これはとんでもないことになるぞ」

 副主任の表情が硬く真剣になった。

「とにかく近づいてみましょう」

 と促す優衣に、副主任は執拗に首振る。

「こんなの信じられん!」

「その目で確かめたらいいじゃないか」


 4階まで駆け上がって、5階へ通じる階段の折り返し地点で身を潜めた。

 連中は言葉を交わしながら、扉を開けて待つエレベーターへと歩んで行く。


「やはりアドレナリン投与が効果ありそうだ。四番様に報告しよう」

 と一人が言い。


「物音がしないか?」と、もう一人。

 立ち止まったのはのは2名の検非違使。


 細かな音も一緒に聞こえてくるのは、何らかの検知装置を持っているのだろう。


「おい、スキャンに生体反応が出てるぞ。心臓の鼓動みたいな周期も検知した」


 俺のことだ。思わず胸を鷲掴みにする。10秒でいいから止めとく?

 冗談はよせ、と副主任は目を細めて首を振った。


「生体反応が出るのは当たり前だ。でも心音がするわけないだろ。全部止まってんだ」

「ふっ。そうだったな。これだけいるとそんな気になるな」

「多分それはバイオパルスのノイズだぜ」


 4階と5階の中間地点で息を潜める俺たちに気付くこともなく、検非違使はエレベーターに乗り込んだ。

「2階へ行け」とエレベーター備え付けのアンドロイドに命じて扉が閉められた。


 エレベーターはモーター音と共に階下へと降りて行き、すぐに扉が開き足音が響いた。

 少し歩く音がして種類の異なる扉の開く音、続いて閉まる音。それから再び異様なほどの静けさに包まれた。


「アドレナリン投与って言ってたぜ」

 体から噴き出した冷や汗を拭いながら息を吹き返した俺に、

「心音が全部止まってる、ってどういう意味だろ?」

 副主任は眉間にしわを寄せ、理解不能という表情をうまく作って見せた。


「しかも検非違使ふぜいに医療行為を働かせるのは法律違反だ。どうなってんだ?」

 荒げた声には怒りも滲ませた人間臭いこの仕草、長い間マスターと暮らしていたことが窺える。


「副主任さん、来てください!」


 先に5階へ上がっていた優衣の悲痛な声が渡って来た。異様に緊迫した呼び声が何を意味するのか。あまり良くないことが待ち構えているのは言われなくても解かる。


「それっ!」

 駆け出した副主任の後を追って、俺も半ば覚悟を決めた様相で上階へ移動。開けっ放しなっていた部屋に飛び込んだ。

  

  

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