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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  消滅した男の因子  

  

  

 副主任は白衣を翻し、イケメンファッションモデルのようなスマートな振る舞いで、俺と優衣を連れてしばらく道なりに歩いていた。数回角を曲がると紫色の花を植え込んだ花壇沿いの道に入り、ようやく立ち止まった。

「この辺りでの目撃例が最も多いんだ」

 そこは昨日目撃した路地からそんなに離れていない所だった。


「俺たちもここらへんで見たんだ」


 優衣は注意深く辺りを観察中だが、いったい何を探す気なんだろう。

 よく解からないが、優衣を真似て花壇の植え込みを注意深く観察するものの、小石や湿気た地面があるだけでとりたてて怪しげなものは無い。


 オカルト的な物が目撃される場所にしては、あまりに明るく健康的な光景でしかない。


「いったい何を探してるんだい?」

 副主任もたまりかねて優衣に尋ねた。


「時空の歪み、空間のひずみが出ていないか調べています」

「時空の歪み?」

 まるで肩透かしを食らった気分だ。

「そんなもの探してんのか。なら俺や副主任には解かるはずねえわ」

 ところが副主任は俺の偏見めいた意見を覆した。


「まさか……幽霊の原因は時震のせいだとあなた様は言いたいのですか?」


「ジシン? なんだそれ?」

「時間流の断絶さ。時空震だよ。知らないのかい?」

 副主任は無表情の仮面を俺に向けた。

「し、知っているぜ、バカにすんなよ。俺たちは時空理論に詳しんだ」

 正確には俺たちではなく、優衣は、だ。


 七番は俺を無視して、優衣に問いかける。

「じゃあ。目撃した不可視の物体は、時間項が不定値の時に現れるゴーストだと言うのですね」


 あっちゃぁー。こいつ何者?

 なんでそんな言葉を知っているんだ?


 意外や意外。時空理論に詳しそうな副主任。俺は驚きを隠せず、でも懐疑的に受け止め、優衣は賞賛して不可視の物体を探す手を止めた。

「副主任さんは、お詳しいんですねー」

 腰を伸ばして眩しげに見上げ、俺はちょっち不満げに言う。


「どこで勉強したんだよ?」

「外からやって来た異星人に鍛えられたんだ」


 副主任は爽やかに、そして俺はもう一丁毒を吐く。

「やって来たじゃなく、拉致って来ただろ?」

「ふっ……」

 俺の嫌味に奴は薄い笑みを浮かべて、こともなげに言い返した。

「それは最近のこと。オレが言うのはマスターが生きていた時代だよ。その頃は普通に訪問客が多かったんだ。宇宙に浮かぶ海は目立ったみたいだ」


「あぁ目立つぜ。あり得ない存在だからな」


 あまり触れられたくないのか、仮面野郎は話を逸らそうとした。

「キミらが言う幽霊というのは、マンハイム効果が原因だと思うんだけど、どうだいユイくん?」


「何だよそれ?」

 二人は俺を無視して会話を進めやがった。


「ワタシもそう考えています。人為的でなく自然現象だと……」

「人為的だって?」

 表情が皆無の仮面を優衣へと傾ける副主任。白衣の裾をそよ風になびかせて動きを止めた。


「まさか。時空震を人の手で起こせると言うのかい?」

「あ、はい。時空修正を行うと規模はまちまちですが時震が起きます。その時に空間のひずみが観測されるんです」


「はっ、ははは。それは無理だな。どんなに科学技術が進歩したからって、時間の流れを自由にできる時代は来ないよ。不可能さ」

 嘲笑めいた態度で肩をすくめてから探索を再開した仮面野郎を、俺は横からすがめてやる。


 俺たちを見下していると、あとでひどい目に遭うぜ、とな。


 奴は空間の歪みを探しながら、まだ半笑で言う。

「だいたいねー。時空修正を認識できるはずがないんだ。だってその時間の流れに乗っているのは自分なんだぜ。寝ている間に顔に落書きされたって鏡を見るまでは認識できない。それと同じさ」


 まさか俺の顔に落書きはされていないだろうな。今朝鏡を見ていないぜ。


 この人工マヌケ野郎は、まだぬけぬけと言い続けた。

「時間異常なんて、マンハイム効果ぐらいなもんだ。時空修正は理論上のモノで空想止まりの物だよ。できっこない」


 それが可能な奴に向かって吐いた今のセリフは、自分はバカです、宣言をしてんだぜ。


 にしても、このままでは俺だけ除け者みたいじゃないか。


「なぁユイ、マンハイム効果って何だよ?」

 ちょっと拗ねてみたりして。


「自然現象の一つです」と優衣。

「時間の流れが飛び飛びになるんだ」

 このヤロー、俺は優衣に訊いてんだ。知ったかすんな。


 知ったか野郎は仮面を無造作に頭の上に摺り上げて、まるで人間のような目をしょぼつかせて地べたの上を探りつつ、

「――未来の出来事が過去に現れたりとか、自分自身と出会ったりとか。はははは。な、非常識な話さ、あり得んよ……それより何も見つからないなぁ」

 副主任は物語を語るように言ったのだが、それって俺の日常じゃねえか。


 つまり俺は非常識だと言いたいわけだね、副主任くん。

 くそっ、後でなぐってやる。




 花壇に沿って俺たちは適当に散らばって探索を続けた。まぁどこから見ても落とし物を探す光景だ。怪しまれることは無いだろう。


 それよりも――。

 不可視の物をどうやって探せばいいのだ。見えないから不可視って言うんだろ?


 優衣は何も説明が無いまま黙々と探しているし、副主任の野郎は優衣目当てだから文句もないだろうが、俺にしたら虚しい作業さ。これなら玲子とバカみたいな会話をするほうが楽しい。


「ところでさー」

 副主任は取り繕った清涼感満載の声で腰を伸ばした。

「ユイくんたちも時空理論詳しそうだが、時間は跳躍できるとか言い出すタイプかい?」


 やっぱりこいつは俺たちを舐めてやがる。うぬぼれ野郎の鼻をへし折ってやるには、俺たちが未来人だということを告げてやろうか。俺は2年、優衣は450年も未来から来ている。


「あのな副主任。俺たちは2年……」

「これじゃあ、ないですか!」

 正体をバラそうとした俺の行為を遮るように、優衣が声を出した。


 後から思えば今の言動は時間規則に反していたな。深く反省。



「おぉぉ。これだ……まさに空間の歪みだ」

 と言って、副主任は悪戯っぽい笑みを浮かべつつ指で示し、

「この現象なら、高エネルギータービンの周辺でよく見るな……あははは、それは陽炎(かげろう)さ。高温で空気が揺らぐ現象だよ」

 オッサンのつまらないノリ突っ込みを聞きながら、俺は優衣が指す花壇と建造物の境目を注視した。


 建物の土台と地面との境目がモヤモヤと揺れている。大きさにして俺の握り拳ぐらいの範囲だ。目を凝らさないと見落としそうだった。


 うん、まさに陽炎だ。俺もそう思うぜ、優衣。

「陽炎なら、この地面の辺りが熱いはずですよね?」

 と副主任に告げ、栗色のポニーテールを左右に揺らしてしゃがみ込んだ。


「おいおい素手で触れて大丈夫なのかい? 高温かも知れない。オレに任せておきなよ」

 指の先を突っ込もうとする行為を見て、副主任は優衣を気遣い、自分の手を伸ばした。


 くぁあ~、キザを絵で描いたような奴だぜ。

 この知ったか男をぎゃふんと言わしてやりたい。

『優衣の手は耐熱仕様だ』と大声で叫びたい要求が湧いてきた。


「あっ!」

 そんな思いが吹っ飛ぶ光景を目の当たりにした。

 副主任の指先が陽炎の中に消えたのだ。


 ところが――。

「残念ながら時空震とは関係ありません。これはワームホールですね」

「だよな……」

 驚くどころか副主任はニタニタ笑ってしばらく俺の目を覗き込み。それからゆったりと指を抜き出した。

 優衣の平穏な態度や副主任の半笑いの振る舞い。どちらも腑に落ちない。陽炎と違ってワームホールはそうそう見られる現象ではないからだ。


 俺は怪訝な気分なのに、副主任は不満げに言う。

「残念だったね。もし時空の穴だったら、時間移動でもできるかと思ったんだ」

 何をのんびりした感想を述べてんだ、こいつ。


「こんな地面の上にワームホールが存在するほうがおかしいだろ? なんで平気なんだよ、あんた」

 優衣を懐疑的に見ることはないが、副主任は別だ。


「普通はそうだろうね。でもこの星系をよく思い出してごらんよ。いたるところにワームホールが散らばってるだろ?」

「まさかこれもそのうちの一つだと?」

「そういうこと。原因は不明だが、この辺はところ構わず発生するのさ。だから陽炎と同じで珍しくもない現象なんだ」


「危なくないのか? 間違って落ちたらどこか別の宇宙に飛び出たりするんだろ?」


「デカいヤツは確かに危ないな。でもワームホールは重力の影響をとても受けやすいからね。少し重力定数を変えるだけで消滅する。だからこれも消すことができるのさ。もし危険だと思ったら上層部に知らせるけど、花壇の隅っこだし、まあ放っといて大丈夫だろ」

 くっそー。簡単に説明しやがったなー、キザ野郎め。なんか慌てた俺がバカみたいに見えるぜ。


 宇宙でも稀有な現象を淡々とあしらわれて、大いに疎外感に苛まれていると、すくっと立ち上がった優衣が建物の屋上へと視線を移動させた。


「ここ、何ですか?」

 知ったか野郎も釣られて頂上を見上げる。


「ここは図書館だ。いやミュージアムと呼ぶほうが適切かな。でも閉鎖寸前さ。マスターがいなくなって、ここを訪れるアンドロイドはめったにいない。みんな勤勉じゃないんだ。というより知識欲なんて抜かれてるのさ。性欲、睡眠欲、食欲も無い……ははは。悲しい生き物さ、アンドロイドって……」


 生き物じゃねえよ。

 いやこの星の場合そう呼ぶべきなのか。生き物の定義って何だ。自己増殖機能を実現したここのシステムは子孫を残すことを可能にしたぞ。


 俺の前で、自律した男女のアンドロイドが高次の会話を続ける光景を見て答えに詰まる。優衣は完璧だが、この副主任もかなりなもんだ。感情をリアルに表現しており、言動とに矛盾がない。


「何だよユースケくん、オレを見つめて。顔に何かついてるかい?」


「い、いや。俺にはそんな趣味はねえよ」

「まだ何も言ってないよ。はは、へんなヤツ」

 引きつったような笑みを浮かべ、またもや俺を感心させた。まるで人だ。


 初めて会ったときよりも、表情に磨きがかかってきているように見えるのは、俺たちから学んでいるからだと思われる。こいつは優衣と同じ学習型アンドロイドだというのは間違いない。


「副主任さん……。ここに入館できますでしょうか」

 優衣の要求をあっさり承諾し、頭に載せていた仮面を被り直すと「付いて来いよ」とひとこと言って歩き出した。



 壁に沿って進むと大通りに出る。それを右に折れると図書館の入り口へと通じる長い階段が現れた。

「立派なもんじゃないか」

「な。潰すには忍びないだろ?」


 大通りから伸びる石造りの階段を上がり切ると、2階をゆうに超える規模の門扉が両開きに空いており、ど真ん中に検非違使が警棒を両手で握りしめて、立ち番をしていた。


「ごくろうさん」

 入館する副主任から肩をポンとひと叩きされて、検非違使は迷惑そうにじろりと睨むだけで、前を通った優衣をエスコートすると、さらに奥に控えるガラスの扉を開けて頭を下げた。


「ご訪問ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」

 優衣に手を差し伸べ、副主任には睨みを利かせ、俺のことは無視だった。


 毎度のことながら腹が立つ。

「何で検非違使は俺をぞんざいに扱うんだ?」


 副主任は医者らしい答えを持っていた。

「男の因子を毛嫌いするんだ」

「は?」

「ま、そのうち分かるだろうけど、クロネロアの知的生命体が死滅した根本的な原因は、キミが言っていた生き甲斐の除去、過干渉、なども要因のひとつかもしれないが、女系(じょけい)に偏り、最終的に生殖不全を起こして滅亡したんだ」


「生殖不全?」

 女系に偏った……?


「男が生まれなくなったんだ」


 俺の声がエントランスに生々しく響く。副主任は残響が消えるのを待って答えた。

「ご名答。400年に渡って徐々に男子誕生の割合が減少し、最終的に消滅した。最後の40年間は女性しか残っていなかった」


「外には求めなかったのか?」


「無理さ。閉鎖的でかつ保守的な城の連中が許すわけが無い。それより……」

 さらに声を落した。俺にしか聞こえない声で、

「それも2ビットの連中が仕込んだらしい。その証拠を掴んだのが六番様……」

 真後ろに検非違使の影が迫り、副主任は背筋を正してトーンを戻した。


「――だから男性は大切に扱われた。明後日のマイスター就任式は言わば男性を歓迎する意味で執り行われる儀式さ」


 そう聞いて昨夜までの絶望感が消え失せていく俺って、ああ、軽薄なのかな?

 軟禁されて落胆したり、男が大切にされる風潮があると聞いてへんな期待をしたり。


 原因はあれだな。


 玲子と行動を共にすると男であることが罪であるかの如くに扱われるからだ。

 いつか反撃に出てやろうと思っているうちに、バックにザリオン艦隊をつけやがったので、今さらながら太刀打ちできない。


 でもって詰まる所、答えを見失い、もう一度首をかしげる。

「じゃあ、検非違使の態度は何だと思う?」

「嫉妬じゃないか?」


 まさか――。

 ロボットに嫉妬されるとは……複雑な気分だな。


「嫉妬はないだろ」

「さーなぁ。そんなオーラが出てんじゃないのかい。それとも女王の側近になれるマイスターが気に入らないんじゃないか?」

 (ねた)みか……。まだ釈然としないな。


 振り返って入り口で立番をする検非違使を見遣(みや)る。薄暗いエントランスに入ると、背後の外光が眩しく、その光に埋もれていた。


「あんたはなぜ検非違使に睨まれるんだ?」

「睨まれるようなことを色々やってるからさ」

「いろいろ?」

「ああ。このミュージアムも生活に不必要と判断され、閉館が決定したんだが、オレと六番様とで猛反対して、これからの時代は過去を含めて未来も学ぶべきだと主張して閉館だけは免れた……でも最近また閉鎖されようとしてるんだ」


「未来?」

「ああ。書籍だけでなく最新技術の展示もあるぜ。小規模だが図書館と言うよりミュージアムなんだ。でもな……」

 広いエントランスホールで片手を差し出しながら、

「ほらな。誰もいないだろ。知識を求めるヤツなんていないんだ。たぶんそのうち潰されるな」


「気を悪くするなよ」と、俺は前置きをして、

「なんだい?」

 仮面の裏にある瞳がわずかに膨らんだ。

「ここのアンドロイドは感情を理解してるのか?」

「ビゴロス意外はだいたい解かる。カトゥースが上部へ行くほど感情理解は高度になる。なにしろエモーションチップが搭載されてるんだぜ」

「なるほどな。どうりで生々しいはずだ」

 カエデの顔が脳裏に漂い、背筋が寒くなった。


「ほう。エモーションチップを知ってるとは……少し見直したな」

「あんたな。俺たちを舐めてんだろ。宇宙は広いんだぜ。もっともっと進んだ科学力を持った種族もいるんだぞ」

「わるいわるい。変なふうにとらないでくれ。宇宙の広さは知ってるし、進んだ種族の存在も承知の上だよ」

 と言って優衣を探るように窺い。俺はそれっきり言葉を閉じた。興奮していらないことを口走りそうな自分を戒めるために。

  

  

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