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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  クロネロア倫理委員会  

  

  

「それじゃあ、繁殖を始めてくれ」

 聞き耳を立てる執事に聞こえるように副主任が外へ大声を出し、玲子が苦々しく眉をひそめる。


 俺も(ほほ)が異様に熱っぽく感じるのは赤面しているからだろう。そしてやけに玲子を意識してしまう。

 その点、意味が分かっていない優衣は平気でニコニコしてテーブルの上で指を絡めていた。


「いいぜ。たった今ネットワークが切られた」

「どうだタマ? 本当のことを言ってるのか?」


『現在、このフロアーにいる全アンドロイドがスタンドアロンモードに切り替わりました』


 シロタマの報告に副主任は肩をすくめ、

「こっちの人工生命は信用してんだな」

「まぁ、怒るなって。このシロタマは性格と口の利き方は最悪だが、信用と明晰な頭脳は並外れてんだ」


「ぜんぜん褒めてないデしゅ!」

 テーブルの表面でボディを一度バウンドさせて、天井の隅っこのほうに張り付いた。

 バカとシロタマは高いところへ登りたがるだな。


「拗ねていないで、こっちにおいで」

 玲子が呼び寄せ、いつもの定位置、彼女の肩に舞い降りた。


 不機嫌なタマ野郎は放っておいて。

「さて。聞きたいことは山ほどある。その前に……。俺たちの世界では腹を割って話をするという局面を迎える時があるんだが……」


「ああ。それは理解できる。隠さずに話し合うという意味だろ」

 俺は無言でうなずき、人差し指で、副主任の(つら)を指し示した。


「あんたは隠し事をしてるだろ」

「なにを……? あぁこれかい?」

「……っ!」

 こともなげに仮面を取って素顔を曝け出した。あまりに平然とした態度だったので、こっちがたじろいだぐらいだ。


「なぜ仮面を付けるんだよ?」

 今の素振りを見る限り恥じる様子もない。顕れた人面も俺たちと何らそん色なかった。


「生命体どうしのコミュニケーションは表情を読みながら、あるいは言葉だけで表現できないことを感情を見せ合って理解し合うんだぜ」


「解かってるさ。オレたちも本当のマスターがいたときは人面のままでいたんだ」

 改めて素顔の副主任を観察した。顔の表皮を内部の人工筋肉で動かして複雑な表情を作る構造なのだが、優衣たち管理者製のように緻密な動きまでは再現できないようだ。

 とは言っても、それは優衣や茜と比較するからであって、もし彼女らを知らなかったら、俺は絶賛していたと思う。


「実はさ。人面を持つアンドロイドはカトゥースが弐十番以下の特別な身分の者だけなんだ。ご存じのとおり他の連中は人面が無い。だけど表情に対する認識機能はずば抜けて優秀なんだ」


「それと仮面がどうつながるんだ?」

「このシステムには意外な盲点があってさ。人面を持つアンドロイドどうしが対面すると、情報がオーバーロードして混乱しちまうのさ。だから相手に見せないようにしている。ようは疲れるんだよ。人の顔色を見るのがね」


 すこし拍子抜けだった。


「俺はもっと深い意味があるかと思ってた」

「ははは。気になっていたのかい? そりゃ悪かったな」


「すごいわね。あなたもユイみたいに生き生きしてるじゃない」

「ユイさんと? 意味が分からないな」

 テーブルの下でこっそりと玲子の足を踏み倒す。バカが口を滑らせやがって。


 慌てて言い直す玲子。

「あ、あのね。こう見えてユイはイケメン好きなのよ。あなたみたいな好青年が好みなのよ。だから生き生きしてるのよ」


「え~、レイコさん?」

 今度は優衣のすねをひと蹴りして、あいだに割って入る。


「副主任の顔はオンナ好みのする、いい顔だって言うことさ。これ褒め言葉だぜ」

 なぜに背筋の寒い思いをしながら、俺が口添えしなけりゃならんのだ。くだらん。


「はは。オレみたいな顔でも行くとこ行けばモテるのかい?」

 くっそー。腹の立つ野郎だ。


「モテるわよー。そうね、特殊危険課ならナンバーワンになれるわ」

 これ以上部下を増やす気じゃねえだろうな。


「うちのパーサーよりイケメンなのは認めてやるよ」


「そっちのパーサーって言う人が、どんな人か分からないので何とも答えようがないな。ははははは」

 その笑い顔はまるで俺たちと同じ人だった。管理者製のアンドロイドと引けを取らない表情豊かな人工生命体をここのマスターは完成させていたのだ。


「どうした? オレの顔に何か付いてるのかい?」

「あ、いや。本当に生気を感じるので、つい、生命体かと思っちまった」

「だろう?」


「え?」


「それさ。アンドロイドがどこで生命体を見分けているかと言うと、ずばり表情なんだ。だからあまり顔に出すと何を考えているのかすぐにばれるぜ」

 緻密に動く指先を楽しげに振って見せると、

「これで誤解は解けたかい? この仮面は別に自分を偽ってあくどいことをするために被ってるんじゃないんだ」


「あ、いや……」

 そうあからさまに言われると、こちらが狼狽してしまう。

「解かったよ。あんたを信じる。いいだろ玲子?」

「何を今さら。あたしは初めから信じてたわよ」

 このやろ。イケメンの前だと態度を変えやがる。


「ユイはどうだ?」

「問題ありません」

 それを聞いて、副主任は愉快そうに応える。

「ははは。どうやらお仲間に入れてもらえるんだね」


「一応な……」

 まるで人間のように息継ぎをすると、副主任は苦々しく笑う。

「用心深いんだな、キミは……」

「この人は臆病なだけなのよ」とは玲子。

「うるせえな。俺は慎重派なんだ」

「まあ、まあ」

 と、いつものようにあいだに優衣が入り、副主任が破顔する。


「あはははは。いい関係なんだ、キミら三人」


「ゲホホッ」

 俺は咳払いでその場をはぐらかした。




 ひとまず話を戻す。

 現時点で知りたいことと言えば。

「再生センターって何をしてんだ?」

 副主任はほんの少し躊躇するような素振りをしたが、

「もともとはアンドロイドの修理を行う施設だったんだ。キミらの言うところの病院だな」


「今は違うのか?」

「ああ……」

 渋々感を全面に押し出して首肯した。


「2ビット委員会がアンドロイドの廃棄場に変えちまいやがったんだ」

「よく出てくるけど、その2ビット委員会てのを詳しく教えてくれよ」


 副主任は、いいよ、と気軽に返事をすると、煌めく視線を俺に注いだ。

「執事がよく言う中央制御というのが、倫理委員会、つまり2ビットの連中のことだ。壱番から四番までのカトゥースを持つ連中がカーネルを牛耳っているのさ」


「カーネルって?」


「この星のアンドロイドはカーネルシステム内でないと動けない仕組みなんだ。これは2ビットの連中も例外ではない。つまりカーネルこそがこの星を制御するシステムの中核さ。2ビット委員会でさえ直接触れることができない部分だ」


 ここで副主任は急激に声を落とした。

「大きな声では言えないけどさ。直接触れることはできないが、データのみで動くカーネルだからそれを細工することでコントロールが可能になる。ようするに実質この星を動かしているのは2ビットの連中だと思ってくれて間違いない。そいつらが勝手に再生センターを廃棄場にしてしまったんだ」


「再生ではなく廃棄、捨てられるんですか?」

 黙って聞いていられなくなったようで、優衣が体を乗り出した。

「検非違使さんは修理すると言ってましたが?」


「ああ。それは昔の話さ。今は故障すると廃棄して新しいアンドロイドを作るんだ」

「なにそれ、気分悪いわね」と玲子。


「再生センターとは名ばかりさ。今やセンターはエネルギー変換炉だ。2ビットの連中はセンターに送られてきた者を順番に高温炉で記憶デバイスまですべてを溶かし、エネルギーに変えて私的に溜め込んでるのさ」


「何だかひでえ話だな」


「最近ではチート行為も頻繁になって、カーネルが持つ自己増殖機能を操り、わざとおかしなものを作ることもあるんだ。五百番台の連中を見たろ。キミらをここに運んできた偽検非違使さ。あいつらはまともに歩くことも喋ることもできない。最初から順番にセンター行きが決まっている。かわいそうだが、連中はエネルギーに変換されるために生まれて来たようなもんだ」


「ひどい……」

 優衣の悲痛な声は弱々しく、途中で切れた。


「ただの不良品だとまずいので、役に立っているように見せかけて、一定期間は稼働させ、順にエネルギーに変換されるんだ」

 となると……俺たちをここに運んできたあのアンドロイドたちは、すでにエネルギーに替えられてしまったのかもしれない。


「セコイわね」

 とつぶやいた玲子に副主任は目線を合わせ、

「それから何台かに一台の割りで、ビゴロスみたいなロボットができることがある」

「ビゴロス?」

「こいつも出来損ないだ。頭脳が無い。あるのはパワーのみ。重装甲型の格闘戦専用のロボットで、2ビット委員会の命令にだけ反応する木偶の坊さ」


「遺伝子操作で新たな生命体を作るのとよく似てるな」


 溜め息混じりの俺に、副主任はうなずいて見せ、

「ビゴロスはバカだけど、力はとんでもなく強い。そいつらが2ビットの連中を警護して回ってるので、誰も逆らえないのさ」


「でも何でそんなにエネルギーを溜め込むんだ? エネルギーならあり余ってるんだろ。昨日誰かが言ってたぜ」


 副主任は阿呆(あほう)を見る目つきで、

「星の周りに溜め込まれた水はマスターに使うエネルギーさ。アンドロイドに回す分は厳しく制限されている。だから2ビットの連中は必要不可欠なエネルギーだ、とカーネルに偽りのデータを流して水から出来損ないを拵えては、エネルギーに変換して溜め込むんだ」


「でもマスターはもういないぜ」

「ああ、そうさ」

 副主任はあっさりと、かつ俺を気遣うようにうなずいて見せ、

「ここからは主観だぜ」と前置きした。


「カーネルへ流し込まれるデータは、マスターが生きていた時と同じ状態に改ざんされている、とオレは考えてんだ。そうでないと説明がつかない」


 よそ見もせずに副主任をじっと見つめていた優衣が言う。

「……でもこれだけ大勢のみなさんがおられるのに、マスターがいないと誰も気づかないのはどうしてなのですか?」


「倫理委員会以外の連中は完全なスタンドアローンじゃない。メタ認知の部分が中央制御のネットワークに接続されていて、そういう意識が生まれない仕組みなんだ」


「中央制御と言うことは2ビットの人たちが司るネットワークですね。それに操られているのですか?」

「うーん。操ると言うより、洗脳と言っていいな。ただ2ビットの連中であってしても直接カーネルには手を出せないから、生体反応のデータをどこかで改ざんしているはずだ。ようは誰もいないのに知的生命体が存在するみたいに見せかけ、他のアンドロイドやカーネルはそのデータを信じて安心しているっていう算段さ」


「マスターが生存する改ざんデータって、一人や二人分のデータじゃ無理だろ」

「ああ。食材の消費から逆算してざっと2000人。消費と言ったって実際に口入れて消えるのではなく、ほとんどが作ってそのまま廃棄する」


「もったいねえなー」


 副主任はこれまでに無い厳しい目つきで、俺たちに視線を一巡させた。

「キミらと同じ、外部から誘い込んで捕獲した生体反応を元にして2000種の反応データをでっち上げ、それを各所から放つんだと思う。なにしろ真実を見つけた六番様は破壊された」


 副主任は白衣の腰ポケットに突っ込んでいた手をぎゅっと握り締め、玲子は真一文字に閉じていた唇をゆっくりと開いた。

「つまり……真実は闇に戻ったってわけね」

 眉間にしわを寄せて口を尖らせる振る舞いは、玲子が不快感を露わにしたときのクセで、何となく色っぽく感じる。


「じゃあ。あんたは七番だからネットワークから独立してんだな」

「ああ。九番までのアンドロイドは中央制御の影響を受けずに自由に行動できる。でも2ビット委員会の厳しい監視がつくから、それほど自由でもないんだぜ」


 となると、他の連中から何か聞き出そうとしても正確な情報は得られないということだ。


「生体反応を得るために大量の水を(おとり)にして異星人を捕らえ、あたかも2000人が生活しているように改ざんして同じ数だけの世話焼きアンドロイドを動かし、その裏では故障したアンドロイドをせっせと作り、それをエネルギーに換えて私的に流用している――何ともバカげた話だな」

 俺は虚しい気分満載で問いかけ、副主任は精悍な面持ちを悔しげに歪めた。

「キミらのお金に匹敵するモノが、ここではエネルギーなんだ。これが多いほど何でもできる。パワーの源だからな。蓄えはとてつもなく豊かな証拠さ。だから連中は何か難癖をつけてセンター送りになるアンドロイドを探すんだ」


「それで謀反(むほん)を起こそうとする反体制グループができたのね」

「そうさ。レイコくんなら解るだろ? 握りつぶそうと強い力で締めつけると必ず指の間からはみ出て来るもんがあるのさ。それが反体制の連中だ。殺された六番様がネットワークから切り離したアンドロイドがこの敷地のどこかに隠れて暗躍の機会を待っているはずさ」


「ということはまだ捕まってないんだな?」

 副主任は俺の質問についと顔を上げた。

「無断でネットワークを切る行為は重罪さ。だから切れた時点でカトゥースも判明する。12名だ。そいつらは今やお尋ね者さ。検非違使が躍起になって捜査しているから、見つかるのも時間の問題だろうな」


 副主任は無念そうに続ける。

「反体制の熱意は理解できるんだが、アンドロイドだけでは謀反は成功しない。やはり最終的に知的生命体の知恵が必要さ。突拍子もない(ひらめ)きというのは、アンドロイドには無し得ない分野なんだ」


 そう。ロボットは新しいものを作り出すことはできない――昔は俺もそう思っていた。だけどそれを優衣が覆した。宇宙は広いぜ。


 副主任はしみじみと言った。

「マスターたちが滅び始めたのは87年前からだ。反体制のグループはその時から存在する。しかもマスターがアンドロイドをリードして謀反を起こそうとしていた」


「立ち上がろうと思う人もいたのね?」

 玲子に力強く首肯し、

「いたさ。20人に満たない数だけど自堕落な生活に気づき、60年前ついに立ち上がった。でも2ビットの連中には勝てなかった」

 やにわに肩を落した。

「そうして知的生命体がここから全員消えたのさ。なのにカーネルは何事もなく機能し続けたところをみると、生体反応の偽装プログラムはその時点で完成していたことになる」


 しばらく静寂に落ちた。キッチンから朝食の後片付けをする食器のぶつかる音や水の流れる音が渡ってきた。


 七番の話を整理すると、黒幕は2ビット委員会だ。たったの4人がこの星を牛耳っていることになる。

「それってどういう連中なんだ。結局みんな同じアンドロイドだろ?」


 副主任は首を振った。

「確かに全員アンドロイドだ。でも壱番から四番の連中は別格さ。中でも司令官と名乗る壱番は高エネルギーと光子を利用したホロ映像型アンドロイドさ」


「ホロ映像?」

 頭の片隅をメッセンジャーの拵えた酒場がよぎって消えた。

  

  

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