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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
163/297

  真 実  

  

  

 シャワーも済ませる頃になると、こういう状況にも慣れてくるから、俺や玲子のことを肝っ玉の()わったバカだとか、能天気だとか言われても仕方が無い。ついでに優衣も混ざり、三人揃ってリビングでまったりとしていると、メイドロボと電気ポット野郎がやって来て、それぞれに準備を始めた。


『お夜食でございます』

 と執事が部屋の隅で言うので、ちょうど目の前にいたメイドロボに尋ねる。

「やけにサービスがいいけど、これは何だよ?」


「………………」

 俺の声に反応した奴は、手を止め、薄っぺらな食パンみたいな顔を半回転させて、じっと俺を見ていた。


「あ、そうか。こいつらは喋れないんだったな」

 やることも無く、その辺をうろついている執事を呼び止めた。


「あのさ。これから寝ようかと思ってる矢先に、いったい何を始める気だよ?」


 執事ロボットはちらっとテーブル周囲で動いていた2体のロボットへ視線を巡らせて、

『これは睡眠時の栄養不足を補うための簡単な食事でございます』

 丁寧にお辞儀をして、ぎしっと腰を伸ばした。


 玲子は出されたクッキーにも似た菓子を一つ頬張り、

「モグモグ。んぐ、これおいひぃわ。でもさ、こんなこと……モグモグ、んぐっ」

 出されたお茶も一緒にすすって飲み下し、

「でも……んぐ。毎日続けていたら太っちゃうわね」

 黒目をくるんと回し、「でもおいひぃ。これ、後引くね」と小皿に盛られた菓子に再び手を伸ばした。


 執事は玲子の手の動きを目で追いながら、淡々と説明する。

『毎日ではございません。繁殖期間中だけでございます。ヒューマノイドは夜間に繁殖行動を起こすというデータがございまして……』


 ぶぅふぅぅぅぅーっ!


「汚ねえなぁ玲子。食った物を噴き出すなよ」

「ちょっとなに言ってんのよー、このバカロボット!」

 半円の歯型が残るクッキー風の菓子を執事ロボットに投げつけた。


 優衣はピクリとも顔を歪めず、補足する。

「そのデータは間違っています。昼夜関係なく行為は可能なのですよ」

『さようでございますか。ただ今のご忠告感謝致します。たった今、中央制御のほうへデータの修正を申請いたしました。ありがとうございます』


 優衣は執事の肩を引き寄せ、再び首を振る。

「すぐには無理です。時期が来るまでもうしばらくお待ちください」


 玲子は言葉を失い、テーブルに突っ伏し死んだも同然。俺は急いで止めに入る。

「変なこと言うな、ユイ!」


「え? 間違ってましたか?」


「うぅっ……」

 肯定すれば、時期が来たらおっぱじめるって感じだし、否定すれば、いつでもオッケーって感じになる。


 どうする?

 否定も肯定もできねえよ。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





「ま、まぶしい……」

 差し込む強い陽射しに目を覚ました。


「朝か? んぅ……そうか……」

 窓の位置が自分のボロマンションと同じだったので、つい自宅と勘違いしていたが、俺たちは水宮の星に軟禁されたままだったことを思い出した。


 玲子を極楽トンボと罵倒できなくなりそうな自分に自嘲しつつ起き上がる。

「やれやれ……」

 それにしてもここの人工太陽システムは中途半端な作りで、朝陽の挙動がおかしいのだ。

 昨日の夕刻みたいに、茜色(あかねいろ)に空が染まることも無く、暗闇の夜から、いきなり陽の光を射し込む無遠慮なやり方だ。これだと暗闇で寝ていたらいきなり室内灯を点けられたのと同じで、堪ったもんではない。



『おはようございます。洗面具をここに置いておきますのでお使いください』


 旅館の番頭みたいな口調と小刻みな足運びで部屋に入って来た執事は、昨夜となんら代わらぬ茶色の服装に笑い顔のお面を被った動くマネキン人形だ。そいつがタオルなど一式を俺に突き出しながら頭を下げた。

『お食事の準備もできております』


「二人はどうしている?」

『レイコさまもユイさまも、お揃いでお待ちでございます』

 と言ってから執事は妙にそわそわとして、

『ユイさまは四百参拾七番と一緒にお食事の準備をなさっておりますのですが……あの』


「ん? 何が言いたいんだよ」

『あの……。マスター様がロボットの手伝いをするなど、あり得ないことでして、もしこんなところを検非違使たちに見られたら、ワタクシかあるいは四百参拾七番がセンター送りになってしまいます。ダンナ様からそれとなくご注意いただければと思いまして……』


「ダンナさまって……」

 昨日と違って俺たちを名前で呼んだり、親しみが込められた口調がとても物柔らかく感じる。もちろん人間とは違うので、人見知りなどは無いだろうが、やけに親近感を覚える。こうなると軟禁されていたことを忘れて、気を許したくなるのが恐ろしい。気付いたら連中の策略にまんまと嵌まっているのかもしれない。


 食卓には二人が並んで座っており、優衣は清々しく、玲子は眠たそうに、

「おはようございます」

「おはよ」

「ふんっ、生きてたか」

 テーブルの表面で転がっている奴だけが、他と異なったセリフを吐くが気にすることは無い。食器の一部だと思えばよい。


 黒髪を首の後ろで結いあげたポニテをゆらゆらさせるのは玲子。そいつも一緒になって言う。

「無事に朝を迎えられてよかったわね」


「うっさい。人を変質者扱いしやがって、知ってっぞ、シロタマに見張り役を命じたろう。お前の部屋などに誰が入るか、おかげで一晩中、こいつは俺の枕元に立ちやがったんだ」


「あなたもシロタマを幽霊みたいに言わないで」

「それなら俺を変質者みたいに言うな」


「みなさん……」

 急いであいだに割り込んで来たのは、黒髪サイドポニテから栗色の通常ポニテに変更した優衣。黒髪もよいが茶髪(ちゃぱつ)系もなかなか良い。


 こいつは美容院知らずで髪型と色を変えることができるので便利ではあるが、髪の毛が一晩で黒から茶に変色したのに、誰も何も言わないのは昨夜染色でもしたと思い込んでいるのか、興味がないのか、あるいはそのような学習はされていないがために、無関心なのかだろうか。


「あの、朝食にしませんか、ね。はい。ユウスケさんの分ですよ」

 しーませんね。こいつが朝からウダウダゆってくるからいけないのですよ。

 ったくよー。何で朝飯を前にして玲子と喧嘩しなきゃならないんだ。


 玲子にはぶーたれて、優衣には笑顔をと切り替えて、メイドロボが俺の前に置いて行った薄い桜色した甘い茶に手を出す。

 眠気も怒りも薄れていく豊潤な甘みのある飲み物だった。


「執事くん。これは何と言う果物から取った果汁なんだ? なんとも優しい甘みが喉に心地よいな」


『はい。朝起きてすぐは、眠っている細胞を目覚めさせるのにちょうどいい、メジフランの花の露を濃縮したものであります』

「へ~。メジフランってさぞかし綺麗な花だろうな」


『はい。それは可憐な花でございます。なにしろ死んだ動物の腐敗した内臓からしか芽を出さないと聞いております』


 ぶぅ――――っ!


「汚ねぇなあ、玲子。今日もかよ」

「うっぷ。やめてよね。ちょっと口に入れちゃったじゃない。うぇぇぇ」

「大げさに言うな。俺なんか一気に半分ぐらい飲んじまったワ」


 二人揃って洗面所へ急行。

 口をゆすいで戻って来て、再度、ビクビク恐々と朝食が始まった。


 普通サイズより少し大きめの目玉焼きが湯気を立ち昇らせ、盛り上がった黄身が美味そうにプルンと揺れていたが、おいそれと手が出せない。。

「この。どこから見ても目玉焼きにしか見えない物は……トカゲの卵だったりして」


「大丈夫だよ。それはドートルバームと呼ばれる中型の鳥が産んだ卵をフライパンで焼いたものだ。毒なんか入っていないぜ」

 リビングの戸口に寄りかかって腕を組んだキザ野郎は、医療センターの副主任、七番の仮面野郎だった。


「執事に呼ばれたんだが、何か用があるって?」

 ズカズカと断りも無しにひとんちに上がりこむったぁどういう了見だ。と言っても俺んちじゃねえけど――執事の奴も勝手に入れてんじゃねえよ。


『お医者様ですので……そういうわけには』


「だから言っただろ。オレには行動制限が無いんだよ。どこでも自由に出入りできるんだ」

 こいつは馴れ馴れしい素振(そぶ)りをさらにパワーアップした押しつけがましいまでの親近感溢れる態度で、俺の背中を叩いてこう言った。


「昨日はお疲れだったねユースケくん。女性二人を相手にしたんだって?」


 ぶふぅ――――っ !!


「汚ねえなぁぁ玲子、お前、キャラ変わって来たな」

 ためらいなく噴き出した玲子をすがめつつ副主任へ言う。

「でもさ。あんたの役職は医者だろう。なんでデリケートな部分を隠さずにおっ(ぴろ)げるんだ? それとも何も知らないのか?」

「おいおい。オレは医療センターの副主任だぜ。ついでに科学者だ。何がどうしてどうなるか、全部研究済みだ。キミらがどういう方法で……」

「あー。あのね副主任さん。あたしたちは朝食を頂いてる真っ最中なの。そういう話は裕輔を連れて、向こうの部屋でこっそりやってちょうだい」

 堪りかねた玲子が、すかさず滑り込んで来た。


「やあ。レイコくんだったな、失敬失敬。食事を続けておくれ、それじゃぁ隣の部屋でゆっくり話を聞こうじゃないか、ユースケくん」

「バカヤロ。あんたとそんな話はする気はねえ。俺は一晩中シロタマの監視の下、悪いけど一度も目覚めること無く、ぐっすりと睡眠をとって朝を迎えたんだ」


 優衣は生野菜をシャリシャリ言わし、

「副主任さん。実は折り入ってお話があります」

「改まって何だい? あなた様の願いなら何でも聞くぜ」

 何か軽い野郎だな。


 どいつもこいつも、昨日と比べて馴れ馴れしさが倍増したように思えるのは、俺たちの何かを学習した可能性がある。つまり生活習慣や会話などがデータ化されてネットワークに流れたのだ。それってなんだか寒々とする話だな。たったの一日でこれだ。この先が怖い。そのうちプライベートも何もかも無くなり、ズケズケ入り込まれる可能性が高い。ストレス倍増間違いなしだ。


 口に運んでいたクロワッサンぽい食べ物を飲み下し、じわじわと迫りくる精神的圧迫の津波を想像して怯えた。


 このままではやばい……。早いとこ何とかしないと取り返しがつかなくなる。

 あまり気乗りはしないが、この七番の副主任を利用すれば優衣の言うとおり動きやすくなる。問題は信用できるかどうかだ。


 フォークの先に真っ赤な色が毒々しい野菜を絡ませながら優衣が訴えた。

「実は昨日の午後なんですが、このすぐそばの広場でワタシたち……亡霊のようなものを見たんです」

「亡霊って?」

 悪戯っぽい目を仮面の奥から曝して、仮面野郎が言い直した。

「まさかキミらは霊的なモノを信じるのかい?」


 うなずいたのは玲子だけだった。

「な、なによ。わるい?」


 副主任はきっぱりと、

「幽霊なんか存在しないよ」

「でもあたしたち三人は見たわ、一人だけならまだしも三人同時よ」


 玲子はムキになって言い返したが、副主任は最初、くっくっくっと、突っかかるみたいにして笑い、そして堪えきれずに、という演技臭い笑いに変えて、

「はっははは。三人も見たのかい」

 さもおかしげに、かつ爽やかに笑い続けたと思ったら、小声に転じた。

「やっぱり噂じゃなかったんだな」

 と言ったあと、真剣な口調でこう続けた。


「数日前から目撃例が急増しているんだ」



「「「え?」」」

 意外な告白に、俺たちも食事の手を止めて硬化する。


「ああ。不可視な物体が歩く姿を見たという仲間が何人かいる」

 さらにトーンを落とした。

「だけど報告した途端、センター送りになるんだ。だから誰も見たとは口にしなくなったが、目撃例は相当な数になると思う」


「もしかして、見た場所も限定されていませんか?」

「そのとおり。あなた様の読みはいつも良いポイントを突いておられる。聡明な方だな」

 こらこら、お前らだけで路線を外れるんじゃんねえぞ。


「ユイ待て! それ以上言うな」

「何でよ――」と玲子。

「お前は暴走派で俺は慎重派なんだ。ここはよく考えるんだ」


 優衣はキョトン顔で俺を見つめる。

「副主任が信用できるかどうか、まだわかってない」

「何だよユースケくん。信用してくれよ」

 かー。馴れ馴れしい。


「信じられねえ。あんたはザリオン人をこの星のマスターだと偽っていた」

「あー、あれか……」

 副主任はひそめた声で、

「すまない。あの件なら謝る。あの時、隣の部屋に医局長が聞き耳を立てていたから……仕方が無かったんだ。オレを反体制の一員だと思い込んでいたからな」


「違うのか?」


「違うさ。でも何とかしなければこの星はいつかダメになるのは間違いない。でも反体制の連中は過激すぎる。だがそれに対抗する城の連中はもっとひどいことを考えている」


 時々出てくる『城』と言う言葉が気になる。野菜の煮物に似たものを口に詰め込み、俺はお茶をがぶ飲みしてから執事の野郎を顎でしゃくって副主任に示した。

「あの連中のネットワークを切ってくれ、耳を澄ます連中の中では話しはしたくない。信用する、しないはその後だ」

 玲子も俺に賛同してうなずいた。


「お安い御用さ……」と副主任は手を掲げ、近くで聞き耳を立てている執事へスマートに指を反らして見せた。

「おい! 参百六拾七番。今から医者立ち会いの下、ユースケくんは繁殖行動に入る。ネットワークから切ってくれ」


「ちょっとーっ! もうやめてよその言い方」

 玲子はアヒルの口みたく平たくして抗議し、執事も眉を吊り上げたくなる言葉を吐いた。


『またですか……ダンナ様はお強いのですね』


「お前ら意味解ってそういうセリフ並べてんのか?」

 執事と副主任へはそう言って、次に玲子に体を向けると耳元で囁く。

「お前もいちいち気にするから、俺までおかしな気分になるんだ。繁殖と取るな、密談だ。密談」


 繁殖行為は密談行為という言葉に置き換えることで、まー。何とか玲子は収まるようで、今回は医者立ち会いの下、奥の部屋に移動した。

  

  

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