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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第一章》旅の途中
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ダイラタント流動体

  

  

「何やってんだ?」

 隣でぼんやり立つナナの視線をたどっていくと、少し雲が流れだした夜空へ舞い昇って行くシロタマにたどり着いた。やけに赤黒い空に白い球体が小さく光っていた。


 直角に首を曲げて、それへと声を掛ける社長。

「何か見えまっかぁ?」

「川があるよー」

 急降下して叫ぶシロタマ。こいう時は便利である。


「あそこでぼんやり見えるのはなに? タワーなの?」

 戻って来たシロタマに指差す先、月の光に照らされて白っぽい物を確認できるが、遠過ぎてよく見えない。でもあれがタワーだとしたらかなり高いものになる。頂上付近が霞んでしまい最終的に雲の中だ。


「ここからはよく見えないけど………人工の建造物でしゅ」

「………人工?」

 聞き逃すところだった。いまタマは変なことを言った。


「よく見えないって、おまはん光学的に観察してまんのか?」

 社長も気付いた。機械のくせに『よく見えない』は無いだろ。こいつは百キロ先の釘の頭に止まったトンボだって見えるはずだ。


 案の定、弁明するように報告モードに切り替わり、

『見えないか、と訊ねられたので、可視光の範囲で探索しています』

 ひんやりとした女性の声は淡々としていた。


「めんどくさいやっちゃなー。あのな、探査や。ワシらは未知の惑星に漂流したんやぞ。未知て言うたらな、何も知らんちゅうこっちゃ。こうゆうときはな、おまはんが持っとる能力を最大限発揮すんのが道理や。ちゃっちゃと調べてこんかい!」


 ぼんくら従業員を捲し立てる時と同じ口調で、シロタマにも(わめ)いたが、ヤツはそんなこと気にも留めない。平然と俺たちの頭上で一回転すると、

『現在スタンドアロン中のため、周囲コンマ9光年の範囲が限界です。ここは主とする恒星から数えて4番目の惑星で、衛星を三つ持ち、最も近い軌道の衛星まで15万3786キロメートル、直径813キロメートル。二番目の軌道、28万7240キロメートルを周回するのが最大の大きさを持つ……』


「こら、タマ!」


『直径3478キロ…………はい?』

「はい、やない。なんやその報告」


『周囲8兆5140キロメートルの現状報告です』

「あんな。路頭に迷った漂流者がこの惑星系の構造を知らべてどないすんねん。そんなもんでハラの足しになると思っとんか! しょうもないコトゆうとらんと、ここの周囲10キロ圏内のことだけを明確に述べんかい!」


『この惑星系には重大な問題があり………』


「まだゆーとんかい! ワシらの明日のほうが重大やろ! 今日寝るとこもないんやで」


 社長が激怒するのも解るよな。こいつは対ヒューマノイドインターフェースとか大口叩いておきながら、なにもインターフェースらしいことをやっていない。


「惑星系は後回しや。この辺で危険な(とこ)は無いんか? 建造物みたいなモンがあるちゅうことは、誰かおるんちゃうんか? それか猛獣がそこらへんでこっちを睨んどるとか、そうゆうことを報告せんかい! このドアホがっ!」


 激怒の唾をぶっかけられても報告モードは淡々としていた。

『ヒューマノイドとしての生命体は周囲10キロ内で皆無です。また大型動物の生体反応も見当たりません』


「大型はおらんけど、小型はおる、ちゅうことでっか?」


 そうそう。シロタマはわざと本質からズレた回答して、こっちの動きを探る傾向があるから要注意だ。そのまま気付かずにいたら、平気で揚げ足を取って来るから性質(たち)が悪い。


「もう少し詳しく報告しなはれ!」

 シロタマは一拍の間を空けて、

『近くを大規模な水溶液の流れがあり、内部にたくさんの小型生命体が潜んでいます』


「川が流れていて魚が泳いでいる、てなとこだろ?」

「まぁ、そやろな。せやけど強暴ではない、とは言ってまへんな」


「そうか。そうっすね」

 そこまで深読みするとは、全然こいつを信用していない証拠だな。俺もそうだけどね。


「他には?」

 と訊く玲子に、

「もっと小さい建物が川の向こうにたくさんあるでしゅ」

 なぜこいつは玲子にだけ素直なんだろ?

 そこが最も気に入らん。


 シロタマはゆっくりと黒髪のなびく肩に止まり、玲子は球体に首を捻じってもう一度尋ねる。

「どっちへ行けばいいの?」

『右方向、徒歩で3時間の距離に大規模な水溶液の流れがあり、そこから約2時間の距離です』


「何もかもが川の向こうにあるのか……」

 少し首を伸ばしてみるが、ガラガラ音を奏でる黒い草原が広がるだけで、その先は暗闇の奥に消えてしまい、肉眼で見ることはできなかった。



「やっぱ3時間も闇の中を移動するのはどーやろな。穴ボコとか空いてたらマズイやろ」

「でも危険はないとシロタマは言ってますよ、社長」

 行きたくてウズウズしてんのが、こいつの見開いた皿みたいな目とか、サクラ色に染まった頬などから手に取るように解る。その辺は社長も感じているらしく、

「どないや。もういっぺん訊くデ。玲子の命が掛かっとるんや。このまま進んでも危険は無いんやな」


『レイコの存在は今後の宇宙史において最重要人物です。いかなることがあってもシロタマが守り抜きます』


「おいおい。宇宙史って言いやがったぜ。でっかく出たな。あのな、こいつは自力でなんとかできるオンナだ。それならもっと、か弱い男子を守ってくれ」

『ユースケが居なくなったとしても、たいした損失になりませんが…………レイコのために、まあ適当に無事を祈っています』

「社長。適当に祈られちまったよ。ちゅうか、全然意味が解らんぜ」


 社長は含み笑いを浮かべたあと、鼻を鳴らした。

「鈍いやっちゃな。おまはん……まぁエエ。とにかく川まで行きまひょか」


 どういう意味だろうか?


「なー。お前解った?」玲子に尋ねるものの、

「全然……」大きく黒髪を振った。


「社長ぉー。どういう意味なんだよー」

「鈍いヤツは放っておくで。さぁー。行こか!」

 歩き出した社長に同期して、ナナも動き出し、

「ではちょっとぶらぶらしてみますか……」

 と口にしたナナを三人が一斉に睨んだのは当然だ。


「散歩に行くみたいに言うな!」


「その前にマーキングが基本やろ」

 尿意でももよおしたのかと思ったのは、あまりに低次元の話で。

 社長はナナに命じて、進行方向へ小石を並べて矢印を作らせたのだが。そこで彼女の知能の高さに思い知らされた。


 特に何の説明もしていないのに、矢印の意味を理解しており、正しい形で三角形を作り、その頂点から下に向けて長めの一本棒を拵え、矢印とした。


「どこで学習したんでっか?」

 と訊く社長へ、

「こんなのは基本情報として、ワラシのBIOSに収まっていますよー」

 あっけらかんと言いのけた。


「きっとドジっ子の要素も、BIOSに書かれていたんだな」

「へっ?」

 俺の嫌味はナナには通ずることはなく、ポカンとし、社長は、へー、とか、ほーとか感心していた。


「さて、これでエエやろ」

 最後に自分の作業着に縫い付けてある会社のロゴを剥ぎ取り、矢印の先に置いて小石を載せた。

 捜索隊が来たときにどっちへ向かったかを教えるためだと言うが、俺は敵に居場所を知らせるようなもんだと思った。しかしまだ敵にも出会っていないのに、と玲子にでも突かれそうな気がしたので、ここで騒ぎ立てるのはよす。


 社長はパンパンと手を払い、気合いを込め、

「よっしゃ、出発や」

 宙を舞うシロタマを先頭に、意気揚々と茂みの中を進み出したハゲ頭を追う。少々暗くてもいい目印になる。


 行進を開始して十数分。シロタマと社長はまだ重水素の話で盛り上がっており、なんだかんだ言っても、ヤツの知識の深さと、それに対等してつき合える社長は、やはり俺たちとはどこか頭の作りが異なるなと思う。で、同じ脳構造を持った俺と玲子はというと──。

 秘書然として社長の後ろについたヤツは、折った枝を振り振り、まるでピクニック気分。俺は茂みの奥が風で揺れるたびに首をびくんとすくめ、そんな俺の仕草を見て、ロボットにくせにカラカラ笑ったナナがしんがりからくっ付いて来る。

 未知の惑星に取り残された漂流者というよりは、ヒマな一家のハイキング、とでも言うか、何ともおかしな絵だった。




  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 長い時間が経過した。

 いつの間にか隊列は年齢順に変化し、玲子が先頭に取って代わり、社長はしんがりからふうふう言いながら少女風ロボットの手に引っ張られて歩いていた。


「おーい。まだかよ」

 先頭の玲子に言ったわけではないのだが、少々疲れてきたぞ。


「なによー。もうへばったの?」

 ゆるぎない脚力はこいつの特徴で、俺は普段の運動不足がたたり、ちょっちやばい。


「ちょ、ちょう。休憩しまへんか? ワシには結構堪えるワ」

 ダウン寸前なのはやっぱり社長で、汗が噴き出してスキンヘッドがこれまで以上に照かっていた。


「ワラシも脇汗ハンパねえーっす」


「嘘つけ!」


 くだらんアンドロイドの冗談は横に置いて───、え?

「おい、冗談だよな……?」

 なにも返答はなかった。



 さらに半時ほどして。

 三つの三日月が照らす夜の散歩ナナにとってはそうらしい改め、草原の移動は思いのほか明るく、前を進むシロタマが良い目印になった。反対に腰まである丸い葉の植物が意外にじゃまっけで、葉の周囲に並ぶ刺々した部分がチクチクするのだ。そして最も不気味なのは、この植物の茂みはまったく光を通さない。月明かりに葉の表面が光るだけで奥は遮断されていて、まるで黒布で覆って、己の深部を隠そうとするみたいで、なんか怖い。


「なー、シロタマ。とうに3時間は歩いたろ。筋肉オンナと違って、社長は知識で体が成り立ってんだ。お年寄りはもっといたわれよ……あ、痛い」

「うっさいワ。おまはんはいっつもひと言多いねん」

 ま、これだけ元気なら、あと1時間はいけるかな。

 玲子の頭上高くに浮かんでいたシロタマが地面近くまで下りて来て言う。

「あと100メートルほどだよ」

「ほーか。ほなもうちょいがんばりますワ」




 ほどなくして──。

 鬱陶しかった茂みがいきなり目の前で開けた。


「何なの、これ……?」

 先頭の玲子が立ち尽くし、行進が止まった。


 肩越しに先を見遣る。

「やっと川に出たのか……なっ!」

 同じように俺も凝固した。


「どないしたんや?」

 前を塞いだ俺たちを体で押し分けて顔を出した社長。

「うぉぉう。なんやこれ。これが川でっか?」


 目の前に横たわるのは幅20メートルほどの河原。岩や小石がゴロゴロ転がる一見して何の変哲もない河原なのだが、その中央部にのた打ち回る青い大蛇にも似た不気味に蠢くゲル状物質の流れ。


「これは水じゃない……」


 自分の頭の中に存在する液体という物質の状態を大きく覆される粘っこい動き。弾ける水滴──などと表現する部分はまるで無い。自重に耐え切れなくなった青いゼリーが低地を求めてうねる、といった感じだ。高低差のあるところでは腹を震わすような極低音の唸りを発している。『サラサラ』でもなく『どうどう』でもない。『ルロロロロロロ』かな。


「こんな川ってあるの?」

 あるんだから仕方がない。


『水温12℃。粘度不明、多重水素原子を多く含む水分子で構成されています。人体への影響は極弱ですが、泳ぐことは推奨されません』


「誰が泳ぐかよ!」

「冷たくて青い溶岩とでも言うたほうがエエかもな」


 社長が上手い表現をしてくれた。そう熱くない溶岩だ。


「流れの幅は大して無いが、こりゃ相当深いぜ。粘度が高いから河原の下深く掘ってんだ」

 転がっていた岩を放り込んでみた。

 もちろんドプンと音を出して、派手に水しぶきを飛ばして沈むと全員が想像した。


「あっ!」

 岩は水中に沈むことは無く、表面の上で転がされ、ゴンゴンと空洞ぽい音を上げて下流へ転がって行った。


 その動きを見届けた俺たちの視線が、その場に縫い付けられたのは言うまでもない。

 そして全員の困惑は統一している。


「硬いのか?」

『ダイラタント流動体です』

 答えたのはやはりこいつ。白い球体。


「なんだそれ?」


『素早くせん断すると、より硬質になり、ゆっくりとせん断すると液体として振る舞う流動性物質のことです』

「つまりやな。ゆっくり手を突っ込んでみいな、裕輔」

「まーた、俺に実験台なれと?」

「せや」

 はっきり言いやがったな。


 でも、まぁ。水に手を入れるぐらいなら──とこの時、高をくくっていた。

 流れの縁にしゃがんでゆっくりと手を挿し込んでみる。


 結構パワフルなうねりが腕の周りを渦巻き、中に手を沈めるほどにヒンヤリとした感触が心地いい。

「おー、冷たくていい感じだ」

「へ~」

 とか言って、ナナが横にしゃがみ込み、好奇な目で俺の手のひらの行方を窺った。


 うかつにも──いや、誰だってやるはずさ。水をすくい上げて横に来たヤツにぶっかける、子供じみたイタズラ心。習性と言ってもいい行為を思い立った瞬間だ。俺の片腕がグイッと引き込まれた。まるで大勢の人らに引っ張られた感じだ。もちろん流れは下流へと猛スピードで移動しているのだから想像はつくだろう。


「ぐわぁぁぁぁぁぁ。何だこりゃー!」

 俺は尻もちを突き仰向けにひっくり返った。だが流れが起こす力は甚大だった。強い力で河原を引き摺られて行く。どんどん下流へと引き摺られて行けば行くほどに焦り、腕に力を掛けて引き抜こうとするので、水流はますます俺の腕に噛みついて放そうとしない。


『腕の力を抜き去ることを推奨します』


 下流へ流されて行く俺と速度を合わせて、飛行するシロタマの忠告が真上から落ち、一緒に走って来るナナからも「落ち着いて」と言われ、我に返った。

「そうだったな……お前から言われると立つ瀬がないな」

 腕の力を抜き、ゆっくりと引き抜くと、あり得ないほどに簡単に抜き出せた。

 あと数メートル手が抜けなかったら、後頭部を打ち付けるであろう大岩に背を預けて大きく深呼吸する。


「やっべーっ。マジ死ぬかと思ったぜ」

「大丈夫なの?」

 続いて追いかけてきた玲子へ。

「あぁ。危機一髪だ。今日からここは遊泳禁止な」

 と告げながら、川のふちを上流へと観察する。


 流れに沿って引き摺られた跡がくっきりと残っており、俺の混乱ぶりを生々しく物語っていた。焦れば焦るほど腕が抜けなくなる何とも恐ろしい水の流れだ。


「あなたね。もっと慎重になりなさい」

 と言って近づいて来た世紀末オンナを思いっ切り怒鳴ってやろうかという衝動に駆られたが、

「部下の心配をするのは上司として当然よ」と玲子は前置きし、

「ここはどう?」

 急激に変化した優しげなトーンに戸惑う。


「痛ててててて」

 引っ張られた手よりも、腕の付け根である肩のほうが無性に痛かった。


「ちょっと見せて………」

 骨格、筋肉の構造に関しては整体師顔負けの知識がある玲子だ。ここは任せておくしかない。


 しばらく彼女は俺の腕を引っ張ったり、肩を揉みほぐしたりしてくれたので、痛みがずいぶん和らいだ。

 たまには役に立つ世紀末オンナだ。ちょっと悔い改めて、体育会系女子のドン(首領)ぐらいにしておこう。


「驚かせなはんなや、裕輔」

 不安げに駆け寄ってくる社長に明るく手を振る(痛みの無いほうな)。

「そやけど。シロタマはこんな中にも生き物がおるとゆうてましたな」

「たぶん、岩に張り付いてゆっくりと動く(たぐ)いだぜ」

「せやろな。自由に動かれへんデ、これは」


「あのぅ……」

 さっきまでの笑みが消えたナナが、白い顔に不安を滲ませていた。


「あそこまで行くには、この川を渡らなければ行けませんよ……」


 視線の先。暗い夜空に向かって、巨大な建物が(もや)の奥へ突き刺さっていた。

  

  

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