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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  誤ったユビキタス  

  

  

 連行されて行く黄色のアンドロイドを忍びない気分で見送り、さっき遭遇した不可解な現象を反芻しつつ検非違使の後ろを歩くこと何分だろう。どこをどう歩いて来たのか、皆目記憶に無いが、気が付くと緩くたゆむ丘陵を見下ろすような高層ビルの前だった。


「ここの8階を住居として使ってもらう」

 鉄仮面野郎は尊大に告げて、ビルの階上を指差した。

 立派なエントランスが奥に広がるフロアーを進んで、扉が開いていたエレベーターに乗り込んだ。


 検非違使は、行き先ボタンの並ぶパネルの前に立たずんていたアンドロイドに命じる。

「8階だ。間違うな!」

 鉄面皮は相も変わらず、身長よりも高い位置からエラそうに声を落とし、かしこまった仕草で行き先のボタンを押したそいつは、じっと階を示すランプの動きを追っていた。


「おぉ……すげえ」


 エレベーターはエアーの圧力で上下する仕組みで、心地よい加速と柔らかな振動は新たな感動を生んだ。

「こんな滑らかで静かなエレベーターは初めてだわ」

 俺と同じ感想を玲子が漏らした。


『そうおっしゃっていただくと、ワタクシのほうこそ嬉しゅうございます』


 唐突に反応したのは、エレベーターの操作をしていたアンドロイドだった。地肌のまま銀色でのっぺりしたボディ。顔の作りは背後から噛み付いくる検非違使と同じで表情が無い。


「関係ない会話をするなっ!」

 目を鬼のように吊り上げて検非違使が一喝し、銀色の奴はびくっと首をすくめた。

 このタコ野郎。これぐらいの会話がなんだってんだ。


 ところが――。

「これだけ進化した街なのに。エレベーターが手動式とはおかしなもんだな」と漏らした俺の独りごちに、

「手動?」

 無駄な会話をするなと言っておきながら、俺の質問に居丈高ではあるが、検非違使はちゃんと反応していた。


「手動ではない。お主らマスターは何も手出しをしていない」


 俺はパネルの前でキョトンとするアンドロイドを指で差す。

「そこで行き先ボタンを押してる者がいるじゃないか。俺が押してもいいわけだし、こういうのが手動だと言うんだ。オートじゃないだろ?」


「こいつはこのエレベーターのシステムの一部だ。フロントエンドのためだけに生まれてきたのだ。行き先を決めるのはマスターだが、ボタンを押すのはこいつの役目だ」


「えっ?」

 言葉を失ってしまった。

 音声認識技術で声を掛けるだけで目的の階へ移動する、当たり前のオートシステムではなく、行き先階をボタンで示す旧態依然的なエレベーターに、進化したアンドロイドを一人配備してそいつに操作させる。こう言うのは何ていうんだろ。確かに自立したとは言えるが……。


「それでいいの?」

 玲子も不思議そうにそいつに問うが、

『これがこの星での仕様でございます。マスターにご奉仕できるのですから。これはワタシの生きがいです』

 瞳を輝かせてそう答えられたら、こっちは何も言い返せないわけで……。


『ご指定の階、到着です』

 明るい声に押し出されて、俺たちは8階のロビーへと降り立った。


「こちらでございます」

 優衣だけに頭を下げた検非違使が示す先にある通路は明かりが煌々と点いており、同じ作りの扉がいくつも並んでいた。


「マンションか……」

 この星が方舟(はこぶね)として機能していた頃は、この部屋すべてに人が住んでいたと思われる。でも今は誰も住んでおらず、寂寥感(せきりょうかん)が漂う空間があるだけだった。


「その割りにキレイに(みが)かれてるわね」

 しんと静まり返ったフロアーに玲子の声が響く。豪奢なでき栄えの扉が等間隔に並んだ様子は、ちょっとした高級マンションだ。

 壁の作りは真新しく、金属製の手すりや飾りなども曇り一つ無い。俺たちの姿が映り込むほどに床も艶々に磨かれており、清潔感あふれる設えに驚いた。


「清掃が行き届いてるが、これも専用の奴がやってんだろ?」

「そうだ。一つのフロアーに5人のクリーナーが装着されておる」

「装着って……電動髭剃りの刃みたいに言うなよ」


 想像どおりの答えを検非違使は返して、予想どおりに振る舞う。

「何かございましたら、ここに執事が配置されていますので、なんなりとお申し出ください」

 鉄仮面野郎は玄関脇に突っ立っていた茶系色の衣服を着た小柄なアンドロイドを引き寄せ、優衣だけにそう伝え、俺と玲子は完全に無視だった。



 茶の服装をしたアンドロイドがゆっくりとやって来て頭を下げる。

『執事の参百六拾七番でございます』

 検非違使はその仕草を見届けると、満足げに一礼して立ち去った。もちろん優衣に向かってだ。


「気分悪い奴だぜ……」

 立ち去る鉄仮面に吐き捨てた俺の前に、

『それは大変でございます。ただちに医者をお呼びしましょうか?』

 頓珍漢な解釈をした執事が小刻みな歩幅で近寄って来た。


「いや、体調はすこぶる良好だ。そうでなくて、検非違使の態度が気分を害すると言いたいんだ」

『左様でございますか、それは結構でございます』

 ぺこりとお辞儀をすると玄関脇が自分のテリトリーだと言わんばかりに、堂々とした態度で戻り、静かになった。


「会話がなりたっていませんね……」ぽつりと優衣。まったくそのとおりだ。

 俺は優衣に肩をすくめて見せてから部屋に踏み込んだ。玲子はとっくに探検してくると言い残して奥の部屋に消えていた。


 玄関から通路が奥へ向かって室内を左右に分断しており、ここから見た限りでは部屋が右と左に三つずつ並んでいる。玄関から最も手前の左側の扉が開いており、中を覗くとそこはキッチンだった。


「うぉぉ。新品かよー」

 壁や天井、家具調度品までキッチンの設えはすべてが真新しかった。

 こんな時に何だが、小躍りしそうになった自分が情けない。検非違使の態度は気に食わないが、物欲になびかされる俺って、とことん貧乏人の代表だ。


「大至急そろえたらしいぜ」


 肩越しに掛けられた声に振り返り、うわっ、と叫び声を上げた。


「副主任さん」

 優衣は明るめの声で、俺は、むむっ、と口を真一文字にする。


「執事の野郎、本気で医者を呼びやがったのか?」

 玄関脇に突っ立っている茶色の服装をした野郎を睨むが、副主任は半笑いで答える。


「別に呼ばれて来たわけじゃない。キミらのことが気になったものでさ。自主的に訪問したんだ」


「訪問と言うより勝手に押し入って来たみたいにも感じられるが?」

 嫌味半分で言い返してやったが、副主任は平然と言う。

「オレは医者だからね。行動に制限は無いんだよ。どこにだって自由に出入りしてもいいのさ」


 爽やかボイスなのに面持ちは無表情の仮面姿。何ともとっつきにくい副主任だが、俺と優衣をキッチンへ連れて行き、

「お誕生になられたマスターにお茶の一杯でも出して、自己紹介でもしたらどうだい?」

 部屋の中に向かってそう言い放った。


「うはっ!」


 一瞬、影が動いたのかと思った。微動だにせずに家具の一部として同化していた連中がふいに壁から浮き出て一歩前進。たじろぐ俺たちの前で横並びになるとそれぞれに腰を折った。


「このたびはおめでとうございます。ワタクシはお食事のお世話をさせていただくロボットで、四百参拾七番でございます」

 ちっともめでたくは無いぜ。


「ワタシはお茶の準備専用のロボットで四百九拾伍番です」

「食器洗浄を担当しております、四百七拾壱番でございます」


 連中は家具と家具の隙間にすっぽり収まるような形状をしており、使用されない時はお互いの凹凸(おうとつ)を相殺する形に畳み込まれて、収納されるコンパクトな構造になっていた。


 改めて見渡すと、床近くにも何かにトランスフォームして動き出すであろうと思われる物体があるのに気付いた。たぶんそれは掃除機だ。となると部屋の隅で小さいボディでありながら、でかい口を開けた奴、あれは何だ。ゴミ箱だとでも言うのか。


 俺は込み上げてくる疑問を押さえ切れずに質問した。

「ここのアンドロイドは家具と同化する構造だけど、まさか仕事ごとに装備されているのか?」

 細い指をカチャカチャと忙しなく震わせている奴に尋ねる。


「………………」

 何も喋らない。


「あんたはお茶の係だろ?」

「………………」

 やっぱり何も喋らない。


 たまりかねた様子で副主任が間に入った。

「公共性の薄い家具専用の人工知能はロボットと呼ばれて、不必要な言葉は持ち合わせてないんだ。お喋りしたかったら玄関脇に突っ立ってる執事に言えばいい。彼がその担当ってワケさ」


「まさか、他にも調度品に同化した連中が潜んでるんじゃないだろうな?」


「何を驚くことがあるんだい? そうりゃそうだろ。キミらはマスターなんだ。当たり前の設備じゃないか」

 と前置きをしてから、副主任は得々と語りだした。


「この住居に入った瞬間からキミらマスターに対する奉仕が始まるんだよ。室温、湿度、照明から食事、入浴、衛生、睡眠制御、健康管理まで、すべてにアンドロイドやロボットが配備されて個々にネットワークに繋がり中央制御と連携するんだ。夢のようだろ?」


「ンな訳あるか、むしろ監視されてるみたいで気分がめいるぜ」

 マジ、これではプライベートが無い。


「そんなことないさ。監視じゃなく観察さ。色々と調べて結果をフィードバックするんだ」

「たいして変わらん」

「まぁそう言わずに聞いてくれよ」

 と求めるので、俺がうなずくと副主任は眉をひそめたくなるような面倒くさいことを言い始めた。


「その時々のヒューマノイドの言動を読み取ったすべての人工知能が、それを情報としてデータ化し中央制御へ送って、今ヒューマノイドがどんな状況なのか分析するんだ」


「よく解らんな」


「そうかい? それなら例を出そう……。例えば、食事時間は決まってるけど、それまでに腹が減れば、『腹が減った』とつぶやけばいい。その場に居合わせてた誰かが生命体の要求を中央に送り、食事が作られ場所を問わず提供される」


「アンドロイドが聞き耳を立てているわけか」

「そう受け取ってもいいけど、これは便利なシステムだぜ。しかも重複しても問題無いんだ。もし食事中に眠いなと感じたら、一言『眠い』と言えばいい。すぐさま睡眠制御のアンドロイドへ指令が送られる。言うだけでいいんだ。それだけで気持ちよく眠りに入ってもらえるように寝具の準備がなされる。もちろん食事の後片付けは担当のロボットがやるから、マスターは睡魔に耐えながらやる必要はない。何もしなくていいんだ」


「この星では器具や道具を進化させるのでなく、それを使えるロボットやアンドロイドのほうを作ったんだ」


 聞き様によっては理想的かもしれないが、いまいちしっくりこない。

 ヒューマノイドが利用するすべての物に対して自律した人工知能が配備され、ネットワークにつながり情報を共有する、これをユビキタスというのだが、元からある家具、器具を操作する人工知能にそれを割り当てたことが出しゃばった感じになって、とても鬱陶しい。


 副主任は不可思議なものを見たふうに首をかしげ、

「道具や家具はマスター愛用の物を使用するのが基本だ。これはマスターを尊んだ行為で、それに合わせたアンドロイドを作るほうが自然なんだよ」

 と言ってから、

「まさか。キミらの世界では先祖の作り出した物を壊して新しい物を拵えちまうのかい?」

 想像だにしなかったことを思いついた、みたいに副主任は息を飲んだ。


「俺たちはそれを進化って呼んでんだ」


 副主任は首を捻りつつ、さらに付け足す。

「オレたちとどこが違うのかな? ほらこの四百九拾伍番はお茶を淹れる専門のロボットなんだ。でもティーカップやケトルは700年前の物と何も変わっていない。でもこいつはデバッグと機能拡張を380年間繰り返して今に至った。ほらな進化してるだろ?」


 それを聞いて、茜の顔が脳裏を過り、思考が滞った。

 いや、何だろ。同じお茶を淹れる行為だが、茜とは違う気がする。

  

  

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