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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
157/297

  葬 儀  

  

  

「えらい事になっちまったな……」

 水面下645メートル。猛烈な水圧に囲まれたこの水宮の都市から逃げ出す術が無いことを連中は把握している。そのせいか比較的自由に動き回ることを許していたが、常にどこかで検非違使の赤い服装が見え隠れしていた。


 病院の外へと出た俺たちは、公園らしき設備の隅っこで今後の対策をひねり出そうとした。

「何とかこのことを銀龍に知らせることはできないかな?」

「それがさ。さっきから連絡を取ろうとしてるんだけど、この無線機だめだわ。だって水の中では電波は飛ばないんでしょ?」

 玲子がそんなことを知っているとは、珍しいこともあるもんだ。


「あのな。その無線機は極超長波(ELF)通信機でな……」

 なんでこんな機械音痴の奴に説明しなきゃならんのだ。ほらみろもう目が点になってんぜ。

「とにかく。本来ならちゃんと銀龍と繋がるんだ」


 俺の言いたいことはシロタマが説明してくれた。

『現在。水面、数十メートル上空にシールド状のものが張られて水球全体を取り囲んでいます。それが影響して電磁波が銀龍には届きません』


「おい、あれを見ろよ」

 おびただしい数のアンドロイドが病院の周りを取り囲んでいた。

 葬儀が始まるとアンドロイドたちが集まって来る、と事前に副主任から説明を受けて心構えはしていたのだが、どこにこれだけのアンドロイドがいたのかと、驚きを隠せない人数だった。


「ここを抜け出す何か良いアイデアはないかな?」

「やはりシールドを放射している装置を破壊するのが最優先でしょう」

 俺たちは葬儀の準備に忙しく動き回る連中を遠巻きに眺めつつ、議論を練り返した。


 とは言っても玲子は実戦向きなので、そもそも当てにならない。なにしろ第一声がこれだ。

「泳いで水面まで行けないの?」


「お前はサイボーグかっ! すんげぇ水圧の上に645メートルも息を止めてられるんかい」

 もしかしたら「いけるわ」とか言い出すかと思っていたら、

「ランニングなら行けるんだけどなー」

 まじかよー。呼吸止めて600メートルを全力疾走できんの?


「ウソに決まってんでしょ」

 玲子は俺の背中をパンッと叩いて笑い飛ばしたが、いやいや、こいつなら可能かもしれない。叩かれた背中がやけに熱かった。


 しかし先行きを考えると、愉快な気持ちはすぐに吹っ飛ぶ。

「これから、あたしたちどうなるのかしら……」

 群集の騒ぎをぼんやり見つめていた玲子が悄然とつぶやいた。

 言いようの無い不安感が暗く立ち込めてくるのは隠し切れない。

 右も左も何も分からない俺たちにはシールドをどこから出しているのか想像もできない。


「亡くなったザリオンのお婆さんの代わりに、連中の存在目的の対象にさせられるのは決定的です」

「存在目的の対象って何だよ。殺されるの?」


「逆らわなければ、無事だと説明してたでシュよ」

「つまりここに住んでいた人の代わりにされるんです」

「そっか、はっきり言ってたもんね」

「でも、それって飼い殺しだろ。俺たちは新天地に行く気ねえし」


 だがここでウダウダ言い合っいても何も進展しない。

「こういう時は……だ」

「なによ?」

「こんな状況に陥った場合の基本は、まず調査だ。しばらくあいつらに付き合おう」

 外の騒ぎを顎の先で示し、胸元で腕を組んだ玲子に向き合い、

「それから何とかして銀龍に連絡を取る手段を見つけ、シールドを出している装置を探がす。な、明確な目標ができてんだろ?」

「ふ~ん。あなたにしては上出来じゃん」

 やけに感心したふうに、平たくした唇を突き出した。


「ご相談中、いいかい?」

 と言って近寄ってきたのは医療センターの副主任、七番だった。葬儀に参列する準備だろう、白衣はそのままだが、頭にエボシを被っていた。はっきり言っておかしなスタイルだ。


「相談なんかしてないぜ」

「無理すんなよ。捕えられた種族は最初みんな怯えて仲間どうしで固まるもんだ。ほら図星だろ?」

 こいつはやけに気さくに接してくる分、気を許しそうになるが、こういう輩が最も胡散臭い。


 そいつから、暇なら社会勉強を兼ねて見学に来るかい? と言われ、

「他種族の葬儀は興味ねえな」

 俺は冷然な態度で突っぱねたが、

「ここにいてもいいけど、連中が見張ってるから、きっとめげるぜ」

 副主任の視線が示す先、二人の検非違使が柱の陰で目を光らせていた。


「明らかに俺たちは軟禁状態だな」

「気分悪いわ……」


「葬儀に参列しながら今後の事を考えませんか」と言う優衣の意見に渋々賛同して、俺たちはザリオン人の葬儀に参加することにした。




 葬儀は水中葬だと言うことだ。この習わしはここを作ったマスターの意向がそのまま受け継がれているらしく、しめやかに丁寧に執り行われていた。

 黄色や緑、青など原色に近い色で分けられたアンドロイドの制服は、おそらく連中の役割を表すのだと思われる。そんな連中が白布で包まれた巨大な棺桶を担いで病院を出立した。


「それじゃあ、オレたちも行くかい」

 白衣の前を丁寧に合わせて副主任が立ち上がるので、俺たちもゆるゆるとその後を追う。


 行列は遠くの丘を越え、別の水中艇が停泊するドッキングポートへと運ぶらしいが、ポートへ進むほどに、周辺の建物からアンドロイドが続々と詰めかけ、あれよあれよという間に長蛇の列となった。


 行進のしんがりについていた俺たちに向かって、機械の民衆が口々に言う。

『ご誕生おめでとうございます。マスター様のお世話ができることを心より感謝しております』

 そしてそのたび俺はこう言う。

「誕生って、別に今日生まれたわけじゃあないし、俺たちはこの星の人間じゃないんだ」


「言っても無駄だよ……」

 そう声にしたのは、白衣の裾を風になびかせて俺たちの数歩先を行く副主任だった。


 半身をこちらに振り返らせて、手のひらを振った。

「カトゥースが二桁以上の民衆の中では、どんな人種であろうとヒューマノイドはマスターと認識されるのさ。どこの星の人であろうともね。なにしろこの水宮の城の外に別の世界が広がるなど、微塵も考えていない。そういう学習はできなくしてある。もちろんそれは上層部の情報制御によるものさ」


 俺は噴き出してきた疑問ぶつける。

「なぜあんたがそれを知ってんだよ?」

 主任は戸惑ったような顔を俺に寄せ──よく読めない表情だけど、目がそんな感じに歪んでいた。


「知ってるさ……バカにすんなよ。この星の運航計画表を作成するのは医者の務めでもあるんだ」

 途中から少しトーンを落とし、

「生命体が激減して、医者本来の仕事が無くなったからな。ようは暇なんだよ」

 人間ならここで苦笑いの一つでも浮かべるところだが、副主任は仮面の位置を直しただけだった。


「一つ質問してもいい?」

 玲子が指を一本おっ立てた。


「答えられる範囲で頼むよ」


「あたしたちどうなるの?」

 だよな……それが最大の懸案事項だな。


「ん……答えにくい質問だ」

 副主任はしばらく黙りこけ、

「もう銀龍には戻ることはできないだろうな」と言った。


 軽く答えてんじゃんねぇよ──。


 溜め息混じりで肩を落とす俺に、

「もっとも子孫を残してくれたら、話は変わるけどな」

 仮面野郎はとんでもないことをさらりと言いのけた。


「し……子孫?」

 丸い目をキョトつかせる玲子。


「何を驚いてんだい? 生命体は勝手に繁殖できるじゃないか。俺たち高等な人工生命体であっても決してできない行為さ。男性ひとりに女性が二人だ。繁殖率が高そうじゃないか。明日からさっそく繁殖にかかってくれたらいい。そうすりゃ早めに銀龍へ戻れるさ」


「あのな…………」

 俺は何も言い返せず、隣では、あり得ないほどに赤面してうつむく玲子。


 おいおいマジで取るな。



 副主任はさらに俺へと顔を寄せてぶっ放す。

「明日から頑張ってくれよ。キミの得意分野だろ?」

 なんちゅうこと平気で言うんだ、この仮面野郎。


 今度は俺が赤面した。


 横から優衣が複雑な表情で覗き込んで来たので、

「すまんね。コマンダーでもさすがに無理だからね」

 念のためお断りを入れておこう。





『七番様。ご昇進おめでとうございます。いよいよ六番様でございますね』

 群衆の中には、副主任へ向かって親しげに声をかける人もいるが、それは決まって今みたいな内容だった。


 そう言われた副主任の答えは常に同じで、

「オレは七番のままだよ」

 穏和に応え続けていたが、最後には俺へたちへ言い訳じみたことを述べた。

「まるでオレが六番を蹴落して昇級したみたいに言うヤツがいるから嫌なんだ」

 苦々しげに俺を見る目に応える。

「昇級テストか何か受けるのか?」


 副主任は仮面を付けた頭を左右に振る。

「いいや。この星でのヒエラルキーは生まれた時に決まるんだ。つまり何事もなければ七番は永久にオレさ」

「でも昇級するんでしょ?」

「ああ。空きができた時に単純に詰めるだけの目的で昇級するんだ」

 目の色を濃くした玲子が割り込み、副主任は落ち着いた口調を貫いた。


「となると六番に空きが出たのね。それはなぜ?」

「ここのみなさんの稼働年数はどれぐらいあるのですか?」

 今度は優衣が割り込みいつの間にか俺は蚊帳の外だ。


「何だよ。女性陣は興味津々だな。女は噂好きというのは本当なんだな」


 なによ、てな顔をして玲子は黙り込んだが、優衣は興味深げな面持ちで返事を待っていた。

「──ここのアンドロイドの実質稼働年月は約千年だな」

「出発して700年。それなのに空きが出たのですか?」

「ああ。空きが出ることがよくある」

 副主任は「その前に」と言い、ここでの階級制度を詳しく説明してくれた。


 ここで言うこいつらの身分制度は、生まれた時に付けられるシリアル番号が発端になるらしく、俺の思った通りの展開だった。


 開発者が機能別に分類するだけで付けたシリアル番号を勝手に身分だとかの変な思惑で、ぶっ飛んだ制度を作り上げてしまったんだ。

 1番を頂点に身分は番号順に下へ降りて行き、医療関係やエンジニアは5番から19番、20~29が保安部の検非違使、30~39がシステム系のメンテナンスを任された連中らしい。

 最初は百体と言う話だったが、今では大幅に増えていると補足も入れてくれた。



「故障したり、学習機能が不完全でキネマティクス不全や機能障害などを起こしたりした連中は、五百番台に追いやられるんだ」


「つまりそれで、番号に空きができるわけですね」

 副主任は優衣に首を振って見せた。

「それだけじゃない。さっき医局長が言ったろ。ビゴロスに破壊され焼却処分になる連中が意外と多い」

 思い出したくない悪夢を語るように、少し間を空け、

「……六番様もその犠牲者だ」


「倫理委員会に逆らったんだな?」

 俺の問いに、緩やかに首肯する。


「まだあのザリオンの婆さんが元気なころさ。マスターがいなくても秩序を保てるシステムに再構築可能なのに、それを進展させないのは倫理委員会だと六番様が主張したんだ。そしたら五日後……バラバラになった筐体が街の中心部にあるマリンパークに見せしめみたいにしてぶら下げられた。連中が企んでる何かの証拠を六番様が発見したとの噂も流れたが、怖くて誰もが口を閉じた」


「むごいことを……」

 優衣の声が打ち震えていた。

「誰がやったの?」と玲子。


「高等なアンドロイドが互いに手を出し合うことはできない仕組みさ」

「じゃ誰がやったのさ?」

 こいうことには無性に乗り出すなぁ、玲子。


「ビゴロスだよ」

「よく出てくるけど、それって何?」

「倫理委員会の最上位カトゥース、別名2ビット委員会さ。ビゴロスはその連中の命令しか聞かない重装甲型の破壊兵器さ」

「2ビット委員会?」

「正式にはゼロから参番までの連中だが、ゼロは特別なカトゥースなので、壱番から四番の連中のことを言う」


「オマエら、そこで何を語り合っておるっ!」


 参列のしんがりを付いてい歩んでいた俺たちの鼻先に、いきなり黄色と黒のストライプ模様になった警棒が突きつけられた。


「おい弐拾番! いきなり失礼だろ。葬儀の真っ最中だぞ」

 憤然と構える副主任に、こいつは今までの検非違使とは少し違った。


「たとえ七番様であろうとも、異星人とのコンタクトはお勧めできませぬ。ただちに参列の先頭へと移っていただきとうございますな」

「うるさいなぁ。おマエの指図は受けない。身分をわきまえろ」

「最近、反体制の連中が熱くなっているという情報を聞きますうえでの警備でございます。ご辛抱くださいませ」


 さらにグイッと顔を近づけた。

「あなた様は……六番とはお親しい関係だったと聞きますが?」

「おい、たとえお亡くなりになったと言っても、オマエより身分の高い人を呼び捨てにするなっ!」


「六番は反対制グループのリーダだったのです。敬語は必要ないかと。しかし倫理委員会のカトゥースが(けが)されるとは……ゆゆしき問題ですぞ」


「この野郎ぉぉぉ! オマエが殺ったのか!」

 熱くなった副主任は検非違使の胸元に肩から突っ込んだ。しかし相手は警備専門のアンドロイド、戦闘能力の差に大きな隔たりがある。簡単に弾き飛ばされ、地面へと突っ伏し、被っていたエボシが外れて遠くに飛んでいった。


「やめなさいっ!」

 飛び出したのは玲子ではなく優衣だ。玲子も飛び出そうとしていたが、優衣に制され一歩出遅れた。


「なんとっ!」

 意外な展開を見た。


 もの凄まじいまでの力で副主任をひねりあげようとした検非違使が、その前へ飛び出してきた優衣に硬直して動けないでいる。

「そこをおどきくださいませ……」

 振り上げた腕をぶるぶると震わせて、下ろすこともできずに強張る検非違使。


「いいえどきません。腕力でことを牛耳るなど言語道断です。絶対に許されるべき行為ではありません」

 見た目の優衣は華奢な少女だ。対するこっちは、がっしりタイプで背もはるかに高い検非違使なのだ。誰がどう見ても優衣がひねりつぶされそうな気配だが、

「しょ、承知いたしました。申し訳ありません」

 何が起きたのかさっぱりだが、あの検非違使が拳を下ろした。優衣のひと言で引き下がったのだ。


「承諾したのなら、参加者の列が乱れています。警備ならまずそれを何とかしなさい」

 優衣も知らぬ土地でなぜこんな命令形で捲し立てたのか、よく解らずに戸惑っていたが、俺と玲子は驚愕に近い困惑の渦中に置いてきぼりだ。


 そして原因となった検非違使は礼儀よく腰を折り、

「かしこまりました」

 黄色と黒の警棒を腰に戻し、くるりと踵を返して列の先頭に向かって怒鳴りあげた。


「ほらーそこっ! 何でもないから列を乱すな! さっさと前進するんだ。こらーそこもだ! 列が乱れてるぞ。時間が無いんだ! 隙間が空いてるぞー!」


 検非違使は怒鳴りながら先頭へと立ち去り、副主任は地面から半身を起こすと、空を仰ぐように優衣を見上げた。

「こりゃあ驚いた。あなた様はいったい誰だい? あいつのマスターかい?」

「違いますよー」

 優衣は飛ばされたエボシを拾いながら柔和に否定し、副主任は汚れた白衣の裾をぱたぱた(はた)いて受けとると、俺へと向けて楽しげな声を出した。


「どーなってんだい、こりゃー?」


 こら──っ!

 俺のセリフを盗るんじゃねえ。

  

  

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