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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  囚われた自由  

  

  

 目前に横たわる患者を見た瞬間に、俺たちは動けなくった。


 ベッドを縦に数列並べて横たわされたボディはゆうに3メートルを越えていた。しかも白っ茶けてはいるが、鱗に覆われ、裂けた口が前に飛び出した爬虫類の顔。


「ザリ、」

 オンと叫びかけて、玲子に制されてパーティションの裏側に引き摺り込まれた。

 医局の関係者が不審な目を注いでくるが、ひとまず待たせることに。


 青ざめた顔色の玲子と、驚愕で打ち震える優衣と顔を突き合わせて声を潜めた。

「今の見たか? ザリオンだぜ」

「うん、それもだいぶ年取ってるよ。あの鱗の年老いた感は間違いなく老婆だわ」

「話しがおかしいじゃねーかよ。ザリオンは自分の母星があるだろ。連中は母星が無くなったって話だぜ」


 優衣も声を潜める。

「しかも新世界を求めて旅に出るなど、ザリオンの習性ではありえません」

「だよな。あいつらだったら、新世界を求めるじゃなくて、見つけ次第ぶんどって自分の物にしてしまうぜ」

「じゃーどうして、あそこにザリオンが寝てるの?」

「知るかよ。俺に訊くな」

「ザリオンによく似た種族という線はないの?」

「知らねえって。ちょっと待て、シロタマに訊いてみる」


「銀龍のみなさん。どうしたんだい? マスターは難病なのかい?」

 パーティションのあっちから副主任の声がする。あまりこっちでゴソゴソしていられないので、顔だけを出す。


「その患者さんだけど……ほんとうにこの水宮の星を作った種族なのか?」


「あーそうじゃ。我々を作ったマスターだ。この人で最後じゃよ」

 即答で返してきたのは医局長のがさついた声だった。


 訝る雰囲気を悟られては良くないので、急いでベッドに戻って何とか取り繕うことに。

「と……とにかくうちの医局長に診てもらう」

 俺は間に合わせの返事をして、ベッドの脇に玲子と並んで確認し合った。


「ザリオンだよな……」

 耳元で囁かれた玲子もしっかりとうなずき、優衣も続く。

「間違いありません。特徴的ですので見間違うわけがありません」

 優衣が言うからには決定的だ。


 連中のCPUが狂ったのか、あるいは何かの策略があるかだ。


「用心しろよ」

 と玲子と優衣に小声で伝え、質問は患者のすぐ上でホバリングしているステージ3に向ける。


「どうだシロタマ? 患者さんは何の病気だ?」


『身長324センチ、体重128キログラム、性別女性、推定年齢、65歳です』


 はっきりと聞き取りやすい男性声は、ステージ3特有のものだ。


「タマ……ちょっと」

 指の先をちょいちょいと曲げて招き寄せる。誰にも聞こえない程度の声で、

「種族を教えてくれ。俺だけに聞こえるようにな……」


 シロタマは誰にも聞こえない音量ではっきりと答えた。

『ザリオンです』


 俺は長く尾を引く吐息をして、玲子たちに力強くうなずいた。

「決定だ……」

 目をつむって眠るワニ婆さんの頭上で浮遊するシロタマに、もう一度訊く。

「年寄りだと言ってもまだ65歳だ。普通はまだまだ元気じゃないのか。この人の病名は何だ?」


 九番がシロタマの下に歩み寄り報告する。

「いくら処置しても血圧が上がってこない。心拍も弱く、何をやっても回復しないんだ」


『患者は病気ではありません。加齢による生体機能の低下です。低血圧症の期間が長かったものと推測される脳障害が認められます』

 シロタマの報告では納得できず、みたび尋ねる。


「でもまだ65歳だろ?」


『ザリオンの…』


「あ──タマ! 大きな声を出すな。小さな声で言わなきゃ患者に影響が出る」

 お前のほうがでかい、とでも言いたげな医局長、伍番の仮面野郎に笑ってごまかす。


『……この種族の平均年齢は60歳前後です。65歳は十分に高齢です』


「それじゃあ、早く治療を頼む」

 これだけ決定的な事案をシロタマが述べているにもかかわらず副主任が迫った。


『加齢による低血圧症がここまで進むと治療ができません。不老不死の特効薬は、いまだに見つかっていません』


「キミらの種族でもそれは不可能なのか……」

 と副主任が残念そうに言い、医局長は溜め息と共にこう言った。

「その丸い物体が医療、中でも生物学に関して精通してるのはよく分かった。言うとおりじゃ。ザリオンは短命なんじゃ」


「なんっ!!」

「知ってて……どういうことよ!」

 玲子と一緒に叫んだ。


「ザリオンが短命なことはこの気性の荒さからいって、早くテロメアが短縮する傾向があることは、研究によって明白なんだ」

「何だよ、テロメアって?」


『染色体の末端部分にあり、寿命を司る構造を持っています』


「おほぅ。けっこう詳しいな」


 からかうようにシロタマを称賛する八番の白々しい態度に、俺はブチ切れる。

「ちょっと待ちやがれ! ザリオンだと分かっていて俺たちをここに誘い込んだのか! ということは軟禁だって仕組まれてたんだな!」

「あたしたちを騙したの?」


「まぁ落ち着け。今説明してやる」


 俺に同調して息巻く玲子に手のひらを見せて止めに入ったのは、五番の医局長だ。エボシとか言う筒状の被り物を頭から外しつつ、

「ほんに血の気の多い女性じゃな……」

 不必要なセリフを吐いて俺たちの前に出てくると、冷たい視線を浴びせた。


「この水宮の星はマスターが拵え、新天地を目指して飛行を続けるという話しは聞いておるか?」

「ああ、聞いた」

 俺の返事が輪をかけてぞんざいになるのは仕方が無い。戸惑いと怒りで、頭の中はぐっちゃぐちゃだ。


「しかしじゃ。マスターが不在になったらどうなる」

「新天地へ向かう意味が無くなるわ」と玲子。


「そのとおり。そうなると我々の存在も無意味になり、秩序が乱れてここのシステムは崩壊して水の底に沈む。この星の真の目的を考えてマスターはそんな構造にしたのじゃ。賢いのう……」


 一拍ほど間を空けて医局長は重々しい声に切り替えた。

「だがな。マスターは絶えたんじゃ。とうの昔にな」


「じゃ、じゃあ……」

 見てきたばかりの光り輝く水中都市の光景を思い浮かべ、怒りが戦慄へと移り変わっていく。

「そうさ──システムは崩壊していない。見たろ外の景色? 何も変わってない」

 副主任は優しげな口調なのだが、仮面が無表情を貫き通すので、とても違和感を覚える。冷徹なのか熱く語るのか判断ができない。


 それでも俺たちの瞳の奥を煌めく眼球で順に巡らせて言う。

「それは……代わりのマスターを準備したんだ」

「まさか。それで……よその星の種族を……」

 玲子の顔色が蒼白になった。


「マジでやばい話になってきやがったぜ」

 事態はさらに恐ろしげな方向へ。エボシの先をじっと見つめていた医局長が耳を疑いたくなる告白をした。

「このことを知っておるのは、これを被ることができる身分の者だけ、カトゥースが一桁の者だけじゃ。倫理に則ってこの10人が決めておる」


 勝手な理屈を無感情で淡々と語る仮面野郎が異貌の悪鬼に見えた。

「この野郎! やっぱり()めたんじゃねえか!」


「ここはよころぶべきところだろ? キミらはこの星のマスターとなる。マスターだぞ。光栄なことだ」

 九番の言葉は氷柱で刺されたように冷たく激痛をともなっていた。


 こいつらは捕らえた生命体を水宮の星存続の要として利用していたのだ。そしてたった今、次のマスターは俺たちだと宣言されたわけだ。



 嵌められた……。

 心胆から凍り付き両足の力が抜けていく感覚に襲われた。


「ひどい! ひどいです。あなたたちはワームホールが点在する星域にわざと隠してあるように見せかけて、へんな小芝居まで打って……それのどこが守るべき倫理なのですか?」

 連中を信じ切っていた優衣の口調が痛々しく聞こえる。


「あたしたちが従うわけないでしょ!」

 噛みつく玲子を引き留めつつ、

「軟禁を今すぐ解けば不問にしてやる。すぐに解放しろ!」

 俺たち三人は恐怖から自然と寄り添っていた。


 しかし連中は俺たちを捕らえる様子もなく、

「まずはザリオンの葬儀を執り行う」

 と医局長が口火を切り、続いてシロタマが冷然と告げた。


『心肺停止しました』


「えっ?」

 ベッドと天井の中間に浮かんでいるシロタマへと振り返る。と同時に患者から離れようとした九番を目撃。

「今、何を投与した!」

「安らかな最期を迎えてやったんだ」

 強く問い詰めるが、九番は淡々とした態度を貫くだけだ。


「なんということをしたのよ!」

 喰いつく玲子にも平坦に言いのける。

「我々の医療技術を舐めてもらっては困るな。このザリオンは脳死の状態だったんだ。寿命はとっくに終わっていることも承知のうえだ」

「しかしそこは他人が手を出してはいけないだろ」


「ああ。生命体の倫理も学習しておるよ。だから葬儀を執り行うのじゃ」

 医療センターの総責任者、伍番も冷徹な返答しか出さない。


「話を逸らすな。安楽死は倫理に逸脱した行為だ」

「しつこいのう。言っておるじゃろ。『生命体の倫理』は学習しておると。だがな。我々のモラルでは安楽死は承認されておるんじゃ」

「生命体の倫理や尊厳などはアンドロイドが勝手に書き換えるものではないだろ!」

 奴らは俺の言葉を無視して言う。

「一つ忠告しておいてやろう」

「何だよ?」

「今後、お主らの起こす言動が扱いに影響するから注意するんじゃな」

「こ、のぉっ!」

 我慢し切れなくなった玲子が医局長の首っ玉を鷲掴みにするが、いとも容易くそれを副主任が引き剥がし、

「ほら、これだよ。逆らうな。従順にしていろ。でないとアルディア人みたいに3日で殺されちまうんだ」


「安楽死かっ!」

「我々は医者だ。倫理に反することはせん」

「お前らのは人の作った倫理じゃねえ!」


「だから……我々の倫理じゃと言うとろうが」

「人殺しを黙認するのが倫理なのかよ」

「高等な人工生命体の道義に(のっと)っておればそれでよい」

 と言った後、さっぱりした口調でこう言った。

「我々とて同じじゃ。逆らったら破壊されるんじゃ。すべて平等になっておろうが。正しい倫理じゃないか」


「誰にやられるんだよ!」

「決まっとるじゃろ。水宮の城の倫理委員会じゃ」

「聞いてくれ! 我々も逆らうと倫理委員会から派遣されたビゴロスに破壊されるんだよ……キミらと同じさ。わかるだろ?」

 副主任は光る目に力を込めて、俺たちを諭すように繰り返した。

「とにかく、まず落ち着いてくれ。それから決して検非違使の前で逆らうようなことはするな」


「マジでお前らそれで正しいと思っているのかっ!?」


 伍番の医局長は執拗に首をひねる。

「何をそんなに興奮することがある? このザリオンの代わりに、お主らをここのマスターとして崇め奉ってやるんじゃぞ。感謝されてもいいぐらいじゃ」


「バカな……」

 気が抜けた。こいつらの考えは自己に走り過ぎだ。この星はデタラメな思想で動いている。今まさにそう感じた。

 生命体が途絶えた機械だけの都市に俺たちは捕えられたのだ。

 顔から全身に白布で包まれていくザリオン人を俺たちは漠然と見るしか手立ては無かった。

  

  

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