表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
155/297

  一桁のカトゥース  

  

  

「風邪かい? 処方箋を書いてやるから、薬剤部へ行けば薬をくれるよ」

 と言いながら奥から出てきたのは、白衣姿の人物だった。

 俺とシロタマの会話を聞いていたようで、爽やかに応えるのだが、さっきのいけ好かない野郎のおかげですっかり懐疑的になっていた。


 ロビーに入って来た男は、胡散臭く見つめる俺たちを気にすることなく、ずかずかと近寄って来た。


「やぁようこそ。私がこの医療センターの副主任で七番だ。遠いところからご苦労さん」

 遠目では検非違使と同じ表情を欠いた野郎だと思っていたのだが、よく見るとこの男は正真正銘の仮面で顔を隠していた。こもった声と喋るたびに動く顔を覆った物体。まぎれもなく薄い硬質感のある仮面だった。


「それはそうと、検非違使には面喰らっただろ。んー?」


 何だかとても心許せそうな感じを受けるのだが、要注意に越したことは無い。仮面を被って人の前に出て来る奴に気を緩めるわけがない。よけいに強張る俺と、身構える玲子。


「ふははは。図星のようだな。連中は礼儀を知らないからな。ま、大目に見てやってくれ」


 しかしなんだろこの緩い口調。まるで生命体だ。もしやこの星の住民?


 俺は一人息を飲んだ。

 生命体は一人しかいないと言っていたのは、嘘では無いかと言う思いが湧き上がったからだ。


「それって、仮面なの?」

 ぶしつけな質問をしたのは案に違わず、玲子だった。

 秘書の職務を全うするときは、決して失礼に当たる質問などするはずがないのだが、これは怒りで熱くなっているのだろう。ぶしつけな態度からそれがヒシヒシと伝わってくる。


 白衣の男は自分の仮面を指差し、こもった声で訊いてきた。

「これが気になるのかい?」

 こちらの粗雑な態度に笑って受け流す気さくな振る舞いは、ずいぶんと好印象だ。


「まぁね」

 玲子は目元に微笑を浮かべ、男は、ちょっとだけだぜ、と言うが早く、辺りを気にしながら、さっと外して素顔を曝して見せた。


「なっ!」

「あら……」

 意外にもイケメンだった。精悍で顎が少し尖り、キリリとした目元も整った、悔しいが男前と呼ばれる部類にカテゴライズされるべき男性だ。

「いいかい。素顔を曝すことはここでは禁止なんだ。内緒に頼むぜ」

 と言って、玲子ではなく優衣に──ここを強調するぜ。優衣に微笑んでから、男はまた元の仮面顔に戻した。そして俺、玲子に視線をやり、続いてじっくりと優衣を見つめながら付け加えた。


「ひとつ忠告しとくよ。仮面を付けた連中はプライドが高いから、あまりこれに興味を湧かさないこと。いいね?」


 かーっ。キザぁ。うっへぇ~。背筋に寒いもんが走ったぜ……って。

「おい、玲子! いつまで見てんだよ」

 奴はパチパチと長いまつ毛を瞬かせると俺の顔を見た。


「なによ。ヤキモチ焼いたの?」


「ば……バカヤロ。そんなもの(はな)っから持ってねえワ!」

 ない……と思うよ。

 ちゅうより、この男は優衣のほうに興味を示したんだ。へっ、へー。玲子に向かって舌でも出してやりたい心境だが、マジでそんなことをすれば引っこ抜かれる恐れがあるのでやめておく。


 男は白衣の裾を(はた)いて、来た通路へと踵を返した。

「では行こうか。患者が待ってる」


『病名と症状の説明を求めます』


 頭上から落とされたハンサム声はステージ3のシロタマだ。別にイケメンに対抗したのではない。医療モードのシロタマは男性の声音なだけさ。

 だが七番の副主任は無視だった。


「それで──。あんたらの星ではどれほど医療が進歩してんだい?」

 通路を歩みつつ俺たちに振り返って尋ねたので、せっかく弛緩した空気が元の訝しげな気分に戻った。

「あの……?」

「なんだい?」

「シロタマが質問してんだけど……」

 俺と副主任のあいだでフワフワしている球体を指差す。


「おー。何だ、こいつは?」

「容態を聞いてるでシュよ」


「何か喋ってるようだけどなー。ここではヒューマノイドの型になっていないものは、物体として扱われるんだ」

「だからって無視はよくねえだろ」

「そうか? だが人語を話して来ると言ってもオートマタ相手に本気で返事をするヤツはいないだろ?」


「この星の人は、機械に人権を与えないのかい?」

 副主任は俺の言葉に反応して、もう一度振り返ると仮面の内から点にした眼球でこっちを見た。


「人って……オレに言ってるのかい?」

「そうだぜ。この水中都市の住民だろう」

 男はパタリと立ち止まった。

「あはははは。よしてくれよ。オレは人工生命体だぜ」

「うっそ──っ!」

 そこまで驚くかな、玲子。

「あなたアンドロイドなの?」

「そうさ。オレは七番。医療局の副主任だ。あっれぇ? 検非違使から聞いてないのかい。知的生命体は一人しかいないって話」


 なぜか俺は安堵の息を吐き、玲子は肩を落とした。

「な~んだ。アンドロイドか……」

 今度はなぜにそこまで消沈するのだ、玲子。


 バカの揺れ動く気持ちは放っておいてだな。

「なるほどね」

 何となく気持ちの整理ができて気が軽くなる俺って、変かな?


「あれ? 驚かないのかい。オレは七番だぜ。人の顔を持てるのは優秀な者だけなんだ」

 優秀だとか、そういうのは自分で言うもんじゃねえよ。と言い返したい気持ちを押し殺し、

「それなら……」

 優衣はもっとすげえんだぞ、と(こく)ってやろうとしたが、(おご)り高ぶったこいつの態度を見ていると、バカらしくなって口を閉じた。さっきから熱い視線を優衣に注ぐのは、彼女を生命体だと勘違いした行為だ。優秀だと言っても、その程度のできなんだろ。こんなレベルの奴に本気になってもバカらしい。


「それなら……なんだい?」

 爽やかな声と真逆の無表情な仮面はとても困惑する。


「いや。何でもない。どっちにしても副主任さん。俺たちの船ではあいつが最も優れた医者なんだ。無視だけはやめてくれ」

「はっはっはっ。努力してみるよ」



 手招きに付き合い、俺たちは奥へと歩んだ。

 副主任から得た情報によると、ここは機械だけで支配された都市で、最後の生命体を残してすべて死に絶えた街に病院など無用の長物なのだそうだ。


 説明のとおり内部は閑散としており、看護師代わりのアンドロイドや、医者の役目を果たす連中もいない。廃墟みたいな雰囲気なのだが、清掃は行き届いて小ぎれいに磨かれ、衛生面も完璧なようだ。


 シロタマの野郎がウニみたいに(とげ)をあちこちから出して、天井をガリガリ擦ってくっついて来るところを見ると、まだ機嫌が悪そうだ。玲子がそれを見上げて肩をすくめていた。


 清潔に保たれた広々とした通路を進むこと数分。

 扉を挟んで赤い制服を着たさっきの鉄仮面野郎、検非違使が立番をする部屋が見えてきた。


 最後の生命体が病に伏る部屋の前を厳しい目線で警備する二人の検非違使。どっちも長い特殊警棒を握りしめ、片端を床に突いて構えていた。


 副主任と話をしていくぶん落ち着きを戻した俺は、連中をゆっくりと観察することにした。

 まず検非違使は仮面を被っておらず、表情の無い顔面を剥き出しにしていて、感情を探ることは困難だということ。それと連中は頑強そうなボディを赤い衣服で隠している。さっきの力が尋常ではないところをみると、衣服を膨らませる筋肉は見せかけではない。


 部屋に近づく俺たちに検非違使が冷たく接してきた。

「六番様。そいつらが上空の奴らですか?」

 俺たちをここに連れて来た検非違使とは声音が違う。それと微妙に口調も異なっており、滲み出る表情を見て取ることはできないが、十分に奴の感情が伝わってくる。


「おい。弐拾伍番! 口の利き方に注意しろ。この方らはマスターの治療に来た医師団なんだぞ」

「これは申し訳ありませんでした。六番様」

「それともう一つ注意しておいてやる。オレは七番で、六番になる気はない。東部センターのハチが二階級特進するんだ」


 検非違使は片手で握りしめていた警棒の先をドンっとフロアーを突き、

「とんでもありません。六番様が最もふさわしいのは、あなた様だけでございます。このたびはご進級おめでとうございます」

 半歩引き下がって深々と頭を下げた。


 俺にとっては、六とか七とか番号なんかどうでもいい。でも副主任に対する見え透いた慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度は、とんでもなく不快だった。


「ふんっ、タコめ。思っても無いことを口にしやがって……」

 副主任はその辺りもちゃんと見極めており、憤怒を混ぜて吐き捨てると、となりの同じ顔した奴には睨みを利かせた。

「さっさと扉を開けてくれ、弐拾四番」


「はっ!」


 俺の横で玲子が唇をうねらせた。全員同じ顔して番号制とは……ひどくややこしい。そう思ったのだろう。実際俺も思った。


 弐拾四番と弐拾伍番は、細長い目の奥を胡散臭げに光らせて、横を通る俺たちを睨め上げ、しんがりの玲子が入るなり、ドアを乱暴に閉めた。


 俺たちが何をしたってんだ。


 大きな音を背中で受けながら、やり場の無い怒りを呑み込むその前に、白いパーティションが行く手を遮っていた。向こうから数人の気配を感じて立ち止まる。


 そこへと声をかける副主任。

「どうだい九番、容態は?」

 パーティションの縁から鉄仮面の顔が、ぬん、と出てた。

「あ、これは六番様。患者の容態はあまり変わらずで……」

「お前もそれを言うのか。オレは七番だと言ってるだろ」


 奥から白衣を翻したもう一人が顔を覗かせた。

「何をおっしゃいますか。六番にふさわしいのはあなた様だけです」

「おー、ハチー。元気か? そうかオマエも来ていたのか。ご苦労様だな」

「そりゃ伺いますよ。何をやっても効果が出ないなんて、こんな珍しい症状は初見ですので、今後の貴重な資料に……」

 副主任が割って入り、言いかけた言葉を遮った。

「おいハチ。お客様をお連れしたんだ。口が過ぎるぞ」

「おっと。これは失礼」

 無理やり黙らせた気配が濃厚だったが、俺は進化した設備に目を奪われており、それどころではなかった。


「立派な設備が……バイタルモニターに人工呼吸器、脳波計、心電計、何から何まで揃ってるでシュ」

 突起物がすべて無くなっていつものぷよぷよに戻ったシロタマが、我慢しきれずつい口を出したと感じだったが、やはり全員が無視をした。


「こちらの男性が医局員……。キミが医者かい?」

 副主任がそう尋ねて来たので、

「俺は助手なんだ」

 何となく照れも混ぜてスポーツ刈りの頭を平手で掻く。

「助手なのか。じゃこちらの女性陣が医局長?」

 と訊いてきたのはハチと呼ばれた、たぶん八番の鉄仮面だ。片手を白衣の腰ポケットに突っ込んでモソモソしている。


「いえ。あたしは……そのまた助手でして」


「ではこちらのお美しい方が……」

 明らかに態度を変えた九と八が、そろって表情の無い仮面の裏から煌めく瞳で優衣を見た。


「ワタシも付き添いにすぎません。医療責任者はこちらのシロタマさんです」

 伏せ気味だった視線を銀白色の球体へ移し、ゆっくりとサイドポニーテールを揺すった。


『対ヒューマノイドインターフェースのステージ3は医療業務全般を処置できます』


「おほっ? 何だこれ、喋るぞ」

 鼻息も荒く空中に浮かぶタマへ言い放ったのは、八番だ。

「こんなオートマタの出来損ないが医療を務められるのか?」

「こらこらハチー。口を慎め。海上の船、銀龍の医療局長だと報告されてんだ。無下に扱うな。はっはっ、失礼だぞ」


 何だこいつら半笑で扱いやがって。

 これ以上舐められたら玲子が暴れだす。その前にこいつのガス抜きをしておかないとあとがやっかいだ。


「言いたくはないんだが、救助を要請されて俺たちはここへ来たんだ。しかもお前ら、海の上にシールド張ってっだろ。おかげでこっちは軟禁の身だ。その上シロタマまでおもちゃ扱いにしやがって。俺たちに対する対処の仕方がえらい雑だと思わねえか」

 ここまで愛想の無い扱いを受けりゃ、言葉遣いも荒くなる。


「軟禁とは穏やかじゃないなー。でもさ、警備の者の調査によると、キミらの船は水に浮かんでいた何かを盗もうとしたらしいぞ。それでやむなくとった処置だと報告を受けたんだぜ」

「盗んでるんじゃねえよ。自分の落としたものを拾おうとしただけで、変な誤解をしないでほしい」

 副主任が俺を追い込むような説明をしてくれたおかげで、せっかく忘れていた後ろ暗い思いがまた浮き出ることに。

 俺がプローブを海面から離脱させていたら、きっとここには来なかったはずだ。


「誤解だと分かればすぐにシールドは消される。安心したまえ。えっとお名前は……?」

「裕輔だ。それから噴火寸前の活火山みたいにカッカしてんのが玲子で、おとなしいのが優衣だ」

「どういう意味よ。あたしだっておとなしいわよ」

「お前のはおとなしく装っているだけだ」

「うっさいわね。これでもずいぶん我慢してんだから」

 それはよく存じてますぜ。


「活きがいい人だな……」

 ぽつりとこぼした九番を玲子はぎろりと睨んで、

「とにかく早くシールドを解いてちょうだい。軟禁状態では協力する気にもならないわ」

「ま、我々は医局員だ。あとで検非違使を呼ぶからそいつらに言ってくれ」

 あまりあの連中の顔を見たくはないが。


 奥の扉が開き、そこへ悪役みたいな仮面を被った白衣の男が現れた。

 ひとことで言って、センスが悪い。なんだその仮面?

 副主任が漏らした言葉の通り、医務室にいた人物は全てが仮面姿で、自らの姿を曝している者は一人もいなかった。もしそれが、この星でのしきたりだとしても、なぜその仮面なんだと言いたい。もう少し品のいい物は無いのだろうか。


「騒がしいのう。ここは病室だぞ。何を騒いでおる」

 だいたいにおいて、このセリフを吐く奴が最も声がでかいもんで。


「これは伍番医局長殿。お久しゅうございます。東部センターの八番でございます」

 と仮面の頭を丁寧に下げ、副主任が手のひらを差し出し(あいだ)に入った。

「銀龍のみなさん。この方がこの星の医局長であり当医療センターの総責任者である伍番殿だ」


 伍番だか六番だか知らないけど、全員が仮面で顔を隠し、俺にはどれがどれだかさっぱりだ。


 それでも一つ気付いたことがある。医局関係の人物は一桁の番号ぞろいだということと、検非違使は二十番台が使われるということだ。

 もうひとつ。医局関係の連中は仮面だけでなく、妙なものでその威厳を保つようで、奥の部屋から出て来た鉄仮面が頭に奇妙な形をした筒を被していたのだ。そこでよく見渡すと、同じ物が棚に人数分並んでいる。円筒形の先をしぼめた形で、黒地に幾何学的な模様が描かれた物だ。


「これが珍しいのかい?」

 出てきた男性の頭を視線で指す副主任。

「これは烏帽子(えぼし)と言って、選ばれし血統を証明するもんだ。つまりな、カトゥースが一桁の者にだけ与えられる……まぁ。勲章みたいなものだな」


「エボシ……カトゥース?」

 解ったような解らないような……あやふやな感じだった。


『身分階級。ヒエラルキー制度と同義です』

 銀龍の医療主任は何でもこなしてくれる。一発で理解できたが、何だか懐疑的に見てしまう。血統とか身分とか言ってっけど、お前らはアンドロイド、それは所詮生命体の真似ではないのか?


「ほう。オートマタの出来損ないにしては賢いな」

「知識だけはあるようだ」

 とか口々に好き勝手なことを言う、お前ら、患者の治療はどうしたんだ。そんなロボットどうしの階級制度を勉強しに来たんじゃねえんだ。──と叫びたいのをぐっと堪え。


「俺たちはそんなに暇じゃないんだ。早く患者さんに会わせてくれ」

 多少言葉を荒げながら告げてやる。軟禁を解かれるまでは、これ以上柔軟な態度を見せる必要はない。


 4人の仮面野郎もようやく動き出した。

 こっちだ、と誘導されて、パーティションの反対側へと一歩踏み込んで、仰天、俺たちは石と化した。


「何だこれ!」と叫んで、俺の背後に張り付いていた玲子に尻をきつく抓られた。

「相手は患者さんなのよ。失礼でしょ……あっ! な、なにこれ?」


 言葉途中にして玲子も固まった。


 どういうことだ、これは!!

 猛烈にこみ上げる疑念は、俺の声を押し殺すまでに至った。

  

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ