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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
151/297

  宇宙に浮かぶ雫  

  

  

 怪人エックスからの情報が途絶えて久しい。そこへ降って湧いたようなデバッガーの不可思議な強奪行動。それはプロトタイプが営巣を始めた(あかし)だと優衣が宣言。ならばビーコンをテイクアウトさせ、巣の場所を特定してからそこを叩こうという作戦だったが、こっちの想定していた距離よりも遠方へデバッガーがワープしたらしく、ビーコンから出る電波が受信できないのだ。


 それを解決するべく方法をシロタマが考え出したみたいで、その報告を聞きに社長が第二格納庫へ足を運んでいたのだが──。


「確かに理屈はおうてまっけどな……、ホンマにうまいこといきまんのか?」

『計算では現在の検知範囲を大幅に引き上げることができます』


 珍しく社長とシロタマが、おだやかに会話をしながら司令室へ戻って来た。


 二人が入室するのを確認すると「いかがでしたか?」と尋ねた優衣へ社長は微笑みを返し、

「確かにシロタマの言うことは間違ってないワ。この発見が無かったら、このあいだのビーコンが無駄になるとこやったデ」

 シロタマを天敵と認めるほど噛み合わない社長がこんなに穏やかなのは、よほどのことがあるに違いない。あいつがどんなアイデアをひねり出して何を作ったのか、ちょっち気になるところだ。


 こっそり田吾に訊くと、奴はビューワーの中を「ののか」ちゃんの頭で指し示した。

「あそこに点在するワームホールに亜空間通信用のリピーターノードを放り込めば、ハイパートランスポーターを利用するのと違って、無料(ただ)で多方向へ転送できるらしいだ。そしたらこのあいだのビーコンが出す電波を亜空間送信経由で、ここまで中継することができるって言う話ダ」


「お前、ワームホールが何だか知ってるの?」

 バカは頭を振り、優衣が補足する。

「出口のあるワームホールに入れば、向こうまで何光年あるかは解かりませんが瞬間移動ができます」


「ふーん。やっぱあの血色のいい顔は、『タダ』で遠くへ物を運べる、ということに目が眩んでるのか……ケチらハゲらしい振る舞いだぜ」

「んダな。出口がどこにあるか分からないワームホールだスけど、ビーコンのデータはその位置を送って来るので、出口の場所までも特定できるダよ。最終的に銀龍の移動にも使えるし、一銭も使わずプロトタイプの巣まで近づくことができる一石二鳥の作戦ダす。ほんとシロタマは利口ダすな」


「すくなくともお前よりは賢いな。俺ほどではないが……」

「よく言うダよ。」


「ワームホールをそんな使い方するというアイデアも驚きだな。宇宙は謎に満ちているって言うけど、マジだな……。手のひらが電子レンジになったぐらいでいちいち驚いていたら、髪の毛が抜けるっちゅうもんだ」


「なに言ってるんダす?」

「宇宙はいろいろあんだよ、田吾くん」

 とそこへ蒼い顔をした玲子も戻り、自分の席に腰掛けた。



「お茶の講義はどうだった?」

 奴は何も言わず、尻尾のような黒髪のポニテを揺すり、目をつむった。


 おぉーお。いっぱしにカルチャーショックを受けてやがるぜ。

「どうしたダす?」

 田吾も気になるみたいなので、

「異文化交流による弊害が出たんだ」

「…………?」

 今度はブタが疑問符を撃ち上げた。




 シロタマを頭上に引き連れ、社長が自分の座席にケツを落とすなり、優衣に訊く。

「ほんで亜空間トランスミッターは何個必要なんでっか?」

「この星域に点在するワームホールは確認できた分だけで325個ですが、出口があるのは32個です。同じ数が必要……あっ」

 言葉の途中でディスプレイを睨んだまま固まった。こんなことは珍しいことで、

「どうしたの? ユイ」

 玲子が尋ね、

「なんや?」

 スキンヘッドが目を細めてディスプレイを覗き込み、

「ワームホールではないモノが一つ混じっています」

 優衣が告げた言葉に反応して、社長は眩しい頭ををもう一段ディスプレイへと寄せた。


 それを説明するように報告モードに切り替わるシロタマ。

『その物体はワームホールではありません。マルチスペクトルスキャンによると亜空間と通常空間の境目で発生するワームホール特有の空間サージが出ていません』


「何やマルチスペクトルスキャンて? おまはん。そんなもん持ってないやろ」


「ギンリュウのスキャン装置は旧式。使いものにならないでシュ。だから作った」

「作ったって。最近おまはん勝手が過ぎるデ。マヒ銃もそうやし、船内にナノプローブ送信アレイでネットワークを張ってますやろ。何やあれ、そんなもん許可してないデ」


「あの……社長さん……」

 言い争いを始めた銀白色の球体と肌色のハゲ球体を持つオヤジを交互に見て、優衣が固まっている。


「ゲイツの返事を待っていたら、いちゅまでたっても作れない。だから勝手にやる」

「あほっ! ここは『特殊危険課』ちゅう会社組織や! ほんなら最終的に決裁を出すんは……ワシやろ。ワシの許可を得てから動くもんや」

「だったら、シロタマはここの技術顧問でシュ。勝手にやる権限を持ってまシュ」


 さっきまで穏やかな空気だったのに、元に戻っちまった。

「社長。会社組織の話しは今度にしようよ。ユイの目が点のままだぜ」


 とりあえず社長は、むーとか言って口を閉じ、シロタマは不機嫌になり、音を上げて天井に張り付いた。

 どっちも子供みたいなもんだから数分後には気分が変わってんだろうけど、付き合い切れねえぜ。


「ほらユイ。ワームホールじゃなくて何なんだよ?」

「え? ええ……え?」

 お前まで動揺してんじゃねえよ。


「えーっと。まずこれ見てください」

 と言ってスクリーンの映像を拡大して見せた。


 虹色に輝く光の海に、黒い球形のモノが浮き出て見える。

「なんやろ。ワームホールの残骸でっか?」

 周りの光彩を丸く切り取り、自らの存在を猛烈にアピールしている。まるで丸く切った黒紙を張り付けたみたいだ。


「見たところ他のと同じに見えるけどね」と玲子が言うので、

「他のより真円に近くないか?」

「いや、ワームホールでも真円のもおましたで」

 社長はスクリーン端に追いやられていた別の画像を拡大し、自分でビューワーを操作して、交互に映して俺たちに示し、

「見てみ。大きさは違うけど、どっちゃもほぼ真円やろ?」

 ワームホールも光の無い物体だが、穴の縁が虹色に輝いており、優衣が示したものより灰色ぽく見える。


『厳密に言うと離心率はユイが示すほうがわずかに大きいですが、どちらもゼロではなく真円ではありません。一般的に円と表現するものです』


 社長もだけど、こいつも一分と黙っていられないタイプだな。しかもダメ押しまでしてくるし。となると、またこっちのオヤジは(いか)りながら張り合うし、

「誰も真円の定義を議論してんのとちゃうワ。ワシはな……」

「あ──っ。で、ユイ早く結論を出してくれ!」

 慌てて割って入る。こうでもしなければキリが無い。

 優衣も急いでうなずくと、早口で言った。


「あ、はい。これは惑星です」


「「「「えっ!」」」」

 その場に居合わせた者が全員声を揃えた。


「きゅりゅぁ?」

 いいタイミングでミカンが鳴いた。いつからここにいたんだこいつ?


『直径約2400キロメートル、陸地の占有率ゼロパーセントの惑星です』

 淡々と平たい口調なのはシロタマの報告モードだけ。


「え──っ!」

 もう一度、仲よく絶句。


「シロ。もう一度ゆっくりゆうてくれへんか?」

 シロって。犬コロになってんぜ、


『り……く……ち……の……』

「アホ──っ! おちょくってまんのか!」


『占有率がゼロパーセントです』


「どゆこと?」

 玲子が顔を寄せてきた。芳しい香りが漂って来て、思わず深呼吸。


「ゼロって、何ダす?」

 田吾からは汗臭い悪臭が──。

 お前いつソニックシャワー浴びたんだよ。


 時を戻すように、

「で……陸地が無いのは分かった。ほな何が占有してまんの?」

 社長の質問が、もっとも的を射ていた。


「えーと。このスペクトルからいくと……水ですね」

 答えたのは優衣。全員の視線が一点に集まり、ゆっくりとビューワーに映る黒い球体へとその先が固定されて司令室が沈黙した。


「──宇宙空間に水が浮かんでるんでっか?」

「ステキね……」

 透き通った声を玲子が漏らした。


 ショーケースから取り出され、手元に差し出された高価な宝石を見るような声色で玲子はキラキラに目を潤ませて視線を固定し、男連中は唖然とした。


「そんなアホなことおまっかい!」

 思い出したように社長が否定する。


「ンだ。氷の星ならまだあり得るし、メタンや水素だけっていうのもよくあるダす。でも……」

「田吾の言うとおりだ。水だけの星などあり得ない」

「んもう。男はロマンが無いのねぇ」

 普通は逆だと思うが……いや、この場合、お前はもう少し理系の勉強して来い、と忠告したほうがいいのかな。


「きゅらぁーきゅり、りゅるり、きりきゅる」


「どしたのー、ミカンちゃん?」

 何が言いたいのか分からないが、ミカンが玲子にまとわりついてうるさい。


「ミカン。静かにしてくれ。ほらそっちの隅で見ていろよ」

 素直に部屋の隅に移動すると、まん丸の目玉をスクリーンに据え置いて「きゅる」とひと鳴きし、玲子はミカンに向けていた温和な眼差しを俺へと戻す。

「ねえ裕輔、ミカン何言ってんの?」

「俺だって解らんぜ。言葉かどうかも不明だ。シロタマなら解かるだろ、博学なんだから」


『何らかの規則性はありますが、プロトコルが不明のため解釈できません』


 そうなると頼れるのは優衣だけだが、彼女は首を振る。

「ミカンちゃんは元の歴史には存在しない時間項ですので、パスが繋がっていません」


 もっとクソ難しい話に突入する気配を感じた社長が、急いで軌道修正をする。

「ミカンの問題は後回しや、それよりユイ。この近くに公転の対象となる恒星はおますんか?」


 優衣はささっと計測器に目を通して応える。

「2光年内にはありません」


 ──となると、自ら温めているとしか考えられない。


「この大きさではあり得まへんデ」

「どういう理由で水を維持していられるんだろ。おかしいだろ?」


『惑星の中心部で反物質反応を検知しました』


 と報告モードが言いだしたので、

「なら人工物か、これって? ますます謎めいて来たな」

「自然現象でも反物質は存在しますよ」

 こっちへ涼しい顔を見せる優衣だが、すぐに訂正した。

「しかし、これはあり得ません」


「せや。はぐれ惑星にしてもこれはおかしいデ」

「なんダすか、はぐれ惑星って?」

 ヲタが四角いメガネの奥で丸い目を拡げた。


『何らかの理由で公転していた恒星から逸れて、外宇宙に飛び出してしまった惑星のことです』

「しかも反物質が中心にあって、周りは水と来てまっせ。こんなおかしなことあるかいな。裕輔、探査プローブ出しまっせ。発射の準備しなはれ」


 興味が湧いたことには、とことん金を使う社長だ。ついこのあいだカメラしか積んでいない空のプローブを回収し忘れて、死ぬほど悔やんでいたのに、こういうことに関しては平気なんだ。


「あたりまえやろ。謎を解き明かしてこそ、科学者なんや」

「社長は科学者じゃないだろ。エンジニアだぜ。しかも社長って呼ばれてるし……本音を言ってみろよ」


「謎の先には銭が転がってまんのや!」


 ほらな。これがこの人の哲学なんだ。すべてが銭勘定に結びつくのさ。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





「準備できたらいつでもええデ」


 俺は社長の指示に従い、プローブ発射のボタンを押した。

 わずかな振動が尻に伝わり、銀龍の機体底部から小さな光源が惑星へ向かった。その後ろ姿がビューワーに捉えられていた。


 探査プローブの操縦は俺の仕事さ。この中で技術系であり、割りと手先が器用だというのが起用の理由だが、こんなのは、ゲームをしたことがある奴なら誰でもできる。積まれたカメラの映像を見ながら、ゲーム機のパッドと変わらんヤツで飛行するだけだ。何も難かしくない。



 しばらくすると向こうからデータが送られて来るので、それを優衣が読み上げる。


「直径2390キロメートル、放射線は出ていません、気温は18度。大気は空気です。しかも呼吸可能です。やっぱりこれっておかしいですよね?」

 首をかしげる優衣。

「大きさから言って水があるだけでも不思議なのに、そこから外に飛び出さないなんて考えられません。どう考えても中心にある反物質の物体は重力生成装置ですよ」


「ほんまやな。普通ならこれだけの水を引きつけておくにはかなりの質量がないと無理やデ」


 社長は目の色をさらに濃くして言う。

「これは世紀の大発見や。でっかい重力発生装置があるんやから人工の惑星や。もしかしたら新しい技術を教えてもらって、金儲けに利用できるかもしれへん。ほんでもし無人やったら、丸儲けや」


 どうしてもそっちへ持って行きたいらしい。というよりなぜ無人だと言い切れる。管理する者が存在するに決まっているだろうし、苦労して拵えた技術を親切に伝授してくれるはずもない。それよりも重大なことを忘れていないかい?


「こっちは侵入者だぜ。予告なしで攻撃されても文句は言えない」

「侵入者?」

「そうだよ。無許可だろ、俺たち……」

「せやけど、入るな、っちゅう立て札無かったで」

「う~ん。俺たちの常識が通じる相手ならいいんだけどな」


 懐疑的に社長の意見に反論していたら、操縦するプローブが大気圏を通過しており、警告音が鳴った。

「おわっと。操縦しなくちゃ」

 俺は慌ててゲーム機のパッドみたいな装置を両手で握り、玲子に指示を出す。

「もうすぐプローブが表面に到着するから、ビューワーの映像をプローブのカメラに切り替えてくれ」

 画像が切り替えられ、大海原を夜間飛行する航空機から見たような光景がスクリーンに飛び込んで来た。


「夜だわ!」

「海ダぁー」


「だからー。太陽からはぐれた、水の惑星だって言ってんだろ……」

 どいつもこいつも目から入って来たことだけを言葉に変換しやがって。そういうのをバカって言うんだ。


「ふほぉぉ」

 社長は満足げに鼻を鳴らして、俺に指示を出す。

「裕輔。水平飛行に切り替えや」

「了解……」

 右指が押し込むレバーをわずかに緩めていく。それに同期してスクリーンの画像も角度が変化していった。


「波が無いダ」

「口に出さなくても画面を見れば分かるぜ。それならそれがどういう理由かを説明してみろよ」

 単純なことばかりを口にするヲタ野郎に質問してみる。


「えーっと。風が無いからダすな」

「何で風が無いんだ?」

「穏やかなんダす」

「そうね。良い気候なのよ、ここは」

 玲子も一緒になってバカを曝け出していた。


「風は何が原因で発生するんだ?」


「「え?」」

 二人して丸い目を俺によこした。


 社長と優衣はニタニタしたままスクリーンを見ているし、シロタマは退屈げにビューワーの角に張り付いていた。


「だから風はなんで起きるんだよ」


「雨が降るからよ」

「桶屋が儲かるじゃないぜ」


 湿気った息を吐き、俺は連中に高説を垂れてやる。

「空気が太陽で熱せられて上昇したり、太陽が沈んだ側は冷やされ下降したりして空気が流れるんだ。それが風になるだろ。ところがここは太陽が無くて星全体が均等に温かいから風が立たない……どうだこれが俺の答えだ」


 お前ら理科の授業を受けたのかよ、と捨て台詞を残す俺に、

「そやけどよう見てみぃ裕輔。白波は立ってないけど、水面がえらい上下してるで。なんでや?」


「えっ!」

 今度は玲子と田吾が白い目で俺を見た。


「そりゃあ……少しは対流がある」

「それやったら風があることになるデ。そやけど、この滑らかな揺れは風やないやろ。何や?」


『重力波の共振現象です。わずかに揺らぐ重力の強弱に共振して大きく揺れていると思われます』


「何だよタマ。今俺が言おうとしてたんだ。重力じゃないかな……って」

「負け惜しみよ」

 田吾と目を合わせてそろってうなずく玲子に向かって、眉間にシワを寄せて言い切る。

「お前らよりマシだ」



 そこへ──。

「あー。みんなして何の映画見てるんですかぁー」

 この中で最もズレたことを言って入って来た茜に全員の視線が奪われ、俺は危なく飛行中のプローブを墜落させるところだった。


 その茜へと、ミカンが近寄り、

「きゅりりりゅりゅきゃりゅらー」と鳴いた。

「へえ。はぐれ惑星ですかぁ」

 と茜が言い出したもんだから、呆れ目線から驚愕目線に急きょ転じざるを得ない。


「どないしたんでっか、アカネ。ミカンに言葉を教えたんでっか?」

 それが全員の疑問だ。


「シロタマさんに言われてから、MSKプロトコルを単純化して教えたんです。もうだいぶ喋れるんですよー。ねぇミカンちゃん?」


「きゅろろりりゅーりぃりり」

 と鳴いて司令室を出て行くミカン。それを見送りながら茜が黙り込んだ。


「どうした? 何て言ったんだ?」


 茜は壁の向こうを透視するみたいな素振りをして言う。

「そろそろ野菜の芽が出るかもしれないからパトロールに行くそうです」


「だはぁー。出るかよー、さっき植えたとこだぜ」

 こけた。こけるところだなここは……。





 サーチライトを点灯させて、たゆやかな揺れを見せる海面上空800メートルを飛ぶこと小一時間。

「ほんまに陸地らしきもんは無いな。裕輔。着水させてみよか」

 社長の指示にうなずいて、徐々に速度を落として水面へ近づける。やがて白い波しぶきを激しく撒き散らしてプローブは着水した。


「ふぉお何やこの光。ライト消してみ」

 瞬時にスクリーンの映像が暗闇に変わると思ったのだが、なぜか水面は蒼く怪しく光っていた。


「海が光ってるぜ」

「衛星も太陽も何も無いのに、なんで光るダすか?」

 今度は社長も黙っていた。答えを求めて全員がシロタマの言葉を待った。


『水中を極低周波で音波探査してみてください。光の発生源があります』


「もったいぶりやがって……」

「まぁエエからやってみい」

 手元のコントローラーから装置を起動。すぐに優衣の報告が入る。


「社長さん、音波の透過速度から見てもこの液体は100パーセント水です。水深は……。1190キロメートル。中心部に9キロの固体があります」


「ほんまかいな?」

 いったん疑念を混ぜた返事をしてから、

「直径2000キロ以上の(しずく)を宇宙空間に飛散させへん物体にしては小さ過ぎまっせ」

 と言いつつ優衣のディスプレイを覗き込むスキンヘッド。その天辺も妖しく()かっていた。


「ほんまや……あるがな。でもこれはおかしい。ぅぅむ……」

 溜め息を漏らし、社長はそのまま沈思黙考に落ちた。スキンヘッドを平手でぺしゃりぺしゃりと(はた)きながら、画面に見入っている。


 その横顔へと優衣から追加の報告が入った。

「表面重力は9.64メートル毎秒毎秒の重力加速度です。アルトオーネの9.73とあまり変わりません(地球は9.78m/s^2)」


 さらに続く。

「そこから発せられる重力子に水の分子が揺さぶられて青く発光して、熱まで出しています。水温が16度もあります」


 社長は吐息を一つ落としてから、ディスプレイに語りかけるように言う。

「膨大な水を一点に留めたうえに、内部から光って輝く……こんなんあり得へんで。絶対零度の宇宙空間に暖かい水……まるでオアシスやがな」


「宇宙に浮かぶオアシスか……」

 思わず繰り返してしまったが、まさにそのとおりだ。

 水が固体や気体の状態で存在する星はいくらでもあるが、液体のまま維持される状態は稀有なのだ。


「おっしゃるとおりです。そんな惑星を『奇跡の星』と呼ぶほど、有機生命体にとって水は貴重です」


「宇宙に浮かぶ大きな水滴なのね」

 玲子の瞳がうっとりとしているけど、俺はもっと現実的だ。


「水滴じゃない。これはダムだ。もしそうだとしたら、やっぱ勝手に近づいたのはまずいぜ」


『その意見は間違っていません。ここは明らかに人工的で他の種族が緊急時用に溜め込んだ貯水星という可能性もあり、ワームホールの近くに隠していたということも考えられます』


 突然言い出した報告モードの説明は説得力がある。社長も慌てだし、

「ほんまやな。事後承諾みたいやけど、田吾、全周波で何か警告メッセージが流れてない調べてみぃ。ちょっと挨拶だけはしとかな泥棒扱いされても困るデ。悪気が無いとこを知らせなあかん」


 さっきまでは、ラッキー、てな感じで浮かれていたくせに。

「シロタマ、近づく宇宙船とかおまへんか? 誰かが通報したかも知れへんし」

 なんだかちょっとやばい方向に話しが逸れて来た。


『半径8600万キロメートル内に、EM輻射、亜光速エンジンの揺らぎ、および、インパルスエンジンの電磁パルスも感知されません』


「ほうか。ほなさっさとプローブ回収して、計画どおり先にワームホールへリピーターノードを放り込む作業を始めましょか」

 急いで結論を出すと俺に命じた。


「裕輔。水面離脱や。できるか?」

「うっ……」

 咄嗟に返事ができなかった。着水は水平飛行から速度を落とせば簡単にこなせるが、水面に漂っているヤツを飛び立たせるのは至難の業なのだ。


「ここはひとつ、機長に代わってもらって……」

「あほっ! いっつもおまはんそうやって困難から逃げようとする。ええカッコすんねやったら、びしっとできるとこ見せてみぃ」


 こんな厳しいことを言われると、嫌だとは言えない。とりあえず挑戦してみるものの、プローブは水面をのた打ち回るだけ。ひどいときは水中下十数メートルまで潜ったりしてさんざんだった。


「そんなに難しいモノなの?」

 玲子から同情の目で見られるが、それが余計にプレッシャーに。横から無言で接してくる茜の憐憫だか慈愛めいた目も痛く刺してくるし。


 社長があきらめ気味に言う。

「裕輔。もうええわ。燃料ももったいないし」

 う~ん。さらに重圧を感じるぜ。


「機長! プローブ回収に行くから銀龍を着水させてんか?」

「え~。社長。こんな大型の宇宙船で水辺に降りたら、よけいに怪しまれるって」


「それやったら、おまはんがさっさと離脱してくれたらエエねん」

「うぅ。厳しいお言葉っす……」

  

  

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