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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
150/297

水宮の城(茜のお茶講座)

  

  

 目の前に広がる漆黒の大海原。

 打ち寄せる光の岸辺。

 七色の砂は銀河の星々。


 どんな天才画家が手がけても、これ以上に美しいものは描けないだろう。


「すっげぇなぁ」

「キレイだスなー」


 男が二人そろって気味悪い吐息を落としているのは、その一角を映し出しているに過ぎないビューワーのスクリーンだ。しかし、光の粒が一つ一つ識別できるほどに澄み渡った光景は超絶に美しく、見る者を飽きさせない魅力がある。


 あの萌えヲタでさえ魅了する光景なのに、

「あふぅ……」

 聞こえて来たのは玲子の憂いを帯びた溜め息だった。

 美しいモノには目が無いはずなのに、ちょっち気になる。


「……ね? あの黒くて丸いのなに?」

 また一つ吐息を漏らしてから指差したのは、目映い光景とは間逆の色合の物体だ。回りの光彩を吸収することで自身の姿をアピールしていた。


「えーと。データによりますと、ワームホールみたいですね」

「へぇー。これがそうか……なんか神秘を感じるぜ」

 優衣に教えられて感嘆の声を上げる俺。


「でもよ、聞いた話ではもっとこう、きれいな光が外に漏れてるって言ってたぜ?」

「そういうのもありますが、大体はこんな風に地味ですね。だって中は亜空間です。広さという定義がない空間ですから」


 目の前にあるのは人工的に作られた亜空間ではなく自然現象で生まれた亜空間への入り口なのだ。一つでも珍しいものなのに、なぜかこの星域には信じられない数のワームホールが点在していた。


「宇宙の壮大さを見せてくれるよなぁ。そう思わないか、玲子?」


 明と暗を併せ持った光の粒子が散らばる光景を目の当たりにすれば、つい感慨にふけてしまうのも仕方が無い。でも死んだ魚みたいな目をした隣の理科系音痴には理解に及ばないようで。


「真っ暗だわ……」とひと言つぶやいて目を伏せた。


「おい、なんだよ……何か気になるな。えらい落ち込んでんじゃん」

「う~ん。お茶がね……」

 物憂いげな瞳がこっちを向く。


「お茶が何だよ……」

 いつもは無駄に元気な玲子なのに、この悄然とした姿はあり得ない。これならまだ宇宙の果てが隣のタバコ屋の角だと告げられたほうが、現実味を帯びている。頼むから天変地異の前触れでないことを祈る次第だ。


「お茶なら畑仕事が済んだら淹れるって、アカネが言ってたぜ」


「あー。アカネ、畑始めたんだぁ」

 と言って、丸めていた背中を伸ばした玲子の髪型がかなり様変わりしていたことに気付いた。

 長めのポニーテール、とでも言えばいいのか、腰まであった黒髪の三分の一ほどをカットして薄い黄色のヘアーゴムで束ねてある。


 昨日まではロングだったのに……。

 心境の変化だろうか?

 この落ち込みよう、そして髪を切った行為。何があったのだ?

 尋ねるべきか、それともそっとしといてやるべきか。


 重たい空気は伝染する。俺のコメカミにも一筋の汗が伝い落ちた。

 やっぱ同僚として(──上司だとは思ってない)相談に乗るべきだろう。




「毛先が痛んできたから切っただけよ」

 拍子抜けする回答が返ってきた。


「はぁ? なんだそりゃ?」


「なに、すっ転んでるの? それ以外に理由があるとでも?」


「知らねえよ。こっちは何かあったのかと思うだろ。朝から落ち込んでるし、髪は短いし」

「おあいにくさま。ユイにヘアースタイルのレクチャーするついでにあたしも切っただけ」

 玲子の視線が優衣に向けられた。


「サイドポニテもいいもんダすな」

 すかさず口を挟むヲタブタ。


「サイドポニーテールっちゅうのか……」

 黙々と作業をこなす優衣の横顔を注視する。右耳の後ろ辺りから束ねた黒髪が胸に向かって流れ落ちていた。

 女のヘアースタイルなんかよく知らないが、田吾の言うとおり、彼女の整った顔立ちによく似合っており、ますます清楚なお嬢様ぽく見える。


「あたしは?」

「うっ……」

 何か言わないとダメなのだろうか?

 めんどくせえな。


「お前も……そうだな」

 しばし色々と思考を巡らせ、

「馬のシッポみたいだ」


 玲子は白い目で俺を射抜き、

「ふんっ。そのまんまね。なーんの感動もないわ」

 ここは感動させなければいけなかったのだろうか。


 再び玲子は、ふう、と芳しい吐息をした。

「でさぁ。畑のほうはどうなの?」

 俺はお前の落ち込みのほうが気になるぞ。


「今日は朝からミカンと第四格納庫にこもりっぱなしダすよ」

 いつの間にか田吾も加わり、ビューワーの前を陣取った部署でのんびりと井戸端会議ができるのは、後ろの定位置にケチらハゲが居ないからで、社長はアマゾネス軍団の道場兼シロタマの研究室へ、何かの報告を受けに行っている。


「アカネは一生懸命なんだけど、ミカンにそれだけの能力があるかどうかが、問題なんだ」と俺が言ってやると、

「そうよ。人には向き不向きって言うのがあるのよね」

「お? 意味深だな。どうしたんだよ、玲子。今日はやけにナーバスじゃないか」

「それがさ。すっかり忘れていたんだけど、このミッションが終わったらあたしお茶の試験を受けなきゃならないの」


「「お茶ぁ~~~~?」」

 田吾と同時に頓狂な声を出してしまった。なぜなら玲子の淹れたお茶を飲むのなら、白湯(さゆ)のほうがまだうまい。訝るのは当たり前で。


「お前、お茶なんて()てられるの?」

「まぁねー。子供のころからお母様に指導を受けてるんだけどね」


「「おかあさまぁ~~?」」

 おい、田吾。今日は息が合うな。見たくも無い油ぎった(つら)を拝んでしまったぜ。


「何よ。母親のことじゃない。お茶の先生もしてるのよ。何かおかしい?」

「い、いや全然普通……」

 俺の世界ではお母様とは言わないけど、まぁ仕方が無い。超金持ちセレブではそう呼ぶんだろう。テレビで見たことがある。

 ちなみに俺っちの世界では、『オカン』とか『ババア』だな。ちょっと丁寧に言って、『おふくろ』『かあさん』かな。


「お前んとこは?」

「おかあちゃん」と田吾。


「ぷっ!」

 何だかぴったり合っていて笑いを誘われた。

 こいつの母さんもやっぱ激太なんだろな。


「お茶の試験って、例の家元とか、よく分からんヒエラルキー制度の塊みたいなもんだろ?」

 玲子は渋そうな目をして黙ってうなずき、

「あたしさ。1分としてじっとしていられないじゃない。わかる?」

「今さら念を押さなくとも、お前と行動を共にすりゃ、5分と掛からず身に染みるぜ」


「でもお茶の種類とかを教えてくれたのはレイコさんですよ」

 横から口を挟んで来たのは、サイドポニテの優衣だ。


「そりゃ子供の頃から仕込まれてるから知識だけはあるわよ。でも味となるとアカネには到底及ばないわ」

「だよな。お前が淹れると雑巾の搾り汁みたいになるもんな」

 と言った途端飛んでくる拳は、優衣の未来を見る目が無くても俺だって避けることができる。さっさっと2発を避けたところまでは完璧だったが、蹴りを入れられてうずくまった。


「まさかそこで、蹴りが入るとは思わなかったぜ……痛ててて」

 うずくまる俺の肩口から田吾が言う。

「それならアカネちゃんに頼んで、どうやっておいしいお茶を淹れるのか、教えてもらうといいダすよ」

 ヲタ野郎にしてはグッドアイデアだ。


「ほんとね! ちょっと行ってくるわ」

 桜色の頬をほころばした玲子は電光石火の身のこなしで司令室から消えた。就業時間中だというのに……。


「ほんとにじっとできねえ奴だな」

「んだな………」





「ちょっとぉ!」

 5分と経たずトンボ返りしてきた玲子が、足を滑らせつつ急制動。司令室の入り口を少し行き過ぎて、顔だけを覗かせた。

「アカネ給湯室にいないワ」

「お前、脳の中まで(せわ)しないんだな。さっき畑仕事やってるって言ったろ」

「あー。そうだった。サンキュー」

 謝意と同時に銀龍最後部にある第四格納庫へ飛び去った。その切り返しの速さ、たぶん俺たちとはCPUのクロックが倍ほど違うんだ。きっと……。


「早死にするタイプダすな」と田吾が言うので、

「あいつが死ぬかよ」と、一応言っておく。たぶん俺のほうが正しいことを言ったと思う。





 ケチらハゲに言われたデータの整理をすること15分。こんな退屈な仕事は俺向きではないことに気づき、残りを優衣に押しつけ、茜の畑仕事を見学することにした。どちらかというと俺も玲子と同じで、デスクワークより外回りが向いているのさ。



 第四格納庫は船尾を正面にして右の最も奥で、エンジンルームへ降りる階段の手前にある。第二格納庫と同じ広さを持ち、5台ほどの自家用車を2列で並べることができる。そこを8波長の植物育成用LEDを装備した人工栽培室として改造したのだが、茜がぼちぼちと広げているので、まだ本格的とは言えず、野菜畑ではなくお花畑に近い。



 近づくにつれ開け放たれた格納庫の内部から、茜のはんなりした声が聞こえてきた。

「ハぁイ、ミカンちゃん。今度はお水をあげましょう」

「きゅぅーぃ」


「あー、ミカンちゃん。お野菜の苗に撒くのよ。そこは必要ありません。あ~あ。歩くとこが水浸しですぅ」


「きゅら?」


 先に来ていた玲子が、平然と通路に水をバシャバシャぶっかけるミカンをぼんやり眺めていた。


「ねぇアカネー。この子には野菜を育てるなんて、どだい無理なんじゃないの? ほらー。土の意味もわかってないよ」

 物資が詰まった大箱に腰を掛け、太腿(ふともも)の下に両手の甲を挟んで足をぶらつかせ、手伝いもせずに見るからにヒマそうだ。


「ミカンちゃんは2本指ですけど、細かい作業ができるみたいですよ。拵えた人のデリケートさが伝わってきます。何でもデリケートなのが一番です」

 ミカンが水浸しにしてしまった通路をモップで拭きながら、澄んだ目で玲子を見上げる茜。

「その言葉、身につまされるワ」

「あー。お茶のことですか」

「そ。昨日言ったでしょ。繊細な神経が必要なのよ、お茶を()てるのって……」

「そーなんですかぁ?」

 釈然といかなそうに、可愛らしく小首をかしげ、茜はモップの水気をバケツに絞り落とした。


「とぼけちゃって。あなたの淹れたお茶と、あたしの淹れたのでは雲泥の差があるのよ……ねっ」

 玲子はぴょんと荷物の上から飛び降りると、茜と対面して手を合わせる。

「そこを先生。ちよこっと教えてよ」


 面白そうなので俺も格納庫内へ踏み込み参加する。

「教育係の交代っていうわけだな……」

「あ、コマンダー。いつからそこにいたんですか?」

「いつからじゃねえよ。ずっといたぜ。それよりミカンほっといていいのか、土の袋に腕を突っ込んでるぜ」

「えっ!? あー。ミカンちゃん。もう土はいらないのでーす。あああ。水じゃないので撒いたらだダメですぅ」


「きゅりぃ?」

 と首をかしげるミカンを玲子はのんびり眺め、

「教育係はたいへんだぁ」とこぼし。

「だな……」

 俺も一緒になって肩をすくめる。



「あのなぁ、アカネ……」

 ミカンから土の入った袋を取り上げている茜に忠告してやる。

「こいつは救命ポッドとして作られたロボットだぜ。農作業用にはできていないって」

「そんなことありませーん。教えたことはちゃんとやっていますので。心配ご無用ですよぉ」


 茜は手についた土をパタパタと叩いて腰を伸ばすと、

「それじゃー。給湯室行きますか?」

「俺も見学させてくれ」

 茜は淀みのない瞳に笑みを浮かべ、玲子は付いて行こうとする俺を引き留める。

「あなたヒマなの? データの整理は?」


「ユイがやりたいって言うから、任せてきた」

「ウソばっかり。ちゃっかりしてるわね。あの子はあたしの仕事をやってもらってるのよ」


「どっちがちゃっかりだ。結局、二人ともあいつにやらしてんじゃねえかよ」

「あは。ほんとだ……」


 玲子はちっさな口を手で塞いでから続ける。

「あのさ司令室の横を通るのよさない? ユイの手前、まずいじゃない。だからさ会議室の裏から廻っていこうよ」

 二人揃ってデスクワークを優衣に押しつけているのだ。どの面ぶら下げて、仕事中の優衣の前を素通りできるんだ、という理由から俺も賛同する。


「アカネちょっと待ってくれ、会議室の裏から給湯室へ行ってくれ」


 俺たちの姑息な手段に、茜は振り返ってこう言った。

「シロタマさんの監視用タイムラプスに死角はありませんよ」

「それは知ってるけど……気分の問題だな」

「分かりましたよぉ。少し遠回りですが、そっちから行きますか」

「しーませんねぇ。アカネちゃん」


 に、してもだ。

 シロタマの奴、いたるところに高感度センサーを張り巡らせやがって、銀行の金庫室じゃねえってんだ。


「あ……」

 銀行と言えば、このメンバー。最悪じゃね?

 ピンクダイヤの輝きが目の前に浮かび、どっと疲れが襲ってきた。




 会議室の裏手にも細い通路があり、ケチらハゲに見つからないようにして格納庫から船首へ移動ができるルートがある。

 茜を先頭に玲子と俺たちはすたすたと、しんがりからミカンが泥だらけのタイヤをゴロゴロ転がして、そのあとを追って来る。何だかこっちのほうが余計に目立つ気がするが……。


 ちなみにミカンの移動手段だが、タイヤと言うのはいささかおかしい。この機会に説明しておこう。


 ミカンの太短い足の裏はトラックボールをひっくり返したような構造になっていて、ボールから上、ボディを磁気浮上させている。そしてそのボールを縦、横方向に回転させて自由に移動するのだが、ま、ここでルシャール星人を褒め称える気はないけど、とても出来がいい。斜め移動や水平移動、その場で回転、なんでもござれだ。



 ということで、俺たちは一列に並んで給湯室に入り、

「何から説明したらいいんれすかぁ?」

 ソニックシャワーで手を洗っていた茜が、毒のない顔をこちらにねじった。


「そうね。何だっていいわ。とにかく急いでるのよ」

「えっとですねえ。それならまず水かな?」

 と言うセリフを聞いて、訝しげに首をかしげる俺。


「水なんか何でもいいんだろ?」


「これだからデリカシーの無い男はダメね」

「お前だってさっきは無いって宣言したじゃないか」


「あたしはデリケートな部分が気づきにくいって言ったの。『無い』じゃないの。気づきにくいのよ」

 似たようなもんだと思うが、部隊長に逆らうとこの後どんな仕打ちを受けるか知れないので「へいへい」と答えておく。


 茜は生命体における男女間のデリケートなコミュニケーションなんぞには、まったく興味が無いようで、

「水はこれです。イクト(アルトオーネの衛星の名前)の裏側から汲んで来た地下水です。タンクにあと300リットルしか残ってませんけど。まだとうぶん持ちますねー」

「よくこんな重量のあるものを積み込む許可をくれたな、あのケチらハゲが……」

 タンクを覗くと、綺麗に澄んだ水が無色透明の光を煌めかせていた。


「きゅりり?」

 俺の真似をして中を覗きむミカン。水面に映る自分の顔に驚き、「きゅわぁー」と叫ぶと、給湯室の外までタイヤを転がして退いた。


 茜はミカンの行動を見届けてからにこやかに答える。

「だってぇ。ギンリュウは引力圏を越えて来たわけじゃないですもの。おユイさんが瞬間移動させたんですよ。水の重量は関係ないです」


 忘れていた。地上に停泊していた銀龍を優衣が何もかもひっくるめて、二年過去の3万6000光年彼方に移動させたんだ。重力も空間もさらには時間までも自由に制御できるスーパーアンドロイドだ。


「イクトの水かぁ………お茶の試験で水の持ち込みはアリかな?」

 こっちは現実的な悩みを持っているようで、

「ま、無理言えばオーケーになるでしょ。じゃ次はどうするの?」

 ひとりゴチを披露する玲子に茜はこくんとうなずき、ケトルに水を汲み入れる、

「まず沸点まで水の温度をあげまーす」

 と、当たり前のことを言った。


 しかしすぐに当たり前ではない非常識な光景を目の当たりにする。


 茜は俺たちの前で、愛くるしい瞳をくるんとさせ、耐熱ガラス製のケトルを手のひらに載せた。

 それからヒマそうに天井を仰ぎ見る。

「…………?」

 そのあどけない姿に釣られて、俺と玲子もそろって天井を見上げた。


 もちろん、なにも変わったことはない。互いに疑問符を浮かべる。

「何してるの?」と玲子。

「あ、はーい。いま沸騰させてまーす」

「そりゃわかるけどさ。ね、どうゆーこと」

「コンロはあっちだぜ」

 親指の先で後ろの電磁誘導過熱調理器を指す。


「あ。あれは遅いので使いませーん」


「…………?」

 もう一回、疑問符をぶっ立てる。

 お茶を(たて)ろって言っているのに、さっきから立つのは疑問符ばかりだ。


 ほどなくして、ケトルの口から湯気が。

「ぬあぁ!」

 1分と経たずしてゴトゴトとフタが揺れ動き、激しく蒸気が噴出。

 そのままさらに1分。


「ハイ、沸騰しましたぁ」

 平然とした態度で、こともなげに言い放つと、グツグツ煮えたぎったケトルをコンロの上に置き、今ごろ置くのか、と言う謎を蹴散らしつつ、(ふた)を摘まんでこう言った。

「ここからが本番なんです。96℃になるまで少し待ちまーす」


 あろうことか白く細い指を熱湯に突っ込むと、しばらく中で泳がせていたが……、たぶん96℃になったんだろう、

「ん」と小首を前後させ、布巾で拭き取った指で今度は小さな顎を支え、棚の上にずらりと並んだお茶のケースを物色し始めた。


「今日はどんな香りを楽しみますかぁ?」

 いっちょ前に茶師気取りだ。


 何個かのケースを開けて、ひと摘まみずつブレンドしながらケトルの中に放り込んで、またもや指を突っ込んでグルグルぐるぐる。そして、

 ちゅぽ。

 なんとも艶めかしげな音を出して指先を吸った。

 俺は思わず赤い唇を凝視。生唾ごっくん。


 茜は笑みを満面に広げて、

「あー。美味しいでぇぇす。やっぱりキングスネールで買ったお茶は、ギンリュウ備え付けのモノよりコクが違いますねぇ」

 とぬかしやがった。


「ば、ば、バカな。いつもそうやってお前はお茶を淹れていたのか!」

 腰を抜かしそうなお茶の点て方を目の当たりにして、アワアワする俺たちを尻目に、茜は至極当然のように言い返す。

「そーですよ。温度管理も正確ですし、ケトルはガラス製ですので変な味も移りません。おいしーですよ」

 こぽこぽと音を立てて湯呑に注がれた淹れたてのお茶は、これまで以上に驚く美味さだったが。


「手のひらとか、指は大丈夫なの?」

「え? たかが100℃ですよー。なんともありません」

「そっちも耐熱仕様なのね」

「そんなことじゃないんだよ!」

 ついつい大声になる。


 尋ねたいのは茜の指が耐熱仕様だとか、銀龍常備の茶葉が不味いのはケチらハゲが原因だとか、今さら言う気はない。俺が尋ねたいのはなぜ沸騰したかだ。


「はい? 今のですかぁ?」

 何を問題にしているのか、まだ茜は理解できていないようで、丸く広げた目玉で俺を探るように見た。


「なんで水が沸騰したんだ?」


 茜は理科の授業をするかのような口調で答える。

「今のはマイクロ波加熱です。原理はブラウン運動ですよー」 

 ぶったまげた。電子レンジのそれだ。


 開き切っていた口を無理やり閉じて、ぽかんとしている理科音痴に言ってやる。

「玲子……」

「な、なに?」

「しっかり伝授しもらって、お茶の試験に挑むんだな」


 俺は給湯室の入り口から恐々と中を覗き込んでいるミカンの後頭部を押して、一緒に司令室へと向かった。



 ここで優衣から聞いた話を補足として伝えておこう。

「ワタシたちは手を高速振動させることによって、表面からマイクロ波を出すコトができます。これで水の分子を揺すって温度を上昇さているんです。だって生命体のお世話をする時は家の中ばかりとは限らないでしょ。だからお外でも調理ができるようになってるんですよー」

 茜と同じ屈託のない口調でそう言った。

 もしかしてそれは優れたアウトドア製品だと言いたいのか。


 その話を聞いて、しばらく放心状態だったことを打ち明けておこう。

  

  

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