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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  ザリオンの戦士たち  

  

  

「スダルカ艦! 無事ですか!?」

 思わず優衣が問いかけ、中佐は野太い声で応える。

《こんなのは想定内だ! おい、緊急離脱だ! 右腕を外せ!》


 腕の付け根から幾本ものスラスターが点火、細かな粉塵と噴煙があがり、燃え盛る右腕が本体から切り離された。

 俺の脳裏には恐怖に怯える茜の顔が何度もフラッシュバックするが、スダルカ中佐の不敵な笑い顔がビューワーに登場。


《へーっ! どうだ。見せ場はオレがもらったぜ!》


「平気なの?」

 少々上擦った玲子の声が響く。

《安心しな。ザリオン艦は三つに分離できる構造だ。しかも左右の腕はコケ脅しの飾り(もん)だぜ!》

《やせ我慢するなスダルカっ! 戦闘機の格納庫をぶっとばされやがって。大損害だろ!》


《へっ。一機丸ごとおしゃかにされたオマエ(ザグル)よりマシだ。それより軽くなって動きやすいぜ。見てろ》


「誰におしゃかにされたんだろうな?」

 玲子は赤い顔をして下を向いていた。


《おい、操舵手。体勢を立て直せ、あの黒い野郎の真下に艦首を回すんだ。ヴォルティ・アカネ。もうワンチャンスあるぜ!》


《おーし。いつでもかましやがれ! スダルカちゃん》


「おいおい……」

 早いとこ茜をこっちに戻さないと、海賊の言葉を覚えちまうぞ。


 社長も渋そうな目でスダルカ艦のブリッジ内の映像を見ていた。


 戦況は再び変化する。

 ようやくフィールドを消し去ったデバッガーが、次の体勢に入ろうとした真横から優衣のシードが直撃。

 それを阻止するためにまたもや張られたフィールドに弾けて閃光球が膨らみ、視界が(くら)んだ。その次の間、捻じり込むようにして真下から接近してきたスダルカ艦が発射したシードがデバッガーを貫いた。光球から紅蓮の炎が垂直に立ち上り、ボディが砕け、黒い影となって四方に離散する。


「うっしゃー! アカネ、やったぜー!」


《どうだ! 片腕一本無くたってじゅうぶん動けるだろ》


「ひゃぁあ。焦ったがな」

 硬直して立ち上がっていた体から力を抜き去り、どさりと座席に沈む社長。スキンヘッドをひと拭いして、

「よっしゃ。こんどはワシらの出番やデ。ユイ。四体目の出現はいつや?」

 と問いつつ、操縦席に指令を飛ばすスキンヘッド。

「機長。どっこから出てきてもエエようにエンジン吹かしといてや。たのんまっせ。こっちもカッコエエとこ見せなあかんで。どんだけ派手にしてもエエからな」


「あと12秒で現れます」

 と言って、俺の横で優衣がプラズマフォトンの照準器を手に持った。

 さらさらとした髪で横顔を撫でながら、片目に()める姿がなんか様になっていた。ついこのあいだ玲子にコンサートへ連れて行ってもらった、とはしゃいでいた子供みたいな優衣とは思えない凛々しさだった。



 深く椅子に座りなおすと、コントロールパネルにあるディスプレイへ深みのある瞳を固定させる。


 プラズマフォトンのビームが狙う先は、優衣が片目に嵌めた照準器を睨む視線に連動して動くため、よそ見をすれば大きく外れる。しかし彼女は揺るがぬ態度で見つめ続けている。それは未来を見つめる目だ。どこに四体目が出現するか予測ではなく自分の記憶と照らし合わせる行為だ。


 思い出したように優衣が操縦席へ伝える。

「機長! ヨーイング、右2度。後方へ15メートル下がってください。ユウスケさん、慣性ダンプナー最大で待機!」


 まじかよ……。


 俺が固唾のを飲むのは、ここに来て慣性ダンプナーを起動させるということは……。

「あっ!」

 忽然とビューワーの映像が消えた。

 ──のではなく。カメラの真ん前にデバッガーが出現したんだ!


 そう意識したと同時に銀龍は爆炎を噴き出して後方へ、まさに飛び退いた。このでかい機体を瞬時にバックさせる、機長の反射神経。銀龍は命を吹き込まれた怪鳥と化する。


「ぐはぁー!」

 肺の空気が一気に吐き出された。


「ま、まだダンプナーが起動していない……」

 消えそうになる意識の端で、超アップになったデバッガーの赤いスキャンラインが俺たちを睨みつけていたのを見た。それが回転しながら前方へと吸い込まれた。


「どはぁぁぁぁ! 目の真ん前や、機長!」

 社長の叫び声が伝わった時、すでに銀龍はデバッガーを引き剥がすように後方へ二回転ロールしていた。


 船体がぎしっと軋み、その後、ふっと体が軽くなったのは慣性ダンプナーが効いた証拠。デバッガーが回転して前方へ飛んだのではなく銀龍がロールしながら後退したのだ。


 次の瞬間、凄絶な閃光と猛烈なショック。そして意味不明のめまい、いや船酔いみたいに気持ち悪い空間の歪みが船体を貫いて行った。



 初めてのプラズマフォトンのフルパワー照射だった。


《うふぉぉぉ。何だ、オメエらの武器!》

 スダルカ中佐の感嘆に震える声が、俺の意識を覚醒させた。


「な、何? 何が起きたんだよ?」

 目をつぶってしまい肝心の部分を見逃していた。

 ビューワーには黒煙と炎の塊が見えるだけ。デバッガーは木端微塵になっていた。


「あー俺ともあろう者が……見損ねた……」

 それにしても最大レベルの慣性ダンプナーが効いているのも関わらず、今起きた気味の悪い歪んだショックは何だ。ザグルだけでなく俺だって驚異だぜ。


「さっき船内が歪んだように見えたぞ」


「今の爆発は空間を歪めてしまいましたね」

「なーっ! 軽く言うなよユイ。そんなことしたら未来に伝わっちまうじゃねえか」


『この程度の空間の歪みは超新星爆発時にも起きます。稀有な現象ではなく銀河で頻繁に発生するありきたりな現象です。心配に及びません』

 淡々としてやがるな、シロタマのオンナ声め。


「おい、ちょっと待てよ。じゃあ。超新星爆発と同じぐらいのことが起きたって言うのかよ?」

 簡単には信じられるものではない。

 しかしザグルは、オレンジの片目を大きく広げて不服そうに訴えた。

《戦艦でもないくせに、オマエらがそんな最終兵器を所持していいのか?》


「ザグル!」

《なんだ?》


「内緒なのよ。黙ってなさい」

 玲子が厳しい声で釘を刺した。


《ヴォ……ヴォルティ。本気でこんな奴らを相手にしてきたのか》

 スダルカ中佐の声を震わせたデバッガーは、探査プローブをテイクアウトさせた奴以外は、すべて破壊した。これで一件落着さ。


 玲子も手のひらを合わせて、パンパンと(はた)くと、

「はい。この話は終わり。ほらザグル。賞金が掛かってるんでしょ、はやく連中の残骸を集めたら? 三体分もあるのよ」


《そ、そうだったな。おい残骸の回収にかかれ。ネジ一本拾い忘れるな》


 喜び勇んで残骸に群がるザリオン艦隊を俺たちは呆けた顔で眺めていた。

「なんだか金の亡者みたいだな」

「あなただって似たようなもんじゃない」

 鼻で笑う玲子。お前から言われると真実味が120パーセントになっちまうんだよな。


 短めに刈った頭をボリボリ掻く。ジャックポットで仕留めた天文学的な金額が目の前をチラついた。

「実際もったいないよなぁ………」

 まだ揺れ動く己の弱い精神力に脱力感満載さ。


『まもなくザリオン艦隊のコンピューターデバイスに蓄積された戦略的データの崩壊が始まります』

 頭上から落ちてきたシロタマの忠告めいたセリフで目が覚めた。


「そうか。もうそんな時間でっか」

 ぽつりと言い告げる社長。

「パーサー。連中に気づかれんように、アカネとユイ、それから粒子加速銃を転送回収しまっせ」


《了解しました。でも無断でやって連中怒りませんか?》


「あの様子だとたぶん気がつかないわ。三体分の賞金に目が眩んでるもの、大丈夫よ。あたしはそんな男をごまんと見て来たから、ね?」


「……って俺を見るのはよせ!」

 腹の立つ野郎だ──。





「おもしろかったですねぇ」と粒子加速銃を担いで帰ってきた茜と優衣を笑顔で迎い入れ、横を見たらさっきまでそこにいた優衣が消えていた。

「もとの時間域に帰ったんやろ」と説明する社長が少し寂しげだった。

 (ねぎら)う言葉を掛ける間もなく、ここにいた優衣は元の時間に戻り、その優衣は今、笑いながら茜と戻って来た優衣へと融合する。


 あー。めまいがする。

 気がするなんてものではなく、マジでめまいが起き、奥歯を噛んで耐えた。

 生命体が別時間域の自分と出会ったら発狂する、と言った優衣の言葉は真実だと思う。まったく無関係の俺にまで、こんな強いめまいを起こさせるのだから、その異様な状況が想像できた。


「ほな、機長。今度はこっそり逃げまっせ。戦略データが消えたことが分かったら怒鳴り込んで来そうや」

 でも玲子は平気で言いのける。

「だいじょうぶですよ。彼らはもう特殊危険課の仮社員なんです」

「仮って……そんなアホな」

 言葉を失う社長に、なおも玲子は言い続ける。

「研修中ってことでいいんじゃないんですか?」

「そうそう研修社員が社長に文句なんか言うわけないって」と俺も賛同するが、

「アホ! 相手はザリオンやどうなるか解りまっかいな。とにかく機長。この場から逃げまっせ!」





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 一段落がついた司令室。オンナどもは自分の部屋に引き上げ、俺は怠惰に足を投げ出して、久しぶりに弛緩した空気を楽しんでいた。


 田吾は懲りずに通信機に腰掛けさせたフィギュアに話しかけ、その背後からケチらハゲが睨み倒すというお馴染みの光景が続いている。


 そこへ──、

 きゅぅーと鳴いて、丸っこい硬質なボディが俺の前に現れた。


「ミカン……。あ、そっか」


 ザリオン人に怯えたミカンを第四格納庫に隠れさせていたことをすっかり忘れていた。ついでにもう一つ忘却の彼方に置いてきた案件を思い出す。

「しまった。ミカンの土産を買うの忘れてる」

 何かないかとポケットをまさぐると、ザグルの部下がヲタから巻き上げていたFシリーズのキーホルダーが一つ出てきた。


 普通なら子供騙しにもならない物だが、こいつなら何でもアリだろ。

「ほらミカン。お前の大好きなアカネのキーホルダーだぞ。ここに付けてやろうな」

 頭の後ろから少し出た突起物の先端にある輪っかに付けてやる。


「この輪っか何だろな?」

 それは後々分かるのだが──ミカンは嬉しそうに、きゅぅぅ、と鳴いて頭を振って見せた。


「あぁ、それっ! アカネちゃんのキーホルダー!」

 ミカンの後頭部で揺れるFシリーズを(かたど)ったおもちゃを見つけて、銀龍のヲタが騒ぎ出した。


「それってゲキレアっす。オラが欲しい」

「だめだ。これはミカンの土産なんだよ」

「こんなロボットに意味なんて解らないっすよ、その辺に落ちてるビールのプルトップでもぶら下げておけばいいんダすよ」


 ミカンは不満げに甲高く鳴くと俺の背後に隠れた。

「ほらちゃんと認識してんぜ。諦めるんだな田吾。この子の顔認識は結構高性能だ。お前を怖い奴と認定したら、後々修正がやっかいだぞ」


「あー。もったいないダすなー」

 口の先を突っ張らせるヲタ野郎。


「お前、年いくつだよ。まったく……」


「裕輔とおない年ダすよ」

「恥ずかしいぜ俺は……」


「何を騒いでまんねん。せっかく一段落したちゅうのに」


「いやあのさ。ミカンにやったキーホルダーを田吾が取り上げようとするもんだからさ」

 俺の背中から顔だけを出して覗き込むミカン。社長に潤んだ瞳を向けて、きゅりゅーと鳴いた。


「なんやキーホルダーぐらい。ミカンにあげたらエエやろ」

「んダども。それってゲキレアっスよ」

「何がレアや。あ──、レアで思い出した。カメラだけ積んだ空のプローブを回収すんの忘れたがな!」

 と叫んだケチらハゲの声に俺は力を抜かれ、

「大損やがな」

「ゲキレアなのにぃぃ」

 頭を抱え始めた二人の態度にいたたまれなくなり、俺はミカンを連れてその場を離れた。


「どいつもこいつもバカばっかしだぜ。なぁミカン」


 きゅいぃぃー?


 俺を仰ぎ見た丸っこい目玉と視線が合う。

 なんだかこいつとは、うまくやって行けそうな気がした。

  

  

いつもご愛読ありがとうございます。

さてザリオンとの話はここにて一件落着。ストーリーは意外な方向へと向かい、そしてまた再会を果たします。それまで彼らとは暫しのお別れです。

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