バイロケーション
会議室を護衛する4人の下級士官が扉の前を遮っていた。
「この方は銀龍の総責任者よ。道を開けなさい」
と命じる玲子に士官たちはさっと扉から離れ、
「来られましたっ!」
大きな声で室内に叫ぶと、オレンジ色の目玉で社長をちらりと見て、4人のザリオン兵は踵をそろえて背筋を伸ばした。
「さ、社長、先にどうぞ」
玲子に手を差し伸べられて、びくびくと進むスキンヘッドオヤジに兵士たちは切れのいい動作で、顎を引いて視線を斜め上で止めると、自分たちの胸を拳で二度叩いた。
「ヒィっ!」
社長にはそれが挨拶だという認識は無い。いきなり殴りつけられると思ったのか、首をすくめた。
その振る舞いをザリオン人はこちらの儀礼的な行為だと解釈したらしく。
「ひぃっ!」
と声を上げてそれぞれに首をすくめて見せた。
それを見て、社長がまた。
「ヒィッ!」
ザリオンが。
「ひぃっ!」
これでまた一つ、宇宙におかしな儀式が生まれてしまった。
「社長。切りが無いから早く行こうぜ」
その背中を無理やり押したのは言うまでもない。
中に入ると、優衣がデバッガーの身体的特徴の説明をしているところだった。
「──のように、このアンドロイドの表皮はとても硬質で、銃弾や砲弾などでは太刀打ちできません」
「何や、ユイの格好……」
腹に大きな焦げ跡を残した制服を見て、目を剥くのはもっともなことだ。それよりも異様な光景に社長は硬化した。
「だぁわっ!」
二人分の椅子を並べて座っても、まだはみ出るボディと、天井にまで着きそうなガタイ。実際、着く奴もいる。
「なんと恐ろしい光景や……なんまんだぶ、なんまんだぶ」
そのワニが優衣に指を立てて尋ねる。
「ちょっと訊くが……」
超長身のティラノくん。座っているのに腰を屈めて天井を気にするスダルカ中佐だった。
「どうぞ」
「そいつらは亜空間を移動できるという説明だが、そんなこと可能なのか?」
「はい。可能です。現に……あ、すみません。説明の前に、社長さんがいらっしゃいました」
凶暴なワニ面が一斉に振り返り、オレンジの鋭い双眸が社長を刺した。
「うひゃーっ」
びっくりした亀みたいに首を引っ込め、半分逃げ腰で後退りするので、背後に立っていた俺が支え、
「連中はヒエラルキー関係にシビアーなんだ。相手が弱腰だとすぐに食われちまうぜ」
ウソ半分を混ぜて言ってやる。
「ホンマでっか!」
丸めた目を瞬かせて、
「よ、よっしゃ」
いい加減覚悟を決めたのか、咳払いを何度かしてから胸を張った。
「あ。ワシが銀龍の総責任者のゲイツちゅうもんですワ。オホンっ」
「この宇宙船の持ち主よ。みんな、挨拶なさい」
玲子は血色のいい面持ちで一同を見渡す。
「ザリオン連邦連合軍、第一艦隊の艦長、ジム・ジェスダ大佐だ」
「ほぅ。ジムさんでっか」
「おなじく、連合軍艦隊司令長官兼、第二艦隊の艦長、ズダフ・バジル」
「ズダフさん……な」
「ちょっと。『さん』付けではマズイって。この人が最高評議会総裁候補の人だぜ」
「んげっ!」
社長は声に出し掛けた言葉を飲むことで返事とした。
「ワタシは第三艦隊の艦長、シム・スダルカ中佐、身長が3メートル42センチある」
それ言わなきゃいけない決まりでもあんの?
「約3メートル半と……。大きいなぁ」
無意味な感想を述べたことに気付き、社長は奴を見上げた。
「でっか!」
改めて天井を擦りつけるワニの頭を凝視。
「社長、いちいちメモるなよ」
「なんでや。初対面のマナーやろ?」
「第四艦隊の艦長でワグ・アジルマ大佐だ。ゲイツ艦長……」
「艦長ぉ?」
「この艦の持ち主なら艦長だろ。よろしく頼む。オレが第五艦隊のガナ・ザグル大佐だ」
「ワシが艦長でっか……なんや、オイドの穴がこそばなるな」
そんな特殊な言葉使って……。コミュニケーターが誤解釈したらどうすんだよ。
「オイド……とは何だ?」
「ほらみろ、さっそく質問されてんじゃねえか」
「オイドちゅうたらな……」
「ゴホンっ」
玲子の咳払いで、続きは中断された。妙齢の美人を横に付き添わせて漏らす言葉ではない。
「す……すんまへん。どうでもエエことですワ。話の腰を折ってしもたな。ほなユイ続けてや」
優衣は苦笑いを隠すように長い黒髪を背中に払って、話を本筋に戻した。
「亜空間移動の件ですが……はっきり言います。連中は未来から飛来して来るんです」
「未来だと!」
バジル長官は興奮した様子で、丸みを帯びた体を乗り出した。
「お主。本気で言ってるのか!」
「はい。約450年未来から、一つの目的を持ったある種の集団の指示で動いています」
「盗賊団と言う意味か?」
「もっと悪質よ。殺略目的の侵略者と言ってもいいわ」と玲子。
「ひでえ奴らがいるんだな」
ザリオン人が言うか……。
ついザグルを横目で見たが、奴は平然としていた。
「なぜオマエらそこまで知っている? その情報は正しいのか?」
と天井から低音を落とすティラノくん。同じ天井からでもシロタマとは迫力が違う。
で、肝心のシロタマはというと、天板の隅っこのほうで存在感を消していた。よほど電磁シールドボックスが怖かったんだと思われる。
「店舗を狙う理由は不明ですが、何かの目的を持って出没することは間違いありません」と優衣は言った後、
「アーキビストとして宣言します。この話は真実です」
ワニどもは揃って腕を組み口を閉じた。座席の背もたれが悲鳴を上げ、ケチらハゲが心配げに覗き込む。
「粗茶でございます……」
誰に教わったのか、使い慣れない口調で入って来た茜を見て、社長はあうっと声を上げた。
まだ着替えていなかったのだ。
「せっかく買うてやった服がボロボロになってまんがな……なんでや?」
酸素不足の金魚みたいに口をパクパクさせて小声で言うので、
「爆発に巻き込まれたんだよ」
ひとまずウソは言ってないだろ?
「爆発っ!?」
社長は呆れと恐怖の混ざる仕草で俺にしがみつくと、
「買い物に行けとゆうたはずやのに……おまはんらどこ行っとってん?」
テーブルを回ってお茶を配る茜の後ろ姿を茫然と見つめていた。
「どぉぞ……」
自慢のお茶をペットボトル詰めにしてよく冷したものだが、連中は本当にワイン以外を口に入れないのか、珍しそうにそれを眺めるだけ。
でも俺の喉は乾き切っていたので早速開栓、流し込む。爽やか味覚が浸透していく。
「あー。旨い」
思わず声が漏れた。
キャップを外して一口飲んだ俺の行動を見たザグルが真似ようとしたが、ワニの手ではそれはあまりに細かい作業だった。諦めた奴は、キャップをしたまま口の中に放り込んで噛みしめた。
鈍い破裂音が響いて、頬がもこっと膨らんだが、そのまま喉を鳴らして呑みこんだ。
「だ……だいじょうぶですかぁ?」
不安げに覗き込む茜へ、
「うむ。刺激があって美味だ」
ザグルは平然としていた。
他の艦長もザグルを真似る。それぞれに口に放り込み、破裂させる。そして同じように喉を上下に揺らした。
「大胆な飲み方でんな……せやけど、あのあとのボトルはどうなりまんねん」
「ですよね。消化できるんでしょうか?」
茜は目を白黒させ、社長は喉の奥を曝け出していた。
ようやくボトルの行方をあきらめた社長が、逸れてしまった話題を修正。
「それより……。さっきちらっと聞いたんやけど、連中がこのキングスネールに出没するちゅう保証はおますんか?」
社長へと全員の視線が集中し、ザグルが代表して応える。
「保証はない。だがこの店だけはまだ襲われていない」
「何を奪って行きまんねん?」
「有機質にはまったく見向きもしない。無機質、それも金属やシリコン、あとレアメタルが主だ」
「なんでシリコンなんやろ?」
「社長さん……」
優衣が、か細い声で顔を上げた。
「なんや?」
「もしかしたら、営巣を始めたのではないかと思います」
「営巣? 巣作りでっか?」
「はい。プロトタイプが大きく増殖するには物資が必要です、そこで必要なものをデバッガーが集めているのではないかと…」
「なるほどな!」
社長は膝を打ち、
「生命体は細胞分裂で増えていくけど、あいつらはシリコンや金属から自分の分身を拵えていくんや」
「プロトタイプとは何だ?」
「殺略集団の基礎となるモノです。一台のアンドロイドが450年後には500兆にまで増殖します」
「まさに星の数じゃな」
バジル長官に優衣はうなずいて見せ、
「ダークネブラ。暗黒星雲と言う異名を持ちます。それがネブラです」
「なるほど。オレたちの子孫が無事に暮らせるために、今の時代で叩き潰そうということか」
ザグルはワニのくせに頭が切れる。何の説明もしていないのに、勝手に紐解いて行く。
「そいつを叩くのはいいのじゃが、どこに現れるのか、いつなのか、などの情報が無いと動き辛いのう」
バジル長官の言い分が、もっとも的を射ている。
ところが今までおとなしく説明を聞いていたアジルマ大佐が異様に興奮し、圧力めいた口調で言いのけた。
「あなたの話には不確かな部分が多すぎる」
「どのあたりでしょうか?」
重厚な息を吐きつつ睨みを利かせ、優衣は凛然として動じない。そんな二人を見比べる幹部連中。
「あなた方はまだ訪れていない未来の話をしている……」
険しい態度の割りに言葉遣いは意外と丁寧だった。
「あー、それな……」
社長は嘆息めいた吐息のあと、ほんの短い時間黙考して、
「ワシらに見せたみたいな方法がエエんちゃうか。この人らにぐうの音も出ぇへんぐらいに、ビックリさせてくれまっか」
優衣へと、楽しげな口調で促した。
「艦長。我々はザリオンだ。ちょっとやそこらのことでは驚きませんぞ」
と鼻を吹かすのはバジル長官で、
「承知しました。少々お待ちください。出かけてきます」
「おい、話の途中だぞ。いったいどこへ行く気だ? 司令長官に失礼だ」
優衣は長官に柔和に微笑みかけ、ザグルはちょっと不機嫌気味に片目で睨んだ。
「まぁよい。ワシらを楽しませてくれるそうだ。少しぐらい待て、ザグル」
優衣はザグルと長官に会釈を返し、
「すぐすみますので」
虹色の光が広がり優衣がその場から消えた。
「どこかへ転送して何をやるのか知らないが、無駄なことはやめておけ」
訝しげに騒ぎ出すワニ軍団を社長はなだめるように言う。
「い、いや。ただの転送やないんや。えっと、なんちゅうたらええねん」
「みんな静かに。今からユイが本当の正体を明かすからよく見ておきなさい」
言葉が終わらないうちに再びフラッシュがほとばしり、優衣が戻った。
「なにを準備したのか知らんが、手ぶらじゃないか」
「まさか転送装置を自慢する気なのか? 今時珍しいこともあるまい。艦隊にも同じ技術はある」
「質問はあとで受け付けます。その前に伝えるべきことがあります」
一斉に向けられた疑念の目。それに手のひらを見せて制止する優衣。
「皆さんの狩りを成功させるべく協力は惜しまないつもりです。ですがひとつ約束して頂きたい案件があります」
しーんと静まり返った会議室に優衣の声が響き渡った。
「約束とは何だ。オレたちはヴォルティ・ザガに忠誠を誓った身だ。偽りなどは吐かん、何でも言ってみろ」
体もでかいが、態度もでかい。
「そうだ。ワタシはヴォルティ・ザガに身を捧げたんだ。チンケなことを言うんじゃない」
こんなでかい体を捧げられても迷惑な話だぜ。な? 玲子。
案の定、玲子はデスクに肘をついた手で、下を向いた額を支えていた。
「いいですか」と優衣は口に出してから、
「いまから言うことは突拍子もないことですが真実です。内密にお願いします。けっして誰にも言わないと誓ってください」
玲子も追従する。
「いい? 未来に関する話をするんだから、それを利用しようなんて奴がいたら、あたしが首と胴を切り離すからそのつもりでね」
このワニを前にしてよくそんな脅し文句を言えたな。と言いたいが、誰もビビっていなかった。
「時間規則に反することになるんだから本気で守るのよ」
さらに念を押すが、一番それを守れそうにないお前が言うな。てな気分だ。
「ああぁ。守ってやる。ヴォルティ・ザガが命じたことを守るのも俺たちの掟だ」とザグルは言い、
「ふはは。何でも申してくだされ。我らもザリオン、守秘義務は死んでも貫き通しましょう」
「時間規則とは大げさだ……グワハハハ」
バジル長官も笑みを混ぜながらうなずき、他のワニたちも半笑いだ。この後で息の根を止められるとは誰も思っていない。
「その言葉、しっかりと受け取りました」
優衣は静かに微笑み、信じられないことを言った。
「デバッガーは今から18時間後、サウスポールの裏側に出現します」
「なにっ!」
「サウスポールと言うと、ここから2光年銀河の中心へ行った先にある大型店舗だぞ」
「あぁそうだ。キングスネールの姉妹店で経営者は同じザコダ兄弟だ」
やっぱりこいつらはここらをブイブイ言わすだけあって詳しい。
「どこでその情報を得て来たか知らないが間違いだ。サウスポールは数か月前に襲われたばかりだ。キングスネールが襲われる確率のほうが高い。だからオレたちが用心棒として雇われたんだ」
それで武器を持っていたわけか。しかしその用心棒に飲食店を襲われてりゃ意味ねえな。
「襲ってなどいない。会議の場所を借りていただけだ。ぶっ潰したのはオマエらじゃないか」
「関係ない話はやめなさい」
慌てて立ち上がる玲子に、点になった目をやる社長。
「ぶっ潰した……?」
さっと視線を逸らす玲子。ザグルも咳払いというより咆哮をぶっぱなし、
「グワァォ! なぜ、サウスポールに現れると言い切れるんだ! 根も葉もない噂を鵜呑みにして、ここを離れるわけにはいかん。その間に襲われてみろ。用心棒の面目が丸潰れだ。グロォォォ」
「ワタシは確率論の話をしているのではありません。デバッガーはここには現われません。18時間後のサウスポールです」
「だから、なぜそう言い切れるんだ」
「この目で見て来たからです」
「はぁ──っ! 笑わせてくれるぜ!」
いきなり第四艦隊だったか、アジルマ大佐がテーブルをでっかい手で平手打ちをした。とんでもない轟音がして、ペットボトルを抱いていた社長が漫画みたいに椅子の上で跳ねた。
アジルマ大佐はさらに喚く。
「オレたちはザリオンだ」
拳で胸を二度叩き、
「己の身を削らない占いや予言めいた言葉は信用せん」
「うひぃぃー」
ぐわぁーとそびえ立ったワニにビビる社長。
眉間にシワを寄せ、いきり立とうとした玲子の腕を優衣がそっと抑え、
「アジルマ大佐?」
「なんだ?」
「キングスネール上空で待機している本船から、2分後に所在を確かめる連絡が入ります」
「ん? そんなはずはない。外にいる部下がオレに代わって送るはずだ」
「いいえ。それを忘れているため、本船のほうから理由を問う通信が入るのです」
「あのバカ。また忘れたのか!」
部下へ噛みつこうと、出口へと体を捻る巨漢をザグルが止めた。
「放っておけ! そのままでいいじゃないか。たかが定時連絡だ。本当にそうなるかここで確かめてみるのもおもしろい」
他の艦長もニタリニタリとして静観。
「叱り飛ばすのは後でもできるか……」
持ち上げた尻を落として座り直し、制服の内側から黒光りする装置をごとりとテーブルに置いた。
「無線機だ。さてどうなるかだ……」
果たして2分後、バイブの振動と耳障りな音がして通信が入った。
テーブルで小刻みに震える無線機へと、皆の意識が一斉に集中する。
それにゆるゆるとウロコにまみれた手を出し、顔の前にもたげると低い声で応えた。
「アジルマだ」
その声に反応し、
《艦長。定時連絡が途絶えてましたので、連絡させていただきました。ご無事ですか?》
低周波の溜め息みたいな呼気の漏れる中、
「あぁ、問題ない。何も起きていない」
と先に応えてから、
「それより、なぜワタシに連絡した。定時連絡を怠った士官にすべきではないのか?」
そのとおりなのだろう、他の艦長もそろってうなずいた。
《それが……》と無線機の中の兵士が言葉を濁し、
《銀龍からの使いだというガイノイドが現れまして、艦長に直接連絡するようにという言伝を持っていました》
ザリオンの幹部が一同に、ぎょっとした面持ちに変化し、テーブルの上で信じられないことを語る通信機を睨み付けた。
「ちょっと待て、それでそのガイノイドはどこへ行った?」
《まだここにいます》
「なっ!」
全員の視線が無線機から飛び離れ、一点に集まる。もちろん涼しい顔をして瞬く黒髪の優衣へとだ。
「そ、そこにいるのか!?」
あふれる疑惑に声を上擦らせて確認するアジルマ大佐。
《はい。います……が?》
「む……無線に……出てもらってくれ」
それは禁忌を犯す恐怖の言葉を語るように喉から絞り出されていた。
ワニの喉が大きく上下する。
《アジルマ艦長。聞こえますか?》
その声に全員が凍りついた。
「だ、誰だ!」
思わず口からこぼれたのだろうが、もちろん優衣の声音だ。
《冗談はやめてください。あなたのそばにいるワタシです》
「……………………」
アジルマ大佐の息の根が止められていた。
「どうですか? これでもワタシの言うことがウソだと思います?」
目の前の優衣に柔和な微笑みを注がれて、大佐は生唾を飲み込み凝固した。心肺停止とまではいかないだろうが、それに匹敵するほどのショックを受けて、こちらの優衣を見たまま氷結した。ついでに他の艦長もひっくるめて石化。これでワニの剥製が完成だ。
「これがどういうことだか解る?」
玲子が楽しげに口を挟み、そして社長が続く、
「信じられへんやろうけど。この子は時間と場所の跳躍ができまんねん。ほやからさっき消えたユイは2分後のあんさんの船に跳躍してたっちゅうわけや」
「そ……それならここにいるのは」
鱗に覆われた肌では顔色が分かりにくいが、蒼白になったと思われる表情を浮かべて、優衣を指差すアジルマ大佐。
「ワタシは18時間後のサウスポールでデバッガーが出現するのを確認してきた……ワタシです」
「──────」
会議室が静まり返った。
「すごいやろ。こういうのを多重存在ちゅうらしいで」
社長は声を踊らせ、目を横倒しの三日月形にした。
「ば、バイロケーションだ」
ザリオンは技術水準が高いというのは本当のようだ。俺には聞いたことも無い言葉だった。
『重複存在を意味しますが、生命体によるドッペルゲンガーなど、超常現象とはまた異質なものです』
つい口を出してしまったようで、シロタマはそれだけ伝えると大急ぎで天井の隅へ逃げ帰った。
その姿を目で追っていたアジルマ大佐の震え声は治まらない。
「いいか、その女性には逆らうな。丁重に扱うんだ、分かったな!」
《了解しました》
乱暴に無線を切り、大佐は大きく呼気を排出して、座席に身を預けた。
優衣は愉快そうに言う。
「艦長さんの連絡のあと、ジルグ無線技士は、お仲間に言ってブラッドワインまでご馳走してくれようとしました。でも任務中ということで遠慮させていただきましたわ」
「無線技士の名前まで……」
「そりゃあそうです。ワタシは18時間前にはあなたの艦にいたワタシです。お疑いでしたら帰還後、ご自分のデスクを確認してください」
優衣は丁寧に黒髪を振って一礼をし、艦長はオレンジの目玉をギラリとさせる。
「なにを確認しろと?」
「艦長席の隅に可愛い女の人の写真が裏返しになっていましたので、表に向けておきました」
「ば、バカもの。ワザと裏返しておいたのだ。人に見られるじゃないか!」
「ぶふふっ」
誰かの笑いをこらえる声がしばらく響き、アジルマ大佐の小さな震え声は掻き消されていた。
「この子はこの一瞬に2分後のアジルマ艦と、18時間後のサウスポールに行って帰って来たわけよ。どうみんな? 優衣の話、信じる気になった?」
これだけのことをやられりゃ信じないわけにはいかないだろう。玲子の言葉に反論するものは皆無で、誰もがタマシイを抜き取られたように座席で膠着し、
「ゲッダッハゥヌ……」
ザリオン人としてはあり得ない感情だったに違いない。それぞれにつぶやいていた。
へへ。ざまーみろ。




