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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
141/297

  悪の巣窟  

  

  

 店の地下ホールに降りると、通路を挟んで両脇に飲食店がひしめき合って並んでいたが、どの店も客はおらず、従業員も見当たらない。中にはカーテンが閉じられた店も有り、営業時間前なのか休業日なのか、いまいちはっきりしない。


 ――と、最初は不審に思っていたのだが。


 しばらく進むと低く唸るような猛獣の咆哮が響いてきた。それはすっかり耳に焼きついたザリオン人のとっても不快な声だと気付くのに時間は必要なかった。まるで争い合うような物々しい破壊音まで混じって、通路の奥から危険な雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。



 誰も近づかないはずさ。つまり真相はこうだ。

 ザリオン人は凶暴で乱暴者という認識が浸透しており、恐れた買い物客が誰も寄り付かないために開店休業状態になったのだ。マジで迷惑な話だった。



 誰もが近づきたくない魔獣の巣窟へ、わざわざ向かわざるを得ない原因を作ったのは……このオンナのせいだ。

 鼻歌でも奏でる気楽な顔して俺の前を歩む世紀末オンナ。特殊危険課のボス、玲子だ。


「あなたのお仲間は何名ぐらい来てるの?」

 ザグルの背後から仰ぎ見る玲子。

 奴は前を向いたまま応えた。

「同期の連中が4名と、その下級士官が一人ずつ付き添ってるから、8名だ。オレとオレの部下2名を入れて11名だな」

「同期と言うとやっぱ艦長でしょ?」

「そうだ全員艦長だ。一人は中佐だが、来月大佐に昇格する。連合軍の第一艦隊から第五までの艦長だ」


 胃のあたりがきゅぅと絞られ、嫌な汗が滴った。

「そんな連中がこの先に待ち構えているのか……マジやばそうだな」

 しんがりからカートを押しつつ追いかける俺に玲子は振り返る。


「逆でしょ。そんな偉い人に紹介してもらえるのよ。名誉なことだわ、誇りに思いなさい」

「お前は鉄の心臓だから平気だろうけどな、俺のハートはシャボン玉なんだ」

「そんなの心臓じゃないわ」

 冗談の通じねえオンナだな。


 少し前屈みで進むザグルは天井を気にしていた。俺たちには高い天井なのに頭が当たりそうになるからだ。


 玲子はザグルのすぐ後ろで、にこやかな優衣を引き連れて機嫌良さそうだ。その真後ろには無邪気にスキップを踏む茜。俺は怒声が轟いてくるたびにビクビクと首をすくめて、最後尾からカートを押し進めていた。


 ところで──。

「お前はナニしてんの?」

 重しでもぶら下げたみたいに、のたりくたりとシロタマが俺の後方から付いて来る。


『ザリオン人の凶暴性は常軌を逸することがあります』

「はは。例の箱か?」


『はい。電磁シールドに閉じ込められるとメモリ破壊が起き、対ヒューマノイドインターフェースの機能が一時的に損なわれます』


 初めてシロタマを憐憫の眼差しで見上げた。

「お前も意外と苦労してんのな」

「オメーほどじゃねえじぇ」


「…………」

 何だろう。今シロタマと分かち合えた気がした。




 着いた先はカウンターバーも設置されたラウンジ風のレストランだった。

 従業員は全員避難しており、店長らしき人物が入り口から店内をこっそりうかがっていたが、近づくザグルの足音に飛び上がり、一目散にどこかへ逃げた。その後ろ姿がとんでもなく気の毒だった。


 無遠慮にザグルが扉を開ける。有り余る力はどうしようもないらしい。開いたスライド式の扉が大きな音を発して跳ね返ってきたのを片手で受け止め、そのまま手前に掻き出したせいで、バリバリと耳障りな音と一緒にドアがへし折られた。


「なんちゅう大雑把な性格をしてんだ。扉の意味がまったく無いじゃないか」

 溜め息を一つ落とし、木端微塵となった扉の残骸を足で蹴り散らしてカートの通り道を作った。


 よけいな仕事を増やしやがって、と内心では怒って、(つら)は可能な限り平静を装う。ビビったところを悟られたら、食い殺されるかもしれない。


「うぉ……っ」

 店内に一歩踏み込んだ途端、俺の腰が砕け散り、怯えたタマが天井の隅っこにへばり付いた。

 むせ返る悪臭の中で大勢のザリオン人がたむろしており、人を圧っしてくる暴悪感を浴びて手足が勝手にガタガタと震えだし止まらなかった。

 まるで猛獣のオリの中に入ったようだ。やっぱ目は合わさないほうがいいのだろうか。


「ぐぁわはははは、グウォロォォ」

 真ん中に寄せられたテーブルに凶暴な面をしたザリオンが口から泡を飛ばして笑っていたが、見た目は吼えるだ。一人は座っているにもかかわらず頭の天辺が天井に届いていた。


「でかい……ぜ」

 あり得ない光景に口が開いたままだ。


 そいつらから少し離れたテーブルに4人。ザグルの言っていた下級士官だろう。他と比べると少し小柄に見えるが、それは真ん中の連中がでか過ぎるからだ。


 ザグルとその部下を除いた8人のザリオン人は好き勝手に飲み食いをしており、酒だって飲み放題、冷蔵庫から食い物を引っ張り出し、食い散らかし、そこは完璧に無法状態だった。




 下級士官の一人が入室してきたザグルに気づき、ザッと音を出して立ち上がると、残りの部下も慌てて立ち上がり、右手で拳を作って自分の左胸を二度叩いた。ザグルもそれに応え、同じ仕草をした。


 挨拶らしき儀式をぽかんと眺めていると、頭の頂点で天井を擦っていたワニがザグルの後ろに並んでいた俺たちに気づき、牙の並ぶ長く突き出た顎先で示した。


「ザグル、それは何だ。食い物か?」

「おい、アジルマ。無茶を言うな。オレはオスを喰うと腹を壊すんだ」


「がははは。ジェスダ。いい薬を持って来てるから安心して喰え」


 二人が交わす会話が冗談なのかマジなのか、こいつらを見ていたらさっぱり解らん。

「ザリオン人は二本足で歩く動物も食うのか?」


 俺の小声にザグルが半笑いで伝える。

「ここは笑っておけ。あれはあいつら流のギャグだ」


 笑えねぇよ……。


 ザグルは胸を張って言った。

「遅くなってすまん。今日はヴォルティ・ザガを紹介したい」

「おいおい。まさかその軟弱を絵に描いたような男か?」


 ナイーブな俺の心が荒んで行く。


 ザグルは鼻息一つでそれをいなすと、

「バカヤローっ! オレはザリオンだ。何でこんなスルメ野郎をヴォルティに持つんだ。真のヴォルティ・ザガはこの人だ」

 頑強な肩を半捻りして、真後ろに手を差し出した。


「………………」

 玲子がつんとカタチのいい顎を突き出したが、もちろん誰もそこに注目しない。


「どこだ?」

「外に待たせているのか?」

「そりゃあ失礼だろ。早く入ってもらえ」


「ちょっとー。真面目にやってよ。どこ見てるの?」

 冗談を言い合う空気に痺れを切らした玲子が、立ち塞ぐザグルを押し退けて前に出た。


「どこだ? ちゃんと紹介してくれ」

 本気で見えていないのか、あえて無視なのか。それとも天井から見下ろしていたら、俺より頭一つ低い玲子は見えないのか? そんなことはあるまい。


「この女性だ!」

 玲子の肩を押してザグルは半歩下がり、おとなしく後ろに控えた。


「──────────」


 猛烈な静寂が襲った。

 俺の予想は覆されることなく、そのまんまの展開だった。ついでに次の展開も見ないで言える。


「ぐわぁはっはっはっは──っ!」

 最も背が高いワニが、天井を割らんばかりの大声で笑った。

 ほらね。予想どおりだろ。


 次々に笑いだすザリオン連合艦隊一行さま。

「がぁははははははははは」

「どぉあっははははははははは」

「ヒィィィーヒッヒッヒーーー」

 引きつってるし……、過呼吸で死ぬぞ、おっさん。


 あとは下級士官も巻き込んで嘲笑の嵐。こうなることは百も承知だったのだが……。


 バァ────ン!!


 鼓膜が破れるような音が響き渡り、ワ二どもが大口を開けたまま凝固した。俺の耳も異物が詰ったみたいに聴力が麻痺していた。


 今の破壊音にも似た轟音は、模造刀にするために購入したタングステン鋼の棒切れを玲子がカートから抜いて、テーブルの表面を叩きつけた音だ。そう、こいつは至極真面目だったのだ。


「何がおかしいの! あたしがそのヴォルティ・ザガよ。文句あんの!」

 宇宙一喧嘩早いザリオン人より先に熱くなってやがる。


 玲子は目を三角にして主張するが、連合艦隊の艦長たちはそれぞれに視線を交わし、

「「「「どぉあっははははははははは」」」」」

 もう一度、喉の奥を曝け出して哄笑の渦を広げた。


 めずらしく茜も熱かった。腕を腰に当てて横に立つ。

「ザグルさんは、わたしたちのお仲間ですよ。いぢめたらダメでーす」

 はんなりと、ちょっと舌足らずの可愛い声を口にすると、小さな拳を掲げて見せるが、一応これでも茜なりの威嚇のつもりらしい。ちょっとだけ目が真剣になっていた。


 だけど誰もが腹を抱えたまま無視して笑い続けた。そりゃそうだろ。茜だもんな。キュロットパンツを穿いた少女だぜ。


「もー。怒りましたよー」

 どうやら加勢する気のようだが、玲子から貰った大事な金髪がじゃまになったのだろう。ぱっとそれを外すと壁のハンガーに掛けた。それはとても滑稽な景色で、一段と笑い声が高まる。


「ぐわぁ──はっはっはっ、か、カツラだぜぇ──っ! ひぃぃぃ。腹がよじれる! 苦しい……」


「そりゃ笑われるわな」

 俺だって苦笑いさ。ハンガーはカツラをぶら下げる場所ではない。


 相手は迷彩ぽい軍服を着ており、盛り上がった筋肉で布地が張り裂けんばかりの巨漢ぞろい。それより少し小柄な部下たちだって相当な体格をしている。それに向かって黄色い声を注いだのは、白いニーソックス姿の茜だろ。あと二人もレディーススーツとタイトなミニスカートを穿いた二人のオンナだ。どっから見ても不釣合い。喧嘩を売る光景ではない。むしろ腹をすかせた銀狼の縄張りに誤って飛び込んだ子ウサギにしか見えない。


 ただひとつおかしいのは、子ウサギちゃんたちがちっとも怯んでいないのが、気なるところではある。



 店内にあふれた笑い声は、ますます嘲笑めいて、

「ふはははは」


 中には怒り出す者も……。

「なんだ、この茶番は! バカにするのか、ザグル! グワァロロロ……」


 真剣にヴォルティ・ザガの紹介を受け止めようとしていたのに、それを愚弄されたと憤怒に耐えきれず、白髪混じりのワニが獣特有の唸り声をがなりたてた。恐らくこの中ではもっとも年上なのだろう、少し小太りではあるが貫禄が半端無い。怖いほど厳しい顔をしていた。


 それほどまでにザリオン人にとってはヴォルティ・ザガとなる人物を大切にするようだ。腕力勝負で負けた相手に敬意を表して生涯従う契りを交わす。その相手がミニスカートをはいた女性なのだから、誰しもザグルのタチの悪い冗談だとしか取らないようだ。


「ザグル。オマエは艦隊を辞めて保育園の園長にでもなる気か?」

「ひゃぁぁぁぁはっははははははは」

 アジルマと呼ばれていたザリオン人が腹を抱えて笑いこけるついでに、横にあった椅子をいとも簡単に握りつぶす光景を目の当たりにして、俺、吃驚仰天(びっくりぎょうてん)


「笑いながら片手で木っ端みじんにしやがったぜ」


「ひゃっはははは。ひぃぃぃぃぃ死ぬぅぅ」

 そんなにおかしいのか?

 笑いに飢えたヤツ。


 だがザグルは無表情で成り行きを窺っているだけだ。たぶん玲子の度胸と腕前を再確認するとともに、ヴォルティ・ザガとして本当にふさわしい人物であることを冷静な目で見届けようという気分なのだろう。



「ザグル……オマエ、女をヴォルティ・ザガに……ひぃっひっひぃぐぁははは。オンナなんかを……ひゃぁはははは」

「オンナになにができる。がぁはははははは」

 やっべー。玲子に対する禁忌の言葉なのに、それを何度も犯しやがって。

 案の定、鈍い音がして、いきなりそいつの顎がグイッと天井を指して固定された。


「あががが。ぐわぁ」


 玲子がタングステン鋼の棒で、無理やり顎を突き上げたのだ。テーブルの天板と顎骨とのあいだにうまい具合に挟まっていた。

「どう? 天日干しにてワニ皮のサイフでも作ってあげようか?」

 目が半笑いになっていた。これはまずい、完全に戦闘モードに入った証拠だ。


 顎の金属棒をさっと抜き去ると、その先をオレンジ色の目玉に突き刺す勢いで伸ばし、

「あたしを甘く見ると、本当に痛い目に遭うわよ!」

 それは宣戦布告だった。男たちの表情も見る間に険しくなり、そして叫んだ。


「なにしやがる!」


 最初に動いたのは下級士官だ。大きなボディの割りに素早い動きで、腰にぶら下げてあった銃を抜くと同時に撃った。あまりにもいきなりで、こっちは身構える暇も無い。


 ダンッ、キンッ。

 タングステンの棒で玲子が弾いた。

 銃声と金属音が連続して弾丸は天井に小さな穴を開け、シロタマがコソコソとそこを離れた。


「ほぉぉ」

 低音の感嘆の声が響いた。もちろん唸ったのはザグルで、銃を撃った下級士官は戸惑った表情で銃口の中を覗いた。


「いい動きだ。体がしなやかで、そうだな……雌豹(めひょう)って言ったとこだな」


 賛辞を込めた感想を述べるみたいな落ち着いたザグルの言葉を聞いて、相手も挑発され、

「まぐれ当たりでさ」

 言葉を閉じると同時に、また撃った。


 ダァーンッ、ギンッ。


「何発撃ったって同じよ」

 銃口と玲子まで距離約4メートル。驚異の動体視力だ。


 ザグルの部下が銃を撃つワニへと口を挟む。

「気をつけろよ。その人はオレが至近距離から撃った銃弾を自分の銃で撃ち落としたんだぜ。舐めてかかるとマジで痛い目に遭うぜ」


「ウソ吐け! 飛んでくる銃弾を撃ち落とすヤツなどいねえ」

「それがいるんだ。オレが証人になる」


 あー、こいつかー。サンクリオで玲子に向けて銃を撃ってきた野郎は……。

 そう言えば、あそこにいる奴は口から突き出る牙が一本無い。玲子に銃弾で砕かれた、あいつだ。

 昨日のことのように思い出す。ついでにその後の数々の屈辱もな。



「それよりこのショッピングモールは武器の所持が禁止されてるでしょ。なんで持ってるの!」


 タングステン鋼を銃の先にビシッと突きつけ、厳しい双眸で男を睨みつける玲子だが、あっちもザリオンだ。ふてぶてしい態度でゆっくりと鋼柱を払い避けて言い放つ。


「へっ! この程度のモノはオレたちに取っちゃ玩具(おもちゃ)の部類だ。玩具の持ち込みは禁止とはなってねぇだろ」

 答えとしては不十分だけど、たぶん警備員を締め上げてどこかから侵入してきたんだと思う。ここにもゴキブリがいたっつうわけだ。


 振り払われた棒切れを玲子は両手で持ち直すと中段に構え、尖った視線は男に照準を合わせたまま、静かにそいつの眉間に剣先を突きつけた。


「か……刀?」

 ワニの喉元がゴクリと鳴った。そいつがそう感じたのが俺にも伝わった。それはザグルにも伝染する。

「お、おい。オレにはタングステンの棒っ切れが尖った剣に見えるが、なぜだ! 説明しろ。どうしたんだ」


 玲子の動きから目を離すことができないので、声だけをザグルに注ぐ。

「あいつは師範代を超える剣の達人なんだ。その体から放出されるオーラじゃねえか。それが幻視を引き起こしてんだろ」

 科学的根拠なんて何もない。そうさ。こんなのまだまだ序の口、先は長いぜ。


 玲子はゆっくりと剣先をそいつの喉元に下ろして止め、ザリオン人は先端を睨んだまま、まるで催眠術にでも掛かったような素振りで徐々に後退を始めた。


 (ひる)むという感覚を持ち合わせていないザリオン人が初めて戦慄を感じている。しかもそれは伝播するのか、剣の動きに全員の魂が抜き取られていた。


「ザグル。ちょうどいい機会だから。銃に勝てる剣術を見せてあげるわ」

 弾けそうな緊迫した空気を玲子はふっと朱唇の端を持ち上げ弛緩させた。


 その言葉に敏感に反応したのはアジルマだった。さっきまでの笑い顔を険しい表情に入れ替えて吠える。

「オンナ……。自信満々のようだが、ザリオンの強者(つわもの)を相手にしようってのか?」


 グラスの割れる音と座席を引き摺る音が響き、全員が立ち上がった。黒い森が隆起したような景色に俺は超ビビるのだが、玲子は平然とその目前に一歩進み出た。


「何人いたって同じよ。なんなら全員に宣言してあげようか。ザータナスの誓いを」


「バカ、玲子やめろ!」


「いいじゃねえか。オレのヴォルティ・ザガの底力を見せてもらいたい。そうでなければオレの名誉に傷がつくだろ。オンナに負けたという屈辱を納得させてもらいたいものだな」

 と言いつつも、

「ヤバくなったら、オレが助っ人に入る」

 とまぁ。ザグルにそう言われて、つい肩の力を抜いてしまったのが、あとで考えると大後悔の根源さ。



「オンナ! 軽々しくザータナスの誓いを口にするものじゃねえぞ!」

 ティラノ野郎が唾を飛ばして喚き、ジェスダがせせら笑う。


「ザグルは体調不良だったのだろうな。こんな小娘に負けるなんてな。グワハハハ」


「グワオォォオグロロロロ。オレを侮辱するな! オマエらやめるんなら今だぞ」

 ザグルのオッサン。なんだか挑発してないかい?


「待てっ!」

 いきり立つ連中を制しながら、白髪混じりのザリオン人が一歩前に出た。


「軽々しくその言葉を口にするが、どれほど重要なことかお解りだろうか。お嬢さん?」

 口調は丁寧だが、放出される威圧感はこの中でもっとも重々しく圧してくる。


「あなたは?」

「これは失礼。ワシはザリオン連邦連合艦隊司令長官のズダフ・バジルじゃ。訳あって第二艦隊の艦長を兼任しておる。ザリオンもいろいろ人材不足でのぉ」


「この中で最も権威あるバジル大将だ。ザリオン最高評議会総裁の候補だぞ」

 ザグルの説明が心なしか遠慮気味に感じるのは、玲子を睨みつけるバジル長官の眼光のせいだろうか。それともさっきまで怒声を浴びせていた連中が敬意を持った視線で黙り込んだせいだろうか。


「あなたはザータナスの誓いの意味をご存知ですかな? ザリオンにとってはとてつもない厳格な意味合いがあるのですぞ?」

 玲子は即答した。

「当然、理解しています」

「ほぅ。命を粗末にするとは。まさかヤケッパチってことは無いと思うがな。その決意ある態度から見ると何か理由がおありのようじゃ」


「あたしたちは今とんでもない相手を敵にしてるの。そのためには強い味方が欲しい」

 ビシュッ、と切れのいい音を出してタングステン鋼で空を切った。


「あたしに忠誠を誓う戦士になりなさい!」


 固唾を飲んだのは俺一人だった。こいつはそんなことを考えていたのか。


「つまり。我々ザリオンに対し、しもべになれとおっしゃるのかな?」

 ぎろりとオレンジの目玉が玲子を睨みつけた。


「あなたはこの中で最も理解力がありそうね……。そうよ。こちらにつけば退屈させないわよ。あたしたちの敵は500兆のアンドロイドなの!」


 瞬間、店内が凍り付いたが、すぐに、

「ぶふぁっ!」

 誰かが吹いた。

「500兆だと! がははははは」

「おもしれえ冗談だ」


「冗談じゃないわ! 本気よ!」


 玲子は優衣と茜を引き寄せると、

「気が付いたかどうか知らないけど、この子たちは管理者製のガイノイド。それも最強の戦士にあたしが仕立て上げた。その敵と戦うためにね」

 きらりと光る鋭い目で相手を睨みつけると決然と言い切った。

「この子たちを倒せるもんなら、倒してみなさい!」


「グオロロロロロォ」

「ガゥロロォォ」

 ワニどもが喉を鳴らし始めた。

「ジェスダ、アジルマ、スダルカ、どうじゃ。ザータナスの誓い、受けて立つか?」


「グワオロロォォォ。おうよ。ぶっ殺してやるぜ!」

 ぐわばぁーっと立ち上がったティラノ野郎の頭が天井を突き破った。


「相手をしてやれ!」

 バジル長官が後ろに下がり、天井から首を引き抜いた恐竜野郎が吠えた。


「握り潰してやる! グワォロロロロッ!」


 次の刹那、動いたのは茜だ。

 飛びかかって来たティラノ野郎の腹部にキュロットパンツから長く伸びた脚が直撃。目を見開きほんの少し体の動きが止まる瞬間に、茜は懐に飛び込み、相手の腕を担ぐようにしてひと回転。ティラノザウルスのボディが遠心分離機でぶん回されたのかと見紛う速度で旋回して背骨から床に叩きつけられた。


 ドシーン、という地響きが上がる。


「出たー。床ドン、アカネバージョンだ」

 玲子と違い、手加減無しでぶっ放なしたもんだから、鼓膜のキャパを軽くオーバーした轟音が聴力を奪い、とてつもない振動とともに床がへこんだ。

 そう、あー見えて玲子のは手加減してくれている。優しいな……なんてこと思うか、バカ!


 だけど平然と飛び起きたティラノ野郎は腰から銃を抜き出して茜に向かって発射。


 ダンッ!

 キンッ!


 ドンッ

 ギンッ!

 銃声と金属音が交互する。


「管理者が作ったガイノイドはこれほどまでに素早く、そして精密に動けるのか……」

 ザグルの喉が上下し、驚愕に打ち震えていた。


『数10億分の1秒で物を捉える視力をアカネとユイは持っています。それから視ると、飛び交う銃弾は静止に等しい感覚になります』

 俺の説明を全部持っていった球体野郎を天井の隅に捉えつつ。

「オマエも流れ弾に注意すんだぜ」

「オメエもな」

 二人して、励まし合うみたいなことを言っていた。



 ティラノザウルスは(──みたいにでっかい奴な)銃弾を最後まで撃ち続け、空になった拳銃を床に叩きつけながら怒鳴った。


「グウオォーッ! なんということだ! 銃が全くきかねえ!」

 それよりあれだけ派手に背骨に衝撃を受けておきながら、よく平気でいられるよな、ティラノくん。俺なら即死だろうよ。


「驚くのはこれからよ」

 玲子がコブシを挙げた。

「いいわよ、反撃開始!」

 それを合図に、優衣と茜がワニの中に飛び込んだ。


 途端に何がなんだか説明不能に陥った。ワニどもが暴れるのだが、とてつもない勢いで動き回る優衣と茜がそれを掻き乱し、状況が交錯してしまって、なんだか支離滅裂だ。


 なにしろワニ軍団が数ミリも反応しない短い瞬刻に。白いキュロットから伸びた綺麗な脚と白い腕が宙で踊るのだ。それは敵を蹴り上げ、タングステンの金属柱で強打するのだが、網膜に反応しない速度であるため、透き通ってしまいよく見えない。


「グワォォ!」

 顎のあたりを強打され、ワニが一匹吹っ飛ばされて壁をえぐって悶絶。優衣に振り回された二匹が空中で衝突。大きな音を出して床に墜落。

 玲子の出る幕がまるでないのは、それはそれで俺の安堵するところなのだが、にしてもちょっとやり過ぎだろう。


 俺は力の抜けた息を吐き、肩をすくめる。

「あぁぁ。また派手なことを……」


 ザグルとその部下も顔をしかめて凝然とするのは、自分たちがボコられた過去と照らし合わせる行為だろう。なにしろこいつらは、玲子に宇宙船ごとぶっ潰された苦い経験がある。


「すげえ。管理者製のガイノイドをここまで鍛えあげたのか。ザリオンの傭兵育成クラスの講師として来てもらいたいほどだ」

 その意見は却下させてもらうよ。



 下級士官はほぼ全滅だが、そんなことで怯んだり諦めたりするザリオンではないことも承知さ。

 ついに禁じ手を打ってきた。どこのバカか知らないが、優衣たちの超然とした動きに怯えて投げ込んだ手榴弾が、俺の目の前に転がってきて、小さな音を出してピンが弾け飛んだ。


「あ……っ!」

 意識は「超やばい」と警鐘を鳴らすが足が縫い付けられた。言葉が出ないし、体も動かない。


 動いたのは優衣だ。

「アカネ! ホールトしなさい!」

 茜の瞳から瞬時に生気が消え、手榴弾を覆い隠す体勢でうつ伏せに倒れた。

「みんな離れて!」

 さらにその上から優衣も被さった。


 ドンッ、という腹に響く大きな音が響き、閃光が床に沿って飛び散って二人の体が突き上げられた。


「ユイっ! アカネっ!」

  

  

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