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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  宇宙にはびこるヲタ  

  

  

「お前ら仕事しろよ」

 俺の怒りはまもなく爆発するだろう。

 さっきから店員の視線がすげぇんだ。


 警備員の連絡が行き渡ったのか、インフォーメーションのおネエさんが言いふらしたのか、売り場の従業員が仕事そっちのけで優衣と茜を覗きに来る。買い物のジャマになってしょうがない。


 ほどなくして──。

 最も懸念していた事態へと相成り、パタリと俺の足が止まった。


「あ~の~ぉ」


「やっぱり出たか……」

 ヤクザもんでも、乱暴者でもない。だけどある意味とっても鬱陶しい人種──ヲタさ。

 銀龍にも一人いるからその鬱陶しいさは身に染みてんだ。困ったもんだぜ。


 なぜ予測できたかって?

 店に入る前に警備員が言ってたろ? 管理者が拵えたガイノイドの中でもFシリーズがブームだと。サンクリオでも結構な騒ぎだったし。こういう店だから、きっと各種のヲタがはびこっていると警戒していたんだ。


「すみませぇん。ちょっといいですか?」

 脂ぎったぼさぼさヘアーはセンター分け。いつから着ているのか、シワシワのシャツによれよれのズボン。んでもって、挙動の定まらない視線。どっからどう見てもヲタ野郎だ。田吾で見慣れた俺にはこういう人種がひと目でわかる。あいつと共通して言えるのは、小太りセンター分け、そして脂ぎったところ。


「あ~の~ぉ。Fシリーズのガイノイドさんですよねぇ?」

 首からカメラをぶら下げて、スカイブルーの顔色はだいぶキショいぞ異星人くん。


「あ、は~い、そうですよー」

 って、こら茜。あまりこういう人種には近づくな。田吾で懲りていないのか?


「やっぱ、あったりぃ。今日フィギュアの物色に来て良かったぁ。店の人の話が耳に入って、金髪フラグが立ったんですよねー」


「金髪フラグって、なに?」

 と玲子が俺に訊くので、

「ビットフラグのことじゃね?」

「何よそれ?」

「あー。お前には説明が難しい。とにかくコンピューター用語だ」


 再び、青い顔の男に視線を戻す玲子。

「きみ、コンピューターやるの?」

 青年は玲子に頭を振った。仕方が無いので近くにいたシロタマに白い顔をもたげる。


『フラグとは旗のことです。立てる、倒す、の二つの状態を表現するもので、コンピュータープログラムの中では条件分岐などで頻繁に使われています。一つのビットを利用した二値をビットフラグと呼びます。また、真(true)、偽(false)などという文字列に定義した数値型の二値をフラグと呼ぶ場合もあります。この青年が使用するフラグも似た要素を持っていますが、日常の会話の中でアナログ的に使うテクニカルターム、あるいは語彙(ごい)で……ピャァ──』


 あんまりうるさいから引っつかんで向こうへ投げてやった。不意を突かれたタマは変な声と共にどこかへ飛んで行った。

「もう。かわいそうなことしないでよ」

「あいつに訊くな。よけいに難しくなるんだ」



 どっちらにしてもヲタの洞察力と記憶力は超人的なんだ。田吾と付き合っているからよくわかる。どこかでFシリーズのガイノイドが来店したことを聞きつけて、連中が持つ特殊な能力でここまで嗅ぎつけたのだろう。


 それよりもその青い顔色はどうしたんだ。ヲタだからか、それともそういう人種なのか?

「ジブンの星ではみんな青です」

「なーんだ人種か。俺はまた太陽を極度に嫌うヲタだから顔色が水色になったのかと思ったぜ」


「あ~の~ぉ。ジブン、ガイノイド同人誌を出してるんですけどぉ。会報の写真を撮らせてもらってもいいですか~?」

 グイグイ来るねぇキミ。それだとほぼ田吾だね。


 しかも茜はいとも気軽に返事する。

「あー。いいですよ……あが、もがががが」

 飛びついて、小さな口を塞ぐ。


「わるいな~青年。俺たち急いで買い物を済ませないと、怖ーいお爺さんに叱られるんだ」


「あ~の~ぉ。金髪のFシリーズわー。とても貴重デぇ。ゲキレアなんです。ぜひお願いします」

 首からカメラをぶら下げて、ひとまず丁寧に頭を下げる、ほぼ田吾。


「写真ぐらい、いいじゃない」と玲子は言うが、

「どうなんだ、ユイ? 時間規則に反しないのか? 未来にアカネの存在がバレるぞ」

「うふふふふ。問題ありません。すぐ結果が出ます」


「何の……?」


 ま、いっか。

「んじゃ、一枚だけな」


「ありがとうございます。ではお並びください」

 とヲタが言うので、茜の肩に手を添えてピースサインをぶっ放す俺。


「きも……。あ、あ~の~ぉ。男は基本キモ類に入るのでぇ。こちらの髪の長いキレイな女のひととぉ」


「ほら、肝オヤジはどくのよ」

「肝じゃねえ。キモだ」

 俺を押し出し、代わりに玲子が割り込む。


「あ~の~ぉ。ジブン、基本、萌えが好きでして。この人と並んでほしい……」

「え? 髪の長いってユイのこと?」

「あ? ユイさんて言うのですか。Fシリーズと雰囲気が似てるのでぇ。身内に自慢できると思うんっす」


「ははは。玲子どけ」


 ヲタ野郎は満足げに優衣と茜をブルーシートの前に立たせると、

「あ~の~ぉ。Fシリーズさんはこれ付けてもらっていいですか」

 と背中のリュックからヘアーバンドを……じゃない。

「ネコミミじゃねえか!」

 力が抜けた。あー抜けたさ。


 当の本人は平気の平左。喜んで頭に付けて、ついでに、にゃんにゃん語に切り替えた。


「こんなポーズでいいニャン? ニャァ~」


 ──って、

 田吾のヤロー、俺に内緒でへんな言葉を教えてやがるな。いつだったか、玲子がいつまでも茜の言葉遣いがおかしいのは、田吾のせいだと言っていたのを思い出したぞ。


「あぁぁ。ガチいいっす。パツキンのFシリーズ。ガチゲキレアっす」

 もはや何言っているのかさっぱり解らん。


「お前の作ったコミュニケーターが故障してんじゃないの?」

 タイミングよく俺の前に舞い戻って来たシロタマに訊く。


『正しく機能していますが、未定義の言語が多すぎます』


 と言ってから()に戻り、

「今度、タゴに頼んで言語マトリックスにヲタ用語も加えてもらうでシュよ」


「やっぱいい。背筋が寒くなる」





 シャカ、シャカ、シャカ、シャカッ。


 一枚だけと言ったのに、堂々と連写しやがって……。


「あ~の~ぉ。質問していいですか?」

「ん? ああ。いいぜ。なんでも聞いてくれ」


「あ~の~ぉ。Fシリーズの髪の毛は銀のナノ結晶構造金属糸ですけど。その金髪はどんな物質なんですかぁ?」

「え? 物質?」

 カツラの素材って何だろう。人毛だろうな。それとも安物のナイロンかな?


「それから、システムボイスはスーパーバイザーモードの最大プライオリティを持つ特権モードだと聞いているんですが、本当ですか?」


 どうしてヲタと言うのは人の話を最後まで聞かず、矢継ぎ早におかしな質問をするんだろう。


「バイザー? 日よけのコトか?」


「おにいさんは筐体の内部を覗いたことはありますか? クオリアポッドはありましたか?」

「それは極秘情報だ。言えん」


「サーメルスリトリチウムの濃度は? このFシリーズさんのグラビルメルトは何段階に調整してるんですか?」


 質問内容が専門的過ぎて意味解らん。


「えー? おにいさんがコマンダーでしょ?」

「うむ。キミの言うとおり、俺がコマンダーだ。さすがヲタくんだな」


「きも、ハゲ……」

「ハゲじゃねえ。スポーツ刈りってぇんだ」

 こいつ言葉の使い方を知らねえな。


「す、すみません。いつもの癖でつい口から出ちゃうんです」

「クセ云々(うんぬん)より、いつも口にしてるのがいけないんだ」


「あんただっていつも社長のことそう呼んでんじゃん。でさ、たまに本人に言っちゃって叱られてるでしょ」

「うるさい! 俺は気に入って短くカットしてんだ。社長のは遺伝だ」


 気を取り直して、

「それで青年。俺がコマンダーってことが、よく分かったな?」


「あ~の~ぉ。一般的に若いオスがコマンダーになります。それで常にコマンダーとペアで動くから。ここには男は一人だし……」

「正解だよ、ヲタくん。さすが詳しいねェ」

「こんなの初歩っすよ。コマンダーは容姿にこだわらず、ただの若いオスが選ばれますから、すぐに分かります」


「くぬ──っ!」

 お前、殺す。


 拳をプルプルさせた俺を後ろから羽交い絞めにする玲子。笑いながら。


 気にすることなくヲタは頭を下げる。

「どーもありがとうございました。Fシリーズさんとユイさん」

 とだけ言うと、撮影した画像を確認しつつ通路を曲がって消えた。





「ったく。田吾もそうだが、ヲタ野郎は自分のことしか考えてねえからな」

「でもまぁ、一応おとなしくて礼儀正しいからいいんじゃない」


「コマンダー。『ぅオタ』って何ですかぁ?」と首をかしげる茜。

「魚田じゃないよ。ヲタね」

 しかしこれをこいつに説明するのは困難を極めるが、最も簡単に理解させられることに気付いた。


「ヲタと言うのは……。田吾の仲間だ」


「へ~。こんな遠くにまで……たのしいお友達が多いんですねぇ」


 あーそうさ。ヲタは生物学を越えた新人類で全宇宙に散らばってんだ。だからどこにでも出没するぜ。


「気を付けような、アカネ」

「あ、はい?」

  

  

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