表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
132/297

  記憶のトレース  

  

  

(ユースケ。いつまで寝とんのや! もう三日目やで。そろそろ起きたらどないや?)

 ん~?

 誰だ、俺を呼び捨てにするのは……。


(社長。そんな(やわ)な言い方ではダメですよ。あたしにまかせてください)


 えーっと。誰だっけ、こいつ。


「裕輔! 起きろ──っ!」

 胸倉を鷲掴みにされて、とんでもない力でぐりんぐりん振り回された。

「痛ででででで。おい! 首が千切れるだろ!」

 なんだか久しぶりに声帯を震わせたぞ、という緩やかな気分は、固い床の上に引き摺り出されたショックでぶっ飛んだ。


「あだだだだ。誰だ俺を雑に扱う奴は!」

「あたしよ。文句ある」

 すげえ美人の吐息が俺の鼻にかかった。

「うっ」

 文句は無い。顔だけはやたら綺麗だけれど、だが玲子。その荒っぽさは女じゃねえ。


「どう? 目が覚めた? それともまだ寝るの? 寝たら最後だよ」

「なんだよその言い方。起こそうとしてんのか、それとも脅してんのか?」

「両方に決まってるでしょ。どっちを先にしてほしいの?」

 とか言いながら拳を上げる。


「優しく扱う、ちゅう選択肢は無いのかよ!」


「もうええ。玲子、離れなはれ。ほんまおまはんら。犬と猿っちゅうか……。それとも愛情の裏返しでっか? え? どっちやねん。なんやったらワシが仲人しまっせ」


「とんでもない!」

 俺は慌てて飛び起きた。


 そして──。

「銀龍だ!」

 やっと意識が完全に覚めた。ついでに、今の質問に答える。

「こんなジャジャ馬は嫌だ」

 と言ったら、やっぱりガツンとやられて、ようやく俺の周りに全員がそろっていたことに気付いた。


 トランスフォームを始めて丸っこいボディに戻るミカンをぼんやり見つめつつ、空調が吐き出す空気をちょっとビビりながら吸う。

「環境制御装置なら、ちゃんと直してまっせ。安心しなはれ」

 楓のおかげで防護服が足りなくなったという怖い宣言をされているだけに、用心するのは仕方がない。


 苦笑いを社長に浮かべ、控え気味に部屋の奥へタイヤを転がし移動を始めたミカンへ声をかける。

「お前が俺を銀龍に運んでくれたのか?」

 ミカンは、きゅぃっと鳴いて応え、手招きする優衣の後ろへ回り込んだ。


「よかった、優衣も無事のようだ……」


「ユウスケさんも、計算どおりの場所に無事到達しましたね。これもミカンちゃんの航行システムが正確な証拠です」

「どれぐらい寝てたんだ?」

「三日です」と優衣。

「三日も……」

 少々ビックリだが、

「いったいどうやって俺はここに戻れたんだ。優衣はカエデと自爆したんじゃ……」

 最後の記憶にたどり着いて、背筋が冷たくなった。


「自爆のコンマ5秒前にミカンちゃんとユウスケさんを空間跳躍で宇宙空間に放出してから、続けてすぐに2光年先のエリアに管理者の宇宙船とカエデさんを移動させました。そのあと自爆のコンマ1秒前に、ユウスケさんが三日後に救助される事を知らせるために、先にここへ戻って来ました」


「すごいやろ裕輔。それだけのことをたったの200ミリ秒でこなしたんや。な、時間を無限に使えるってこういう意味や。時は金なりでっせ。あぁ。あやかりたいでんなぁ」

 俺たちの世界から見ればそうなるが、優衣は身を削っていることになる。自分の持つ時間が無くなって行くと言うことだ。


 釈然としない気分で、優衣に手を合わせて拝んでいるハゲオヤジの横顔に尋ねる。

「じゃあ。カエデは……」

「ああ。2光年先でな、超新星爆発みたいな光を放って消滅しましたワ」


 それを聞いて急激に悄然とした。

「かわいそうな子だったよな……」


「ほんまや。Gシリーズはできが良かったのにもったいない話や。開発費だいぶ掛かってるやろな……。まんまんちゃんあんっと」

 優衣を(あが)めていたツルピカ頭をもたげた社長は、珍しい生き物を見る目で凝視してくる茜と視線がかち合い、慌ててそっぽを向いた。


「う~~ん。オラにはどうしても解らない疑問があるんだスが……」

 腕を組んでブタが唸っていた。


「何だよ。何でも訊いてみろ、コマンダーさまが答えてやる」


「んー。ユイがアカネちゃんの記憶を頼りに未来を知る、ていうのは何となく理解したダ。なら、こんな怖い目に遭うのが最初から解っていたら……例えば、救難信号を受けた時、管理者の船に近づかなければよかったんじゃないだスか?」


「以前にも申し上げましたが、アカネの記憶が正しい歴史なんです。それに背くことはできません。それが時間規則です」

「うー。それが出てくると何も言えないダ……」

 ぶ厚い唇を平たく突き出し、ブーブー言うブタオヤジ。お前は無線機のスピーカーでも睨んでいたらいいんだ。


 何か言い返そうとする田吾を社長が引き戻し、

「まさかネブラが仕組んだってことおまへんか?」

「カエデとネブラがつるんでいたって意味っすか?」

 俺の頭からいつまでも消えない暗雲だ。


「つるまんでもやな。うまくカエデを操ってアカネに近づけたとか……いろいろ考えられるがな」


「おっしゃるとおりです。カエデさんが自爆せずにネブラ側についているのが判明したら、スン博士の事故も仕組まれたことになり、ミッションを起点に戻さないといけない結果となるところです。でもネブラとの関連性は今となっては確かめようがありません……ワタシは……」

 優衣は遠くを見る目で天井へ視線を振って、また下ろした。

「ワタシは偶発的に起きた出来事だと思いたいです」


 俺もそう思いたい。

 楓は最後に『人の心が欲しい』と叫んだが、あれが本心ならネブラとは関係ないと考えるべきだ。


 俺と優衣を交互に見つめる茜の頭を撫でながら言ってやる。

「そりゃ同じガイノイドだもんな。そう信じてやりたいよな。な、アカネ?」

「あ、はーい」

 無垢な丸い瞳を俺へと向けた。


「でもさ。Gシリーズが行方不明になったという話の真相がこんな結果だったなんて、未来って、ほんとどうなるか分かんないわね」

 玲子の黒髪の中に潜りこんでいたシロタマがモソモソ出て来て言う。


「これが正しい時間の流れだったんでシュよ。だからタイプ4のエモーションチップは管理者の手にたどり着かなかったんでシュ」


「そうですね。タイプ4エモーションチップは自我の分裂を繰り返して、安定した動作ができない欠陥品だったんです」

「どういう意味だス?」

 問いかける田吾に優衣がうなずく。

「多重人格です……」


「なるほど……そのとおりだ」

「感情豊かで明るい、と言うには、もう少し研究の余地がおましたな。ほんま……」


「考えるとちょっと気の毒な生い立ちだったわよね」

 寂寥感(せきりょうかん)を露わにして玲子がつぶやき、社長が気遣うように訊く。

「ほんでユイどないしまんの。真相を未来の管理者に報告しまんのか?」


「いえ。ワタシのいた時代でもスン博士はまだ行方不明のままですので、ここはしばらく様子を見ます」

「ほぉかー。ワシらには口出しできひんとこや。せやけど自分の拵えたロボットに殺されるなんてな……博士もお気の毒な人や」


 何とも言えぬ複雑な心境で、俺はその言葉を反芻する。クオリアポッドをしのぐ感情制御デバイス。あと一歩のところだったというのは痛感できる。あんな生き生きとした人間以上に人間らしいアンドロイド。しかしそれが結局、破滅への道へ。過去のドゥウォーフ人と同じ過ちを繰り返したのだ。人間っていったいなんだろう。誰か答えを知っていたら教えてくれ。



 重々しい空気が満ちて、全員が沈黙を通しのだが。

「だけど──」

 その空気を破ったのは田吾だった。


「あーいうツンデレ萌えもいいダすなぁ。写真撮っとけばよかった」

「重苦しい空気を払拭してくれた殊勝なブタオヤジくん、例を言うぜ」


「んだも。レアもののGシリーズだったすよ。ファンクラブの会長として押さえておくべきだったっす。そだ。裕輔も倶楽部に入るとイイだ。カエデちゃんの情報をいっぱい持ってるから、羨ましがられるダすよ」


「俺はヲタの集団に入る気はねえ」


 言い合う俺と田吾のあいだに茜が侵入。

「ねぇねぇ。わたしの金髪姿はどうでしたかぁ? ファンクラブの会報に使ぁってくらさーい」

 くるりと舞って見せるあどけない口調と柔らかい動き。この子がクオリアポッドを装着した最後のガイノイドとなる。


「お前なー。あの演技はひどいぜ。全然ユイになってなかったぞ」

「せやろ。カエデにバレそうで玲子と一緒に冷や冷やしてたんや」

「でも。結果的にアカネとユイが入れ替わって正解だったな」

 と茜に告げてから、優衣の柔和な横顔へ言う。

「どちらにしてもお前の活躍で助かったんだ。例を言うぜ」


「あのな……裕輔」

 言いにくそうにスキンヘッドのオヤジが口を挟んだ。


「何すか、社長?」

「それがな……、ちょっとひと言では説明できひん、めっちゃ複雑難解な話があんねん」

 と前置きする社長だが、俺も簡単な話で済まされるとは思っていない。


 管理者の宇宙船に現れた二人の優衣がどういう経緯(いきさつ)であのようなことになったかだ。

 社長たちはすでに種明かしをされたんだろう。すっきりした顔をしていたが、俺はいまだに何がなんだかさっぱりだ。


「シロタマさんと管理者の船で調査をしていたワタシはアカネの記憶、つまりワタシの記憶ですが、カエデさんからイジメを受けてホールトすることを知っていました。ただ、その時点では、カエデさんが格納庫に皆さんを閉じ込めたことをアカネは知りません。あの時点ではワタシはイジメ以外何も知りませんでした」


「そーでーす。カエデさんにすごい意地悪を受けて、あんまり怖かったのでホールト状態にしたら、おユイさんに起こされたんです。すぐに入れ替わるって言われて、ポカンってなってたらカエデさんが戻ってくる気配がしたので、司令室に隠れていたんでーす」

 お前まで話に混ざらないでくれ。ますますややこしくなってくる。


「そうや。格納庫から必死のパッチで戻って来たら、怯えたアカネがおって事情を聞いて仰天や」

「なるほど。それで茜にすべてを説明したので、ユイに情報が伝わり、管理者の船からこっちへ飛んで来て、アカネの身代わりとなったわけだな……いや違う。アカネの身代わりになったのは三日後の優衣だと言ってたぞ」


「そうや……」じっと優衣の整った顔を見つめる社長。

「まだカエデが自爆させるとは、その時点では誰も知らんのや」


 平然と優衣は俺の前で言いのける。

「でも今は知っています。これから三日前に遡り、アカネの代わりにカエデさんと管理者の船に移って、そこにいるワタシに知らせます。だってユウスケさんもその光景を目撃したでしょ?」


 ぞぞぞぞと背筋に薄ら寒いモノが走った。

 管理者の船に拉致されて床の上でひっくり返っていた時に現れた優衣は三日後から来たと言っていた。ということは俺がミカンと漂流して三日目、つまりここにいる優衣が過去に飛ぶわけだ。


 なんとも理解し難いことを告白しやがった。実行してもいない記憶があるという不可思議な現象。頭の中が燃えそうだ。


「じゃあ。お前が今からアカネの身代わりに行くのか? これってどういう現象だ?」

「記憶のトレースと言います」

「記憶をたどって同じ行動を取ることらしいで」

「それじゃあ、この記憶はどこから来たものなんだ?」


 優衣はうふふとイタズラぽく笑って、

「時間規則なので、教えてあげません」

「らしいで……」

 社長も困惑濃厚らしく、スキンヘッドをぺしゃり。


「一つだけ……。このミッションは思った以上に複雑だと言うことをお伝えしておきます」


「げぇー。要らない情報がインプットされちまったじゃないか。知らぬが仏って言葉、お前知らないの?」


「そのうち解りますって」

 優衣はサバサバと、茜はポカン。

「ホトケが知らないって何のことですか?」

「めんどくせー。今の言葉忘れてくれ」


 茜は腑に落ちないような顔をしたまま黙り込み、社長に疑問を浮かべた愛らしい目をやる。

「神さんや」

 と、社長からひと言で済まされて、さらに困惑度を高めていた。


「せやけど、意味解らんことになってるやろ。手助けをされた優衣が手助けをしに過去へ戻るんやデ」

「……だけどさ。もし記憶のトレースを失敗したら?」

「全部パアですね」


「楽しげに言うな」


「まったくもって。おかしな話だわ」

 玲子でなくともおかしな話だと思う。


「ののかちゃ~ん。オラの味方はキミだけダす」

「あーもういや」

 玲子は苦手な食べ物を出された子供みたいに、宙を手で振り払ってデスクに突っ伏し、田吾はフィギュアへ語りかける。それぞれにタイムパラドックスの呪縛から逃げようとした。もちろん俺も同じさ。


「話の発端が見えん。だめだ。頭痛くなってきた」

 ガシガシと頭を掻きむしる。


「これは因果性の問題です。ここでワタシが記憶をトレースしなければ、ユウスケさんも皆さんも助からないことになります。そうなると困りますので……」

 言い終わるや否や、

「では行ってきまーす……」

 軽い言葉を残して、閃光と共に消えた。


「お……おい」


 まるで買い物にでも行くみたいな軽快な口調に、社長も眉をひそめる。

「なんや(せわ)しないな」

 溜め息を吐く間もなく、再び発光が広がり中から優衣が現れた。


「どうしたの?」とデスクから顔を上げた玲子に戻って来た優衣がこともなげに言う。

「ワタシの役目が終わっただけです」

 けろりと言い切った。


「ぜ~~んぜんっ、解んない。裕輔、へらへらしてっけど、あなた解ってんの?」

 玲子が大きな疑問符をぶっ立てるのは当然だ。


「へらへらはほっとけよ。でも俺には解かるぜ」

「どういうことよ?」

「これですべて無事に終わったってことさ」


「ほんとに終わったのかな?」


「終わったさ。ほらオレたち何も変化がないだろ。すべてユイがうまくやってくれたからさ」


 思い迷う仕草で優衣は伸ばした指の先を顎に当てて、優しげな視線でミカンを見た。

「実はひとつだけ変化してしまったことがあるんです」

「何も変わっちゃいない気がするけど?」


 さっきまで頭上で俺たちをアザケ笑っていたシロタマがフワフワと空中を漂い、丸い目をキョトンとさせているミカンへ移動した。


 優衣がミカンを呼び寄せると、ミカンはきゅい、とか鳴いて、素直に彼女の横に寄り添った。

「この子の存在はアカネの記憶に無い史実です。新たに発生しました。この影響がこの先にどのような変化をもたらすのか……少し心配です」


「どういうこと? じゃあなぜ連れてきたの?」


「ミカンちゃんがいなければ、ユウスケさんが時間項から外れてしまうところでした」

「外れる?」

「ユウスケさんを連れて時間跳躍すると、社長さんたちと時間域の異なるユウスケさんとなってしまい。元の時間に戻る時に齟齬が生じます。そこでミカンちゃんに運んでもらったのです。三日掛かりましたが、時間域は何も変わりません……でも……」

 優衣は喉の奥に異物を詰らせるたかのように、

「その代わり、ミカンちゃんが銀龍の一員となる異なる歴史に変化させてしまったのです」


「それって何か問題なのか?」


「それはまだ未来の話です。時間規則でお答えできません」

「まーた、それだ。時間規則とか時間項とか。お前の話は難しすぎるんだ。だいたい時間項って何だよ?」


「裕輔もうやめときなはれ。時空理論はワシらには理解不能や」


 俺は肩をすくめて吐息する。

「ま、問い詰めるのはやめるよ。どっちにしてもアカネの記憶とお前の気転のおかげで俺は助かったんだ。ありがとなユイ」

「とんでもないです。お礼を言うのはワタシのほう。あの時、ワタシを信じてくれてうれしかったです」

「俺はいつだってユイを信じてるぜ」


「わたしはどうなんですかぁ?」

 変なところだけに口を挟んでくる茜に、

「お前は庇護(ひご)だな。監視しておかないと何をやらかすか、分からない存在だな」

「え~。わたしもおユイさんも同じなんですよぉ」


「違うだろ。ユイは3万6000光年彼方へ俺たちを間違って飛ばしたりしない」

「またその話ですかぁ。でもそのおかげでおユイさんが登場したんですよぉ」


「ちょっとぉ。そんな昔の話はどうでもいいわ。それよりこの子がそのミカンって言うの?」

 顔は笑っているが、玲子は真剣な眼差しで丸い目を潤ませるミカンを示していた。


 さっきから俺たちの言動に首をかしげる丸っこいボディのロボット。こちらの言葉は理解できるようだが、救命艇としての性能以外は今のところ不明と言わせてもらおう。


「そーや。裕輔を運んできたこのロボットは何や? ようできてまんな。おまはんはこの中で保護されとったんで宇宙空間を漂っていても無事やったらしいで」


 優衣の説明によると。

 一人乗りの狭苦しいポッド内に押し込められた救助者は肉体的にも精神的にもすぐに限界に達するところだが、ここが救命ポッドとしてのミカンが優れたところで、この子は神経インターフェースで救助者の脳波をコントロールして発狂するのを防ぐのだと言う。


「救命ボートの一種だスかな?」


 興味津々の丸い目でアカネがミカンの頭を執拗に撫でていた。

「その子はルシャール星の宇宙船からカエデが奪ってきた救命ポッドを兼ねたロボットで、ミカンって言う名前が付いてんだ。大事に扱ってくれよアカネ。命の恩人なんだからな」


「ミカンちゃんですかぁ。可愛い名前ですねぇ。そうだ社長さん。昨日言っていた、プランターのお水やりこの子にまかせましょうよ」

「プランターはアカネの提案や。おまはんが世話をすんねやったら許可しまっせ」


「うあぁ、うれしぃです。ちゃぁんとやりまぁす」


「犬や猫を飼うみたいな話だけど。プランターって何すか?」

「これだけ長いこと宇宙におると新鮮な野菜が不足しますやろ。どこぞのショップにでも寄って野菜の種を()うて、空いとる格納庫で育てよか、ちゅう話になりましてな」


 天井から観察していたシロタマがミカンの丸い頭の上にちょこんと下り、そこへとミカンの目が寄った。

「きゅり?」

 上目遣いにしたミカンが可愛らしく鳴いた。


 なんだかシロタマと茜のいいオモチャになりそうな行く末が気になる。


『このシステムにマウントされた音声合成デバイスではアルトオーネの発音は不可能です』


 報告モードは喋ることができないと示し、

「それで動物の鳴き声みたいなんですねー。それじゃあ、わたしが勉強させてあげまーす」

「声帯振動板の制御を少し改造すれば言葉が話せるようになりまシュよ」

「そんな可愛そうなことしたらだめです。自然がいちばんなんですよー。シロタマさん」

「それならMSKを教えるといいでシュ。意思疎通が可能になるでシュ」


「お前らだけで意思疎通するなよ。MSKは俺たちに人間にとって意味不明だ」

 人のことよりお前らの言葉遣いを矯正(きょうせい)するほうが先だろ、と強く主張したいとこだが、その前に俺はシロタマに言いたいことがある。


「あの麻痺銃は完璧だったけどな、お願いだから俺だけには効かない処理を加えてくれ。でないと、夜、安心して寝られねえんだ」

「あぁ。あれはもうレイコに渡してあるでシュよ」


「なっ! なんちゅうことをしてくれたんだ。タマ!」

 あいつに使用されるぐらいなら、楓のドローンになっていたほうがマシだったかもしれない。少なくともそのほうが気が楽だ。



 後日談だが──。

 ミカンの体内で三日間も眠り続けていた俺は極度の不眠症になり、シロタマの助けを借りに、奴を探して深夜の船内をさ迷うはめになったことを補足しておこう。あれでもシロタマは優秀な医者でもあるからな。睡眠導入剤でも調合してもらわんと堪らんぜ……。

  

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ