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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  マジカルスポット  

  

  

 楓は俺たちと初めて出会った部屋に直接転送したようで、見覚えのある床に茜をそっと寝かし、俺を乱暴に放り出した。


 痛みは無いが視野の揺れと角度で荒っぽさが分かる。

 茜は手足の力が完全に抜けて床の上で広がっており、ホールトのまま静止状態だった。


 それを見届けると、楓はすぐに対面の座席へと椅子に運ばれて行き、俺の視界から消えた。


 しばらくして何かを操作する楓の影だけが、前方にある無彩色の壁で揺れ動いていた。

「これでいいわ……」

 しばらくすると椅子に座ったまま滑るように俺の前を通過。そのまま壁の端に到着すると、天井に向かって声をかけた。


「ギンリュウを映して」

 可聴域を超えるツンとした音を出して、部屋の中央に大型のディスプレイが浮かんだ。それはエアロディスプレイと呼ばれるものだ。


「ふっ。ユイめ。転送で乗り込もうったってもう無理よ。こっちはシールド全開だからね」

 画面に向かって告知する楓に何か言ってやろうと、喉を振るわせて口を動かすが、

「ぬぐぁう、ぐごぉ」

 変な声がかろうじて出る程度。それ以上に唾液が噴き出し、みっともない姿になる。あまり人には見られたくない。


 そんな俺を生ゴミでも見るような目で見下ろして楓がつぶやく。

「こいつもそのうち麻痺がとれるわね……シロタマさんの銃を向こうに置いて来たのはマズったなぁ……しかたないシールド内へ放り込んでおくか」


 お前なんかに『こいつ』呼ばわれされたくないが、無防備、無反応のこの()では、何も抗える(すべ)を持たない。つまりなんだ──お手上げさ。ヤケッパチにでもなってやりたいところだが、痺れて何もできないのがもどかしい。



「リンゴちゃん? ちょっと来てくれる?」

 白い顎をつんと持ち上げて、楓は奥へ向かって優しげな目を振った。


 ほどなくして明らかに管理者製ではないロボットが部屋に入って来た。


 ゴム製の無限軌道の駆動装置から円柱状のボディが上に伸び、その先に肩が取り付けられて、そこから頭と両腕に枝分かれした十字架と言っても言い過ぎていない。その姿はまさにロボットだ。それが軽いモーター音と共に現れて楓の前で停止した。


「リンゴちゃん。その男を部屋の隅に移動して、電磁シールドに閉じ込めてちょうだい」

 甘酸っぱい名前のロボットだが、ちっとも甘そうでも美味そうでもない。マニピュレーターよりは小マシな腕を振り下ろして、その先で乱暴に俺の腕を挟むと、ずるずると床を引き摺って部屋の角に移動させた。


 フラフラと腕を伸ばすと、目前にさっきよりも小型のエアロディスプレイが下りてきて、ロボットは上体を反らして見上げた。

「………………」

 もちろん無言だ。最初から言葉なんか持ち合わせていないようだ。

 そいつは二本しか無い指先を迷うように伸ばして、何かの指示ボタンをちょんと差した。


「────────」

 だが何も起きない。ロボットはモーター音を上げつつ機械の首をかしげて、もう一度同じ場所を突っついた。


「────────」

 やはり何も起きない。


 船内には静寂が浸透していた。不気味なほどの静けさだった。圧迫感を伴う無音は地獄とも思えるような重圧で俺を襲ってきた。


「何してるの! シールドの起動ぐらいのことがアナタにはできないの?」

 楓がそれをぶち破った。


 憤然として立ち上がると、足音も荒く近寄り、何度も首を傾けてディスプレイの一点を繰り返し押しているロボットを足蹴にする。


「このクズ鉄! お前みたいなのはスクラップが似合ってるわ!」


 茜も優衣もそうだが、あの重い粒子加速銃を(ほうき)のように担げるだけのとんでもないパワーを持っている。当然、楓だって同じだ。

 ロボットのボディから上部がまるでバットで殴りつけられた案山子のように折れ曲がり、バチバチと火花を噴き上げて動かなくなった。


「はんっ。役に立たない奴はゴミって呼ぶの。あんたなんか廃棄だわ!」

 強い語調で言い捨て、楓は憤りをぶちまけていた。

 ある意味、こいつは潔癖症なんだ。俺のことだってバイキンを見る目で睨みやがるし。


 きゅーっ。


 いつからそこに居たのか、部屋の隅にそこそこ人型を模写したアンドロイドが悲しそうな声をこぼして肩をすくめていた。


 衣服は着ておらず、だからといって裸だという意味ではない。滑々した金属ぽい表面は光沢のある白より少し黄色い塗料で塗られており、安定を保つためだろう、足は太く短く、二足歩行ではなく、その裏に付いたタイヤを回転させて移動する旧式なタイプ。ボディに格納できる伸縮する腕と、少しは傾斜する首の上には、大きさが変化する丸い目が二対で付いた頭を載せただけの簡素な構造だ。でもさっきの無限軌道で動き回る機械よりかは進歩しており、楓の言葉にちゃんと鳴き声らしい音で反応していた。


「あなたが代わりにやりなさい。その男を電磁シールドに閉じ込めるのよ」

 楓の命令に、きゅっとひと鳴きすると、角ばった動きだが俺が転がる位置へ正確に近寄って来た。

 ガサガサと蛇腹(じゃばら)式になった腕を引き出すと、エアロディスプレイ内に配置された数個のボタンを操作した。


 すぐに不快な電磁音が俺を包み。マイナスイオン特有の生臭く不快な臭気が漂ってきた。

 それを確認すると、先に首をねじって後ろを見てからボディを旋回させるという一風変わった動きで踵を返したロボットは、太く短い足の裏に付いたタイヤを転がして少しバックする。


 きゅっきゅっ。

 そいつは合図のみたいな声で、短く二度ほど鳴いた。


 厳しい視線で見つめる楓の白い顔を覗き込み、黒目の大きさを繊細に変化させた。まるで今の行動に対する評価を待つかのような表情にも見えた。


「うん。ミカンちゃんは優秀ね。それじゃぁ、そこで見張っててね」

 きゅり、と鳴いて、そいつは再び、先に首をねじって俺に向きを合わせてから、ボディを180度回転させた。


 リンゴとかミカンとか……ネームプロパティに執拗にこだわっていた楓がロボットたちに付けた名前なのだろう。異星人の宇宙船で虐待を受けていたので救出したとか言っていたが、こうなっては怪しさ倍増だ。力づくで奪ってきて自分の(しもべ)として扱っていると考えるのが妥当だな。


「それからミカンちゃん。アカネが目を覚ましたら知らせてね」

 ミカンと呼ばれたロボットは、さっきのと比べてだいぶ知能が高いらしく、楓が命じるたびに首肯を繰り返して反応するが、その姿を見ていて、俺は改めて管理者のテクノロジーに驚愕する。それはロボットとしか呼べないミカンと比べると、人造人間でありながら、ロボット感をまったく漂わせない楓や茜とでは、天と地以上の差がある。アンドロイドに対する管理者の技術力には舌を巻く。


「じゃ、しっかりね」

 楓はミカンの頭をひと撫ですると、ガラクタと化したキャタピラー式のロボットの残骸をかき集めて部屋を出て行った。




 さてと……。俺は黙考に入る。

 茜を連れて銀龍に戻るには、体の麻痺をどうにかしないといけない。いまだに口すら利けない状態が続いていた。

 楓はそろそろ麻痺が解けると言い漏らしていたが、今のところそんな気配は無かった。


 どっちにしても今できることと言えば考えることぐらい。体はまったく自由にならず、俺の視野は床に倒れた茜の正面を捉える位置に固定されたままだった。


 色濃くなった不安を振り払いつつ、床に横たわった銀髪の少女に目を移す。

 俺を監視するこのミカンと呼ばれるロボットから見れば、生気あふれる少女と言っても過言ではない。柔らかに波打つ銀髪のショートカット。血の気が(かよ)った瑞々しい肌。どこをどう見たって少女だ。


 楓の攻撃から身を守るために機能停止したというよりも、その姿はすやすやと眠っているとしか言えない穏やかな表情で、静かに目を閉じていた。


(ん?)

 小さな違和感を覚えて俺は自問する。

(アカネは目を閉じていたか?)

 そう。銀龍で見た時は焦点の合わない視線をどこかに注いだままじっと固着していたはずだ。


(自然と閉まったのかな?)


 やることもないので、じっと見入っていたら、

(ん……?)

 ねむの木みたいな長いまつ毛が動いた……気がする。

 だけど今の俺の神経なんてほとんどが麻痺したままなんだ。まともな反応をするわけが無い。



 安堵したような落胆したような、何とも言い表せない気分でいると──。


「ごぉあぁぁぁぁぁ!」

 唾液と一緒に変な叫び声を放出してしまった。


 パチリと瞼が()いた茜と目と目が合ったのだから、そりゃ死ぬほど驚くわな。


 それだけではない。目覚めた茜は体操選手並みの機敏な動作で起き上がり、こちらに駆け寄ると、片膝をついた格好でミカンに言い聞かせるように言った。


「いい子ね。そう、静かにしててね」

 ミカンは黒い目をウルウルさせて茜を凝視しただけで、まったく騒ぎ立てる様子はなかった。


 それよりもこいつの口調が気になる。

「ユウスケさん。間もなく麻痺が取れますから、もうしばらく辛抱していてくださいね」

(お、お前。優衣か? じゃ、じゃあ。茜はどこ行ったんだ?)

 言葉を発することができないので、目の動きだけで訴える。


「アカネは銀龍にいますよ」

 それを察して告げた優衣の言葉が起爆剤となって、俺の鈍い思考力もフル回転。朝陽に照らされて消えるモヤみたいに、濁っていた思考が澄んできた。


 俺の表情に応えたかのように、茜のチャームポイントとも言える銀髪が音を出してセミロングに伸び、魔法のように黒色に変化した。


(ぬあんとっ!)

 意表を突かれた。茜だと思い込んでいたが、こっちが優衣だった。


「だぅぁぁー!」

 我慢できなくて叫んだが、口内に溜まった唾液とおかしな叫び声が噴き出しただけだった。


 こっちが優衣だったら、じゃぁ、やっぱりあの金髪が茜か。

 あの心細そうな口調。今思い返せば──それで玲子の奴。

 あの防護マスクの中で見せた玲子の表情は、茜に何か指示を出していたんだ。


(あぁぁぁぁぁ)

 次々ともつれた紐が解ける快感に浸っていく。


(そういえば、あの金髪はアルトオーネで玲子が変装に使ったカツラだ。ばっかやろ、アカネ。いったいお前ら何考えてんだ?)


 頭の中が軽くなっていく俺を見て、優衣は朗らかに微笑むと元の銀髪ショートに戻した。


「しばらく静かにしてくださいね」

 優衣は長い人差し指を唇に当てそう言い、俺は動きにくい首を前後に動かして従った。


 優衣はもとの銀髪ショートヘアに戻すと、エアロディスプレイを表示させた。それに向かって指で画面を突っついたり、左右に弾いたり、時おり少し離れた空中をつかんで、画面の中に持ってくると二本の指で拡大したり。何をやろうというのか、俺にはさっぱり解らない仕草を繰り返していた。


 ミカンも黒くまん丸な瞳を最大に広げて首をかしげて見つめている。俺にだって解らないものが、お前に理解されてたまるかよ。

 と言うより、なんでこんなロボットと俺、張り合ってんだろ?



(ぬあ──っ!)

 見てはならぬものを見てしまった罪悪感に苛まれた。


(な……なに?)

 キャパを超える驚愕に浸されて、脳細胞が沸点を超えそうになった。だって茜が優衣だったと判明して倒れんばかりの──もう倒れているが──その俺の前に、もう一人の優衣が現われて会話を始めたからだ。


「カエデさんは格納庫へ行ってるわ。今がチャンスよ」

「了解。じゃあそのあいだに記憶の同期をしましょう」

 うなずき合う二人。寸刻の間を空けて。

「同期完了」

「ユウスケさんはどう?」

「そろそろ醒めそうね」

(……………………)

 俺は麻痺した口をぱかんと開けて、二人の会話をただ見守るだけだ。目の前で茜の姿をした優衣といつもの優衣が向き合った状況を。


(異時間同一体が応援に来たんだ)

 めまいがする状況だが、これは現実だ。久しぶりに体験する同一体どうしの会話さ。


 ふたりはすぐにメロディを奏で始めた。

 それはコーラスだと言ってもいいが、これでもデータのやり取りが行なわれている。優衣の考えだしたメロディアスシフトキーンイング(MSK)通信。


(やっと思い出した)

 転送直前に聞こえたメロディは何かを伝えるデータが飛び交ったんだ──じゃあ誰の?


 シロタマではない。あいつはあの場にはいなかった。

 となると外にいた金髪の茜が……こっちの茜、いややや、優衣に……。ややこしい事態になってきたぞ。


「ユウスケさん。もうすぐ麻痺が解け始めます」

 と言ったのは茜に成りすましていたほうの銀髪の優衣で、

「麻痺が解けてもすぐに行動を起こさないでください。ワタシたちにいい考えがありますから」

 と告げたのは、黒髪の優衣だった。


 そして、「それじゃあ。後で呼ぶからどこかに隠れていてね」と返した後、二人のヘアースタイルが入れ替わった。黒髪の優衣が銀髪に、銀髪が黒髪に。

「了解。いよいよ種明かしね」と言って銀髪に変身した、つまり茜に変装した優衣が手を振る。


 いま何をやったんだ。二人が役を入れ替えたとしか思えない。しかも種明かしだと?


 さぁ困った。ああ。困ったさ。

 何かをおっぱじめるらしいが、いったい何が始まるんだ。それよりどっちが現時の優衣なんだ。それともどっちも別時間の優衣か? 


 そうなると現時の優衣はどこだ?


 あぁぁぁ。クラクラして来たぞ。脳まで侵されていく気分だ。



「それじゃ、脱出ポッドの発射を合図にしてね」

 と伝えて黒髪の優衣は、コンソールパネルの後ろへ身を隠した。


「いま隠れたワタシは、アカネの身代わりになってカエデさんをここに誘導して来た、これから三日後のワタシで……」

 目の玉が乾くほど見開いて凝固する俺に説明する銀髪の優衣。似非の茜のほうな。


(なら、お前は?)

 まだ口がまともに動かないので、瞬きで混迷の気持ちを伝えると、優衣は柔和に微笑み、


「ワタシはシロタマさんとこの船をずっと調査していた、ユウスケさんと同じ時間域のワタシです」

 と言うことは、銀龍に戻ったのはシロタマだけだったということだ。


 まだ全貌は見えていないが、現時の優衣がそばにいてくれるだけで、やけにほっとするのはどういう気持ちなんだろう。言い表せない安堵感が広がった。

  

  

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