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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
123/297

  クオリアポッド  

  

  

「さ、カエデさん。ここが銀龍の司令室や。おまはんの船から見たら旧式やけど辛抱してな」


 優衣とシロタマはエンジンの修理と、事故当時、生命体が何人いたのか、また生命維持装置の故障原因を調査するために向こうへ残ったのだが、そのことについて、俺は一つの疑念を持っている。生命維持装置がそう簡単に故障するものだろうか。生命を維持するためのマシンだ。ようするに生命体にとって、宇宙船での要だ。心臓部だろ。しかも優れた自己修復機能があると豪語していた割りに、いとも簡単に故障したと漏らした楓の言葉がやけに嘘くさく感じるのだ。



 銀龍に戻るなり社長はお茶の準備をしていた茜を給湯室で見つけると、優衣とは異時間同一体であることを伏せろと命じた。


 意味が解ったのどうか知らないが、茜は快く返事をすると喜色満面でお茶の準備に戻ったが、その姿をすがめつつ俺は進言する。

「社長。今の命令だけど。アカネのやつ喜び過ぎていて、たぶん頭に入ってないぜ」

「しゃあない。おまはんがフォローしなはれや」

 コマンダーとしての仕事が多すぎる気がするが、文句も言ってられないか。




「Gシリーズさん。ようこそ銀龍へー。はいこちらにどうぞ。待ってましたよー」

 茜は元気に部屋へ飛び込んで来ると熱烈歓迎を表明した。

 銀龍に乗ってから初めての同胞の訪問なのだから、そのはしゃぎっぷりは尋常ではない。


「今日は心を込めてお茶を淹れましたぁー。どうぞGシリーズさんもこちらに置いておきまーす。はーい、コマンダーにはお好きな熱めのお茶でーす」

「おー。ありがたい。喉が乾いていたんだ」


 楓のために入れたゲスト用のカップをテーブルに置くあいだに、トレイの上から俺のカップを奪い取った。

 ほこほこと昇る穏やかな湯気は、散々楓にコケ落とされた俺の荒んだ気持ちを弛めてくれる効果がありそうだった。


 茜は口の中に流し込まれていくお茶の行方を潤んだ瞳で嬉しそうに見つめ、

「あ~、美味いぜアカネ」という俺に、

「よかったぁ~」と言い残し、桜色の頬に喜色を混ぜ、今度は無線装置の並ぶデスクへ飛んで行く。


「はぁーい。タゴさんの好きな、ののかちゃんカップでーす……あっ!」

 それを横から引ったくり、刺すような視線を注ぐ楓。


「なんです。これではまるで児童所じゃないですか」

 生唾を飲み込む田吾を睥睨(へいげい)して固まらせると、カンッと音も高らかにカップをデスクに叩き付けた。


「ぁぁん。こぼれました……」

 飛び散ったお茶をクロスで拭き取る茜へ、楓は燃えるような双眸を向けた。


「あなたがアカネなの?」

 呼び捨てにされる筋合いがあるのだろうか、文句の一つも言ってやろうと前に出る俺を社長が引きとめ、手を出すな、と微小に首を振る。


「でも……」

 俺をかばうように茜が前に出る。


「あ、はい。そうーです。わたしがアカネでーす」

「ふんっ。ゲイツさんの言うとおり幼いままですね。なんですかその言葉遣いは!」

「これはー。コマンダーの潜在意識からダウンロードされたせいでぇ」

「あぁぁーもういいわ。じれったくて仕方が無い。ようするにコマンダーもバカだと言いたいんでしょ」


 玲子と田吾がチラリと俺へと視線を振って肩を震わせた。

「なにがおかしいんだよ?」

「べつに……」

 二人は互いに視線を逸らしてあらぬ方向を見るが、嘲笑めいた眉の動きは隠せていない。


 何度も言うけどな。

 茜もそこそこの言語品位にまでレベルアップしてたんだが、社長命令でレベル2から学習をやり直すことになったんだ。


「なぜあなたはコマンダー決定時の人選をおろそかにしたのですか。こんな最低レベルにも達していないヒューマンエラーのかたまりにコマンダーなど務まりません」


 えらい言われようだな。何とか言い返してやれアカネ。

「え~。だってぇ。その時、居合わせた最も若い(オス)でしたからぁ」

「いくら若いからって、やはり知能レベルを考えないと……」

 と言った後、楓は大仰に驚いて見せた。

「ちょっと待って。ユイのコマンダーもこの男だって言ってましたわね。どうなってるのです。管理者がよく許しましたね?」

 おいおい、ひどい言われようだな。


「どうって……。だってわたしとおユイさんは同じ……」

 やっべ。やっぱ社長の命令を聞いてなかったな。


「まあ。立ち話もなんだから、とにかく座れよ」

「あ、そうです。Gシリーズさん。わたしの座席でよければお座りください」


 席を勧める茜を楓はギンっと睨み倒した。

「私にも『カエデ』という名称でネームプロパティが埋まったのです。それからレベルが上なのは私のほうですから、敬称を略すことは許しませんことよ」


「ケイショウって?」


 楓は小首をかしげた茜をもう一度睨みつけ、

「そんなことも学習できていないのですか! 相手に敬意を表す言葉です。理解できたのならこれからは、カエデさんと呼ぶのですよ」

「あ~。はい。それなら解ります。カエデさん」


 今度は茜の袖を汚いもので摘まむように持ち上げ、

「それよりあなた。なんです、そのみっともない格好は。ガイノイドスーツはどうしたのです?」

「え? みっともないですか?」

 振り返って後ろ姿を見たりするが、それはいつもの銀龍スタッフが着用するジャージみたいな作業着だ。ビリジアン色のベースに赤いラインが入ったカラフルなデザインだし、洗い立てでパリッとしており、見劣りするものではないと思う。ただ外出着だ、とは堂々と言えないが。


「機能性が皆無ですわ。重そうだし、そこらじゅう(たる)んでますし……」

「そーですかぁ? カエデさんの白いガイノイドスーツも素敵ですけど、銀龍の制服はたくさんの色が使われていてキレイですよ。わたしはキレイなものがとても好きです」


「キレイってどういう意味なの? アルトオーネの習慣や言語は学習されていないものが多いの。でもけっして馬鹿じゃないのよ」

「ええ? そんなこと思っていません。あの……キレイって感情の一つです」


 外面的にはまったく同一のガイノイドどうしだが、感性は互いにかなり異なるようだ。前々から管理者の社会は俺たちとはだいぶ差異があると感じていたので、これぐらいのことは想定内のことだが──、


「まったく醜い姿を曝して……」

「あぇ? そうなんですか?」


 こうもあからさまに言われると、こっちも頭に来る。

 そうなると俺より血の気の多いバカが前にしゃしゃり出るのは必然で、

「カエデちゃん。この子はもうレディなのよ。たまにはミニスカートも穿くのよ」


 楓は眉をピクリと引きつらせる。

「ちゃん?」

 敬称にこだわる奴だな。


「あたしから見たら『ちゃん』でいいの。どうみてもまだレディとは、あなたも言えないでしょ?」

 少女みたいな彼女たちと比べると、格段に大人っぽい玲子だ。当然口調もそうなる。


 玲子に張り合おうとする楓だが、

「れでぃ、ってなんですか? みにすかーと?」

 知識は豊富のようだが、外の世界をまったく知らないと窺える楓は、ファッションに関しては未開拓のようだ。


「そんなもの、宇宙ではなんの役にも立ちません。何ですか、みにすかーと、って?」

「知らないの? 丈の短いスカートのことよ」

「スカート………。はんっ、足元に巻き付くあれですか。キネマティクスコントローラの支障になりますわ!」

 唇の端をわずかに噛んだ楓はつんと顎を尖らし、玲子から茜へ視線を戻して話題を変えた。


「それで……? なぜ、あなたがお茶を配ってますの?」

「まぁまぁ。話はあとでゆっくりとしたらエエ。裕輔と茜はカエデさんに付き合って、銀龍の中を見学でもしてもらいなはれ」

「じゃあ。あたしも」


 社長は立ちかけた黒髪の美女を制する。

「玲子はユイの代わりに分析の仕事がおますやろ。おまはんはほっとくとすぐ喧嘩を始めよる。まだ裕輔のほうがマシや。コマンダーでもあるしな」


「じゃあ。ちょっくら行くか……」

 正直言うと、俺もこのいけ好かないガイノイドのお供をするのは嫌だったのだが、茜が楽しそうにしているのを見ると、あんまりぞんざいに扱うのも悪い気がする。


「カエデさん。ぜひわたしたちの部屋を見て帰ってくらさい」

 俺は重い尻を持ち上げ、茜はスキップみたいな足取りで司令室の出口まで行ったところで、ぱた、と足を止めた。


「あー、その前に第二格納庫行きましょう。シロタマさんの研究室と道場があるの」

「ドウジョウ……?」

「同情でも(ドジョウ)でもない。道場さ。武芸の鍛錬を行う場所なんだぜ」

 楓には意味不明だろうな。俺だってそんな物がある宇宙船自体が意味不明さ。


「ブゲイ? タンレン……?」

 茜は銀髪を小さく左右に揺らしながら先頭を歩き、楓は首をかしげる。


「あのね……」

 楽しげに振り返る茜。


「そこでレイコさんから精神修行の授業も受けてるんですよぉ」

「精神修行?」

 ファッションも知らないくせに、なぜかこういうテーマになると楓は異常反応を起こす気配がある。表情にこそ出さなかったが、好奇な目を茜に向けて立ち止まった。


「そうでーす。すごいんですよ生命体の人って、視力を使わなくても精神力だけで物が見えるんですからぁ」

「バカバカしい。そんなことができるもんですか」

 だがすぐにそれも豹変。楓は鼻で笑った。


「ふふ。あなたもガイノイドのクセに大ウソつきですね」


「それがな……」

 と俺は二人の後ろから声をかけ、

「誰だって昔はカエデと同じ意見だったんだけどな。アカネの言うとおり玲子に限ってどうもできるとしか思えないんだ。昔から信じられない現象を俺は多々目撃してんだぜ」


「そんなのウソです。できっこありません」


「あいつは木刀で鉄板だってぶった切るかもしれねえぜ」

「木刀って。木製ですよ」

「だぜ」


 ほんの小さなアクションだったが、楓は目を見張り、すぐに元に戻して顎を突き出した。

「ふんっ。野蛮なことを」

「へぇぇ。管理者社会の女性はもっと進んでいるかと思った」


「戦うと言う行為に男女の区別はありません。野蛮以外に何があるのです?」


「レイコさんは野蛮じゃありませんよ。精神を鍛えて、わたしたちに新たなレベルへ上がって欲しいていう意味で修行を勧めるの」


「知能がそこまで達していないようですから通告してあげましょう。アンドロイドに精神などと言うものは理解できません。いえ、理解できないような作りになっているのです」


「でも、何となく理解できそうですよ。おユイさんはわずかですが理解し始めていまーす」


「無理です。精神モジュレーターが装着されていた初期のガイノイドなら可能だったらしいですが、現在は装着することを禁止しております」

「何だよその何とかモジュレーターって?」


「論理生命体の最初の段階にまでも達していないアルトオーネの種族には理解できる代物ではありませんが、おのぞみなら説明しますよ?」

 その居丈高な口調に憤怒が込み上げるが、ぐっと我慢し、

「論理生命体って?」

 楓は質問した俺を冷笑し、すぐに怒りに変えた。

「私は人工生命体などと言うカテゴライズが大っ嫌いです。いいですか。人工とは人の手で作られたという意味があるのです。そんなこと私にとって侮蔑の込められた言葉としか思えません。我々のことはファームウエアから進化した論理生命体とでも呼んでください」


 気位の高い奴は色々と理屈をこねやがるな。


「お前は本当に賢いんだな」

 嫌味のつもりで告げてやったのに、楓は得々と語り始めた。


「論理生命体の意識を究極なレベルまで突き詰めると、最終的にアルゴリズムまで分解不可能な精神活動という意味不明で、かつ不可思議な分野に達するのですが、これを可能にした、いや可能性を秘めた装置が精神モジュレーターです。しかしこれ単体では正しく機能できず、クオリアポッドと呼ばれる謎の器官が作られました。でも成功例は数少なく、ほとんどが精神異常状態に陥る論理ブレーンばかりでした。その(のち)、そこまで極める必要性があるのかという論議がなされ、現在では研究は禁止され、エモーションチップに置き換わりました。今最も進化したエモーションチップはタイプ4です。もちろんワタシに搭載された装置ですわ。ですので」

 途中で言葉を綴じ、深呼吸みたいな仕草を見せつけてから。

「私から言わせればクオリアポッドなど、眉唾物の物体ですわね」

 と締めくくりやがった。


 あー。何か知らんが無性に腹が立つ。


「あのぉ……。それってわたしに装着されているんですよ」

「あなた。大ウソ吐くのはおやめなさい! あなたのコピー体をスキャンした時はありませんでしたわ」


 だが驚きは隠せない様子で、楓は槍のような視線で茜の容姿を上から下へスキャン。そう楓の姿かたちだけを見ていると勘違いしてしまうが、茜も同様に管理者製のガイノイドは、人間の健康状態や運動能力を走査可能な目を持っている。だから茜のボディチェックも簡単なものなのだろう。ただこの場合、ボディ内部のスキャンだからちょっと異様な眼光を感じたのは、気のせいでもなんでもなかった。



「………………」

 楓は長いあいだ黙り込んだ末に、

「気づきませんでしたが、確かにクオリアポッドらしきものが搭載されています。なぜコピーのほうには無いのでしょう?」


「え? おユイさんはわたしの未来の、」

「あわわっとーっと、つまり簡単な話、必要ないと思われて外したんだと思う。だってカエデにもないんだろ? そのクオリアポッドってのは?」


 慌ててあいだに割り込んだ俺を茜はキョトンとして口を閉じ、楓は不審な目で見るものの。

「Gシリーズの試験的存在があのユイと呼ばれる筐体だとしたら妥当な話です」

「なんだか難しいお話ですね。そうなんです。身体のことは……わたしではよく解りません」


「それでいいの。この子は特別なのよ」


「うぉっと。なんだよ、お前、まだそこにいたんかよー」

 司令室を出て数歩のところで立ち話を続ける俺たちの後ろで、恨めしそうな目をした玲子が部屋から顔を突き出していた。


「特別な……?」

 口を挟んで来た玲子に、楓は胡乱げな視線を注ぐ。


「そうよ、タイムぱららっくす、よね。タイムパラックス? え、違うの? なんだっけ、裕輔?」

 この手の話題が不得意なくせに口を出した玲子は、案の定、途中から俺に助けを求めた。だったら最初から黙っておけっちゅうんだ。

「タイムパラドックスな」

 楓は黙って俺へと視線を移す。

「あのな。ここはとてもややこしいんだが。アカネは管理者の先祖と共に今から3500年過去に飛んで、また戻って来たガイノイドなんだ」


「………………」


 玲子には自分の仕事に戻れ、と顎で示して、俺は黙り込んでしまった二人の背を押して格納庫へ誘導した。


 楓は瞳の色を濃くしたまま、隣を歩む俺の横顔へ視線を固定していた。

「あのな。管理者のガイノイド技術が、あのドロイドから飛躍的に進歩したのは、この茜を参考にしたからなんだ。つまりこの子は3500年という進化と共に歩んだとても珍しい生い立ちをしてんだ。だからその歴史のどこかで装着されたのかもしれない」


 楓は白い面立ちを茜に向けて、意外にもこう言った。

「存じております。この子が《大いなる矛盾》のファクターとなったのですね。未来の模写を過去人が行って歴史を書き換えてしまったのに、その歴史が変わらなかったという、本来ならあり得ない事実です。私の学習データにも入っていますわ。そう。あなたがそのガイノイドだったのですか……」


 ついと、背後の司令室へ視線を振ってから、

「管理者絶滅の危機を救った人物と、タイムパラドックスの因子を管理者の議会へ移送中なのですね。そう……なるほど。それは最重要任務ですわ」

 よく解らないけど、自ら納得してくれたので大いに助かる。

「そのコマンダーは俺だということも忘れないでくれよな」


 楓は一拍おいて腹立たしい言葉を俺に投げつけた。

「だからって、何もこんな程度の低い男をコマンダーにしなくても、やはりそれは《大いなる過ち》ですわ」


 何なんだこいつ。シロタマ並みに腹の立つ野郎、いや、女だ。やっぱ管理者とは交流を持ちたくねえ。


「さ、カエデさん。あそこの扉が開いた部屋がそうですよ。コマンダ―も急いで」

 茜の顔を立てるつもりでなかったら、ぜってぇこんな奴の相手はお断りだ。

 優しく背を押す茜に促され、俺はやり場のない怒りを足音を高げることで発散させた。

  

  

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