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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
121/297

  Gシリーズは優等生  

  

  

「そりゃあ、ご招待はありがたく思いますんやけど……それよりそちらは緊急事態とか、なんや大変なことになってるんとちゃいまんの?」


《大変なこと?》


 茜と同じ面立ちをした少女は白色のガイノイドスーツに身を包み、不思議そうに小首を傾けた。

《ああぁ。メインエンジンが故障中だということですか? 大変といえば大変ですわね。漂流して53年ですから。でも生命体と違ってワタシには時間など関係ありませんの。いつか直ると信じていますから》


「よう意味解らんなぁ。誰か修理する人がいまんのか?」

 小声で言った社長のセリフを聞き取ったのか、Gシリーズのガイノイドは楽しげに振る舞っていた雰囲気を瞬時に消し去った。


《なにを低能なことを……そちらにいるFシリーズにでもお尋ねください》


 つんとそっぽを向き、確かにいま鼻で笑った。社長も片目の上辺りをピクつかせながらも、ひとまず怒りを抑え、

「やっぱり管理者直属のガイノイドは高貴なんですな。こりゃすんまへん。せやけど、直ると信じるってどういう意味でっか?」

 と優衣へ疑問を振り、優衣は同情の眼差しで俺たちを一巡してからそれへと答えた。

「管理者のシステムは自己修復機能という分野が優れていまして、故障した機器は自動的に修理が行われるのです。たぶんエンジンも自己修復で直るのを待っているんだと思いますが……」

 途中で言葉を切り、眉をひそめた。

「53年は少し気の長い話だと思います」


「せやろ……」


 優衣から同意を得た社長は、ビューワーの向こうからこちらを好奇な目で覗き込む少女へと伝える。

「進んだ技術に感服しましたワ。ではご招待感謝します。何名か引き連れて転送しまっから、ディフェンスシールドを下げてくれまへんか?」


 その願いに動く少女。少し屈んで何かの操作を終えると、秀麗な面立ちの正面をカメラの前に曝して穏やかな笑顔を広げた。


《ではお待ちしております。転送先もそちらのFシリーズにお尋ねください》





 一方的に告げるとビューワーから消えて、暗黒に散乱する星屑をバックに皿型の乗り物が浮かぶ映像と切り替わった。白く輝いていた物体が無彩色にと変化したのは、シールドが切られたことと考えていいのだろう。


 Gシリーズのぶしつけな態度に唖然とした俺たちに、優衣は気まずそうな口調で訴えた。

「学習する環境によって性格や言葉遣いは色々と変化していきますので、今のGシリーズを見て、悪いイメージを取らないでくださいね」

「大丈夫。そんなのわかってるって。人間界だって色々なのがいるから。みてよ、この狭い銀龍にだって」

 玲子は田吾と俺を順に指で差しながら、

「ヲタでしょ。それからバカ。それでさ共通してんのはどっちもスケベっていうところ。ね、面白いでしょ」

 ハゲを飛ばしてっぞ。


 田吾は苦笑いを浮かべて肩をすくめ、俺も否定できずに優衣へ笑ってごまかした。


「ほなちょっと遊びに行きましょか」と、そのハゲが立ち上がり、

「アカネちゃんは留守番な」

「ええぇっ?」

 ちっさな口をパカンと開けた。


「またですかー。わたしも行きたいです」

 口先を平たくして茜は抗議の姿勢。


「ほやけどな。おまはんに何かあると未来が変わるんや。解るやろこの意味。おまはんに何か起きて、優衣がここで突然消えたらどないなりますねん。なんか土産話でも持って帰るから辛抱してーぇや」


「もー、つまりませんね。面白そうなところはみんなおユイさんが持ってってしまうんですからぁ」

「そう言うなってアカネ。歴史が変わっちまって今さら違う人生を歩み直すってのは、俺も嫌だしな」


「わかりましたよー。聞き分けのいい子を演じておきます。はいはい、行ってらっしゃい」

 華奢(きゃしゃ)な手首から先だけを粗雑に揺らせ振って、俺たちを追いやるような仕草をした。


「だんだん玲子っぽくなってきやがったなこいつ」

「ちょっと、どういう意味よ」

「ほら行きまっせ。おまはんらそこで絡みあうんやない。突きたての餅みたいにベタベタと……」

「ベタベタしてません」

 ぷいっと俺から顔を背けると、優衣の背を押して玲子は転送室へと歩み去った。





 社長と遅れて転送室へ入ると、優衣が待ち構えていたかのように近寄って来た。

「アカネに聞かれるとよくない影響が出そうで言えませんでしたが……」

 重要なことを繰り出そうとする気配を優衣の口調から察した。


「どないしたんや?」と社長。

「アカネに言えないことって?」

 玲子も真剣な視線で優衣に向き直る。


「あのころのワタシはアップグレードにあこがれていましたから」


 こいつと話しをすると疲れる。自己の話と茜とがごちゃになるからな。

 まぁそれで正しいんだけど、俺はいまだに慣れない。


 社長は「ほんで?」と先を促し、

「実は……Gシリーズは欠番という歴史を持っています」

「ほんまでっか!」

 出した大声を急いで飲み込む社長。


「どういう意味や。Gシリーズやゆうてましたデ。まさかネブラの時空修正でっか?」


『デバッガーの気配は今のところ感知していません』

 空中から割り込むシロタマ。


「スン博士がGシリーズの試作を完成させたという記録は残っていますが、その筐体は3名のスタッフと共に母星へ戻る途中で、行方不明になるという史実が残っています。その理由はワタシも知りませんが、ここは慎重に行動したほうがいいと思います」


「あの子はボッチだと言ってた。となるとスタッフはどうしたんだろ?」

 俺も首を突っ込まずにいられなかったが、社長にはもっと気になる案件があるようで、

「ちょい、待ちぃや。スン博士は100年前にW3Cを拵えた人や。その人がGシリーズまでも手掛けてまんのか?」


 意外なことを優衣は言う。

「ご存じなかったかもしれませんが、スン博士はW3Cを完成させたあと、Fシリーズの完全版を作られた方です。そしてその進化版としてGシリーズを手掛けられました」


「ウソやろ。あの子は53年間もここで漂流してるって言うてましたで、ちゅうことはW3Cを作ってから47年間に、Gシリーズまで手掛けたことになるがな。スン博士っていったい何歳や?」

「ほんとだ。100歳を超えちまうぜ」


「あなたの計算おかしいわよ。生まれてすぐの赤ちゃんがW3Cを作ったことになるわよ」

 てなことを玲子が言うもんだから、

「そんなことわかってらい! 歳が合わないって言いたいだけだ」

 と反論するだろ。するとこのオッサンが怒るんだ。

「うっさいな。おまはんら。子供みたいな会話しなはんな」


 うざったるい俺たちに呆れるでもなく、優衣は淡々と応える。

「管理者はゲノム編集を行って、自らの平気寿命を180歳から190歳まで延ばしていますので、おかしな話ではありません」


「ゲノム編集って、DNA操作でっせ?」

「はい。倫理的な問題は解決済みです」


「うはっ。マジか……となると、このGシリーズの言うことは間違っちゃいないんだ。こりゃやっぱユイの言うとおり、慎重に行動したほうがいいな」


「それとワタシが未来から来たということを知られると、言葉を濁す可能性があります。Gシリーズが抹消になるという結果はまだ先の話で本人が知る由もない事実ですから、伏せていたほうがいいと思います」


 社長は驚き七分、納得三分という顔をして、

「了解したデ。何や知らんけど妙な話になってきたな。みんなええか。よー注意すんのやで。それとむこうさんにこっちの考えを悟られたらあかんデ」

 急激に謎めいた話に変化して、さっきまでの弛緩していた部屋の空気がピシリと凝固したのが肌で感じ取れた。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





「………………………………」


 優衣の指示どおりの場所へ転送された俺たちは固唾を飲んでいた。


「これが管理者の船でっか」

 社長の声が無限に広がる天井に飲み込まれて行く。

「どんだけ広いねん」

 頭上を仰ぐが奥が見えない暗闇が続く空間だ。


 この景色、見覚えがある。

「イクトにあった建物の中と同じよ」

 玲子も俺と一緒になって体を旋回させて空を仰いだ。その肩からシロタマがぽいと空中へ飛び出て言う。

「ここは宇宙船のエントランスでシュ」


 俺たち三人には共通の記憶がある。2年前、イクトの衛星に現れた謎の建造物に侵入した時、入り口でこんな風に三人で立ち尽くしていたのだ。


「懐かしいですね。あれからずいぶん年月が経ったんですよ……」

 ポツリと感慨めいた言葉を漏らすのは優衣。そのような言葉が出るのはそこで出会った最初のアンドロイドがナナであり、3500年過去に飛んで、また戻って来た茜、そして優衣へと移り変わって行くという特異な存在さ。


「リフトをお願いします」

 空間に命じる優衣。ぽかんとする俺たちの前へ見たことのある物が音も無く滑り込んできた。


「あの時、ワシらを運んだ乗り物でっせ。ほんまにイクトのあれは宇宙船やったんや」

 残念そうな気配を滲ませてつぶやく社長を憐憫の眼差しで眺める。こんな立派な宇宙船だとは知らずに断っちまって……。


 肩を落っことした社長と俺たちを乗せたボードは滑らかに床を滑り始めると、みるみる速度を増していった。

「ここって広そうに見えますけど、そう見える細工が施されているだけなんですよ」

 列車の窓から流れ去る景色を淡々と説明するみたいに言われたら、それは手品の種明かしをされたようで、せっかくの感動も冷めてしまう。


「こけおどし、っちゅうやつでっか?」

「コケ?」

 優衣が首を捻ったが、誰もが無言だった。説明が面倒だったのだと思う。俺もそうさ。

 やがて変な間合いを埋めるように、ボードは目映く明るい部屋へと滑り込んで静止した。




「──ようこそ」

 手を広げて迎い入れてくれたのは、白のガイノイドスーツを着たまさしく茜だ。でもその立ち居振る舞いがずいぶんとオトナっぽく見えた。


 それにしても薄くフィットした衣服は体の曲線を余計に強調させている。溜め息の出そうなプロポーションは茜よりも洗練されたスタイルで、優衣と遜色ない優美さだった。


「これはどうも、ワシが芸津ですワ」

「歓迎します。ゲイツさん」

 ちらりと玲子へは視線を流すが、俺は完全無視を通された。それに気づいた優衣が、

「こちらがワタシのコマンダーでユウスケさん。そして生活習慣全般のご指導をいただいていますレイコさんです」

 気を使って俺から紹介してくれたのに、

「アスリートレベルが異様にお高いのですねレイコさん。初めまして」

 Gシリーズにもバイオスキャンが備わっているようだが、やっぱり俺だけを無視しやがった。


 社長は、歯軋(はぎし)りを堪える俺に苦笑いを注ぎつつ、指先を組んだ手を腹部に当てて直立する銀髪の少女に尋ねる。

「誰もおらんって、他の乗組員さんはどないしはったんでっか?」


「そんなことより、まずは自己紹介といきませんか?」


 今の質問はもっとも優先順位の高いものなのに、少女は社長の質問をスルーした。

 ますます不信感を募らせる俺。その気持ちは社長も玲子も同じなのだろう。互いに視線を交わしていた。


 棒立ちする俺たちへと向かって座席が床を滑ってやって来た。まるで生き物みたいに動いて俺の尻をすくい上げると、そのまませり上がってきたテーブルの前へ移動し、静かに力を抜いて停止した。


 以前、マサのマンションで、酔った茜が動くはずがないソファーを執拗に動かそうとしていた行為はこれだったのかと、どうでもいいことを思い浮かべていると、

「きゃっ!」

 超人的な運動神経を持った玲子は、ネコみたいに動くモノに俊敏に反応する。すげえ勢いで弾けていた。


 それを横目で見ながら言ってやる。

「なにビビってんだよ。こんな気持ちのいい椅子はないぜ」

 立ち上がると、じゃまにならない位置へ座席は逃げ離り、座ろうと腰を屈める動作をすると、すばやく飛んできて尻をすくい上げ、テーブルに誘導する面白い動きを繰り返した。


 それに(もてあそ)ばれているのは玲子だけだ。

「ちょ、ちょっと気持ち悪い。生きてるみたいよ」


 近づく座席と睨み合う玲子。椅子は玲子を座らせようと近寄り、玲子は座る素振りをするのだが触れた途端、可愛げな声を出して逃げる。


「なにこれ? え? え? こ、こら、しっしっ! あっち行け!」

 優衣はふんわり微笑むと、玲子を追いかけようとした座席の背もたれに手を触れる。忽然と固着して、それはただの椅子と化する。


「はいどうぞ。レイコさん」


 お転婆(てんば)のうえに機械音痴とくる(あわ)れなオンナを椅子に腰掛けさせると、再び、背もたれの辺りを触る。即座に椅子は生き物のように動き、「きゃーっ!」という悲鳴を乗せたまま、身体に合わせた大きさと高さに変形して、テーブルの脇まで移動して止まった。


「凶暴なザリオン人を『ギャッ』と言わせたせた奴が……なんちゅう声を出すんだよ」

 怯えて腰を引く玲子をすがめる俺と社長。その正面で冷たい視線を浴びせ続ける茜と同じ顔の少女が湿気(しけ)た息を吐いた。


「それは食いついたりはしませんわよ」

 侮蔑(ぶべつ)のこもる視線で玲子を一瞥し、絡めていた指を解くと、優衣へは煌く視線を向けた。


「こんにちは、ユイさん」

 同じ体型をした少女が向き合っていた。


 優衣は相手に敬意を表するんだと、黒のガイノイドスーツを着ており、白と黒の少女が対座していた。しかし体型は同じでも顔つきはずいぶんと異なって見える。


「ね。さっそくで悪いんだけどさ。もう一人のFシリーズとシリアル番号が一緒と言うのはどういうわけ? あの子、できそこないなの?」


 無線を通して聞いたよりもさらに澄んだ声色の響きは、鮮明で艶やかなトーンなのだが、言語マトリックスが茜とは異なるのがよく分かる。


 それにしたってこの子の言語基礎となった生命体はいったいどこの誰なんだ。えらくカチンと来る物の言い方をする。それから言っとくが、茜のは俺だ。ほっとけ。


「話せば複雑なのですが、ワタシはGシリーズへの橋渡し的な筐体(きょうたい)で、アカネの完全コピーを進化させたものです」


 その子はちょっと驚いた様子で、

「うっそ。あなた意味解って言ってるの? Gシリーズである私のプロトタイプだと言うの?」

 と言ったあと、嘲笑いを浮かべた。

「私とはぜんぜんタイプが違うわね」

「あ、はい。ワタシは失敗作です。この結果を踏まえて管理者はGシリーズ開発に踏み切ったのですが、これはあなたも知っているのでは?」

「し……知らないわよ。私の生まれる以前のことなんか」

「どうもすみません。そういう事情ですので。ワタシはFシリーズでもGシリーズでもない。中間的な位置になります」

「そっかぁ。だからさっきのFシリーズとどこか違うのね。最初はちょっと驚いちゃったけど、理由を知れば納得だわ」


 少女は喫茶店で会話をするみたいな軽いノリで、薄く微笑む優衣と語っていたが、唐突に居丈高(いたけだか)に変化した。

「よく、お聞きなさい……」

 ギンッ、と睨みを利かせ。

「ワタシは騙されませんことよ。正直に申しなさい。何かを探りにここへ来たのでしょ」


 この変化に優衣だけでなく社長も顔をしかめた。

「ガイノイドは嘘が吐けまへんのやろ? この子は正直にゆうてまっせ。アカネをコピーして進化させたと」


 対面の少女は息を詰らせるような仕草をして、再び態度を軟化させる。

「あはは。ちょっと脅かしてみただけよ。ごめんねユイ」


 楽しそうな笑みに転じると、

「ね? じゃあさ、どのへんがFシリーズを改良してんの?」

 マジマジと観察したあと。

「その髪の毛、長いわね。もしかして……」

 手を伸ばして黒髪をひと房握ると、自分のほうへ強引に引っ張った。

 反動で優衣はグイッと前のめりになる。


「あっ」即座に攻撃的な目をしたは玲子だ。

「なにすんのよ! 髪は女の命なのよ!」

「ふっ。生命体がよく口に出す、意味不明な比喩(ひゆ)表現ですわね」

 少女は冷徹な口調で玲子の言葉を一蹴した。


「このっ!」

 挙げかけた玲子の腕を押さえたのは、社長だ。

「やめなはれ」

「で、でも」


「社長命令や! やめなはれ」


「は……はい」

 玲子は憤りで震える拳を収めた。


 すげぇ。じゃじゃ馬を一発で制しやがった。やっぱタダのハゲじゃないな、この貫禄。しばらくケチらハゲは封印だ。


 優衣も髪を引っ張られ首を持っていかれたが、玲子には落ち着いて、と手で合図を送り、

「試験的に作られた毛髪システムは自由に長さを調節できます」

 ピンと張った髪の毛が大きく(たる)むまでそれを伸ばし続け、

「ほら……ね」

 余裕で座席に座り直すと、穏和にほろりと微笑んでみせた。


 優衣の頭部からガイノイドの手元まで、テーブルの上で艶々の黒髪が吊り橋みたいにたゆんでいた。


「すごい!」

 Gシリーズは目の前で展開された事実に驚愕し息を飲んだ。

「すごいわ。そんな毛髪システムが完成したのに。なぜ私には搭載されなかったのかしら?」

 ガイノイドはこれまでに無い興奮状態だった。新しいオモチャを見つけた子猫みたいな目で優衣の黒髪を指に絡め、あるいは手の甲で執拗に撫で回していた。


「これは試験採用です。おそらくGシリーズはそれよりも優先するシステムがあったのではありませんか?」

「そっか。私のコンセプトはより豊かな感情表現だったものね。飾り付けはあとからいくらでもできるし、でもなんだか先が楽しみだわ」


 すぐに感情は反転する。元のヘアースタイルに戻る優衣を睨みながら、冷然とした輝きの瞳に切り替えた。

「で? まだ聞いていないわ。そんなガイノイドがなぜ旧シリーズと連れ立って行動を共にしているのです?」


 背筋を伸ばした優衣は、にっこりと微笑み返すと社長に手を差し伸べた。

「こちら、ゲイツさんです。歴史上最重要なお方ですよ。ご存知でしょ?」

「あ──やっぱり。お名前をうかがった時にまさかとは思っていたんですが、管理者の先祖を危機から救ったあの方ですね」


 社長は毛なんて一本もないクセに、髪の毛を掻く仕草をし、

「そんな大げさに言うもんやおまへんで。成り行き上、偶然の結果やがな」


「あのまま絶滅させると言う選択肢もございましたのに……」

 なんだろ、この明暗の激しい感情は。


「そんなことしたら、GシリーズどころかFシリーズも生まれてきまへんで」

「解っていますよ、ゲイツさん。その結果起きた『大いなる矛盾』のおかげでガイノイド技術が飛躍的に進歩したのです」


「それをご存じなんですか?」とは優衣。

「ふんっ。Fシリーズのできそこないのクセにエラそうですわね」

 それは怒りの感情だった。


「Gシリーズのほうが優れているのです。そんな歴史的知識はすでに学習済みです。私のほうが進化版なのですよ……」

「ま、ユイより進化しているのは、おまはんの優れた会話能力が実証してまんがな。それより一つ訊いてよろしいか?」

 濃くなりつつある険悪な空気を察して、咄嗟に口を挟んだ社長に対して、Gシリーズはすぐに表情を引っ込めた。


「何でしょうか?」

「ほんまに、おまはん一人なんでっか?」


「下位的な人工生命体以外は誰もいません」

「人工生命体に下位とか上位とかおますんか?」

「あははは。当然ですよー」

 今度はからからと笑って答える、まさに生きた少女だ。だが、これだけ不愉快な空気が流れていることを察することもなく、平気で笑い飛ばすことができるのが少し異常に感じられる。


「ゲイツさん。アタシも訊きたいことがたくさんあるの。いい?」

 明るく受け流そうとした白いガイノイドの言葉を社長は手を振って遮断した。

「先にワシらの質問に答えてもらえまへんか? なんで生命体がこの船には乗ってまへんの?」


「え?」


 答えに詰まったのか、少女は感情のこもらないマネキン人形みたいな目に切り換えて社長を捉え、数回瞬(まばた)いてからようやく口を開いた。


「研究所からワタシを母星へ送り届ける途中で、生命維持装置が故障して管理者は全員死亡しました。その後、単独でこの宇宙船を移動させていましたが、その中で出会った下位的なアンドロイドたちを引き取ったりして、ここまで来たところで立ち往生してしまったのです」


 彼女の説明はあまりにも平淡で簡素に完結しており、まるで紙に書かれた原稿を読むような雰囲気が漂っていた。


 社長は上目遣いに少女をじっと見つめ、

「故障……でっか」

「なんです! その疑いの込められた目は!」

 両眉を吊り上げ、威圧的な眼で社長を睥睨(へいげい)した。

 瞳の奥に揺れ動く社長の感情までも、この子は読み取れるというのか。燃えるような双眸(そうぼう)はもの凄まじい眼光を放っていた。


 社長は憤然とする態度にも動じること無く、ぺしゃりとスキンヘッドを(はた)いてニタリと笑う。

「こりゃすんまへん。おまはん優秀なガイノイドなんやな。ようここまで一人でやってきましたな。感心感心」

「別に多種族の方に褒められようとしたのではありません。やむなく取った緊急的処置ですわ」


「ほんで。亡骸(なきがら)は?」

「管理者の慣習に習わって、宇宙へ捨てました」


「捨てた……ぁ?」


 気持ち悪そうに、不快感と驚きの混じる顔をもたげる社長へ、

「宇宙葬が習わしです」と優衣が繋げ、

「それで管理者には連絡したのですか?」

 Gシリーズへと視線を振った。


「したわよぉ。でも連絡無しなの。亜空間トランシーバーの故障かもね。だってまともにやれば向こうに届くのにここからでも、230年、返事が戻るのにはもう230年掛かるのよ。自力で戻って管理者をあっと言わせてやるわ」


『この船は自己修復機能の一部が停止したままです』

 唐突にシロタマが報告してきた。相も変わらずマイペースな奴だ。


「そうそう。アタシの質問の一つはこれなのね」

 少女は上機嫌にタマを指差し、優衣は彼女が放つセリフから辻褄の合わない部分を暴く気なのか、澄んだ瞳で注視しながら応える。

「シロタマさんは対ヒューマノイドインターフェースと呼ばれるもので……」

「ああ。それなら知ってるわよ」

 Gシリーズは優衣の言葉を止めた。

「W3Cの傑作ってこの子だったのね」


「W3Cを知ってまんのか?」

「知ってますよ。スン博士の作ったスーパーブレーンでしょ。へぇ~、じゃあさ、アタシと親戚みたいなものだね」


「スン博士を知ってまんのか!」

 込み上げる驚きに堪えきれず、つい叫んだ社長へ、少女は平板のように抑揚の無い声でこう答えた。


「だって、博士はこの船に乗ってたんですよ」

  

  

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