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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  無人の宇宙船  

  

  

 近寄るにつれ、それは回転する衛星の破片でもなく、自然界から放出する雑音でもなかった。個体の物体、それも人工物であると言うことだけははっきりとしてきた。


「気ぃつけてや。いきなりどっかから襲ってきたりしまへんやろな」

「猛獣じゃないんだから、ここは宇宙空間だぜ」

「デバッガーやったら真空中でも平気やろ。これは(おとり)かも知れんデ。どこぞに隠れていて、近づいたら……ドカーンとかおまっせ」


「もうすぐ短距離探知圏内に入ります」

「裕輔、ビューワーを最大にしてみぃ」

 前方カメラを最大ズームにするものの、それは他の星との区別のつかない点ほどのものだった。


「だいぶ小さいもんやな」

 溜め息も混じらせ肩をすくめると、社長は不安と覚悟の混ざる変な顔で機長へ命じた。


「しゃあない。もうちょい進みまっせ」




 銀龍はおっかなびっくりで近づき、そして俺たちは新たな局面を迎えた。


「あ……」

 茜がこぼした呼気みたいな声に部屋中が強張った。

「ど、どないしました? デバッガーでっか!」

「社長さん、ビクビクしすぎですよー」

 はは。茜に言われてやがんの。


 だが、彼女の言葉は意外な方向へと移り変わる。

「プロトタイプではない別種のEM波をキャッチしましたぁ」


「別種ぅ?」

 腹に力のこもらない声を出す社長に、茜が明るく振る舞った。


「あ、は~い。わたしたちと同じEM波です」


「ということはどういうことよ?」

「管理者製のガイノイドでーす」

「ウソでしょ?」

 茜は爽やかに言い切り、玲子はキョトンだ。ほんでもって俺はと言うと、嫌な予感がしてどこかに逃げたい気分さ。


「ウソではありませーん。おユイさんと初めて出会ったときと同じ気持ちです」

「やっぱり……。また異時間同一体じゃねだろうな」


 茜は無垢な黒い瞳をコロコロさせて、

「まだ遠いので正確には言えませ~ん」と当たり前の言葉を返すものの、

「でも……身近に感じる物でーす」

 その瞳は期待感で大きく膨らみ、俺の懸念は確信に近づきつつあった。


「きっとそうなんだぜ。でなきゃ。なんでお前と同じガイノイドがこんなところを漂流してんだよ」

 これまでにナナだろ。それから優衣が出てきて、最後に茜だ。4人目のコマンダーなんてやり切れんぜ、実際。


 ところが、げんなりする俺の意見を優衣が簡単に否定した。

「それはあり得ません。ワタシより過去はこの子だけです」

「アカネとは逆に、お前の存在する時間域より未来から来たんじゃないのか?」


 黒髪を波打たせて、やっぱり否定。

「それならまずワタシと記憶の同期をするのが筋です。でないと時間の流れが複雑になってとても危険です。同期無しで未来体が登場することは考えられません」


「なら……あとはのっぴきならない事情ができたとかだな」


「やっぱりこれはデバッガーが絡んでるのよ。戦いの準備をするべきだわ」

 こいつは、ただ暴れたいだけだ。


「じゃあ近づかないほうがいいダすよ」

「それよかさ……」

 玲子はイタズラっぽい目をして田吾の言葉を蹴散らした。

「もしかして怪人エックスはネブラの仲間だった、なんてことは考えられない?」

 とんでもないことを言い出したぜ。この世紀末オンナは。


「それはないだろ。今まではプロトタイプの場所を知らせていたぐらいだぜ」

「一概に玲子の説が間違ってるとも言えまへんで、プロトタイプを誘導する通信波をワシらも傍受していて、おんなじようにそこに向かってただけかも知れまへんで。怪人エックスなんか最初からおらんかったんかもな」

 社長はやけに慎重だ。


「じゃあ。俺たちは自ら野獣の巣にのこのこ近づいて、その中に首を突っ込むような行為を続けていたのか? んなばかな」

 ここに来て懐疑心の塊になってしまった。

 どこの誰だかわからない人物の情報を頼ってやって来たら、宇宙空間を回っている管理者製のアンドロイドに行き着いた──なんだそれ?




「詳しい分析が完了しましたぁー」

 全員が茜の周りに集まった。


「これはビーコンではありませんねー。シロタマさんの言うとおり宇宙船のスラスターをコントロールする姿勢制御装置のパルスだと思われまーす」


 その発言に、今度は優衣の言葉を待って視線が移り、それへと彼女が柔和に微笑む。

 それは肯定の意味となり、そうして俺たちはさらに困惑する。


「管理者製のアンドロイドが乗った宇宙船がなぜ円運動をしてんだよ?」

「意味があるんだと思うの」

「どんな?」

 玲子ごときの頭脳では解決できまい。先に言わせてもらおう。

「俺にはわかるぜ……」

「なによ?」

「よくないことを企んでるんだよ」

「まさかぁ」

 玲子は座席を俺に回して、疑惑の色を混ぜた丸い目をくれた。


「ユースケさん。管理者でもイロイロな方がいますから、一方的に悪いほうへ決めつけるのはどうかと思います」

「そうですよ。おユイさんの言うとおりです。良い人がたくさんいますよ。コマンダー」


 茜が加勢をするが、

「お前だって、管理者はおっかないって言ってたろ。俺には良いイメージがまったく無いんだよ」

 どうも管理者に対する思惑が、かなり悪いほうへ傾いている。星域の消滅などという神にでもなったような行動を取ろうとしたり、あの上から目線のメッセンジャーしかりだ。


 あーだこーだ言い合う俺たちに、ようやく田吾が口を挟んだ。


「もうだいぶ接近してると思うし、ビューワーに映るんじゃないスか?」

 奴にしてはいいところに気が付いた。銀龍のステータスリストを映していたビューワーを前方カメラに切り替える。





「むおぅ……フライングソーサーだ」

 そのとおり。同じ直径の二枚の皿を互いに縁の部分で重ね合わせたと言ってもいいだろう。とてもスリムでいて巨大な円盤状の物体がカメラの視野に入っていた。上部中心からはピラミッド型の三角錐が突き出た、どこかで見たことのある物体だった。


 優衣がそれを確認してうなずく。

「間違いありません。管理者の船で305型と呼ばれる高速タイプです」


「あのピラミッドの部分、イクトにあった謎の建造物と同じですよ」

 玲子が指差して、あ、と声が出た。

「そうだ。忘れもしない衛星イクトの地面から突き出ていた管理者の建造物だ」


「あ、はーい。そうでーす。コンベンションセンターでぇす」

 楽しげに言う茜。

「どういう意味なの?」

「あれがコンベンションセンターなんです」

 黒く濡れた瞳をキラキラさせて興奮気味に意味不明な宣言。


「ちょ、ちょい待ちなはれ」

 喉を引きつらせ、社長は一度大きく固唾を飲んでから言った。

「コンベンションセンターは宇宙船やったんでっか?」

「そうですよぉ。イクトのは円盤の部分が地面の中に収まっていて、外から見えなかったんですよ」

 茜は懐かしそうな声でそう告げて、潤んだ瞳をビューワーに据え置いた。


「ひ、非常識な奴らめ。じゃ、社長が進呈を断ったのは宇宙船だったのか……。うはぁ。もったいない話しだな。ねぇ社長?」

「マジでっか。あんな立派な宇宙船を貰い損ねたんでっか……それならそうやってゆうてくれたら、考えを改めたかもしれへんのに……ぁぁ」

 肩を落として床を見たままケチらハゲはそれっきり動かなくなった。


 カッコつけていい話を蹴ったもんな。たぶん今晩寝れねえぜ。ご臨終様──。


「でも綺麗な白色ね……。当然、長距離転送もできるんでしょ?」

 玲子もうっとりした目でビューワーの中を見つめ、茜は妙に甘ったるい声で答える。

「そーですよ。10万光年の転送ができるタイプなんです」


 よほど懐かしかったのだろう。上機嫌で先の尖った円形の船を見つめ続け、

「ほら、白く見えるでしょ。あれはディフェンスシールドを張ってるからなんですよ。あぁぁん、すごく懐かしいです」

「そうやな、おまはんもあそこにおったんや。詳しいはずやな」


「あ、はい。なんでも訊いちゃってください」

「となると怪人エックスはやっぱり管理者ちゅうことでっか?」


「まだなんとも言えないんじゃないの」

 とは俺の見解だ。だって怪人エックスなんだからな。正体はそう簡単に証さないでいてほしい。


「でもなぜここで旋回してるのかしら?」

「残留反陽子もありませんから、ここ半年以内にワープして来た痕跡も見当たりません」

「どうゆうことでんねん?」


「訊いてみたらいいッスよ」

 と告げて振り返る田吾と、戸惑った顔をもたげる社長とが向き合った。


「──さっき、通信路が開いたダすよ」

「というと?」

「喋ればあっちに伝わるっす」


「ホンマかいな!」


 一気に緊迫した。


「何って言うたらええんや? 管理者とファーストコンタクトやで。ど、どないしよ」

 土壇場でビビっちまって。社長も意外と気の弱い一面を持っている。


「管理者とて結局はドゥウォーフの子孫だろ。コロニーの老人や女の子と普通に喋っていたじゃないか」

「それから3500年も経ってまんねんで。違う人種やと思ても間違いはないやろ」


 煮え切らないオヤジに代わり、

「よければワタシが何か伝えましょうか?」

 遠慮ぎみに優衣が口を挟んだ。


「たのんますワ」

 社長は丸い目をしたままツルッパゲ頭を前後に、かつ小刻みに振り、優衣は玲子そっくりの仕草で深く呼吸をすると、落ち着いた声で画面に向かった。


「☆кΨЯξΞ>φ…」


「それが管理者の言葉でっか……」

 息を飲む音が聞こえてきそうだった。


 忘れもされない。この発音とイントネーションは聞き覚えがある。

 俺は哀愁を帯びた瞳で宇宙船を見つめる茜の横顔を見た。


 衛星イクトの裏に現れた謎の建造物に侵入し、初めてこの子と出会った時にこんな言葉で声をかけられたのだ。

 その後、俺の脳内から言語マトリックスをダウンロードされて、こいつはこんなバカみたいな口調になっちまったが。だからと言って、それはこっちのせいでも何でも無いからな。


 少しして──。


《Ξ^∴дδσ…》


 同じような声が返ってきて、優衣の表情が輝く。

「ガイノイドが乗っています」


 思ってもいない返事に、ちょっとした緊張が部屋の中を走った。


 それに応える優衣。

「δΩ∽≒∂、εσ」

 ゆっくりと俺たちに振り返って微笑んだ。

「音声プロセッサーをアルトオーネ用に替えてもらいました」


 新たなページが開かれる期待が頂点へと上り詰める。


《ユイさんと申されたのはネームプロパティと受け取ってかまいせん?》

 とても透き通った耳に心地よい声音が伝わってきた。


「そうです。それがワタシの名前です。ギンリュウという船に乗っています」


《生命体も一緒ですか?》


「はい。6名のみなさんと、F877Aのガイノイドが2名です」


《それはうらやましいです。私はここで53年間、一人で稼動しています。それよりF877Aが2名って……。もう一度お尋ねします。本当に2名ですか?》


 変なところで疑問符を掲げたが、通信相手が興奮のレベルを上げたのは確実に伝わって来た。


「そっちは無人なんでっか?」

 言葉が通じて相手が甘声の女性と分かり、社長のほうは緊張のレベルを下げた。


《どちら様です?》


 ちゃんと言葉が通じるようだ。向こうの口調が丁寧になった。

「これはすんまへん。銀龍、いやこの船の責任者で芸津と言いまんねん。よければ映像信号を送ってくれまへんか?」


《失礼しました、CEO様ですね。なにしろ通信をするのも53年振りですので……》


 ツーンという鼓膜をくすぐる音を出して、通信相手の姿がビューワーに映った。


 どんっと視界に飛び込んだのは、柔らかに波打つ銀色のショートヘア。

「あ、アカネ……?」

 目の前でビューワーを眺めていた銀髪の少女へ全員の視線が集中する。


「あ、はぃ?」

 熱い視線に困惑し、ぽかん顔を返す茜。数秒して、カラカラと笑う。

「同じFシリーズのガイノイドですからスキンは同じですよー」


《失礼ですけど! わたくしはGシリーズです。ワンラック下のFシリーズと一緒にしないでくれます?》


 どこに引っかかったのか知らないが、瞬間に怒りを混ぜた口調に変わるとビューワーに映る少女は目尻を吊り上げた。


「あ、ごめんなさい。あの……わたし、その管理者の世界から長いあいだ離れていてぇ……製品形態が今どうなってるのかぁー、知らなくて……」

 さっと優衣が間に割り込む。

「無礼なことを言ってすみません。この子はちょっと訳ありでこちらに預かっていただいていますので、世間を知らないんです。気分を害されたのなら謝罪します」

 丁寧に腰を折ると、オロオロする茜の頭を無理やりねじり下げた。


《そういう事情でしたら致し方ございません。わたくしの登録番号は、ジートリプルゼロワン(G0001)となっております。ネームプロパティはまだ白紙です》


 それが何なのかは俺たち部外者には理解の及ばないところだが、ひとまず俺は安堵の吐息を落す。同一体ではないと言い切っていいだろう。

 しかしこの感情の揺れはとてもリアルで、茜にはないクオリティだ。さらなる繊細な仕上がりが窺える。管理者のガイノイドに対するこだわりは、まだまだ進化しているのだ。


 そう感じ取ってからか、よく観察すると肌の艶や色なども茜より薄い。それは着色の薄さではなく、透き通った綺麗な肌だというのが、ビューワーを通してでもよく解る。白磁のように滑らかな素肌は薄く桜色。赤く艶やかに輝く薄い唇がそれを彩り、眉毛は細く、その両端をわずかにもたげた大人ぽい表情で、長いまつ毛を闇色の瞳の表面で頻繁に瞬かせていた。


「こいつはすげえな」

 自然と声が漏れた。


 嘆息と言葉を混ぜて社長が問う。

「ふほぉ。トリプルゼロワンということはGシリーズの初期ロットや。ずいぶんと進化しましたんやな」


《ええ。完成形だと謳われたFシリーズをワンランク上げるために管理者様はずいぶんとご苦労されたようです。ですので……こうしてわたくしが誕生したのは奇跡だと言われています》


 ガイノイドは途中で俺たちを真正面から捉える位置に座り直し、色濃くした瞳をきらりとさせて口調を変えた。


《ゲイツさん。よければこっちにいらっしゃいません? ご招待致しますわ。そうよ、そうしましょうよ、ね? 一緒にお話ししません? だって生命体と会話をするのも53年振りなのよ》


 尊大に振る舞ったり、小さなことで憤慨したり、かと思うと急激に立場を落として親密に語りだしたりするなど、揺れ動く感情は見事だとしか言いようがない。だけど……ほんの少し引っかかる。


 学習が最終形にまで進んだ優衣の口調は、ほとんど変化することが無い。学習途上の茜の口調は子供のように変化するものの、感情は常に穏やかでおとなしい。このGシリーズも茜と同じ位置だとしても、たった数分間の会話でこれほどまでに多感に変化するアンドロイドがいただろうか。こいつはとんでもなく奥が深いアンドロイドだ。管理者、恐るべし。


「ほぉぉ。そんなに長いこと一人ぼっちなんでっか! そりゃ、苦労しはんたんやろな」


《苦労なんてしてないわよ。だってここは天国みたいなとこだもの》


「天国……?」

 今の言葉に社長は眉をひそめた。玲子も気付いたようで、胡乱げな視線でビューワーを凝視。優衣も鋭い目付きでガイノイドを睨んだ。


 ガイノイドを一人残して、こんな深宇宙で管理者の宇宙船が53年間も漂流していたのだ。なのに天国だと言う。この不自然さは何を意味するのか。しかも船は無傷に見える。茜がこぼしていたのだが、こんなところでディフェンスシールドを張るということは、何かからの攻撃を懸念してのことか、あるいは何かを包み込み隠そうとする現われか。


 目的地に着けば謎が解けるだろうと踏んでいたのに、さらに深まるだけだった。

  

  

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